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名探偵を丸裸! シャーロック・ホームズ大事典  作者: 髙橋朔也 編著
ホームズの概要
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番外編 バリツの正体

【バリツ=バーティツ説】

 ホームズと日本の関わりとしては、作中だと『バリツ』や『聖武(しょうむ)天皇』などが思い出されます。


 バリツは日本武術として短編『最後の事件』に登場し(バリツだと明記されたのは短編『空き家の冒険』)、ライヘンバッハの滝でモリアーティ教授を、バリツを用いてホームズが滝壺(たきつぼ)に落としました。


 日本武術によってホームズがモリアーティ教授を倒したので、日本国民としては(ほこ)らしいことですね。


 このバリツですが、実在しない架空武術です。シャーロキアンの通説は『柔術(じゅうじゅつ)』ですが、私はこれには納得していません。


 私的にはバーティツ説を支持したいです(最近ではバリツ=バーティツとも言われますが、まだ柔術の方が優勢)。


 バーティツは日本の柔術とボクシング、フランス式キックボクシングであるサバット、そしてスイス式ステッキ術を加味した総合護身(ごしん)術です。


 創始者『バートン』の名前と『柔術(ジュージツ)』という名前を合成し、このステッキ護身術の名前が『バーティツ』にされました。


 当時のイギリス紳士はステッキを持ち歩いていたので、喧嘩になればまずステッキで叩き合ったようで、そこから間合いが詰まるとボクシングのパンチやサバットのキックの応酬がされます。


 バーティツはステッキ術だけでなく柔術も組み合わせられていたので、柔術の関節技や絞め技は西洋では未知であり、喧嘩に用いれば決め技として絶大な威力があったようです。


 注目すべきは『最後の事件』でモリアーティ教授が滝壺へと姿を消したあと、ライヘンバッハの滝にホームズの登山杖が落ちていたのをワトスンが発見したことです。


 ホームズはモリアーティ教授と戦う際に登山杖(ステッキ)を持っていたということです。つまりホームズはライヘンバッハの滝でバリツ、もといバーティツをすることが出来たんですよ。


 バーティツ説、濃厚(のうこう)! しかもバリツとバーティツは名前も似ていますし、前述の通り当時のイギリス紳士はステッキを持って出歩くのが常で、バーティツ説が通説になっても良いと思うんです。


 しかし、なぜバーティツが通説として扱われないのか。その理由を見つけました。『名探偵シャーロック・ホームズ事典』に、その理由になるのではないかという事実を発見したんです。


 その『名探偵シャーロック・ホームズ事典』によると、バーティツが発表されたのは1899年、ホームズがバリツを使ったと明記された短編『空き家の冒険』が発表されたのは1903年です。


 つまり理論上はドイルはバリツを知り得ることが出来たのです。


 しかし、短編『最後の事件』が起きた年は1891年。この時にバーティツは存在していなかったのです。しかしドイルがバーティツをバリツとして書いた可能性はあります。


 それでもシャーロキアンの間で通説とならないのは、シャーロキアンは正典での登場人物達や事件を実在していると考えているからでしょう。


 ホームズがバリツを使ってモリアーティ教授を倒した1891年にバーティツはまだ存在しないので、バリツ=バーティツとはならないのだと思います。


 バリツ=バーティツ説を裏付けるものとして、関東出身のシャーロキアンである遠藤(えんどう)尚彦(なおひこ)さんは1901年8月23日付の『タイムズ紙』に載っている『Japanese Wrestling at the Tivoli』という記事に『Bartitru(バーティツ)』を『Baritsu(バリツ)』と誤記した個所(かしょ)を発見しています。


 短編『空き家の冒険』より『Japanese Wrestling at the Tivoli』の記事は二年ほど先に公表されていて、ドイルがこの記事に影響された可能性はあります。




【バリツ=柔術説】

 私はバーティツ説を支持しているのですが、他の説にも触れなくてはいけません。通説となっている『柔術』の説を触れましょう。


 先ほども名前を出した『名探偵シャーロック・ホームズ事典』には、バーティツ説だけでなく柔術説も書かれています。ホームズが柔道を覚えている可能性についてです。


 それによると、スイスのライヘンバッハの滝でホームズとモリアーティ教授が戦う数年前にロンドン在住の日本人がつくる日本人会があったようで、柔道の講演(こうえん)会が開かれていたようです。


 やばいですよ! バーティツ説が劣勢(れっせい)! しかも、当時のロンドンに『柔道の父』である嘉納(かのう)治五郎(じごろう)が来ていたようです。


 つまりホームズが嘉納らから直接柔道を習っていた可能性があるんです。


 これでバーティツ説も撃沈(げきちん)。『バリツ=柔道』が通説になる理由がわかりますね⤵。


 そして、『名探偵シャーロック・ホームズ事典』にも書かれている通り、モリアーティ教授は運動はせずに研究ばかりしていました。


 ホームズがバリツを極めずとも、モリアーティ教授は倒せたということです。付け焼き刃でも十分にモリアーティ教授を谷底に叩き落とせます。


 ただ、バリツ=柔術の説にも欠点はあります⤴。関東のシャーロキアンである飯島(いいじま)(あきら)さんは柔術の技だと組み手にもよりますが、取っ組み合ったままホームズもモリアーティ教授と一緒に滝壺に落ちる可能性があると言っています。


 柔術は基本的に一本勝ちの技が決まった時も両者の体が離れていない場合が多いです。(ともえ)投げでない限り、二人は一緒に転落していました。


 モリアーティ教授がホームズの片袖(かたそで)を掴んでいたら、ホームズもそこで死んでいました。果たして、ホームズがこんな危険な()けをしたでしょうか?


 また、シドニー・パジェットによる『最後の事件』のホームズとモリアーティ教授が格闘している際の挿絵は、ホームズはモリアーティの胴体に腕を回して右手首を握っています。


 これは日本式ではなくグレコローマン式の組み手であり、相手の掴んでくる手はすり抜けられないので、このままでは二人で絡まったまま滝壺に転落してしまいます。


 ドイルは『最後の事件』を書いた時点ではバリツの設定なんて考えていなかったので、パジェットの挿絵も日本式の組み手は描かれなかったのでしょう。




【バリツ=相撲(すもう)説】

 バリツ=相撲とする説があります。前述の飯島さんが『シャーロック・ホームズ紀要』第1巻第2号に掲載された『バリツ考』に、バリツ=柔術説を否定することが書かれていて、その『バリツ考』にはバリツ=相撲とする説が発表されました。


 その『バリツ考』ではホームズに相撲を教えたのは建築家の辰野(たつの)金吾(きんご)とされています。


 相撲のいなし技だと、モリアーティ教授とともにホームズが滝壺に落ちる危険性はないそうです。


 紀伊国屋渡舟さんは、『相撲もジャパニーズスタイルのレスリングであるから、ホームズを救った技は日本の武術、そのなかでも近代格闘術であることは間違いない。』と言っています。


 ちなみに、新潮文庫の延原謙訳の正典ですが、『空き家の冒険』の新版だと『バリツ』は『ジュウジュツ』に書き換えられています。


 旧版では『バリツ』と書かれていましたが、延原謙の嗣子(しし)である延原(てん)が改版にあたって『ジュウジュツ』に修正されました。夢がないです……。


 新版でも修正せずに『バリツ』のままにしてほしかった……。

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