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第1話 異変

1話と話数を振っていますが、前回からの続きです。

「皆様、ごきげんよう」


 乙女の花園、私立ラヴァリア女学院。日本屈指の超エリート校にして、清楚で上品なお嬢様たちが通う清く神聖な学び舎。外部への露出は極限まで無く、門外不出の校則によって神秘のベールに包み隠されているお嬢様たちの秘密の庭園。

 生徒たちが校舎に向かうのに通る道の脇には純真な乙女の象徴と言われる無垢なる白百合が咲き誇り、庭園の泉の傍には最高級の和の美と名高い万年桜が一年中咲いている。その奥には西欧の城のような校舎が構えており、正面庭園だけでなく奥には無数のバラの庭園が園芸委員によって日々手入れされている。


生徒の登校が集中するこの時間には、いたるところでお嬢様の代名詞とも言える“ごきげんよう”という挨拶が聞こえてくる。

友人やお姉さまを見つけて愛くるしい笑顔を浮かべて駆け寄る者たち、メイドやボディーガードと楽しそうに談笑するものたち、少しだけ興味があるけども家同士の因縁があり好意を悟られないようそっけなく挨拶するものたち。


「ごきげんよう、天璋院さん」

「ごきげんよう♪」


「天璋院様、ごきげんよう」

「はい、ごきげんよう」


「あっ、天璋院様~!! ごきげんよう♪」

「ごきげんよー」


「天璋院さん、ごきげんよう。これを受け取ってくださいませ!」

「ごきげんよう。はいはい、ありがとうございますわ」


「私のも受け取ってくれませんか? あっ! ごきげんようっ!」

「ごきげんよう、天璋院さん。これつまらないものなんですけど。私のこと覚えてくださいましたか? 二年の――」

「ごきげんよう! 天璋院様! ぜひ私の妹に――」

「ごきげんよう、天璋院様――」

「ごきげんよう、天璋院さん――」

「ごきげんよう――」

「ごきげんよう――」

「ごきげんよう――」


 ごきげんよう。

この挨拶は一日を始まりを告げる儀式にも似たもので、毎日この挨拶をすることによって、学友との仲を深めることができます。と、教えられているくそだるい挨拶である。

 正直なところ、教師連中だって大半どころか全員レベルで嫌々この挨拶をしているくせに、なぜか無くならない謎文化である。


 そして、まあなんとなく分かってもらえると思うが、挨拶をされたら必ず返さなければならないという規則があるため、名家の中の名家クラスともなると、取り入ろうとする輩が一斉に寄ってきて、四方八方からごきげんようの集中砲火をくらう。


「ごきげんよう。お姉さま方、申し訳ないのですが私は姉妹制度は考えておりませんわ。えっと、持ちきれないのでもう受け取りはここまでとさせていただきますわ。ごめんなさいね。お先に失礼足します!!」


いつもなら私のお付きのメイドである佳乃の凍てつく瞳という防護壁があるが、羽衣と喧嘩してお説教を受けているせいで今日はノーガードだ。ついでに言うと、今時お嬢様口調で喋るお嬢様なんていない、学院内では意識できる範囲で使っているのだ。割とみんなこのスタンスだ。というか現代様式に合わないのだからそりゃそうだろう。


「はい、ごきげんよう♪」


 私は集中砲火の中をするするとすり抜けていく。一度逃げると決めた、天璋院琴葉を止められるものはいないとまで言わしめる完璧なステップで生徒たちを避けていく。馬鹿正直に一人一人相手にしていては、朝から声が枯れてしまう。


「うー、佳乃の馬鹿! 早く来て~! あ、ごきげんよう♪」


 泣き言を言いながらも包囲網を抜ければ、何やら生徒たちが校舎の入り口付近が騒がしい。何事かと観察してみれば、風紀委員の服装チェックだ。何やら揉めているようでチェックが滞っているようで普段より列が長い。


 面倒なことになった。足止めを食らえばまた集中砲火の餌食になることは目に見えているので、どうにかして切り抜けたい。


思考しているうちに、後ろからギラギラとした視線が迫ってきている。その時、ふと順番待ちの列からこちらを見つめる一人の女生徒を見つける。


 ――――あの人、誰だっけ?


 降り積もったような白い肌。制服の上からでも分かるくらい発育が良くて、ふっくらとした女性的な見た目をしている。それでいて、決してだらしないわけではなく、長身ですらりと手足が長く、なんといっても太陽の光のように煌めくような金色の髪が圧倒的な美しさを醸し出している。

海外のセレブのご子息だろうか。外国人モデルと言われても納得できる。もしかしたら親の方が有名なモデルか俳優で、テレビで見たとかで見覚えがあると思ったのかもしれない。そういうのは有名人が娘をこぞって通わせる学院なので結構ある。


「ごきげんよう! 待ってください、天璋院様!!」

「――――ッ!? ごきげんよう! 待ちませんわ!!」


 気づけばぼうっと彼女に見惚れていたようで、追手たちがすぐ近くまで来ていた。周囲にいる者たちは、日々鍛えられて身に着けたごきげんようオートカウンターが対処してくれていたが、先ほどの集団に追いつかれればカウンターの許容量を超え、簡単にさばききることは難しい。


 どうする?


 彼女の瞳が私の状況を察したのか、呼び止めようか迷い揺れた。私が彼女に見惚れていた間、彼女もこちらを見ていたのだ。


 私は弾かれるようにして彼女のもとへ向かっていく。


「ごきげんよう♪」

「え? あっ、はい。ごきげんよう、天璋院さん……」


 彼女は驚いたように、目をパチパチと瞬かせる。と、はっとして後ろに並ぶ生徒に話しかける。


「あの、申し訳ございませんが、私彼女とお話をする約束がありまして。前を譲っていただいてもよろしいでしょうか?」

「ど、どうぞ、天璋院様。お譲りいたしますわ」


 後ろに並ぶ女子生徒は手にしていた本をぱたんと閉じて顔を上げると、私と彼女を見てぎょっとしたように声を上ずらせ、譲ってくれた。


「感謝いたします。では、お言葉に甘えさせていただきますね♪」


 天璋院家の心得、笑顔は完璧なものを送るべし。にのっとって、譲ってくれた女子生徒には、にっこりと満面の笑みをプレゼントしておいた。


「ありがとうございます。助かりましたわ。えっと、先輩……でいいのでしょうか?」

「はい……、そうですよ。私は白鳥聖。二年生で、クラスはRosa Roja。初めまして、天璋院さん。これからよろしくお願いいたしますね」

「私の方は自己紹介はいらないようですね。よろしくお願いします、白鳥さん」

「ええ、天璋院さんは有名人ですから」


 寄ってくる人数が常人の比ではなく、名前を覚えるのが非常に面倒で、関わりのない人間の名は覚えていなかった。しかし、白鳥さんは初めましてと言うので初対面だったようだ。助かった。

クラスメイトの中でも仲の良い女子2人程度しか顔と名前が一致しないくらいだ。友達が少ないわけではないと虚勢を張りたいところだが、お父様とお母様のご活躍のせいで知り合いは多くとも友達は少ない。


 もしかしたら、あの団体は私が白鳥さんと話し始めても近寄ってくるのではないかと思っていたが、空気は読めるようで遠巻きに私たちを見ると、仕方がないと大人しく列に並び始めた。


「大変でしたね……。毎朝、そんな感じなのですか?」

「いえ、今日はいつも傍にいるメイドがいませんので。あの子がいればもう少しましなのですが」

「ふふっ、なんでしたらもう少し早く家を出ると良いかもしれませんよ。部活がある生徒くらいであまり多くはありませんから。私も一年生の時は同じように苦労したんです」


 このような日本人離れした美しさを持つ白鳥さんはただ者ではないとは分かっていたが、彼女の自身か、彼女の家かは分からないが、私の家と同レベルには人脈を繋いでおきたい存在のようだ。


「そういえば、今日のチェックは少し厳しいみたいなのですが、天璋院さんは大丈夫でしょうか? 余計なお世話でしたら申し訳ないのですが」


 視線を向けてみると確かに何やら面倒な持ち物チェックが行われている。鞄の小さなスペースだけでなく、制服のポケットなども調べられるようでなんとか隠そうとした人がまた一人摘発されて、言い争いになっている。これは確かに長くなりそうだ。


「私は特にこれといって余分なものは入れてないはずですから、たぶん大丈夫です」


 鞄の中の整理は佳乃がやってくれているし、校則に引っかかるようなものは入っていないだろう。


 一応、鞄の中身を確認しておこうかな、と考えていると、ふと先ほど言い争いになってしまっていた人と風紀委員とのやり取りが気になった。


「ん……?」


 言い争いをしているのは、少し派手めなメイクをしている生徒だ。メイク道具を取り上げられ、メイクを落とせと言われてもかたくなに拒否している。

ナチュラルメイクはOKなのだが、過剰なメイクは校則で禁止されている。この学院はセレブやモデルも通っている、家柄もありメイク無しで出歩くなんてとんでもないという層がいるため、禁止されているといっても少し派手くらいでは軽く注意される程度で済む。それを思えば、今日になっていきなり落とせと言われるようになれば反発したくもなるだろう。


 極めつけは風紀委員の女子生徒の格好だった。この学院における風紀委員は貧乏くじだ。クラスから数人は強制的に排出され、毎朝の服装チェックなどの面倒な仕事を任される。毎朝早起きして仕事をさせられた上、生徒からの反感を買わなければいけない誰だってやりたくない。しかし、利点として身内なので多少の校則違反は目をつぶってもらえるというメリットが存在した。


 そう、その風紀委員の生徒は風紀委員のメリットを最大限に活かし、派手なメイクをしているのだ。制服は着崩しているし、なんなら素行も悪そうに見える。お嬢様によくある、家が厳しいから外ではこっそり羽目をはずすというやつだ。気持ちはわかる。


「どうかされましたか?」

「いえ、あそこの言い争い。長引きそうだなって思ったんです」


 どちらが良い悪いで言えば、風紀委員が悪いだろう。だが、人間には同情や情けといった肩入れが存在する。身だしなみのために毎朝早起きして誰よりも早く学校に来て風紀委員の仕事をしている彼女の努力がある以上、それを指摘するのは気が引ける。


 埒が明かないと判断したのか、困った顔をした風紀委員は別の手の空いている風紀委員を呼び止めた。


「ああ、それなら大丈夫ですよ。列の流れは意外に早いみたいなんです」


 さらりと言いのけた白鳥さんに、私は首をかしげて聞き返す。


「それは、どういう――――


 言葉を最後まで言い切る前に、私は違和感を感じて再び言い争いをしていたところに視線を向ける。すると、言い争いをしていた生徒が水道の方へ向かっていきメイクを落としていた。


 迷いや躊躇いなくメイクを落とした女子生徒はよほど上手く説得をしたようで特に不満などがあるようには見えない。風紀委員によって整頓された鞄を笑顔で受け取って、礼を言って立ち去っていく。その笑顔は作り笑顔などではなく、まさしく心からの笑みだった。


「風紀委員さんが優秀なんですかね。大変なお仕事ですのに、熱心に取り組んでいるから気持ちが通じるのかもしれませんよ」

「そう……ですね」


ぞくりと背筋に悪寒が走った。


 時間や問題が多発して当たり前の状況。しかし、異様なまでに順調に列は進んでいく。一歩、また一歩と得体のしれない何かに引き込まれていくような不気味さがそこにはあった。


 ここは、私立ラヴァリア女学院。乙女の花園と呼ばれるこの学院は、日本屈指の超エリート校にして、清楚で上品なお嬢様たちが通う清く神聖な学び舎。

しかし、本当のお嬢様学校はそんな世間のイメージとは程遠い場所だった。暴力による圧政、権力による支配、渦巻きこじれる恋心。数々の思惑が入り乱れ、交錯し、衝突する。ここはまさしく、"乙女の戦場"。


水面下に潜んでいた孤独な女王は、愛しき魔女の甘い囁きを受け入れたのだ。そして、もう誰にも止められないほど強大で邪悪な暴君へとその身を変貌させていたのだった。


第一章 孤独な女王と愛しき魔女 開幕

今回は入りきらなかっただけで、百合要素(意味深)はこれからもたっぷりと入れる予定なので安心してください。

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