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第3話 薔薇園の訪問者

 午前の授業の終わりを告げる鐘がなる。この時間と早朝の門が開くとき最終下校時刻の門が閉まるときだけ、それを告げる鐘の音だけは慣れ親しんだチャイムの音ではなかった。


時計塔の頂上に備えられた巨大な鐘によって打ち鳴らされる音色。透き通った音色は反響し木霊し、校内のいたるところに響き渡る。一斉に生徒たちがスカートを乱さぬように抑えて立ち上がり、優雅に礼をする様は傍から見れば圧巻の一言だろう。


 私も一生徒である以上、その生徒の一員で傍から見ることなどできない。だから想像でしかないのだが。


 お昼の時間、生徒たちは楽し気に談笑し、クラスメイトと席を囲ったり、お姉さまの教室に向かったり。学校という空間で生徒たちが自由に動き回れる特別な時間だった。


 無垢なる白百合の咲き誇る花壇に囲まれた道を行く。

 校舎から10分ほどの少しばかり遠めの位置にある温室。茨のアーチを潜り抜け、ひっそりと隠れるように供えられたおしゃれな木のドアを開く。


薔薇の香りが鼻をくすぐり、温かい空気が身体を包み込む。温度調整により、いつでも咲き誇る薔薇たちの迎え。まるでおとぎ話で語られるような妖精の庭に迷い込んだようだった。


「お待ちしておりました。お嬢様」


 薔薇の庭園の中央に備え付けられた白い机と椅子。紅茶をカップに注ぐと、ふわりと黒髪をなびかせてそのメイド服の妖精は私を出迎える。


 引かれた椅子に腰かけると、後ろから布ナプキンを膝の上に置いてもらう。


 続いて佳乃は、羽衣にも座るよう促すが、羽衣は首を横に振る。


「佳乃様。私も何かお手伝いしようかと思うのですが」

「……では、片づけを手伝っていただきましょう。もう昼食を開くだけですので」

「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えますね」


 佳乃は羽衣を座らせて、淡々と風呂敷を開いて昼食を並べていく。

 相応しい一流のシェフによる学食も提供されていているものの、利用しているものは庶民寄りの生徒ばかりで人数は少ない。他の対立している家のお嬢様と顔を合わす可能性のある学食のシステムはあまり好まれない。漫画の学食でご一緒してライバル同士が牽制し合う大好きなシーンがあるのだが、天璋院家は残念ながらお弁当だ。


 別に私の家は特に敵対している家などはないが、やはり注目の視線と言うのは落ち着かない。天璋院家の宿命で、学食はもちろん教室で食べるにしても周りにご一緒したい方々がわらわらと集まってくることは安易に予想できるので妥当ともいえる。


 なので、私たちは校舎から離れたところにひっそりとある薔薇の温室を利用している。名目上は全ての生徒が自由に出入りできるが、年々決まって天璋院家に関わりのある生徒だけが利用できるものだ。

 同じように温室がいくつもあり、名家のお嬢様、またはその分家や友好関係に当たるお嬢様が引き継ぐ形でそこを利用するのが伝統だった。


 ちなみに、『薔薇咲き誇る天上庭園』というのが天璋院家の薔薇の温室の名称だが、誰も名称を使っていない。ちなみに私は、天井にどうやって庭なんて作るの? 逆さまじゃん。と言ってお父様にかっこいいから良いだろ!! と真剣に怒られた。解せない。


「佳乃さんって、なんでこんなに早く来て用意できるんでしょう?」


 仕事ができず羽衣は不満気に言葉を漏らす。私からすると仕事をしないで済むならその方が良いと思うのだけど、メイドであるからにはそうもいかないらしい。


「さあ? 佳乃ってスペック高すぎて私たち常人では理解できないとこあるから。確かに化け物だね」

「うー、化け物めぇ。私もお嬢様のお世話したいのになぁ」


 メイド長も弁当を同じクラスの羽衣じゃなく、佳乃に持たせているあたり、羽衣が仕事をする隙が無いことは織り込み済みだと思うので別に仕事をしてないからと言って焦る必要はないと思うのだけど。


「だれが化け物ですか。急いで来ているだけですよ」

「聞こえちゃってた?」

「聞こえたらまずい悪口だったのですか? でしたら傷つくのですが……」

「わー、ごめんごめん。いつもありがとー!!」


 佳乃は不服そうにジト目になって頬を膨らませ、納得いってなさそうだが用意を終えてしぶしぶ席に着く。


「ところで、なぜあなたが付いてきているのでしょうか?」


 佳乃が鋭い視線を向けた先、そこには陸上部の絶対的エース・王城真帆の姿があった。

 ちゃっかりナプキンを首からかけて、持参した食器を並べている。


「ん~♡ 今日も美味しそうだね。学食も美味しいけど、やっぱり姫の家の昼食が一番だよね~」

「質問に答えろ、王城真帆!!」

「あ、やっと名前覚えてくれたんですね。姫のお姉さん」

「お姉っ!? あ、うっ……/// ただのメイドですが!?」


 佳乃が凄んでも真帆は王子スマイルで何事もなく躱していく。流石はお嬢様学校に入学してくるハイスペック庶民、並みの胆力ではない。


「まーまー、皆で食べた方が美味しいし、料理長がちゃんと5人分作ってくれてるんだからいいじゃない?」

「おー、流石は姫、愛してるよ。私の分は陸上部の量にしてもらっているしね♪」


 真帆がお昼に乱入してくるのも日常になってしまっているので、佳乃も毎回なにかと注意はするがなし崩し的に許してしまっている。

 暗黙の了解だけで、規則上は誰でも出入り自由ではあるから追い出すわけにもいかないのだろう。


 そうこうしていると、昼食を共にする五人目の生徒が小柄な影をのぞかせる。


「す、すみません。遅れてしまいましたか……?」


 恐る恐ると言った風に駆け寄ってくる女子生徒、待園花散里。眼鏡とそばかすがトレンドマークで、背筋が曲がっているせいで私と同じくらいの背丈のはずなのになんだか小柄見える。

 どこにでもいるような少女だが、彼女は学園内で最多の人数を誇る委員会『美化委員』に所属しており、園芸科・薔薇園飼育班に属する生徒だ。彼女の担当する薔薇の温室こそがここ天璋院家の薔薇の温室だった。


「大丈夫ですよ。お座りくださいませ、待園様」

「は、はい……! ありがとうございます、佳乃様! 天璋院様も一管理人の私をいつも朝食に招いていただき誠にありがとうございます!」


 いつまでも慣れないようでペコペコと頭を下げる花散里。本来は薔薇園を利用するお嬢様が管理人を自らの食卓に招くようなことは無いらしく、畏まらなくて良いと言っているが毎度この調子だった。

 受験で入学してきた一般人上がりの生徒が彼女のように自分を卑下するのは珍しいことではなく、お嬢様たちの中に放り込まれた一般人としては自然ともいえる。学園のプリンスのメンタルが異質なのだ。


真帆と花散里、彼女らを加えた5人で私たちはいつも食事をしているわけだ。


「姫は毎食これを食べてるわけだよね。羨ましいなー」

「ふふん。うちはメイドにも手厚いからね。私だけじゃなくて、メイドたちもだよー」

「ほほう。つまり、ボクと姫と結婚すれば……!!」

「うんうん。真帆も毎日食べれるね」

「姫、結婚しよう」

「うーん、食べ物に目がくらんだ告白はちょっとなー」


 朝食を半ば食べ終えた頃だった。薔薇の温室の扉が、キキィと木と金具が擦れる音を立てて開かれる。


「すみません。天璋院さんはおりますか……?」


 きょろきょろと見渡した女子生徒は、私たちを見つけるとぱぁっと表情を明るくして軽やかな足取りでこちらに駆け寄ってくる。


「ごきげんよう、天璋院さん。お食事中に申し訳ございません。今朝のお礼に参りました」


 制服のスカートの端を掴んで、白鳥さんは優雅に礼をする。西欧貴族が起源のお嬢様がよく行う挨拶で、その佇まいは改めて白鳥さんの育ちが良いことが見て取れた。


「そんな畏まらなくていいよ。良かったら昼食をご一緒して――――

「お礼であれば、いらないと申したはずですが?」


 私の言葉を遮るように、佳乃が冷たく言い放つ。


「ちょ、ちょっと佳乃! なんだか白鳥さんにやけに厳しくない? どうしたの?」

「お嬢様は黙っていてください」


 佳乃はすっと立ち上がり、白鳥さんに向かって歩み寄っていく。白鳥さんは佳乃の威圧に気おされて、怯えるような顔で後退る。


「その弁当は自分用のものですよね? 最初から昼食を共にする心づもりでここに来た、違いますか? 違いませんよね?」

「も、申し訳ございません。失礼でしたら、すぐに引き取ります……」


 踵を返して立ち去ろうとする白鳥さんに、佳乃は畳みかけるように言葉を連ねる。


「今朝も今も、お嬢様に取り入ろうとする魂胆が丸見えなんですよ。貴女の組織のことには絶対に私たち天璋院家は関わらない。何度もそう申したはずです」

「ごめんなさい……でも、私」

「白々しいんですよ。悲劇のヒロインぶっていれば助けてくれた貴女のお姉さまはもう――――


 私の眼は、怯えて逃げ出そうとしていた白鳥さんが、目を見開いて悲痛な表情で歯を噛みしめる表情を捉えた。


「佳乃の馬鹿やろー!!!!」


 私はドンッと机を叩いて立ち上がると、白鳥さんの元へ走り寄って手を取ると、佳乃の前に立ちふさがる。


「誰が馬鹿ですか。勝手はおやめください」

「勝手じゃないよ。白鳥さんは友達だもん!」

「あなたって人は……」


 私は白鳥さんの手を引いて六人目の席までエスコートすると、佳乃の見よう見まねで椅子を引いて座らせる。


「今の眼は、少なくとも私の佳乃に向けていいものじゃなかったと思うんだけどな」


 私は白鳥さんの肩にそっと触れながら囁き、にっこりと笑う。


「ふふっ。私もメイドできますっ☆」

「お嬢様、そのどや顔うざいんで止めてもらえますか??」


 佳乃は眉間に皺を寄せながらも、溜息を吐いて諦めて席に着く。


「……あれ? なんで六席あるの」

「用意しておきましたが、何か??」

「さ、流石ぁ~」

「お嬢様のことなので、どうせこうなるだろうなと」


 佳乃は手慣れた動作で白鳥さんに紅茶を注いだカップを勧める。


「ありがとうございます、鯉川さん。それとごめんなさい、巻き込んでしまって」

「巻き込まれたくないんですが」

「佳乃ー? そろそろやめなよー?」

「むぅ。私が悪者ですか」


 佳乃はむすっとして口をつぐむ。もう口出しはしないという意思表示として、食事に手を付け始める。


「天璋院様はもう私の腹の底など見透かしておられるのでしょう。恥を忍んで、率直に言わせていただきます。私を、生徒会を、助けてくださいませんか」


「…………えぇ!? いや、どうゆうこと!? 生徒会!? えぇ!?」


 私の反応に佳乃は思わず食器を手落として顔を覆って項垂れる。


「この雌ガキがっ……やっぱり、分かってなかった……これだから馬鹿の従者はやりたくないって言ってるんだ!!」

「佳乃!? 口調バグってるよ!? てかそんなこと思ってたの!!??」


 私はいつでも親身になってくれるメイドの方に反射的に視線を向ける。しかし、私を絶対に肯定することに定評のある羽衣ですら軽蔑の視線を向けてきていた。


「お嬢様、流石にそれはないです。白鳥、って名前を聞いて私もピンと来てました」

「えっ、羽衣も? 羽衣は私と同じで低能組だと……私と同じになろうよ」

「嫌です。これに関しては一緒にされててもまったく嬉しくないです……」


 最後の砦として、私は真帆の方に視線を向ける。気に入った人間以外は認識しない天才気質な『陸上部部長』王城真帆であれば――――


「馬鹿なとこも愛おしいよ。でも人の名前を覚えないのは失礼だぜ?」

「あんたに言われたくないけど、正論!!」


 繰り広げられる怒涛の掛け合いに、当の白鳥さんは苦笑いを浮かべる。


「では、天璋院様のために、改めて自己紹介と行きましょうか」


 白鳥さんは、人のよさそうな完璧な笑顔を浮かべると、改めてその名を名乗る。


「私は私立ラヴァリア女学院第73代生徒会長、白鳥聖でございます。天璋院様、改めてお友達になってくださいませんか?」


 その見るものすべてを魅了するような美しい容姿から弾き出された豪胆な微笑みは、どこまでも深い執念に侵された強い決意に満ちたものだった。

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