「赤髪組合」の謎
【トンネル】
ホームズシリーズの短編の中でも人気の高い『赤髪組合』。その作中では、質屋の地下室から銀行の地下まで繋がるトンネルを犯人達は掘っています。
しかしこのトンネルを掘るにはそれなりの技術と速さ、そして掘り出して発生した土を怪しまれずにトンネル外に運び出す必要があります。
『ホームズまるわかり事典』では、紀伊国屋渡舟さんが『赤髪組合のトンネルの謎』という頁を書いています。
それで、この『赤髪組合のトンネルの謎』では短編『赤髪組合』で犯人達が掘ったトンネルが本当に掘れるのかということが記されています。
トンネルが銀行の地下に開通したのは掘り始めて八週間です。それから仮定を加えます。仮定は、トンネルが直径一メートル程度、質屋の敷地を百坪、銀行の敷地を五百坪、トンネルの長さは約三十メートル、作業時間を毎週五日間で一日四時間(トンネルは八週間で開通したので、つまり作業時間は百六十時間)にします。
すると一時間に二十センチメートル掘るだけなので、石材などに阻まれて多少トンネルがズレても可能となります。
それから、問題は変わって『掘り出して発生した土を怪しまれずトンネル外に運び出す』方法です。
長さ三十メートル、直径一メートルのトンネルを掘れば三十立方メートルにもなります。土砂によって重さは変わりますが、六十トンから九十トンくらいです。一日にかなりの数の馬車で運ぶにしても怪しまれ、質屋を営むウィルスンにバレてしまいます。
紀伊国屋渡舟さんはトンネル近くに、ロンドンに多い地下水道か、暗渠になった川(フタをされた川)があればそこに土砂を流せばトンネル外に運び出す必要もないのでバレないと述べています。
作中でトンネル近くに地下水道などがあったという記述がありませんが、これについて紀伊国屋渡舟さんは『地下金庫襲撃の手口の公表による事件の再発を防止するためだったのかもしれない。』と締めくくっています。
前頁で話した短編『這う男』と同様に、ワトスンの配慮などが感じられる気がします。
【パイプ一服が短い】
ホームズは『赤髪組合』の作中で『タバコさ。パイプでたっぷり三服というところだね、この問題は。すまないが五十分間だけ、話をしかけないでいてくれないか』と言っていて、パイプ三服で五十分は短いのではないか、という意見があります。
光文社文庫の正典の翻訳をしている翻訳家・日暮雅通さんは、これについてサイトで言及しています(そのサイトのリンクは広告欄の下の方のランキングタグの部分に貼ってあります)。
日暮さんによると、ホームズは推理に集中して無造作に吸うので早い燃え方だそうです。
また、ホームズは前日の吸い残りを乾かしてパイプに詰めて吸う習慣があり、火皿の中の葉を吸いきらない場合もあるので、一服が十六分程度でもおかしくないと結論付けていました。
【『artificial knee-caps』の翻訳】
そして日暮さんはホームズの翻訳家ならではの謎を話していました。
作中に『artificial knee-caps』という工場ががあります。直訳で『人工膝蓋骨』となりますが、人工の膝蓋骨を人間には埋め込まないので、日暮さんは光文社文庫で『膝当て』と訳したりしていたそうです。
翻訳家で研究家の平山雄一さんはヴィクトリア朝専門メーリングリストから『競走馬の膝に巻く包帯の一種』という答えを見つけ出しました。
ノルウェーの翻訳家ニルス・ノルトベルクもデンマーク語版の正典の注で『よろめき気味の馬の脚に巻く特別製の包帯』としています。
論文『A Manufactory of Artificial Knee-Caps』では、四輪馬車を引く馬が膝当てをしている当時のクリスマスカードが付けられていたらしいです。
何はともあれ『馬の膝当て』に近い意味、だということは確かですね。
【当時の赤髪】
キリスト教社会ではカインやユダが赤髪だったという伝承があるらしく、赤髪は『ケチ』や『怠惰』などの性格を示していたようです。そのため赤髪の人は嫌われ、作中でも赤髪組合が登場しています。
そして、顔のパーツから性格や能力が判定出来るという考えは常識としてヨーロッパに定着していたようです。
顔などで能力や性格の判定が出来るということは正典でも色濃く出ています。
田中喜芳さんは正典に『牧師』『教会』がそれぞれ11回、『教区』8回、『聖書』7回、『キリスト教』3回、『キリストの十字架』『カトリック教』『カトリックの信者』『カトリック教会』『大聖堂』がそれぞれ1回登場していると言っています。
他にも正典では聖書に誓っている描写もあり、聖書からの引用も多々見られます。
前々頁の『青いガーネットの正体』で述べましたが、ホームズは帽子が大きいことから、持ち主は脳が大きく頭が良いという推理をしています。
ホームズは外見的特徴から偏見的な推理をしていますが、これも当時の時代背景が原因です。これは前田宣さんが挙げた例ですが、他の例も挙げています。
その例によると、医者であるワトスンですら頭が大きいから知性的だと考えていたようです。
また、ホームズと同等の知能を持っていたモリアーティ教授は『頬が張り出している』とか『額が広い』などと描写されています。
上記のことから、当時の社会事情が正典にも反映されています。
一方で、当時の日本では『赤髪の人=ケチや怠惰』などというイメージもありません。なので『赤髪組合』を日本語に翻訳する際に、日本で悪いイメージのあったハゲに変更しています。
『禿頭俱楽部』『若禿組合』などという邦題も、大正時代や明治時代の『赤髪組合』の日本語訳版に使われました。
他にも『銀行盗賊』『地下室の大賊』などの邦題も当時は使われていて、タイトルからネタバレされています(笑)。