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「お姉さま方、ごきげんよう」


 乙女の花園、私立ラヴァリア女学院。

 日本屈指の超エリート校にして、清楚で上品なお嬢様たちが通う清く神聖な学び舎。穢れなき純真な乙女達は学友と微笑み、時に談笑を交え、時に支え合って優雅な日々を過ごしている。


そんなラヴァリア学院の第二校舎の教室でそれは起きようとしていた。


薄明かりの差し込む教室に立ち込めた無数の殺意。ギラギラと獰猛に光るその目は、たった今ドアを開けて踏み込んできた人物へと向けられていた。


「あらあら、ごきげんよう。天璋院家のお嬢様ともあろう方が、こんな薄汚れた場所になんのようがあるのかしら?」


 積み上げられた机の王座から、この素行の悪い連中をまとめているのだろう少女が見下すような笑みを浮かべていた。


 言わずと知れた天璋院家のお嬢様がお供も連れず、一人でここを訪れた。今では主要な施設は新校舎に移され、ほとんど使われていない第二校舎の不良のたまり場と知られている教室にだ。


 その人物は囲む者たちに怯えることも視線を向けることもせず、一切物怖じせずに教室の中央まで踏み込んでくる。

周囲には素行不良で有名な生徒たちがおよそお嬢様学園には相応しくない木刀や鉄パイプのような武器。そのような状況にあっても、その人物の口元にはお嬢様然とした不敵な笑みが浮かんでいた。


「何とか言いなさいよ! 今更謝りに来たとでも言うわけ? 何をしようがもう生徒会は終わり。力を貸したあんたの名前も汚れて、お父様に叱られちゃうわよ? ふふっ、あなたのお父様は貴女が泣いたら許してくれるのかしら?」


 無言を貫く態度に痺れを切らしてまくしたてるように言う少女に、心底呆れたように溜息のみを零した。なおも無言を貫く態度に、少女がギリッと歯ぎしりし、緊張感が膨れ上がっていく。取り巻き達が武器を強く握り直し、今にでも飛びかからんと強烈な殺気を膨れ上がらせる。


緊張感が最大まで高まったところで、その人物はようやく口を開いた。


「弱い犬ほどよく吠えますわ。そして徒党を組みたがる。この意味が分かるかしら、寂しがり屋の女王様?」

「――――ちぃっ!! 行け、クズども! やつを、殺せッ!!」


一人の少女の号令、それが開戦の狼煙となり一斉に襲い掛かる不良生徒たち。しかし、それは息をつく間もないほどの一瞬の決着だった。

少女は目を見開く。


「そ、そんな!? そんなことがあるはずが……」


 何があったのか。それは鮮明に視界に焼き付いているのに、それが現実だということを脳が拒んでいる。


 少女の従順な手足。暴力というなの支配の力は、たった一人のお嬢様によって全員、教室の床を舐めさせられた。


「あとは、貴女だけです」


 こちらへ歩いてくる。カツ、カツ、と上履きで床を叩く音。近づいてくるというだけで、体が恐怖に震えだす。


「そんなっ、嘘だっ! 嘘だ!! 来るな! ごめんなさいっ、ごめんっ! 謝るから……許して!おねがいっ、いやっ! いや!! いやあああっ!!」


 乙女の花園と呼ばれる私立ラヴィリア女学院に、到底似つかわしくない悲鳴が木霊するのだった。




 カーテンが揺れて隙間から差し込んだ朝日が眩しくて、瞼をぎゅっと閉じて身じろぐ。

 十分に睡眠は取っていても、寝起きと言うのはどこか気だるくて素直に身体を起こせない。


 コツコツ、と廊下を歩く足音が聞こえた。朝が弱い私は彼女が来る前に起きられることは滅多にない。悪戯心が赴くままに身じろぎして乱れた毛布を正して寝ているフリをしてみることにした。


「おはようございます、お嬢様」


 コンコン、と扉がノックされる。


 この家に仕えているメイドの佳乃が、朝の弱い私をいつものように起こしに来たのだ。

 少し釣り目で真面目そうに凛とした雰囲気を持った大人びた人だ。年は私と一つ違いだとは思えないほどしっかりとしていて、屋敷の中だけでなく学園生活でも度々世話を焼いてくれる。


 私がそれを寝たフリでノックを無視していると、扉が開かれる。


「お嬢様、起きてくださいまし。学校に遅れてしまわれますよ?」


 私が依然として寝たフリを貫いていると、呆れたような溜息が聞こえた。

 少し前までは、少し悪戯をしても笑って許してくれていた。でも、気のせいかもしれないけど、最近は少しだけ嫌そうな顔を覗かせる気がした。


 毎朝、寝起きで駄々をこねる私を、佳乃が優しく諭すように起こしてくれる。私は朝のその時間が好きだった。

 でも、なんとなく佳乃と心の距離が出来ているような気がして、寂しくてついつい甘えすぎたかもしれない。


 私は罪悪感が湧いてきて、自分から起き上がるか迷う。

 恐る恐る瞼を開けようとすると、ぴたっと頬に柔らかい感触がした。


「お嬢様、起きてます……?」


 佳乃に人差し指でふにふにと頬を突かれている。なんだか気恥ずかしくて、私は寝たフリを継続してしまう。

 頬を突くのは次第にヒートアップし、むにむにと頬を摘まんだり、唇をなぞったりと好きなように弄ばれる。


「ふふっ、琴葉はお寝坊さんですね」


 琴葉と名前で呼ばれてドキリとする。昔はよく名前で呼んでくれたのだけど、最近はお嬢様としか呼ばなくなった。立場とか色々あるのだろうけど、なんだか距離ができたようで少し寂しかった。

 含みを持たせたような楽し気な声。寝たフリがバレているのではないかと、変にドキドキして緊張してしまう。


 毛布の上から仰向けに寝ている私のお腹をさする。なんだかむず痒くて笑いだしてしまいそうなのを必死で我慢する。


 確信した。私が寝たフリだと気付いて、佳乃は遊んでいるのだ。

 頑なに寝たフリを続けていれば、毛布の中に佳乃の手が入ってくる。私の脇腹を撫でて、つーっと太ももの方に移動していく。


「あっ、うぅ……」


 私はむず痒さに思わず声が出て、ピクッと身体を震わせて反応してしまった。

 佳乃はベッドによじ乗って、息遣いを感じられるほど身を寄せる。ふわりと佳乃の髪の優しい香りに包まれた。


「琴葉……起きてる?」


 佳乃の手は太ももを艶めかしい手つきですりすり摩る。むず痒い感覚に身体をくねらせて、逃れようとするも徐々に際どい場所へと伸びてくる手に好き勝手蹂躙される。太ももの内側に手が触れて、我慢の限界を迎えて笑い声が漏れ出てしまう。なにかおかしい


「あぅっ、んっ」

「…………ふむ」


 諦めたのか琴葉の攻めの手が止まる。

 こしょぐりから解放された私は、ふぅと安堵の息を吐いて身体から緊張が抜けた。その瞬間だった。


 ふにっ、と柔らかい何かが唇に触れて、私は慌てて起き上がる。


「ちょっと!! 佳乃っ///」


 隣に寝転がった佳乃を何事もなかったかのように笑みを浮かべていた。


「おはようございます、お嬢様。私がどうかされましたか?」

「今、私の唇をっ///」

「へえ……」


 佳乃は妖艶な笑みをして、ぺろりと舌なめずりをする。どきりと鼓動が高鳴って、身の危険を感じ取って後ろに逃れようとするが、佳乃に顎に手を添えられて私は硬直してしまう。

 そっと佳乃の顔が近づいてきて、私の頬はかーっと赤く火照っていく。


「佳乃……? えっと、私……そういう趣味は、なくはないけど……でも、心の準備ができていないというかっ! うーっ///」


 目を合わせていることができなくて、私はぎゅっと目をつぶる。再び唇に柔らかいものが触れた感触がして、びくっと身体を震えさせる。


「お嬢様ー?」


 ぐにぐにと唇が押されて、違和感を感じて恐る恐る目を開ける。すると、私の唇に触れているのは人差し指で、佳乃は呆れたようにくすくすと笑う。


「ふえっ!? ええっ??」

「お嬢様も思春期ですねー。よしよし、かわいいかわいい♡」

「うーっ/// 佳乃の意地悪ー!!」


 私は顔を両手で覆って悶絶する。もうどうにでもなれと、大人しく佳乃に好き勝手に頭を撫でられた。


 佳乃に頭を撫でられているとなんだか懐かしい感じがした。高校生にもなって、頭を撫でられているというのも小恥ずかしい。でも、それ以上に心地いい感じがした。


(そっか。昔はこうやって撫でてくれてたっけ……)


 心地よさに甘えて撫でられていると、にやーっと悪戯な笑みを浮かべる佳乃とパチリと目が合う。


「琴葉は甘えん坊さんですねー♡」

「いやこれはっ! そうだ! 佳乃だって、いつもはもっとピリピリしてるのになんか変だから!!」


 佳乃は考えるように手を止める。


「お嬢様は寝起きが異様に弱いので、そこで弄り倒して日頃のストレス解消してるんです。反応がそれはもう面白くて。昨日は、『やめてぇっ。そこ弱いのー』って言ってました。多感ですね」

「ちょっ!? 毎朝、異様に気怠いのこしょぐりまわされてるからじゃないよね!?」


「昨夜はゲームをしずに寝たからでしょうか。珍しく起きられましたし、たまには手早く準備を済ませて早めに学校に行くことにしませんか?」

「……時間あるなら二度寝したいなぁ、なんて。だめ?」

「ダメです。行きますよ」

「いやだぁ!! 二度寝するのぉ!!」


 駄々をこねて布団にしがみ付く私を、佳乃は手慣れたものでぐいっと腕をつかんで引っぺがす。よたよたと歩き出そうとするも、まだ眠気が抜けきっていない私は足がもつれてしまった。


「ひゃっ」

「――っ!」


佳乃はすぐさま私を受け止めて、腰に手を回してぐっと身体を支えた。私は顔面から佳乃の胸に突っ込み、柔らかいクッションに受け止められる。

そのまま、佳乃に抱き込まれたままカーペットの上に佳乃が下敷きになって倒れる。


「お嬢様、大丈夫ですか? 私の不注意で申し訳ございません!」


 ぎゅーっと佳乃の抱き止める力が強くなる。柔らかい佳乃の身体に包み込まれるようで、温かかくて心地よかった。


「私こそごめん。佳乃も、私をかばって頭打ってない……?」

「大丈夫です。ですが、下敷きになってるので、お嬢様が先に立ち上がってください。あ、いえ。決してお嬢様が重いとか言うのではなくてですね。本当ですよ? 最近になって、夜中に食べるお菓子の量が――」

「わー! 分かったから!! ちゃんと控えますっ!!」


 痛いところを突かれて少し涙ぐみながら、私は立ち上がるために手を突こうとする。しかし、手は柔らかい何かについて支えが効かず、掴みこむと指がふにゅっと沈み込む。


「ひゃんっ///」

「……? あっ……えっと、これは、そのっ……」


 佳乃に睨まれて、私はびくりと身を強張らせる。その拍子に力が入って、再び指が沈み込む。


「ふっ、んっ……」


 佳乃は反射的に振り払おうと手を伸ばすも、私を突き飛ばすわけにはいかず、行き場を失って私の腕を弱弱しく掴む。


「い、いい加減にしてください……っ!」


 私は慌てて手を離して、猫のように飛びのいて佳乃から離れる。


「ごごごご、ごめんなさいっ!!」


 佳乃は不機嫌そうにぷくーっと頬を膨らませながら立ち上がる。


「私はメイドとして、お嬢様のお身体に傷がつくことを絶対に阻止しなければなりません」

「うん……そ、そうだね」

「将来、お嬢様に想い人ができて、一緒になるまで。私はお嬢様を守らなくてはなりません」

「あー……はい。その通りです。今のところ、男の人と関わりないけど……」


 佳乃は俯いたまま顔を向けることなく、着崩れた衣服をするすると直す。

 怒りの感情も、何も見せずに淡々と言う佳乃に私は若干怯えながら相槌を打つ。


「ですが、お嬢様を殿方などには渡すつもりはないので、実質一生私のものです。お嬢様、たぶん殿方にはモテませんよ」

「そう、その通りで――いや待って。おかしくない? まだモテないとは限らなくない??」

「断言できます。おかしくないです」

「えぇ……」


 いつも通りではあるが不躾な物言いに、決してこちらに顔を見せようとしない態度。昔、まだ名前で呼び合っていたころ、佳乃を怒らせてしまったときもこんな怒り方をしていた。


「えっと、佳乃? 怒ってるー?」

「こんなことで怒りません。お嬢様のメイドですし。結局はお金の関係ですし。お嬢様に文句を言う権利なんてありません」

「ごめんて!!」


 佳乃はそっと顔を上げる。


「――――ッ!」


その顔は今までに見たことないほど真っ赤で、少し涙ぐんでいて。大人びていていつも冷静な佳乃が、今は年相応の女の子の顔をしていた。


「でも、お嬢様だけじゃなくて、私も……多感な時期だってことは分かって欲しいです……」

「わ、分かりました……」


 かーっと佳乃の頬が赤くなるのが分かって、私も釣られて顔を赤らめるのだった。


「ということで、お返しです」

「ふえっ!? あっ、だめっ! そんなっ///」

「ふふっ――――慎ましやかでかわいらしいことで」

「ちょっとぉ!?」


 お嬢様とメイド。この関係性は歪で、ほめられたものではないのかもしれないけれど、とても心地よくて、こういうのもいいんじゃないかって、私は思うのだ。

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