83.親子の会話
足取り重く船長室へと向かった。
このまま横のタラップを降りて、逃げてしまおうかと考えた。レオナールが船長室の扉を開け「入りなさい」とリヴィに入る様促した。
ずっと心臓が痛かった。リヴィが中へと入ると「2人で話す」と、レオナールは3人に言った。
「え!? 嫌だ!!」
それだけは勘弁願いたいと、勢い良く振り返り3人を見た。ライアンが心配そうに「自分も――」と言ったが、ヴァルに肩を掴まれ止められた。
レオナールは顔をしかめる。
「この声は何とかならないのか!? ルネ!!」
「明日の朝には治ります。治すのは時間経過だけです」
レオナールはルネを睨み付け、そのまま扉を閉めた。
「リヴィ1人で大丈夫ですか?」
心配で仕方がなかったライアンはヴァルに聞いた。
「大丈夫だ」
「問題は私とヴァルですね」
ヴァルとルネは顔を合わせ、溜息を吐いた。
***
レオナールは何時も座っている椅子へと、足を組んで座る。リヴィは扉の前で立っていた。
「座りなさい」
向かい側の椅子を指差してそう言うが、リヴィにはその椅子が断頭台に見えた。なるべく遅く向かうが、レオナールはそれを見ても何も言わなかった。
リヴィはゆっくりと腰を掛ける。
「こっちを見なさい。説教ではなく、話がしたい」
リヴィは躊躇いがちに視線を上げる。初めてしっかりレオナールの顔を見ると、怒っているという顔より心配している様な顔だった。
「伯父様、怒ってないの?」
そう質問すると、レオナールは眉をひそめた。これは声の違和感からだった。リヴィと認識してからこの声を聞くと、違和感しかない。
だが明日の朝まではこの声なので、受け入れるしかなかった。
「怒ってはいる。だが、大部分はヴァルとルネにだ」
「でも、それは私が頼んだから――」
「聞いた。散々言い訳を聞いたからな」
大きく溜息を吐いた。長い道中はひたすらヴァルの話しを聞いた。その話しを聞いて多少は怒りも収まっている。ルネの顔を見て再燃したが、まだマシである。
「そこまでして乗りたかった、って事に驚いたよ」
何を言っているのかと目をぱちくりさせた。
「ずっと、ずぅぅぅぅっと言ってたじゃん! 乗りたいって!」
「まぁ、そうだが。理由が……思っていたのと違ってな……」
『アルベールの見ていた世界を見てみたい』という、初めて知った理由だった。10年前のアルベールとの約束の延長で、ただの好奇心で乗りたいだけなのだと思っていたからだ。
レオナールがしっかり理由を聞かなかったのは、なるべく白百合号の話題を避けたかったからだ。
その理由をヴァルから聞いた時、レオナールは目を見張り、口を開くも言葉が出なかった。
「彼奴らが乗せたくなる理由も分かる。だが……それとこれは別だがな」
そう言って扉を見遣った。
「それに、今回は俺も悪い」
そう言って溜息を漏らす。リヴィはそんな事を言われるとは思わなかったので、驚いた。
「嘘を吐いてたんだ、10年もな。乗れると期待をさせるだけさせた。本当は護身術だったのに、だ」
「なんで――」
「そんなことしたのかって? 魔具は狙われやすい。加護者が決まっているのにだ。もしかしたら、自分も使えるかもって思う輩がいるんだ。加護者を殺したら自分が使えるって思う輩もいる。アルの時がそうだった」
レオナールはリヴィを見て悲しげに微笑んだ。
「しっかり言えばよかったな。でも『白百合号に乗せる』と言えば稽古したから、その言葉を使い続けた。悪いとは思っていたよ」
微笑んだ後、直ぐに表情は戻り「だからと言って内緒で乗っていい事にはならない」と強い口調で言った。
「それは、ごめんなさい」
「ヴァルとルネ……ライアンにも迷惑をかけている。それは分かるな?」
「うん」
通常業務に加え、自身の面倒という業務が加わり、大変だと言う事は分かっていた。だが、それでも乗りたかった。
「でも1カ月だけだよ」
「聞いた。もう全部聞いた。どうやってこの船に乗ったのかもな」
「……馬車で?」
「そうだ。王都からどれだけ時間があると思っている?」
怒りの頂点にいるレオナールと、ヴァルは話し合えている。レオナールがリヴィと落ち着いて話し合いが出来ているのは、彼のお陰だった。
(ヴァルおじ様じゃなかったら、出来ないことだな……)
王都が遠い事を何時もは嘆いていたが、今回ばかりは有難いと思った。
「少し見せてみなさい」
「何を?」
「姿を消す魔法だ」
リヴィは風の剣を持って【エアリエル】を唱えた。数秒姿を消し、また現れた。レオナールはじっと此方を見て微笑んだ。
「凄いな」
そして褒めた。リヴィの顔が嬉しくてニヤける。
「アルは出来なかった」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。……1カ月で満足なのか?」
「本当はもっといたかったけど、条件はそれだったし……居ていいの?」
「駄目だ。今すぐジャンと一緒に帰らせたいくらいだ」
「……え、じゃあまだ居ていいの?」
直ぐに降ろされると覚悟していた。ラファル邸の馬車が来ている今が、降ろすのにちょうど良いからだ。
「最初は帰らせるつもりだった。でも……まぁいい。ジャード迄送る。それ以上は無理だ」
「もう1回ギヌヘイムに行きたいよ。ソニアに会いたい」
「駄目だ。また海賊に遭ったらどうする。俺の心臓が持たん。ストレスで早死にするぞ。それでもいいのか?」
リヴィは「じゃあダメだね」と、口を抑えてふふっと笑った。すると、レオナールは顔をしかめ「その指と腕はどうした」と、指差した。
「指は果物を切ったの。包丁慣れなくて失敗して切っちゃった。腕はエミリオと決闘したの。20回くらいやったけど、全部勝ったよ!」
褒めて欲しい。頑張ってドライフルーツ作りのお手伝いをし、決闘は1度も負けなかったのだ。そう思い自慢げに話したが、レオナールは顔をひきつらせるだけだった。
「褒めてくれないの?」
その問いにハッとしたようで「ああ、凄いな」と慌てて褒めた。「今すぐ降ろすか……」とリヴィに聞こえない声で呟く。
「え? なぁに?」
「……いや、なんでもない」
ここで降ろしたら、また嫌われる。そう思い、言う事を留まった。
ヴァルから『リヴィは乗れた事に満足してるから、もう怒ってねぇ』と言われ、2人は自分の為にリヴィを乗せたのだと知ったのだが、やはり怒りは収まりきれなかった。
「あのね、伯父様」
恐る恐る聞くような声で問い掛けた。
「何だ」
「ヴァルおじ様もルネおじ様も、私が泣いて頼んだから仕方なく乗せてくれたの。ライアンも内緒にしてってお願いしたから、伯父様に言わなかったの」
「だから?」
「だから、あまり怒らないで」
するとレオナールは「分かった」と答えた。
「ありがとう伯父様」
「リヴィの頼みだからな」
「白百合号に乗る頼みは聞いてくれなかったよ」
「心配だったからだ」
「でも大丈夫だったでしょ」
「リヴィはな。だが海賊や人喰い人魚の事を思い出すだけで胃が痛い。俺が大丈夫ではないんだ。あの新人――エミリオだったか? 殺したくなる」
「止めて! 何もしないで!」
「セルジュとは仲が良いみたいだがベタベタし過ぎだ。切り落としたくなる」
「何を!? 止めて!!」
「分かっているさ」
ふんっと鼻で笑い一息吐くと、レオナールは目の前にあったリボン掛けされた箱をリヴィの方へと押した。
「ジャード迄はその服ではなく、これを着なさい」
リヴィは首を傾げリボンを解いた。箱を開けると、今若い子の間で流行しているハイウエストのワンピースドレスだった。
「え……」
手に取ると、白い綿の柔らかい手触りがした。桃色と黄色の絹糸で全体に植物模様が描かれ、襟から胸にかけて細いレース飾りがあった。
どれもリヴィの好みである。
「どうした。気に入らなかったか? リヴィの好きなクラルテの新作だぞ」
「違う! そうじゃなくて……その……」
リヴィは服を置いて残念そうに一息吐いた。
「すっごく可愛いの。だから今すぐ着たいけど、着たら汚れちゃう」
「……『汚れちゃう』?」
「だって、デッキブラシかけたり、ルネおじ様の手伝いも、趣味の部屋も掃除しないと」
目を見開いた後、眉をひそめた。
「そんな事はもうしなくていい。リヴィオはもう終わりだ。これからはオリヴィアとして乗ってもらう」
「え!?」
「ご飯もここで食べなさい。寝る所もここだ」
「え、でも、伯父様はどうするの?」
「甲板に出ているさ。そうでない時は、この椅子で寝る。心配するな」
そう言って微笑んだ。
(どうしよう)
クラルテの服は着たいが、白百合号に乗っている間はリヴィオでいたい。
「伯父様、ジャードまではリヴィオで居させて」
「何故だ。今のままでは環境が良くないだろう」
「いいの。その方が最後まで楽しい気がする……」
特別扱いはまだ嫌だった。折角出来た仲間達が、自分への態度を変えてしまう。学校での出来事を思い出した。
『お嬢様が何でこんな所に?』
『どうせ陰で笑ってるんだぜ、俺らの事』
『怒ったのかよ魔女。呪いはかけるなよ』
陰で笑った事も、ましてや、呪い等かけれるわけがない。庇ってくれる友人達と、母オデットの助けによって学校は続けられた。オデットが学校へ赴き、虐めてきた子と両親を呼び出している。
学校が間に入り、平身低頭で謝る両親達と、何故こんなにも怒られるのかよく分かっていない子達が泣き叫ぶ、という地獄絵図だった。
白百合号で、この様な事は言われないのは分かっている。どちらかと言えば、変にチヤホヤされる方だ。学校では悪口を言う人達と、媚びを売る人達の2種類だった。
頭を下げて「お願いします」と言ってみた。レオナールは唸りながら考えている。
数分後、頭をかきながら「分かった」とレオナールは答えた。リヴィはそれに驚き、顔を上げる。
「いいの? 本当に?」
「10年嘘を吐いたお詫びだ」
「ありがとう伯父様」
「もう俺に内緒にしている事は無いな」
「うん……うーん……?」
そう言われライアンの事を思い出した。
(言うべき? どうしよう……)
歯切れの悪いリヴィを見て「この際だから言いなさい」とレオナールは痺れを切らした。
「恋人がいるの」
レオナールの時が止まる。動かなくなったレオナールを見て「伯父様?」と問い掛けた。
「――あ、いや、別れたと聞いたが?」
「より戻した」
「そう……か……」
「どんな相手か聞かないの?」
「聞いたら言うのか?」
「うん」
「……じゃあどんな相手だ」
「年齢は伯父様よりずっと上なの。見た目はちょっと太ってるんだけど優しい人でね。奥さんがいるけど、私の方が好きって言ってくれるの。離婚したいみたいなんだけど、奥さんがなかなか応じてくれないみたい。趣味は賭け事なのが玉に瑕かな。借金が金貨500枚だけど、結婚したら払ってあげれるよね?」
レオナールは頭が真っ白になった。あの時、王都ラファル邸でリリアーヌが言っていた事とほぼ同じである。リリアーヌは冗談だと言っていたが、実は本当だったのでは、と頭がグルグルと回った。
それと同時に気分が悪くなり口を押えた。
「嘘だよ」
「……嘘?」
「お祖母様にね『いつか、レオナールに恋人の事を聞かれたらこう言うのよ』って言われてたの」
「お、お祖母様の言う事はもう聞くんじゃない!」
ピシャリとそう言うとリヴィは笑った。肩を竦め「考えておくね」と答えた。
「本当の事を言いなさい。嘘はもう駄目だ。次も嘘なら石鹸で口を洗うぞ。いいな?」
「うん」
リヴィはすぅっと息を吸った。
「ライアンだよ」
レオナールは再び固まる。だがそれも数秒だった。無言で立ち上がり、船長室の扉を勢いよく開けた。
「あ、もう話し合いは終わっ――」
「ヴァル!!!! もう俺に内緒にしている事は無いと言っただろう!!!!」
「へ!? 何!?!?」
レオナールはヴァルに掴みかかった。ルネとライアンが必死に引き剥がす。そこにリヴィも参戦した。引き剥がしながら、ヴァルも知らない事だ、と伝えてレオナールは手を離した。
掴まれた襟を直しながら「何だよ!!!! なんの話しだよ!!!!」とヴァルは言った。レオナールはギリギリと奥歯を噛み締めた後、短く息を吐いてライアンを見た。
「騎士になる必要はあるのか?」
「はぁ!? 待て待て!! ライアンも一緒に内緒にしてた事を怒ってんのか!?」
「五月蝿い!! 黙れ!! ヴァルに聞いていない!!」
ライアンはチラッとレオナールの後ろにいるリヴィを見た。リヴィは声を出さずに口を動かし「言ったよ」と伝えた。
リヴィが自分と付き合っている事を、レオナールに伝えてくれたのだと知った。嬉しくなり口元が緩むも、ゆっくり呼吸をして落ち着かせ、真面目な顔でレオナールを見た。
「彼女を愛するだけでなく、護りたいのです」
その言葉を聞き、ヴァルはキョトンとしている。彼だけがこの場から取り残されている。
「伴侶として傍にいるだけでも、それは出来るがな」
「分かっています。でも……その……」
「何だ。言ってみろ」
ライアンは言おうかどうか迷うが、もう恥ずかしくてもいいかと決心した。
「他の男がリヴィの傍に居る事が嫌なので」
それを聞き、レオナールは黙った後、大笑いをした。目に涙を浮かべる程笑っている。その場に居た全員が目を見開き驚いた。
「そうか、そうか……はぁ、いいな。うん、いい理由だ」
未だに笑うレオナールを見て、ライアンは恥ずかしくなり俯いた。
「なら、今度のリヴィの誕生会で婚約発表をしてやる」
リヴィとヴァルはポカーンと口を空けた。ヴァルはリヴィとライアンを交互に見ていた。リヴィはレオナールを見ていた。
自分の確認無しに、どんどん話が進んでいく。
「結婚はライアンの学校卒業後だ。いいな」
「はい!!」
「え! 待って!!」
「何だ。嫌なのか?」
「違う! 嫌じゃない!!」
「ならいいだろう」
そう言ってレオナールはライアンに向き直った。
(まず私に聞くべきじゃないの!?)
「え……何……お前ら付き合ってたのか?」
信じられないと言う顔をして、ヴァルは言った。ライアンとリヴィは頷くと、ヴァルは更にポカンとした顔をした。
それを見て「鈍っ」とルネは呟き、ヴァルに睨まれた。
「リヴィ、ライアン。お前らはもういい。俺は、この2人ともう少し話し合う」
威圧する様に黒い笑みを浮かべる。
「もう、いいんじゃないですかね……散々話したかと」
「ああ、俺もそう思――」
「いいから来い!!!!」
3人は船長室へと入って行った。
「行こっか」
幸せそうな顔をして、ライアンはリヴィを連れ出そうとする。モヤモヤした気持ちはあるが「まぁ、いいか」と呟いてリヴィは後を着いて行った。




