表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/89

番外編 セルジュの失恋

「せっかく来たのに、食事とシャワーだけ?」

「そー」


 スフェンヌ港のある家で、1人の女にセルジュはそう答えた。


「ふーん。まぁ、いいわ。入って。食事が先かしら?」

「いや、シャワー浴びる」


 セルジュは彼女家の中へと入った。平民である彼女の家は、入れば直ぐに台所とダイニングがあり、その奥へ進むとトイレとシャワー室、そしてベッドがある。


 洗面所で髪紐を解いて洗面台の上に置き、服を脱いでシャワー室へと入った。生温いお湯を浴び、汚れを取った。


 浴び終わり、ゴワゴワしたタオルを渡され、体を拭く。荷物入れから着替えを取り出して、服を着替えた。


「ありがとう」

「そこの部屋がベッドだけど」


 何度も来ている彼女の家の間取りは、分かっている。それでも彼女がわざわざそう言うのは、不満なのだろう。

 だが『来ない』という選択肢もなかった。港に白百合(リスブロン)号が停泊していることはバレているし、彼女の元へと行かなければそれはそれで面倒だった。


「知ってる。食事とシャワーだけでもいーだろ?」


 そう言って洗面台に置いた髪紐を取ろうとすると、女に奪われた。


「ジェニー、何して――」

「ここの前はジャードに停泊してるわよね? ジャードで新しい女が出来たのね。その女と楽しんだから私とは遊べないってわけね」

「違う!」

「この髪紐、新しいわよね。縫い目が汚いから本職の人が作ったとは思えない。これを縫った女と遊んだんでしょ」

「だから違うっつーの!」


 セルジュは髪紐を奪い返し、ポケットへとしまう。


「じゃあ何よ!! あまり会えないのに、嬉しいのは私だけ!? 久しぶりに恋人に会えたのに!!」


「別に恋人ってわけじゃー……あっ」


「…………最低」


 彼女は鬼の形相でセルジュの胸を強く押し、玄関から外へと追い出した。


「ジェニー違うんだって!」

「二度と! ここに来ないで!!」


 ジェニーはセルジュの荷物を投げつけ、扉を勢いよく閉めた。


「マジか……はぁ……」


 セルジュは肩を落とし、白百合(リスブロン)号へと戻る。

 光源灯に光を灯す係の、点消方(てんしょうかた)と呼ばれる人が、長い点滅杖を持って歩いていた。そんな彼から気の毒そうな目を向けられ、バツが悪そうに歩いた。


 白百合(リスブロン)号へと着き、溜息を吐く。寝る前に空腹を満たしたい。


 食堂へと行くと3つ子はおらず、イーサンとドニが飲んでいた。2人と目が合うと、何故か大笑いされた。

 何故笑われるのか分からず立ち尽くしていると、イーサンから「振られたんだろ」と言われる。


「んで分かんだよ」

「長い付き合いだしな」


 セルジュは不満げに酒棚まで歩き、ラム酒の瓶を手に取った。そして、ナッツとドライフルーツを皿に入れた。


「ここの港は誰だっけ? バルバラ? デジレ? パメラ? ああ! ジュリーか!」

「ジェニーだよ。どれもちげーし。ほっといてくれ」


「俺らが振られると散々酒の肴にするだろ」

「そーでしたっけー? 覚えてませーん。どっかの誰かさんが、最近ビビアナに振られたことなんて全く覚えてませーん」

「おい! あれは振られたんじゃない。振ったんだ」


「のわりに、随分引きずってたじゃねーの。家に行ったら他の男と裸で抱き合ってたんだっけ? 真面目ぶって1人の女としか付き合わねーから傷もでけーんだ。なー、ドニちゃん」

「それは……そう」


「お前らが不真面目過ぎるんだ。ドニはそんなことやりそうにないから、セルジュよりタチが悪いぞ」

「そう? ……でも……3人しかいない」

「人数の問題じゃないの。セルジュは各港に女が居そうだけど、ドニは違うだろ。バレたら殺されるぞ」


「んー……気を付ける」


 ドニは軽く笑いながら、ナッツをつまんだ。セルジュはラム酒の瓶を開け、グイッと飲んだ。


「まっ、でもセルジュは、最近大きく傷ついたろ」

「……何の話だよ」

「とぼけるなよ。初めて出来た本命の女だろ。オリヴィア様は」


「はぁ!?」


 イーサンとドニはニヤリも笑う。セルジュはそんな2人を睨みつけた。


「さっきまで2人で話してた。慰めてやるよ、セルジュ」

「いっぱい……飲むといい……振られたらそれが一番」

「告ってねーから振られてもねーし、そもそもそんなんじゃねーよ。お前ら飲みすぎだ」

「違うのか?」

「違う」


「ふーん。俺らはてっきりそうかと」

「馬鹿じゃねーの。……でも、お前らがそう言うなら……」


 セルジュは立ち上がり、高級ワインを手に取った。これは上司達のワインである。


「何してるんだ?」

「これを飲む。同じの買ってこいよ」


 セルジュはコルクを開け、そのままワインを飲んだ。イーサンとドニは慌ててセルジュを止める。


「ふざけるな! お前! 船長達のいくらすると思ってんだ!」

「うるせー! 飲ませろ! 慰めてくれんだろーよ!」

「振られてないんだろ!? 飲む必要ないだろ!!」

「振られましたー、ジェニーに振られましたー」

「安酒で我慢しろ! お前には安酒がお似合い……おいこれ! 俺らのひと月の給料飛ぶぞ!?」

「セルジュ……殺す……」


「何してるんだ」


 ピタリと3人の動きは止まる。


「副船長……」


「……なるほどな……最近、酒の減りが速いなと思ってたんだ……レオじゃなくて、お前らだったのか……」


「「え?」」


 イーサンとドニはなんの事か分からなかったが、セルジュだけは分かった。だが何も言わなかった。


 死なば諸共である。


「お前らァ――」


 3人はとてつもなく怒られた。セルジュが飲んだ高級ワインは、結局3人で買うことになった。




 食堂で飲むことも終わり、セルジュは1人見張り台へと登る。


 波の音が聞こえ、月明かりが船を照らした。

 見張り台へと着くと、ラム酒を再び開けて飲み始める。


『初めて出来た本命の女だろ。オリヴィア様は』


 イーサンの言葉が頭によぎる。


 何処ぞの貴族の娘なら、想いを告げるだけでも出来たかもしれない。

 だが相手はヴァンの貴族であり、加護者であり、昔世話になった人物の娘である。


 出会った時から、恋人が居た。

 性別は男だった。


 それでも好きになってしまったのは、自分でも驚いている。ライアンが恋人なのだと知った時、しっかりと歯止めをしておけば防げたはずだと後悔した。


 気付いた後も、『もし』を考えてしまった。


 もし、ライアンと付き合う前だったら……。

 もし、奪うことが出来たら……。

 もし、リヴィが好きになってくれてたら……。


(馬鹿だな……ほんと……)


 ははっと笑い、ポケットから髪紐を取り出してじっと見つめた。


「髪はしばらく切れねーなー……」


 うっすらと滲んだ視界を拭い、1つの事だけを考えた。


「お前の幸せを願うよ……リヴィ」


 惚れた女に幸せになって欲しい、と髪紐にそっと口付けをした。

これにて完全完結です。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ