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80.勝負

 ――翌日。

 ――朝、白百合(リスブロン)号。


 医務室へと戻ると、ライアンはルネにメスを数本投げつけられ、無理やり何かを飲まされそうになった。


 宿泊した理由を言い、領収書を見せ、リヴィも説明し、ものすごく不満そうであったがルネに納得してもらうことが出来た。お陰でライアンは咎められることも無かった。

 添い寝の事は、墓場まで持って行くしかない。



***


「えっと、あの、これはどうしたら」


 リヴィは船内の台所に立ち、包丁を手に持ちながら先程切り終わった物を指差した。その指とその他の指には切り傷を処置したあとがある。


「これも上で干すのよ」


 リヴィが指した先には、リンゴ、レモン、オレンジ、トマトが薄く切られ、他にもぶどう、クランベリー等がある。


 今日も仕事が無い日だった。


 だが何もする事が無い。ペルスネージュは「明日から3日間は集会がある」と一昨日言っていた。ライアンはレオナールから任された仕事がある様で、船長室にいる。


 ルネから休みを貰っても、何をしたらいいのか分からなかった。


 そんな時、3つ子がそこそこ忙しそうにしていたので、手伝う事にしたのだ。

 先程切った物を平たい籠に並べ、3人と一緒に上に持って行った。既にテーブルは並べられ、そこにどんどん置いていく。上を見れば、マストからマストに紐が括られ、イカと開かれた魚が干してあった。


 3つ子は船が停泊している時は、出航に向けての食事作りをする。それが終わると遊びに行く。ドライフルーツは白百合(リスブロン)号に乗るまで、あまり食べた事は無かった。邸宅に居る時は、フルーツは生物だったからだ。

 

「お、うまそう」


 そう言って、ぶどうを1つ取って食べた人物が居る。


「エミリオ!」

「別にいいじゃん。いっぱいあるし」

「良くない!」


 そう怒っても、エミリオは次にスライスされたリンゴを手に取ろうと手を伸ばした。リヴィは慌ててエミリオの手の甲を叩き落とした。


「痛っ! お前!!」

「食べたら駄目だって!」

「いっぱいあるから良いだろって!」


 互いに睨み合い、エミリオはふとリヴィの手を見る。切り傷を多く作って処置された跡があった。


「ふんっ、下手くそなりに頑張って切ったから嫌なんだな。剣は使えるって言ってたけど、その様子じゃたかが知れてるな」

「はぁ!?」


 言われた事に腹を立て「そんな事無い!」と抗議した。エミリオは馬鹿にする様に笑っている。


「僕は上手いよ! 周りもそう言ってくれてる!」

「これだから坊ちゃんは。そんなの気を使って言ってるだけだろ」

「そんな事……無い。うん、無い! お――上手い人に教わったんだから!」

「『上手い人』? 流石坊ちゃんですね。金積んで良い先生呼んだんだろ。その先生が坊ちゃんに厳しく教えるわけがない」


 カチンとくる。あの稽古が厳しくないなら、何が厳しいのだろうか。沸々と怒りが込み上げてきたが、無視した。ここで絡んでも面倒な事になる。

 背を向けて、医務室へ戻ろうとした。


「反論しないって事は事実だろ」


 リヴィの後ろ姿を見て、勝ち誇った様にエミリオが声を上げた。リヴィは踵を返し、エミリオの元まで戻った。


「いっぱい怪我したくせに」

「あ?」

「海賊に遭った時、怪我したでしょ。僕はしなかった。それが事実」


 エミリオは顔をひきつらせた。


「お前はライアン様と一緒に居たからだろ!」

「協力しただけだよ。互いに助け合ったの」

「だから無傷なんだろ!」

「互いに助け合ったとしても、無傷は難しいよ。エミリオはライアンと協力しても無傷じゃない。下手だから」


 ふんっ、と再び医務室へ向かおうとした時「勝負しろ」とエミリオが呟いた。


「え?」

「だから勝負しろって言ってんだろ! どっちが強いか、勝負しろ!」

「えぇ!?」


 よっぽどが腹が立ったのか、歯が砕けそうな程に噛み締めてこちらを見て来る。


(面倒くさい……)


 正直とても面倒だった。剣は別に好きな訳では無い。


「また2人で喧嘩か?」


 呆れた様子でイーサンは声を掛けた。彼の後ろにはドニとテオが居る。イーサンはエミリオをキッと睨み付けると、エミリオは縮こまった。人喰い人魚(セイレーン)の件依頼、彼はイーサンに注意されると直ぐに引くようになった。


(良かった!)


 リヴィはホッとした。イーサンに言えばエミリオは引き、注意をするはずである。


「エミリオが勝負しろって言うんです」

「勝負?」

「剣で戦えって。どっちが強いか」

「へー、なんだ。いいじゃん」

「うぇ!?」


(……今なんて?)


 聞き間違えかと思い、目をぱちくりとさせる。


「どうした? 別にやってもいいぞ。剣の練習はたまにやってる」

「ですけど! これは練習では無くて――」

「同じだ。船長も副船長も、船員同士の剣のやり合い――まぁ、木刀だけど、許容してるしな」


 後ろ盾を獲て、エミリオはニンマリと笑った。


「2人共、倉庫から木刀取ってこい。俺らが勝負見届けてやるよ」


 イーサンがそう指示する。仕方なくリヴィは倉庫へ向かった。エミリオは浮き足立って「覚悟しろよ、坊ちゃん。泣いても知らねーからな!」と言う。リヴィが嫌そうにしているのを見て、より一層元気になった。


 倉庫を開け、光源灯をつけた。マスケット銃や剣、人魚の耳栓等、色々な物が置いてある。その中で木刀が置いてある所まで行く。何本かあるうちの、刃渡り30センチメートル程の風の剣(シルフィード)と同じくらいの大きさの木刀を手に取った。

 

(伯父様との練習もこれくらいの木刀だった。うん、これにしよう)


 エミリオは刃渡り50センチメートル程の木刀を手に取った。

 2人は倉庫を出て上甲板へと戻る。だが先程と違い、人集りが出来ていた。何かと思えば、エミリオとリヴィのどちらが勝つか賭け事をしている様で、イーサンとドニがお金を回収している。


「よしよし、来たな。エミリオ、良かったな。お前の方が勝つって予想してる奴等が多いぞ」


 エミリオは得意気にリヴィを見てきた。


 海賊に襲われた時、リヴィが無傷とはいえライアンと協力していた事を周囲は知っている。ヴァルの子という事と、騎士学校に通っているライアンがとても強く、リヴィの補助に入ったのだろうと考えられていた。

 何より見た目もエミリオの方が身体付きが良い。

 

「何してんだ」


 気だるそうにセルジュがやって来た。あの日以降、セルジュは楽園に入り浸っていた。久しぶりに彼に会い、何か絡まれるかと思ったが何もされず、寧ろ視線を背けられた。


(え……私、何か悪いことしたかな……)


 何時もと違う態度に、自分はセルジュに何かしたかと思い返す。


「エミリオとリヴィが勝負すんだよ。それで賭けてる。セルジュはリヴィに賭けるか?」

「え?」


 キョトンとしてセルジュはイーサンに慌てて「危ねーだろ!」と詰め寄った。

 

「はぁ? なんだよ。何時も嬉嬉としてやる側なのに」

「いや、でも、リヴィは――」


 セルジュはなんと言えばいいのか分からず、口を手で抑えた。


「はぁ。リヴィを可愛がってんのは分かるけど、ちょっと可笑しいぞ」

「いや、けど――」

「もう無理だ。金は回収してる」


 イーサンはお金が入った壺を、セルジュへ押し付けた。そして、エミリオとリヴィを向かい合わせるように立たせ、間に入る。


「いいか、お2人さん。この硬貨を今から投げる。それが下に着いたら、始まりだ」


 エミリオはぶんふんと首を縦に振ると、木刀を構えた。リヴィは剣帯を外して、風の剣(シルフィード)をマストへ立てかけた。


(やるからには、ちゃんとやろう。負けたら伯父様に失礼だ)


 元の位置に戻り木刀を構え、しっかりと相手を見据えた。エミリオはそれに驚いたが、負けじとリヴィを見据えた。

 イーサンは親指の上に硬貨を置き、弾くようにして硬貨を上に飛ばした。


 硬貨が甲板に落ちた。


 エミリオが先に動き、リヴィへと切り掛る。それをひょいと避ける。何度も切り掛かられたが、全て避けている。


(うん、大丈夫。伯父様とヴァルおじ様の方が圧倒的)


 あの2人に比べたら、エミリオの剣の動きは遅く見えた。避けるついでに、バク転でエミリオの顎を蹴った。


「――っう!! に、逃げ、る、な!!」


 リヴィは避けるのを止め、1度エミリオの剣を受けた後、今度はリヴィが切り付けていく。エミリオは何度か受け止めたものの、全てを避けれなかった。腕や脚に木刀が当たっていく。


 魔法を使っていなくても、リヴィの動きは早かった。これはレオナールやヴァルからも褒められ、手合わせの際には2人を手こずらせている。これに加え、宙返り等のよく分からない動きを盛り込んで来るので、更に2人を手こずらせた。


「痛っ!! お前!! 調子に乗るな!!」


(降参したらいいのに……)


 だがエミリオは意地でも降参しなかった。仕方が無いので隙をついて足を引っ掛けて、エミリオが倒れ込んだ所、切っ先をエミリオの喉へと突き付けた。


「終わり」


 エミリオは目を見開いた。周囲からは「結構強くね?」や「意外とやるな」等の声が聞こえる。エミリオは俯き、ふるふると震え出した。

 

「まだだ……」

「え?」

「まだ終わって――」

「終わりだエミリオ。お前の負けだ。握手しろ」


 決闘は終われば握手をする。リヴィがエミリオに手を差し伸べると、エミリオは払い除けた。


「もう1回だ!」


 そう言って勢い良く立ち上がった。


「1回目の試合は終わりですけど、2回目の試合はこれからですよね! 試合回数に制限は無いはずです!」


 そして試合は再び始まるのだった。

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