番外編 セルジュの失恋
「せっかく来たのに、食事とシャワーだけ?」
「そー」
スフェンヌ港のある家で、1人の女にセルジュはそう答えた。
「ふーん。まぁ、いいわ。入って。食事が先かしら?」
「いや、シャワー浴びる」
セルジュは彼女家の中へと入った。平民である彼女の家は、入れば直ぐに台所とダイニングがあり、その奥へ進むとトイレとシャワー室、そしてベッドがある。
洗面所で髪紐を解いて洗面台の上に置き、服を脱いでシャワー室へと入った。生温いお湯を浴び、汚れを取った。
浴び終わり、ゴワゴワしたタオルを渡され、体を拭く。荷物入れから着替えを取り出して、服を着替えた。
「ありがとう」
「そこの部屋がベッドだけど」
何度も来ている彼女の家の間取りは、分かっている。それでも彼女がわざわざそう言うのは、不満なのだろう。
だが『来ない』という選択肢もなかった。港に白百合号が停泊していることはバレているし、彼女の元へと行かなければそれはそれで面倒だった。
「知ってる。食事とシャワーだけでもいーだろ?」
そう言って洗面台に置いた髪紐を取ろうとすると、女に奪われた。
「ジェニー、何して――」
「ここの前はジャードに停泊してるわよね? ジャードで新しい女が出来たのね。その女と楽しんだから私とは遊べないってわけね」
「違う!」
「この髪紐、新しいわよね。縫い目が汚いから本職の人が作ったとは思えない。これを縫った女と遊んだんでしょ」
「だから違うっつーの!」
セルジュは髪紐を奪い返し、ポケットへとしまう。
「じゃあ何よ!! あまり会えないのに、嬉しいのは私だけ!? 久しぶりに恋人に会えたのに!!」
「別に恋人ってわけじゃー……あっ」
「…………最低」
彼女は鬼の形相でセルジュの胸を強く押し、玄関から外へと追い出した。
「ジェニー違うんだって!」
「二度と! ここに来ないで!!」
ジェニーはセルジュの荷物を投げつけ、扉を勢いよく閉めた。
「マジか……はぁ……」
セルジュは肩を落とし、白百合号へと戻る。
光源灯に光を灯す係の、点消方と呼ばれる人が、長い点滅杖を持って歩いていた。そんな彼から気の毒そうな目を向けられ、バツが悪そうに歩いた。
白百合号へと着き、溜息を吐く。寝る前に空腹を満たしたい。
食堂へと行くと3つ子はおらず、イーサンとドニが飲んでいた。2人と目が合うと、何故か大笑いされた。
何故笑われるのか分からず立ち尽くしていると、イーサンから「振られたんだろ」と言われる。
「んで分かんだよ」
「長い付き合いだしな」
セルジュは不満げに酒棚まで歩き、ラム酒の瓶を手に取った。そして、ナッツとドライフルーツを皿に入れた。
「ここの港は誰だっけ? バルバラ? デジレ? パメラ? ああ! ジュリーか!」
「ジェニーだよ。どれもちげーし。ほっといてくれ」
「俺らが振られると散々酒の肴にするだろ」
「そーでしたっけー? 覚えてませーん。どっかの誰かさんが、最近ビビアナに振られたことなんて全く覚えてませーん」
「おい! あれは振られたんじゃない。振ったんだ」
「のわりに、随分引きずってたじゃねーの。家に行ったら他の男と裸で抱き合ってたんだっけ? 真面目ぶって1人の女としか付き合わねーから傷もでけーんだ。なー、ドニちゃん」
「それは……そう」
「お前らが不真面目過ぎるんだ。ドニはそんなことやりそうにないから、セルジュよりタチが悪いぞ」
「そう? ……でも……3人しかいない」
「人数の問題じゃないの。セルジュは各港に女が居そうだけど、ドニは違うだろ。バレたら殺されるぞ」
「んー……気を付ける」
ドニは軽く笑いながら、ナッツをつまんだ。セルジュはラム酒の瓶を開け、グイッと飲んだ。
「まっ、でもセルジュは、最近大きく傷ついたろ」
「……何の話だよ」
「とぼけるなよ。初めて出来た本命の女だろ。オリヴィア様は」
「はぁ!?」
イーサンとドニはニヤリも笑う。セルジュはそんな2人を睨みつけた。
「さっきまで2人で話してた。慰めてやるよ、セルジュ」
「いっぱい……飲むといい……振られたらそれが一番」
「告ってねーから振られてもねーし、そもそもそんなんじゃねーよ。お前ら飲みすぎだ」
「違うのか?」
「違う」
「ふーん。俺らはてっきりそうかと」
「馬鹿じゃねーの。……でも、お前らがそう言うなら……」
セルジュは立ち上がり、高級ワインを手に取った。これは上司達のワインである。
「何してるんだ?」
「これを飲む。同じの買ってこいよ」
セルジュはコルクを開け、そのままワインを飲んだ。イーサンとドニは慌ててセルジュを止める。
「ふざけるな! お前! 船長達のいくらすると思ってんだ!」
「うるせー! 飲ませろ! 慰めてくれんだろーよ!」
「振られてないんだろ!? 飲む必要ないだろ!!」
「振られましたー、ジェニーに振られましたー」
「安酒で我慢しろ! お前には安酒がお似合い……おいこれ! 俺らのひと月の給料飛ぶぞ!?」
「セルジュ……殺す……」
「何してるんだ」
ピタリと3人の動きは止まる。
「副船長……」
「……なるほどな……最近、酒の減りが速いなと思ってたんだ……レオじゃなくて、お前らだったのか……」
「「え?」」
イーサンとドニはなんの事か分からなかったが、セルジュだけは分かった。だが何も言わなかった。
死なば諸共である。
「お前らァ――」
3人はとてつもなく怒られた。セルジュが飲んだ高級ワインは、結局3人で買うことになった。
食堂で飲むことも終わり、セルジュは1人見張り台へと登る。
波の音が聞こえ、月明かりが船を照らした。
見張り台へと着くと、ラム酒を再び開けて飲み始める。
『初めて出来た本命の女だろ。オリヴィア様は』
イーサンの言葉が頭によぎる。
何処ぞの貴族の娘なら、想いを告げるだけでも出来たかもしれない。
だが相手はヴァンの貴族であり、加護者であり、昔世話になった人物の娘である。
出会った時から、恋人が居た。
性別は男だった。
それでも好きになってしまったのは、自分でも驚いている。ライアンが恋人なのだと知った時、しっかりと歯止めをしておけば防げたはずだと後悔した。
気付いた後も、『もし』を考えてしまった。
もし、ライアンと付き合う前だったら……。
もし、奪うことが出来たら……。
もし、リヴィが好きになってくれてたら……。
(馬鹿だな……ほんと……)
ははっと笑い、ポケットから髪紐を取り出してじっと見つめた。
「髪はしばらく切れねーなー……」
うっすらと滲んだ視界を拭い、1つの事だけを考えた。
「お前の幸せを願うよ……リヴィ」
惚れた女に幸せになって欲しい、と髪紐にそっと口付けをした。
これにて完全完結です。
ありがとうございました。




