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7.王都からの使者

 会議はあれから数刻が経ち、今は昼を過ぎている。


 ラファル邸の玄関扉が開き、酔った3人の男達が出てきた。その先には艶やかな黒馬が2頭繋がれた、暗い灰緑色の天蓋付き馬車が待っていた。


「飲んだな」

「ですね」


 ふらつきながらヴァルとルネは歩く。最後にレオナールが出てきたがかなりふらついていた。


「レオは飲みすぎ」


 レオナールは眉をしかめ、眠そうな顔をする。


「飲みすぎていない……適量だ」


 そして大きく息を吸って吐いて腕を組み、玄関扉に右肩を付けるようにして寄りかかった。


「そんな状態でよく言えるな」


 あきれた顔で首を横に振り、ヴァルは言う。ルネはベストのポケットから水色の紙に包まれた粉薬を出した。


「二日酔いの薬、いります?」


「……いる」

「適量ならいらねぇだろ」

「うるさい」


 ルネが薬を渡そうとした時だった。三日月の紋章が入った、天蓋付きの黒い馬車が1台入ってきた。


「――近々来るとは思っていたが、今日来るのか」


 レオナールは露骨に嫌な表情をし、唸り声を上げながら左手で髪を掴むように頭をかいた。


「俺ら5年ぶりに見たんじゃねぇか」

「そうですね。前回見たのは、制裁を加えた日なので」


 レオナールは後ろを振り向き、控えていた執事のシュエットに指示をした。するとシュエットはその場を離れてレオナールの書斎へと向かった。


 馬車は玄関扉近くで止まり、2人の若者が降りてきた。薄紫色の王都役所の制服を身に纏っている。

 1人は黒い短髪の20代後半程の年齢の男で、左手で胃のあたりをおさえていた。もう1人は銀色のボブヘアに耳先が尖った10代後半程の年齢の男だった。


「先輩、あの――」

「シーッ! お前は何も話すなって絶対に!!」


 小声で話すその2人は、先輩と後輩と思われる関係だった。2人は玄関ポーチの下まで来ると立ち止まった。

 先輩と思われる男は右手を胸に当ててお辞儀をした。それを見て後輩と思われる男もお辞儀をする。

 レオナールは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いて睨み付ける。その顔は酔っているようには見えなかった。


「ご無沙汰しております、ラファル侯爵。そして――」


 ヴァルへと視線を移し「ヴァランタン卿」、次にルネへと視線を移し「アンジュリュンヌ卿」と言うと、男はひと呼吸置いた。


「お会い出来て光栄です。皆様ご機嫌いかがでしょうか。急な訪問お許しください」


 ヴァルとルネは目を細めてじっと男を見る。


「いやぁ、どっかで見た顔だと思ったら、5年前の少女嗜好(ロリコン)野郎の隣りにいた奴じゃねぇか。久しぶり」

「ほんとですね。あの野郎が居なくなって昇級したんですね。おめでとう」


 ヴァルとルネは当時を思い出しニヤリと黒い笑みで男を見た。男は居心地が悪そうな顔をし、額に滲む脂汗を拭った。


「覚えてて下さり、誠にありが――」

「要件は」


 相手の言葉を遮り、レオナールは威圧するよう話しかけた。


「はい。魔具加護者の健康確認についてです。王都指定医師を連れてきています。オリヴィア様は今どちら――」

「毎度毎度、懲りないな。ラファルお抱えの医師が見ていると言っただろう。国はしなくていい。それに、オリヴィアは今出掛けている」


「――ですが決まりなので。国としても、魔具加護者を大事に思っており――」

「そうだな。『戦争の道具』は大事だからな」

「違います! 決してその様な――」

「レオナール様、それは少女嗜好(ロリコン)野郎が言ってた事ですよ。そいつじゃありません」


 ヴァルは丁寧な口調でそう言った。


「ああ! そうかそうか。そうだったな。それは、すまない」


 わざとらしい言い方で謝罪をする。口では謝っているが、顔は全く謝っていない。ずっと見下げて睨みつけている。


「いえ……お気になさらず。では、オリヴィア様を外で良いのでお待ちしたいのです」

「駄目だ、帰れ」

「それは出来ません。何度かお伺いしていますが、5年前のあの日から会えていないのです」


 彼は1度視線をそらした。

 言いたくないが言わなくてはならない。意を決してレオナールをしっかり見た。


虹霓会議(こうげいかいぎ)にて、ラファル侯爵が反対していたのは存じ上げております。ですがこれは、もう決まった事です。決定事項です、ラファル侯爵。他の魔具加護者にもお願いしている事です」


 胃をおさえていた手を真っ直ぐ伸ばし、レオナールを見据える。お互い何も言わない事数秒。レオナールは腕を組むのをやめ、フンと鼻を鳴らし口角を少し上げた。


「シュエット、渡してやれ」


 書斎へ行ったシュエットは戻ってきており、1通の封筒を手にしていた。


「こちらを」


 シュエットは封筒を使者の男に渡し、再び元の位置へと戻った。

 男は封筒を開けて中身を確認する。


「え、これは……?」

「見ればわかるだろ? オリヴィアの健康証明書だ。ちゃんと、ラファルお抱えのオリヴィア担当医師が診断した」


 男は何か言いたそうに口を開いては閉じる事を3回程繰り返した。


「ですが、その――」

「何か問題が?」


「……こちらとしてはオリヴィア様に会って、こちらの医師で確認を――」

「そっちの医師で無ければならないのは決定事項か? 違うだろう。虹霓会議では、そんな事1度も言っていなかった。それとも、ラファルのお抱え医師は信用出来ないと?」


 レオナールはニヤリと笑いながら、男を見下げる。


「そんな事は――」

「ルネ。お前の家は信用出来ないらしい。王都の医者の方が、テュルビュランス家より優れているとさ」

「甚だしい侮辱ですね。涙が出てきそうです」

「違います! その様に思っておりません」


 男の額には汗が滲み頬を伝った。


「ならば、信用出来ないのなら待ってくれても構わない。だが、信用出来るなら今すぐお引取りを」


 男は黙った。額に滲む汗を拭いて考えた。


「……承知しました。本日は、これで失礼致します。それから、あとひとつ、お伝えする事がございます」

「なんだ、さっさとしろ」


 レオナールはうんざりするような声をだした。


「3日前。水の弓矢(ウンディーネ)の加護者、マリユス・オー・トラン様がお亡くなりになりました」


 3人は少し驚いたように眉を上げた。


「葬儀はスズリ地方のオーの貴族のみで執り行うと、フルーブ侯爵が仰って――」

「ああ、それがいい」


 3人に葬儀に参列出来ず残念がる様子はない。むしろそうして欲しそうであった。


「それから、水の弓矢(ウンディーネ)選定会後に虹霓会議が開かれます。ご出席下さい。では、失礼致します」


 男はお辞儀をし、後輩に馬車へ乗るように促した。


「え、もういいんすか? 風の剣(シルフィード)の子に会わな――」


 直ぐに後輩の口を勢いよく塞ぐ。バチンと痛そうなほど大きな音が鳴り、後輩は眉をしかめた。


「今なんと?」


 レオナールが低く不機嫌な声で使者に聞く。ヴァルとルネは「あーあ」という顔をしている。男は目を見開き慌てて答えた。


「いえ! 本当に何も……その……」


 一息ついて観念したかのように項垂れた。


「申し訳ございません」


 男は苦虫を噛み潰したような顔をし、後輩の頭を掴んで一緒に頭を下げている。


「……今回は何も聞いていない事にするが、次はない。さっさと帰れ」


 棘のある声でレオナールは言い、男は下を向く。


「大変申し訳ございません」


 使者は馬車へと乗り、走り出した。




「マリユス死んだってよ」

「どうだっていい。アイツとその周りの馬鹿のせいで、こんな馬鹿な制度が作られたんだ。馬鹿は馬鹿しか生み出さない。死んだなら終わって欲しい」

「ひでぇ野郎だ。かつての戦友をそう言うなんてなぁ。俺は悲しくて仕方ねぇのに」


 そう言うヴァルを横目で見やり、レオナールは口の端を上げてニヤリと笑う。


「思ってもいないくせに」


 ヴァルもニヤリと笑った。


「まぁな。スズリの奴らはいけ好かねぇ。死んで驚きはするが、悲しくはねぇな」

「捕虜の命を粗末にしている所も好きではありません」

「でもこれでエルキュールも、喪にふくしている間は静かだろう」


 3人は顔を見合わせニヤリと笑った。


「つーか、前の担当より全然マシじゃねぇか。あんま虐めてやんなよ」

「虐めていない。至って普通の会話だ」

「あんなので、帰らすのは可哀想だなと思いますけどね……」


「待たれるのは目障りだ。それに、事前連絡無しで来るからリヴィが居ないんだ。あっちが悪いだろう」

「事前連絡したら、その時間にレオごと居なくなるから、連絡無しになったんじゃねぇの?」


 レオナールは考えるように黙り込み、そう言えばそうだったなと思い出す。


「可哀想に」

「もういいから、もうさっさと行け」

「――じゃあもう少し居てやろうか?」


 ヴァルはニヤリと笑いながら言う。それに対しレオナールは一笑し馬車まで歩くと扉を開けた。


「どうぞ2名様。お乗り下さい」


 そう言って手を大袈裟に上から下へと振り、2人に入るように促した。2人も一笑し馬車へと乗り込む。ヴァルが先に乗り込みルネが乗り込もうとした時、レオナールはルネを呼び止めた。


「ルネ、今回は本邸に帰るのか?」

「んー、前回帰りましたので帰らないかと。何故です?」


「帰るなら礼を、と思ってな。あれを書いてくれたのは――」

「ああ、姉さんなんですね」

「そうだ、とても助かったからな。帰らないなら別にいい。手紙でも出すさ」

「わかりました。そうだ、姉の事で思い出しました。リヴィに私の甥っ子はどうです? 姉はどうかなぁと――」

「もういい! もういい! その話は!」


 ルネの背中を押し、馬車へと乗り込ませた。


「じゃあな、5日後」

「リヴィに今回会えなかったので、よろしく伝えておいて下さい」


 レオナールは何とも言えない表情で何度か頷き、扉を閉めて御者に手で合図を出す。馬車は動き出し、鉄製の門を出て行った。馬車が門から出るのを確認すると、踵を返して邸宅へと入っていった。

 そして玄関に入ってすぐ、気を張らなくて良くなった瞬間、壁に手を付きゆっくりと倒れ込みそうになった。

 こうなる事を予想した執事シュエットが従僕(フットマン)2人を待機させていた。そのお陰で完全に倒れ込む前に従僕(フットマン)が両脇を支え、倒れずに済んだ。そしてシュエットの指示によりそのままレオナールを寝室に連れて行った。


 半分寝ているレオナールは、天蓋付きのベッドへと横になりブーツを脱がされた。

 そして眠りについたのだ。





*****


「そう言えばヴァルは息子達をリヴィにって考えないんです?」


 ルネは窓から少し遠くに見えるラファル邸を見ながら、斜め向かいに座るヴァルへと問いかけた。


「そもそも下2人は年齢が合わねぇし。候補ってなると、ライアンになるけど跡継ぎだしな……」


「カルム家、跡継ぎ変更すればいいんじゃないんです?」

「正直サロメの親はそうして欲しいらしいから1度は考えたさ。――だから、サロメに聞いた事はあるけど……はぐらかしてたから嫌なんだろ」

「へぇ、意外ですね。サロメとリヴィは仲がいいのに」

「リヴィとはな。でもレオとはそうでもねぇだろ」

「ああ、そうですね。でも一応聞くんですね」

「そりゃあ聞かねぇと。婿ってのは大変なんだぜ」


 ヴァルは顔をしかめて話した。


「まぁこれで、『サロメが嫌みたいなので』って断れるから良かったとは思うけどな」

「ヴァルは、結婚させたくないんです?」

「リヴィの自由がいいだろ。アルもレオもそう思ってる。だから婚約者決めなかったんだからな」


「相手の男が誰かを気にするなら、婚約者決めておけば良かったと思うんですけどね。それに、貴族はどこもリヴィと結婚させたいでしょうから」

「そりゃそうだ。上手く行きゃ獅子の懐に入り込める」


「ヴァルの親は何も言ってきません?」

「言ってくるのは親より兄」

「コンス? セレス?」

「セレスに決まってるだろ。定期的に手紙がくるから、帰ってくると溜まってる。ほんと苛つくぜ……」


「たまには本邸に帰ってみたらどうです? 父親にセレスの手紙止めさせるように言えば?」

「言って聞く奴ならな。それにここで全部済むから帰る理由がねぇよ。ルネはラウラ連れて帰ったらいいじゃん。愛する姉さんが『可愛い天使ちゃん』って出迎えてくれんだろ?」


「……毒盛りますよ」

「怒んなって。いやぁ、ルネの本名久しぶりに聞いたな。何度聞いても良い名前。あ、そうだ。俺にも二日酔いの薬」


 ヴァルは掌を上に向けて腕を伸ばす。ルネはムスッとした表情で、内ポケットから青色の紙に包まれた粉薬を渡した。ヴァルはそれをズボンのポケットにしまった。

 馬車はラファル邸を離れ、港町へと行く。そしてヴァルの家で2人は飲み直すのだ。

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