表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/89

78.子犬とデート

 ――白百合(リスブロン)号、医務室。

 ――朝。



「リヴィ、外行こ」


 リヴィは歯を磨きなから、寝ぼけ眼でライアンを向く。ルネは椅子に座り、王都新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。


「ふぇ?」

「ルネさん。リヴィ連れて行ってもいいですよね?」


 昨日、ルネにとてつもなくライアンは怒られた。小瓶はリヴィが説明し、飲むことは無かった。だがライアンは二日酔いで寝ており、リヴィは何もする事が無く、遊びに来たペルスネージュとほぼ1日中遊んでいた。レオナールが居なければ船上に来るらしい。


「……どうぞ。ただし!」

「分かってます! 日が明るいうちに船に帰ってきます!」


「なら……いいです」


 ライアンの顔はぱあっと明るくなった。もし彼に尻尾が生えているのなら、ブンブンと大きく振っているだろう。

 リヴィは口をゆすぎ「何処に行くの?」とたずねた。


「食事!」


 そう言えばことごとく一緒に行けていなかった、と思い出す。


「場所はもう考えてるから」


 そう言われルネから変声薬を渡される。リヴィは変声薬を飲んだ。


「分かった」

「じゃあ行こう」


 ライアンはニッと笑い手を差し出す。リヴィは眉をひそめ、ライアンを不満げに見た。


「ああ……うん、そうだね」


 しゅんっと尻尾を下げてライアンは落ち込む。こんな所は可愛らしく思う。


「行こっか」


 リヴィが微笑んでそう言うと、ライアンは再び尻尾を振り、返事をした。2人は友達同士のように、外へと出かけた。


「ヴァルそっくり」


 ルネはコーヒーを飲んでそう呟いた。




***


 ライアンは終始上機嫌だった。よく話し、表情は柔らかい。


 この街には何回か来た事があるらしい。前回来た時、オレンジが名産である事も知っていたし、道もある程度知っていたのはその為だと知った。


「リヴィ、聞いてる?」

「ん? 聞いてるよ」

「そう。良かった。俺ばっかり話してるから……」


「話を聞いてたんだよ。だから楽しいよ」

「そう?」

「うん。好きな人の話は聞いてて楽しいでしょ」


 そう言うとライアンは目を見開いた後、両腕を前に持ってワキワキと手を広げたり閉じたりをする。


「何してるの?」

「が、我慢してる」


 何を『我慢してる』のかと思ったが、顔が何となく必死に見えたので、トイレを我慢しているのかもしれない。


「あ、ここだよ」


 坂をひたすら上り、着いたのは綺麗な建物だった。港からは遠く石造りで二階建てになっており、高級感がある。


 ライアンは扉を開けて、リヴィに入るよう促した。


(もう、今は男だから別にいいのに)


 女性を優先して建物に入るよう促すのは紳士のマナーだが、今はいらない。何度注意しても彼の女扱いはなかなか直らない。仕方ないのでそのままリヴィは中へと入る。


 すると、黒服を着た中年の店員が「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。だが最初微笑んでいた店員は、リヴィを見ると眉をひそめた。


 若さと格好を見て、そのような表情をしたのだろう。店内にいる客達は小綺麗な格好をしている。リヴィはシャツにズボンといった簡単な格好で、汚れてもいる。


「ここは食事に料金を頂く場であって、施しをする場では有りませんよ」


 客にする態度ではない。店員の見下した態度に、後から入ってきたライアンは不満気な顔をする。


「ピックさん。お久しぶりです」


「……ライアンさ……ま……?」

「はい。か……彼と食事をしに来ました。席は空いていますか? 出来れば個室を」

「直ぐにご用意致します!」


 店員は店の奥へと入っていった。


「リヴィ、ごめんね」

「何が?」

「不快になったでしょ」

「なってないよ。こんな格好で来たのが悪いんだから」


 そう言うと彼はホッと胸をなで下ろした。数分経ち、先程の店員は戻ってきた。


「お待たせしました……遅くなり申し訳ありません。ただ、その……」


 店員は言いずらそうに、口篭る。


「どうしました?」

「空いているのがソファの席になりまして……他の席もご用意出来ますが――」

「ならソファの席で。その方がいいです」

「ですが、その席は――」

「気になさらずに」


 ソファ席の何が悪いのだろうか。リヴィは首を傾げる。中年の店員は2人を個室へと案内する。店員が扉を開け、2人は中へと入った。


 そして中を見て口篭った理由が分かった。


 中にはソファが1つと長テーブルが1つ。窓の方を向けられて配置されている。恋人席とも呼ばれるような配置だった。


「本当にここでいいのでしょうか?」

「ええ、構いません。ソファも大きいですしね」


 ライアンがそう微笑むと、店員はほっとする。2人は席に座り、メニューを広げた。


「リヴィ、何食べたい?」

「んー……何かオススメのもの。それと、オレンジジュース」


 ライアンは店員に注文する。店員は「かしこまりました」と言って下がって行った。


「ライアン、トイレは?」

「トイレ? 部屋出て右の――」

「んーん、違う。ライアンはトイレ行かなくていいの?」

「へ? 俺?」

「うん。さっき『我慢してる』って」

「え、トイレじゃないよ」

「そうなの?」

「そう。俺が我慢してたのは――」


 リヴィはいきなり引っ張られ、ライアンの腕の中にいた。


「これ我慢してた」

「ちょっと急に――」

「個室ほんとありがたいよな。良かったぁ。空いてて。しかもこの席最高」


(暖かい……)


 今日はひんやりとした空気で肌寒かった。ライアンの体温は温かい。人間湯たんぽと言える。このままこうしていたいが、それは不可能だ。


 リヴィはライアンの胸を押し、ライアンは抱き締めるのをやめた。


「どうしたの?」

「店員さん、いつ来るか分からないでしょ……」


「あ、うん……」


 バツが悪そうに、リヴィから少し離れた。リヴィは視線を窓の景色に移す。港から離れた坂の上にあるこの場所は、遠くに海と港が見えた。


「リヴィはさ……本当に俺の事好き?」

「え?」


 何故そんなことを聞くのだろうか。右を見れば、落ち込んだ様子のライアンが居た。


「好きだよ」

「本当に?」

「じゃないと、ご飯一緒に食べないよ?」

「そう……だね……」


 数分後、女性店員がワゴンにのせて料理を運んできた。


 先ず出されたのは、オニオンスープだった。肌寒い今、スープはとても有難かった。他にはトマトやオリーブ、アンチョビなどを使用したサラダや、子羊のロースト、バケットとバター、オレンジジュースが出された。オレンジジュースからは、搾りたての新鮮な香りがする。デザートは食後に出されるらしい。

 どれもリヴィが好きな料理である。


 女性店員は、一礼して下がった。


「子羊のローストがここの名物だよ。ブイヤベースも名物だけど、船は魚ばっかりだったでしょ」

「うん! 嬉しい! あとスープも。ちょっと今日寒いから」


 キラキラと輝く瞳をしたリヴィを見て、ライアンは嬉しそうにほほ笑んだ。そして、ナイフとフォークを手に取る。


「食べよ――」


 そう言いかけた彼の口元に、リヴィはキスをした。感謝の気持ちと、いろいろと我慢させている彼に対して、ちょっとしたプレゼントだった。

 

「ありがとう」


 満面の笑みでそう言うと、ライアンは「子猫」と呟く。


「え?」

「ずるいよ。リヴィ……」


 ライアンはナイフとフォークを置くと、左手でリヴィの肩を抱き寄せた。


「うわ、腕も肩もこんなに冷たい! こんなに寒いなら早く言って。俺、体温高いから。こっち来て」


 ライアンと引っ付くように食事をした。普段なら出来ないことだ。男だからではない。マナー的に許される事ではないからだ。


 彼は左手が今使えないので、リヴィは子羊のローストを切ってあげた。「食べさせて」と甘えたことを言ってきたが、それは断っている。少ししょんぼりしていたが、また軽く口元にキスをすると喜んでいた。


 ――分かりやすすぎる。


 やはり子犬のようで可愛らしい。父親であるヴァルが黒犬と呼ばれていることから、皮肉で子犬などと呼ばれているが、皮肉ではなく本当に子犬のようで可愛らしかった。

 また歳上でガタイが良いというギャップが相まって、リヴィにはとても可愛らしく見えた。


 食事が終わった頃、ライアンは鈴を鳴らして店員を呼び、デザートを頼んだ。程なくして持ってきたのは、フルーツを砂糖につけたものと、バニラアイスクリームだった。

 デザートは、ライアンは食べずにコーヒーを飲み、リヴィだけが食べた。


 食べ終わり、お店を出る時にお金を払おうとしたが、もう既に支払われていた。リヴィが食後にトイレに行った時に済ませたのだと言う。

 デートの時はいつも払ってくれているが、毎回いつ払っているのか分からなかった。


「もう帰ろうか。観光も考えたけど、やっぱり今日なんか寒い……雨?」


 ポツポツと雨が降り始めた。


「リヴィ、食後だけど走れる?」

「うん、平気。頑張る」


 2人は港へと走り出した。最初そこまで降っていなかった雨は、次第に威力をまし、土砂降りへと変わる。


「あそこ! あそこで雨宿りしよう!」

「うん!」


 もう服も髪も全て濡れてしまっていた。ある一軒家の屋根を借りて、2人はそこで雨宿りをする。


「ここ、ホテルだ。ちょっと傘借りれないか聞いてみるよ」


 二階建ての小さく古いホテルだった。幽霊が出てきそうな雰囲気でもある。ライアンは中へと入る。

 やはり中も古かった。所々、埃や蜘蛛の巣が見える。室内であるというのに、外と変わらず肌寒いのは、隙間風が吹いているからだろう。


 リヴィは玄関で待ち、ライアンは奥にある受付まで行った。


(寒い……)


 少しでも暖かくしようと両腕をさする。


「駄目だった。あるにはあるけど、全部壊れてる」


 そう言ってライアンは傘立てを指さす。そこには手に取らなくても分かるほど、ボロボロの傘が3本置いてあった。


「そっか……待たせてもらう?」

「いや、この雨は止むかどうか分からない。風も吹いてきたし、ここに泊まろう。船に戻っても、もうみんな船には居ないかもしれないからね。」

「居ない?」


「海が荒れれば、近くの宿泊施設に泊まるんだ」

「でも、お泊まりは――」

「駄目だね。でも仕方ない。ルネさんには俺が説明する」

「また怒られちゃうんじゃ――」

「少しでも納得してもらうよう2部屋取ったし、領収書も2部屋分で書いてもらった。とりあえず、シャワー浴びて着替えよう。寝間着はあるみたいだ」

 

 リヴィとライアンは2階へと上がる。階段も廊下も、歩けば木が軋む音がした。客人は他に居ないようで、とても静かだ。


「リヴィはこっちの部屋ね。俺はこっち」


 ライアンは隣の部屋らしい。


 渡された鍵を持ち、扉を開ける。中は思ったより悪くなかった。シングルベッド1つと、シャワー室とトイレがあるだけだが、それで充分である。


 不満があるとしたら、隙間風があることである。リヴィは服を脱ぎ、シャワーを浴びた。着ていた服を部屋に干して、長いサラシも干した。


 寝間着は綿素材のシャツにズボンといった簡単なもので、着心地は悪くなかった。


「くしゅん」


 くしゃみをし、両腕をさする。ベッドの中に入り込みじっとしていたがそれでも寒い。


(湯たんぽ……あればいいのに……)


 そう考えると、あることを思い出す。ベッドから出て部屋を出た。向かうは隣の部屋である。


 扉を叩いて返事を待つと、ライアンが扉を開けた。もうすでにシャワーを浴びたらしく、寝間着姿だった。


「ん? どうしたの?」

「その……」


(なんて言えば……)


 寒いので人間湯たんぽになって、とは中々言いづらい。


 ライアンは首を傾げていた。


「寒くて……だから……抱き締めてくれない?」


 ライアンは固まり、目をぱちくりとしている。数秒間動かない彼を見て、駄目だったのかな、と考えた。


「うん。おいで」


 そう言って彼はリヴィを招き入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ