84.お別れ前
「はぁ!? 船降りる??」
「うん……」
太陽が照りつける中、上甲板をエミリオとデッキブラシで掃除をしている。フェイスベールはレオナールに発覚した為、もう着けていなかった。
明日にはジャード港に着く。
その為、その事を周りに告げなければならなかった。
「馬鹿じゃねーの? やっぱ坊ちゃんだわ。この船に乗りたい奴なんて、いっぱいいるんだぞ。就職倍率高いのに、それお前、コネで何とかしといて辞めたい!?」
「別にコネって訳じゃ――」
「嘘つけ坊ちゃん。もう分かってんだよ。お前のパパが無称号の貴族でも、ヴァンの貴族に金積めば頼めんだろ。知ってんだからな」
ヴァンの貴族は他の精霊称号の貴族と比べ、あまり良い印象をもたれていない。
『金になるなら何でも商売にし、金を出せば何でもする』
そういった印象であり、それは間違っていなかった。だがそのお陰で、どの貴族よりも裕福だった。
「コ、コネだとしても、お金払ってないもん」
「はぁ? そんな訳ないだろ! ほんと馬鹿だな。親に乗ってみたいってわがまま言ったんだろ。そんでちょっと乗ってみたら、案外辛くて辞めたくなったんだろ」
「違う! 僕だって乗ってたいよ」
「なら頑張って乗れよ!」
「家の事情が――」
「嘘つけ。坊ちゃんには、重労働すぎたんだろ」
「違う!」
「そうだ!」
「違う!!」
「そうだ!!」
「ちがっ――」
「ちゃんとやれ!!!! 馬鹿ども!!!!」
2人はイーサンに怒鳴られた。
「また騒ぎやがって。いい加減にしろ!」
「ですけど……」
「何だ」
「リヴィが辞めるらしくてそれで……」
「辞める?」
イーサンは目を見開き、驚いている。
「へぇー、意外。久し振りに外れたな」
「何がですか?」
「長年やってるとな、辞める奴と辞めない奴、って分かるんだ。リヴィは辞めない奴だと思ってた」
「家の事情がありまして……」
「あー、なら仕方ないな。じゃあ外れたのは無しってことで」
イーサンは笑い、「セルジュが悲しむな」と言う。
「はい……それは、申し訳ないなと。せっかくいろいろ教えてくれたのに、辞めたら無駄になりますし……」
「それもあるけど、どっちかって言うと、居なくなって悲しむって感じだな。あいつ、お前の事可愛がってたろ」
「……ですかね」
「ああ。あんな可愛がってんの初めてかもな」
イーサンは次にエミリオを見て、「お前も悲しいだろ」と言う。
「はぁ!? そんな訳ないじゃないですか!!」
「そうか? 友達が居なくなるんだぞ」
「友達じゃないです!!」
「何だよ。お前なりに引き留めたくて、騒いでたんじゃないのか?」
「違います!!」
「あーはいはい。あ、ここの掃除終わったら、リヴィはもういい。ルネさんのとこ戻れ。それから、戻るついでにセルジュ呼んできてくれ」
「了解」
「ちょっとイーサンさん! 訂正して下さい! こいつとは本当に友達じゃ――」
うるさいエミリオを無視し、リヴィは再びデッキブラシをかけた。
***
上甲板の掃除は終わった。そして今は、休憩中のセルジュを探していた。
いつもの場所で寝ていると思い、そこに向かう。案の定、セルジュは寝ており、彼のハンモックに近付いた。いつもポニーテールにしている髪は下ろされている。
肩より少し長い髪は顔にかかり、寝息を立てる度、1部が揺れていた。
セルジュの事を起こす為、肩に触れようとすると右腕を捕まれた。彼はうっすらと目を開け「どーした?」と聞く。
「イーサンさんが呼んでる。休憩、終わりなんだと思う。それと……その……言いたいことが……」
世話になっていた分、「辞める」とは言いずらかった。
「やっぱ後で――」
「今言え」
セルジュは上半身を起こし、髪を耳にかける。
「あ……うん。あのね、僕、この仕事辞めないといけなくて、次のジャードで降りるの。兄さんにはいっぱいお世話になったのに……ごめんなさい」
俯いて謝った。セルジュはひと言、「そうか」と言う。
(呆れてる……? そうだよね……)
せっかく教えていた新人が、1カ月程で仕事を辞めたら、呆れるのも無理はない。教えていた時間、自身の仕事も出来ない。その上、辞められてしまえば、その時間が無駄になるのだ。
いたたまれなくなり、リヴィは「じゃあ」と言って立ち去ろうとした。
だがそれは出来なかった。セルジュがリヴィを、左腕で胸に引き寄せたからだ。
「頑張ったな」
(え……?)
そう言って頭を優しく撫でた。
「大変だったろー。船の仕事は」
「え、あ、うん。でも楽しかった」
「そーか」
セルジュはふっと笑う。優しく此方を見つめるセルジュは、いつもと違う気がした。
「兄さんがなんか優しい」
「馬鹿か。俺はいつも優しかったろーよ」
セルジュとの事を思い返すが、優しかった記憶よりも、意地悪された時の記憶の方が多かった。
「うーんー……」
「記憶力わりーな」
「そんなことないもん!」
リヴィがそう言うと、セルジュは笑いながらハンモックを下り、背伸びをした。頭を掻きながら欠伸をし、ズボンのポケットに手を入れた。
「さて、行かねーと。イーサンは遅刻したらうるせーからな……あれ……?」
セルジュは、ズボンのポケットを探るように動かしたあと、床をじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「髪紐が見つからねー」
床を目を凝らして、髪紐を探す。リヴィも探そうかと足を動かした時だった。
「「あ……」」
リヴィの靴の下に、髪紐が落ちていた。ジトッとした目で、セルジュはリヴィを見つめていた。
「ご、ごめんなさい」
リヴィは慌てて髪紐を拾うと、紐の端を踏んでいたようで、プツッと切れてしまった。
「ご、ご、ご、ごめんなさい!!」
切れているだけでなく、かなり汚れてしまっている。
「はぁ……まぁ、長いこと使ってたしな。寿命だったんだろ」
「換えの髪紐は?」
「持ってねーから、今度買う」
「うっ……弁償――」
「いーから、気にすんな。それに、髪切るかもしれねーし」
「そうなの? 何で?」
「まー……気分転換?」
「気分転換? ……失恋したとか?」
冗談交じりにそう言うと、セルジュはリヴィの両頬を強めに摘んだ。
「いっ痛い」
「んなわけねーだろ。ほんと生意気な奴だな」
セルジュはリヴィ頬を摘むのを止めた。じんわりと痛む頬を、リヴィは摩る。
「じゃあ行くわ」
セルジュは中甲板を出ていった。リヴィはちぎれた髪紐を見つめ、肩を落とす。
「最後の最後で、悪いことしちゃったな……」
ここに捨てるのは忍びないので、医務室へと持ち帰る。
医務室には誰も居ない。
ルネは、趣味部屋で楽しんでいる。リヴィがオリヴィアだと発覚してからは、八つ当たりの為に籠ることが多くなった。
ベッドの上には、折りたたまれたフェイスベールがあった。それを手に取り、忘れないうちに荷物入れに入れた。
(仕事終わったこと、ルネおじ様に言わないと……)
リヴィが医務室を出て、牢屋部屋を通ろうとすると、3つ子が帆を縫っていた。
(縫うの大変そうだなー)
だがある事を思い付き、ふと立ち止まる。そして、3つ子にある事をお願いすることにした。
「すみません、裁縫道具貸してくれませんか?」




