××姫と王子
乙女の花園、私立ラヴァリア女学院。日本屈指の超エリート校にして、清楚で上品なお嬢様たちが通う清く神聖な学び舎。外部への露出は極限まで無く、門外不出の校則によって神秘のベールに包み隠されているお嬢様たちの秘密の庭園。
女学院での授業は他の高校とは一味も二味も違う。将来、立派な淑女になるために、社交界での作法や振舞い方が教えられている。
授業の形式も、上級生が下級生に直接指導する。下級生は上級生のことをお姉様と親しみを込めて呼び、教えを乞うのだ。
「お姉様、もっと淑女の嗜みを教えてくださいませ♡」
「そう。では、今夜、私の部屋に来なさい♡」
なんて、妄想がネットに書き込まれたりもしているがそんなことは全くない。いたって普通の授業だ。どれだけ在校生が掲示板で否定しようとも、根も葉もない妄想が湧いてくる。ネットとはそういうものなのだ。
入学費でたんまりと儲けているくせに授業はアナログ。教師が黒板にチョークを滑らせて、それを静かに席に座って話を聞くだけ。授業中の電子機器の使用は禁止されており、電子辞書すら認められていない。世間から桃色な妄想をされているこの学校は、実際に入学してみれば、頭の堅い大人たちが箱入りのお嬢様たちを守るための箱庭でしかない。
エックスがなんだとかいう問題を黒板に書きなぐって、教師から賞賛の言葉を承り拍手を浴びながら私は席に着く。どうやら間違えていたようで、黄色いチョークで計算式が直される。率先して前で解いてくれたことに拍手ってなんなのさ。貴女が指名したんでしょ! ちくしょう!
むすーっと不機嫌に前傾になって頬杖を着く私を見て、右前の席に座る羽衣は振り返ってくすくすと面白そうに笑う。羽衣が楽しそうなので、不服だけれど許してやることにした。
鐘がなると、教師はすっと片付け始め、延長無く授業を終える。流石はエリート校の教師なのだろうか、今日もキリの良いところで終わった。延長はしたくないという鉄の意思を感じる気もするが、生徒としても時間通りに終わってくれるのは嬉しいので何も言うまい。
「お嬢様~♡」
休み時間になれば、同じクラスの羽衣は席を立ってすぐに私の元へ寄ってくる。その様は愛くるしい子犬のようで、ぴょこぴょこと揺れるふさふさの髪が尻尾や耳のように見えなくもない。
「今日の朝は揉めたって聞きましたけど、大丈夫でしたか? 怖くありませんでしたか?」
「うん、全然大丈夫。佳乃が良くしてくれたからね」
「む~、佳乃さんですか。私もお嬢様の役に立ちたかったです……」
「んー♡ その気持ちだけで私は幸せだよー!!」
一つ上の佳乃とはもちろんクラスメイトにはなれなかったが、同い年の羽衣とは運良く同じクラスになることができた。
ラヴァリア学院には3つ、または4つのクラスが存在する。
順番に、赤の薔薇組(Rosa roja)、青の薔薇組(Rosa azul)、黄色の薔薇組(Rosa amarilla)。そして、入学人数が多い年度は桃色の薔薇組(Rosarosada)が設立する。
私と羽衣、そして佳乃や白鳥さんも何の因果か、赤薔薇だった。その人物の特徴にあったクラス分けをしていると聞くが、学校内に滅多に顔を出さない人間が、その生徒のことが分かるのかと考えると、信憑性は薄い。少なくとも色が強く出るのは二年生からだろう。
「お嬢様はお優しいですね……っ///」
ふんわりとした小さな身体が私の身体にぎゅーっと密着してくる。
「もー、いきなり抱き着くのは止めてって言ってるでしょ?」
背丈は私の方が大きいので、普段は胸元の上の方に羽衣の頭が来るのだけど、今は座っているので逆に羽衣の胸元に私の顔があった。ふにゅっと言う柔らかい未成熟で幼い果実が私の頬に押し付けられて、授業で荒んだ私の心を癒していく。
「次から気を付けまーす♡」
頭を撫でてあげれば、羽衣は気持ち良さそうに喉を鳴らす。羽衣を抱いていると、温かい人形を抱いているようで心地いいので悪い気はしない。
羽衣がぎゅーっと私に抱き着いてくるのを見ているクラスメイトが私たちを見て、楽し気に声をあげる。
「えー、いいなぁ。琴葉ちゃん。羽衣ちゃんと抱き合うの気持ちよさそ~」
「ふふん。いいだろーどやぁー」
羽衣は照れたようで頬を少し赤らめながらぷいっとそっぽを向いた。なんでそんな可愛らしい仕草ができるのか、甚だ疑問である。かわいいは正義もっとして。
「あー、私は琴葉ちゃんもいいなぁって思うな。抱き心地よさそうなふっくら感」
「誰がぽっちゃりだー!」
「そこまで言ってないよ~。おっぱいとか形良さげで柔らかそうだもん」
「そ、そうかなっ///」
おっぱいの形を褒められるのは満更でもない。そうかそうか、私のおっぱいは良い形なのかー。ふーん。なるほどー。へー。
「触ってみる? 触ってみたい? 私の美おっぱい」
「美おっぱいて。笑う。いいのー? じゃあ少しだけ触っちゃおうかな~」
話が盛り上がって私が調子に乗り始めたとき、羽衣は抱き着くのをやめてばっと私から離れると、その女子の前に仁王立ちで立ちふさがった。
「ダメですっ!! 絶対ダメです!!」
シャーと猫が威嚇するような声を出して、クラスメイトを睨みつけるが、羽衣という存在が可愛らしいせいでその様はまるで小動物。どこまで行ってもかわいいしか生まれない。
「だってさ、琴葉ちゃん。仲いいね」
「あはは、羽衣とは親友だからね! いつも私を守ってくれるのだー」
「親友、ね。羽衣ちゃん。これは大変そうだぜ」
私のおっぱいを守り切れたと分かると羽衣は私の背中から腕を回して抱き着いてくる定位置に納まって楽しそうに私の脇腹をふにふにと弄り回す。私ってそんなに肉付きが良いのだろうか……? なんだか心配になってきた。
「では、羽衣君。ボクが姫の豊満なバストを堪能するということでよろしいだろうか?」
「アホなの??」
その問題児はいつも通りの飄々とした態度で訳の分からんことを言いながらどこからともなく参上する。
『陸用部部長』王城真帆。
一年生にして陸上部を率いる未来のホープ。陸上部は彼女のいない去年から全国区の実力で好成績を収めており、そんな陸上部をまだ実績を出していない状態で率いているほどの逸材。完璧すぎる運動能力に、彼女が部長の座に就くことに反対するものは誰一人としていなかったという。ちなみに、彼女が姫と呼ぶのは私のことである。
「姫。恥ずかしがらなくても、ボクは君の全てをこの手で受け止めて揉みしだく覚悟はできているよ」
「やめて? 良い顔で言っても誤魔化せないよ?」
真帆は、囁くように甘い言葉を吐き、私を正面から真剣な表情で見据える。
長いまつ毛とぱっちりとした眉。屋内に引きこもりがちなお嬢様の中では珍しく見える日焼け跡に、男の子のように短く整えられた髪。着崩した制服、筋肉質で体の綺麗なラインが制服の上から見えるほどのアスリート体系。
爽やかな王子様スマイルは活発なタイプに耐性の少ないお嬢様たちを魅了し、ファンクラブまで存在している。故についた異名は『ラヴァリアのプリンス』。そして巻き添えで私には『ラヴァリアのプリンセス』。本気で迷惑だった。
「姫、ボクにその乙女の果実を、吸わせてくれないだろうか?」
「いい顔と声で変なこと言わないで??」
王城真帆という人間を端的に表すなら、『残念王子』だ。外見の完成度は完璧なのに、内面が残念過ぎる口を開かないとモテる人間。
アニメでそのまま出てきても遜色ないほど完成度の高いファンタジックなイケメン王子なだけに、飛び出てくる言葉が残念で仕方ない。
しかし、イケメンとは罪深いもので、真帆が私の髪の毛に触れた瞬間、きゅんっと胸が高鳴る。
「えっと……っ/// やめて? ね?」
「釣れないな。姫、そろそろボクのものになる覚悟を決めてくれてもいいんじゃないかな?」
――――パシュンッ!!
瞬間、弾け飛ぶような鋭い音がして私の髪に触れた真帆の手が弾き飛ばされる。
「痛っ!? 羽衣君!! それ痛いっていってるじゃんか~」
「懲りない人ですね……。お嬢様に触れたらどうなるか、しっかりと調教しなければならないようです……」
「それは……!! 百合の間に挟まっても良いってこと!?」
「死ね!」
なぜそうなるのか。百合に理解があるクラスメイト達は一斉に頭を押さえて、天井を仰ぐ。王城真帆の思考回路は常人には理解できない。しかし、それが彼女を天才と至らしめる要素の一つなのかもしれない。
真帆から守るように羽衣は私を強く抱きしめながら、必死に威嚇する。その際に、チッと羽衣の指先が、私の胸部の柔らかいふくらみに沈み込む。
「あうっ、んっ。ちょっと、その羽衣!?」
「……? 苦しかったですか? 気を付けますっ!」
じりじりとにじり寄ってくる変態に対して、羽衣は私を守りながら素早く応戦する。真帆はスポーツのスペシャリスト、生半可な反射神経では守りきることはできず、羽衣の意識はすべてそちらに注がれていた。
「やるねぇ、羽衣君。流石は姫の騎士」
「じゃあ、あなたは姫を狙う逆賊ですね。首を跳ねて殺します!」
真帆は余裕の身のこなしで羽衣の鋭い一撃を躱す。
羽衣は可愛くとも天璋院家のメイド、その攻撃を避けるなんて……!! 王城真帆、ただ者じゃあないっ!!
ちなみにうちのメイドは別に武闘派というわけでもないので雰囲気付けである。
「おっと、怖いね。でも王子の恋に宿敵は付きものだ!」
羽衣の殺気のこもった一撃を見ても恐怖を感じた様子もなく、真帆はニヒルに笑って見せる。かっこいいのが悔しいが、やってることはただの変態である。
「なんでよく分からないバトル始めてるの……!?」
羽衣が必死になって私の局部を守ろうとするたびに、私は頬を赤く染める。普段から佳乃に触られているし、同性に触られることに変に意識したりもしない。真帆のようなあからさまな奴は警戒するけども、羽衣に抱き止められたところで何とも思わないはずなのだけど、これは、なんだか――――
「ひゃんっ。あっ。あふっ。も、もうやめてぇ/// あん――――ッ///」
私の必死の訴え空しく、この攻防は次の授業のチャイムが鳴り始めるまで続いた。クラスメイト達はみな頬を赤らめ、教室にはもやもやとした甘い雰囲気が漂っていた。