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第2話 悪魔の証明

「それは、どういう――――」


 琴葉がその言葉を最後まで言い切る前に、その異変は起こった。

 厳しくなった風紀委員の身だしなみチェック。暗黙の了解で見過ごされていたものが裁かれ、互いの了承で成り立っていたものの均衡が崩れた。今までギリギリ許されていたメイクをしてきた女子生徒と、それを取り締まる業務の見返りとしてメイクを見過ごされている風紀委員。

当然、衝突は避けられない……はずだった。


 問題が多発して、時間がかかってもおかしくない状況。しかし、異様なまでに順調に列は進んでいく。一歩、また一歩と得体のしれないものが蠢く暗闇の中に引きづり込まれていくような悍ましい気配。


ぞくりと背筋に悪寒が走った。


「ごきげんよう」


「ひっ!?」


 突如、背後からかけられた胃に響くような圧が込められた挨拶に私はびくりと肩を震わせて、反射的に白鳥さんに飛びつく。


「ごきげんよう、鮎川さん」


 白鳥さんが鮎川さんと呼んだ女子生徒。挨拶の振る舞いですら堂に入った動きで、背筋が伸びた整った姿勢、指先まで気遣った完璧な動き。凛と整った顔つきは見るものに無条件で誠実な人間だと思わせるようなりりしい美しさがあった。


「って、なんだ。佳乃かぁ」

「自分のメイドに声をかけられて怯えるのはやめてくださいませんか?」


 そう、鮎川とは佳乃の苗字である。ちなみに鮎川財閥と言えば結構有名な財閥だったりして、佳乃の兄は既に経済界で大きな活躍をしている。


「で、白鳥様は何をされていたのでしょうか?」


 瞬間、空気が凍り付く。決して、その言葉は特別なものではない。もっと言えば、私に向けられたものでもない。だというのに、私は身を強張らせる。

 ピリピリとした気迫は周りの関係ない生徒たちでさえ一瞬怯えたような挙動を取るほどのものだった。


「何を、と申されましても。見ての通り身だしなみチェックの順番待ちです。天璋院さんとは、居合わせたのでお話の相手になっていただいてましたの」


 白鳥さんは、自然体でそう言った。佳乃の威圧に物怖じしないほどの胆力の持ち主なのか、気づかないほど鈍感なのか。

 佳乃を敵視したりすることもなく、私の時と同じように後ろの生徒に確認を取る。


「申し訳ないのですが、鮎川さんは天璋院さんのメイドでして、彼女も割り込ませていただいて構いませんか?」

「いえ、その必要はありません」

「え?」


 佳乃は私の腕をがしッと掴む。


「お嬢様、行きましょう。話は後で」

「待って、佳乃。私は白鳥さんに助けてもらったの」

「まあ、そんなところでしょう。白鳥様、お嬢様がお世話になりました」

「う、うん。全然、私も楽しかったです」


 引きづられながら列から離脱する私たちに、白鳥さんは困惑の表情を浮かべながらも笑顔を取り繕って手を振っていた。


 庭園の道沿いに置かれたプランターの裏、ちょうど影になっていて視線を向けられづらい場所まで来て、やっと佳乃は手を離す。


「ちょっと、佳乃! 折角、白鳥さんが列に入れてくれたのに抜けてくるなんて感じ悪いよ」

「仕方がないでしょう。お嬢様はご自身の立場をお考え下さい。あなたに取り入ってやろうと寄ってくる輩は沢山いるんですよ」


 私の中で白鳥さんは窮地を救ってくれたお気に入りの友人であったので、佳乃の冷たい理的な言い草に今回ばかりはむっとする。


「佳乃の馬鹿」

「ばっ……呆れた。言葉選びが安直すぎます」

「でも主人の恩人に冷たくするのはどうかと思うの」

「分かりました。彼女とは同じクラスなので後で一言断っておきます。満足ですか?」


 うん、と私が満足げに頷くと佳乃はやれやれと額を抑える。


「ですが、馬鹿なのはお嬢様の方ですよ。その鞄の中身を忘れたんですか?」

「ん? 何か入れたの?」

「私は入れてませんが――」


 佳乃はジト目になって私の鞄をひったくり、がばっと手を突っ込んでそのブツを取り出す。


「……ダメなの?」

「……ダメに決まってます」


 それは、私の愛読書。スポーツ男子たちの熱い青春を綴った人気作品。


「べ、別に嫌らしい描写とかないし、不健全なものでは……温泉は湯気があるからセーフ判定だよね? あ、もしかして、乳首が薄っすらと描写されてるのがまずかったかな……」

「そこじゃないです。そこまで見ないです。というかそんな薄っすらと色が落とされてる程度の乳首にまで注目してたんですか……」


「引かないで!? じゃあ、どこが……」

「漫画はダメなんですよ!!」

「ええっ!?」


 佳乃は呆れ果てて点を仰いだ。大きく息を吸い込んで、吐いて、ゆったりと深呼吸をして落ち着いてから、諭すように話す。


「確かに今まではカバーをかけておけばなんとでもごまかしがききました。ですが、今日の荷物検査では確実に漫画だとバレます。何人か募集されていたのを見ませんでしたか?」

「や、やばいよ!! 私、青ファンが没収されたら死んじゃう……」

「そんなことじゃ死にませんよ。ですが、天璋院家の人間として、荷物検査に引っかかるなんてあってはいけません。裏ルートから侵入します。良いですね?」

「うん」


 私は覚悟を決めて立ち上がる。風紀委員なんかに私の青ファンを奪われてたまるものか。

なんたって、今日持ってきた7巻は私の推しの過去ストーリーが展開されていて、人類史に残る名シーンがいくつも生まれた神巻なのだ。絶望的な状況で、仲間に裏切られても、あいつは裏切ってないと笑う血と泥で塗れた姿。推しの傷だらけな姿ってちょっと興奮するよね。そんな常人ならば生きていくことすら苦しいだろう絶望的な状況から這い上がり、かつての仲間を蹂躙する。優しくて友達思いだから刃を振るう度に自分の胸を突き刺すような痛みに襲われ、周りからは仲間を屠る悪魔と評される。でも、本当に信頼できる仲間が見つかるんだよね。あず×りんは本当に捗るの。8巻で主人公たちと戦うんだけど、正直主人公たちを応援はできなかったよね。背負ってるものが重すぎて負けてほしくなかった。まあでも人気投票で上位に入ったからって主人公たちのチームに入れたのは間違いだと思う。彼らの良さは敵だから良かったし、彼らを理解して受け入れるのは読者だけでいいって言うか。そんな簡単に受け入れられると私たちが軽んじられているような感じがして嫌だなって――――


「お嬢様。現実に戻ってきてください」

「はっ!? ごめん、つい熱が入って」

「……? まあいいでしょう。羽衣さんを先に校内に潜入させております。どうやら監視は緩いので、裏に回れれば大丈夫そうとのことです」


 私はこくりと頷き、先行する佳乃を追って校舎の裏を目指す。現在いる校舎前の庭園からは、外側に進めばいくつも道が枝分かれしておりバラ園や体育館、運動場などにつながっている。第三グラウンドは朝練を行っている陸上部が使用しているため、この時間に生徒が通っていても注目されることはないだろうと判断し、そちらから回り込むようにして校舎内に侵入することにした。


 実際に少々機転が利く生徒や、不真面目な生徒は身だしなみチェックなど受けず何らかの抜け道を利用しているようで、私たちの行動も異質というわけではなく事は順調に進みそうだった。

 しかし、人込みを抜けて第三グラウンドに向かう道に差し掛かったところで、琴葉は足を止めた。


「お嬢様? 天璋院家の令嬢である貴女は生徒の注目の的でございます。あまり目立たないようにしてくださいませ」


「ごめん、佳乃。私、行かなきゃ」


 引き返そうとする私の手を佳乃は掴んで制止する。


「お嬢様! ダメです! あの荷物検査は何かおかしい! 関わってはいけません!」


 私は佳乃に漫画を押し付けて走りだす。私が青ファンの読者である以上、友達を見捨てることはできない。


 白鳥聖の視線は、堂々とした振る舞いで委員に指示を出す風紀委員長に向いていた。


 風紀委員の身だしなみ荷物検査。それは普段よりも厳しいものであるのにかかわらず、問題ごとは極めて円満に解決していき、待機列は三十メートルほどあったが聖の順番はすぐに回ってきた。


(風紀委員はすごいな。こんなにもしっかりと誘導ができて、列も複数あるのに変に乱れないし、揉め事も起きてないなんて。私も彼女みたいに……)


 私は学業、素行共に優秀で、買いかぶりすぎだと思うが模範生と言われている。教師からも生徒からも好かれるというのは難しいことだが、それを実現させていたのが白鳥聖というお嬢様だった。私は自分の素行に問題などあるはずがないと確信していた。


「では、鞄の中を確認するのでお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「はい。どうぞ」


 にっこりと微笑み鞄を手渡すと、風紀委員は頬を赤らめ好意的な笑顔を返してくれる。


 私はまだ嫌われてなんかない。


 風紀委員の一人が私の鞄を受け取り、もう一人が制服の着こなしや爪なんかも確認する。


(ネイルとかマニキュアもダメなのかな? 納得してくれなさそうなのにやっぱり風紀委員って凄いな。私も見習わないと。みんなが慕ってくれるような威厳とかってどうやったら出せるんだろうか)


 風紀委員の威厳あふれる堂々とした立ち振る舞いに感心して羨望のまなざしを送る。鞄の中身を確認していた風紀委員は、私の視線に気が付くとにっこりと笑みを浮かべて鞄に荷物を戻すと私の方へ向かってくる。


「ありがとうございます」


私は風紀委員から鞄を受け取ろうと手を伸ばした。


「え――――?」


 鞄の代わりに手に置かれたのは手の中に納まる一つの紙箱。中に何か軽いものが入っており、動揺で震える私の手の中でカラカラと音が鳴った。


「それは、なんでしょうか? 白鳥さん」

「え、え?」


 見覚えのないパッケージ。小洒落たマークに英語の商品名、そして身体への危険を促す警告文。

 冷たい汗が噴き出て、背中にシャツが張り付くのが分かった。動悸が早くなっていって、私が持ち込んだわけではないことを証明しなければならないのに頭がうまく回らない。


「残念ですよ。私、実はあなたのこと慕ってたんですけど」

「違います! こんなの、知りません!」


 私の手の中にあるものを見て、ざわっと生徒たちがどよめく。

 はっきりと見たことは無かった。でも見たことがないわけではない。これはタバコだ。吸い方も火をつけるくらいしか知らない。まずライターなんて持ってない。煙も嫌いだし、匂いが残っているだけで嫌な気分になるくらいだ。お父様もお母様も吸わないし、私が吸うなんてありえない。


「そんなに言うなら呼びましょうか……」


 どくん、と心臓が強く脈打つ。極度の緊張。緊張で動けなくなったことは何度もあった。それでもこんなことは異質だった。


「風紀委員長……」


 こちらに向かってくるだけで謎の威圧感があった。

 小柄でどこにでもいるような女子高生なのに、まるで界隈の重鎮を前にしているかのような威圧感を感じた。


「私立ラヴァリア女学院校則・生活身だしなみ欄第15項『敷地内へのタバコ及び酒類の持ち込みを禁ず』。罰則規定に乗っ取り、退学又は停学処置。初犯及び本人に更生の意思があれば、罰則は処置者に準ずる――――」


 ぴしりと一寸のずれもなく着た制服の右腕にピンで止められた赤い腕章。短く纏まった黒髪に、曲がったことを許さぬ信念を感じさせる黒い瞳、文学少女的な黒眼鏡。


 ラヴァリア女学院風紀委員長・東雲円香。


「違います。誤解なんです。何かの間違いで……」

「誤解、と言うと?」

「そうです! 私は、タバコなんてやってない。貴女だって私がそんなことはしない優等生だと知っているはず――――」

「証拠は?」


 私は何かないかと探りかけて、手を止める。


(証拠……?)


 はっとして私は顔を上げる。

 東雲さんの口角がにやりと吊り上がるのが分かった。


 東雲さんは私のタバコを持った腕を掴むと、上に掲げる。


「お前が持ち込んだという証拠がある以上、持ち込んでいない証明が無ければ裁かなくてはならない」

「そんなっ! いくらなんでも横暴な……!」


 悪魔の証明。存在しない証拠、不可能な証明。


「白鳥も地に堕ちたな――――」

「優等生も裏では遊んでるんじゃない?」

「私、最近うちの制服の子がって聞いたんだけど、もしかして――――」

「絶対裏があるって思ってたんだよね」

「うわ……かわいい顔してえっぐい」

「前からそうなんじゃないかって思ってた」


 私じゃない――――

 その言葉は弱弱しく掠れて、言葉にならなかった。


「お姉さまに見限られたって聞いたけど、納得だね」


 ざわめきの中でその一言が耳に強く残って、私の感情をぐちゃぐちゃにかき乱す。

切り裂いて引きづりだして振り回される。


 停学。汚名になる。出来損ないだと言われる。

 私だけじゃない。お姉様にも。お母さまやお父様にも。迷惑をかける。

 今まで優等生でいたのに。我慢して、従って、いい子でいたのに。


 周囲の無責任な罵倒が反芻して、眩暈みたいに視界が歪んでいく。上と下が分からなくなって、地面に立ってる感覚だけが置き去りにさーっと世界の色が遠のいていく。

 息がうまくできない。吐き出した声が嗚咽になって、他人事のように苦しそうにすすり泣く女の子の声を聴いていた。


 そうか、私が何を言っても意味がないんだ。風紀委員こそが校内の法を取り締まる絶対正義にして正しさ。もう私が何を言おうが訴えは通じない。


 東雲さんは私の肩に触れて、ゆっくりと口を開いた。


「――――――――。」


 私は、申し訳なさそうに頭を下げる。そして、縋るように、救われたように、すべてを受け入れた“笑顔”で従い、その言葉を口にする。


「分かりました。私は、今回の件を反省し、東雲様に――――」


 その時だった。

 彼女は嵐のように、私の前に吹き込んだ。


「ちょっと待ったぁ!!」


 私の前に割り込んで、庇うように腕を広げる少女。全力疾走したのだろう、大きく呼吸をするたびに肩を上下させ、胸元のリボンが揺れた。


「天璋院さん……!?」


 いきなりの乱入に東雲さんは動揺を隠せず、顔を引きつらせる。


「証拠ならある。白鳥さんがやってない証拠なら、私がいる!!」


 そう宣言する天璋院さんに対し、東雲さんは一呼吸おいて応じる。


「私立ラヴァリア女学院校則――――

「検査の列の割り込みじゃない。私が受けるときは並びなおすよ」


 宣言を遮られて東雲さんは眉をピクリと動かし、不機嫌を思わせる。しかし、天璋院さんは態度を変えずに堂々と東雲さんを睨みつける。


「私立ラヴァリア女学院――――

「校則への文句を言ったわけじゃない。ただ証拠の提示に来ただけ」

「私立ラヴァリア――――

「この場合、第三者が証拠の発言をするのがおかしいとは私は思わない。なんならタバコを見つけた人とあなたも別人だよね? 面倒だから本題から言いなよ。長すぎるから最後まで聞く気になれないな」


 ざわっと批判的な声がいくつも上がった。


「うわ、なんなのあいつ」

「委員長に盾突くとか馬鹿なのか」

「天璋院のご令嬢だってよ。程度が知れる」

「恥ずかしくないのかしら」

「あんな奴の肩持って何がしたいんだ」


 雑踏の非難が明らかな敵意を剥き出しにして、校内の絶対正義に反論する天璋院さんに集中する。


「天璋院さん、もうやめて……私を庇ったら、貴女まで汚名を被ることに」


 私がそう言うと、天璋院さんはにっこりと笑った。任せて、と。


「私はそこの人がポケットから“シガレット”を取り出して、それを白鳥さんに渡していたところ見ました。それが証拠です」

「言うだけなら何とでも言える。そんなのが証拠になるわけないだろ! ……ん?」


 東雲さんは、異変を感じて私の手の中にある紙箱に視線を移す。


「まあ確かに今来たばっかなので適当言ってますけど! でも、あなたたちの白鳥さんが持ってたっていう話も何とでも言えますし!」

「適当言ってるのか!? お前は馬鹿なのか!? いや、違う。そこじゃない、お前!」


 ぷくーと頬を膨らまして怒る天璋院さんに対して、戦慄の表情を浮かべる東雲さん。なぜだか奇妙なすれ違いを感じる。


 手の中の紙箱に視線を移すと、私はそのすれ違いが何なのかに気づく。すげ変わっている、タバコがココアシガレットに。


 ……馬鹿なの?


「というか酷くないですか? 前まではお菓子の持ち込みだって許してもらえてたのに……羽衣にお菓子をあげるとすっごい可愛いんですよ? 学校ではあの天使の笑顔を見れないってことですか??」

「いや……貴女の事情は知らないが。な、何をした……貴様、何を……」

「……? 何、って。友達が困ってたので助けに来ました。お菓子の持ち込みまで認められないとなると、私が大変困るので負けるつもりはないです」


 天璋院さんは本気でお菓子のことを講義しに来たみたいだった。たぶん挿げ替えたのも彼女ではない、と思う。あの純真な瞳、湧き上がる真っすぐな闘志はとてもごまかすための演技には見えない。


 東雲さんは苦虫をかみ殺したかのような顔で私からココアシガレットを奪い取ると、まじまじと見つめて沈黙する。


「なんとか言ったらどうですか! 私はお菓子のためなので、絶対に屈しませんよ! あとついでに友達を助けるためでもあるので!」

「あ、ついに私がついでになっちゃった……」


 東雲さんの表情がぐにゃりと歪んだ。気持ちは大いにわかる。私も意味が分からなかった。


「もういい……私が悪かった」


 東雲は私にココアシガレットを押し付けると、深くため息を吐いた。


「……どうやら、タバコと見間違えたようだ。問題ない」


 東雲さんがそう言うと、天璋院さんはぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。


「ああ! ココアシガレットってタバコと似てますしね! 私も最近知ったんですけど、子供が大人の真似をしたがるからって理由で似せて作られてるんだよ」

「へー。天璋院さん、物知りだね!」


 天璋院さんの天真爛漫な振る舞いを見ていると、なんだかどうでも良くなって私も釣られて笑ってしまった。


「……順番を待ってる生徒がいます。捌けてもらえますか」

「あっ、はい! すぐに」

「天璋院さんは並びなおしてください」

「見間違えたくせに偉そうに」

「ダメだよ、天璋院さん。悪気があったわけじゃないんだから、ね?」


 一方、庭園のベンチに何食わぬ顔で座って騒動を傍観するメイドの姿があった。


「爺や、これの始末はお願いします。今度は私に言いがかりを付けられると面倒です。まあ最悪、役に立たなかったもう一人のメイドに押し付けてもいいんですが」

『畏まりました、鯉川のお嬢様。いつも琴葉お嬢様がご迷惑をおかけしております』

「……私は琴葉のメイドですので当たり前です。あの方が馬鹿で無鉄砲で考え無しでも見限ったりしませんよ」

『信じておりますよ、鯉川のお嬢様。たった今、ドローンをそちらへ寄こしました。袋の中に入れてくださいませ』


 佳乃はスマホの通話を切って、タバコと琴葉の漫画を小型ドローンから釣り下がる袋の中に入れる。


「さて、馬鹿なお嬢様の回収に行きましょうか」


 佳乃はやれやれと肩を落として、馬鹿正直に列に並ぶお嬢様の元へ向かうのだった。

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