77.集まりとその後は
「はぁーーーーーー」
レオナールとヴァルは、歩いて王都ミストラル邸へと向かっていた。宮廷服はもう着ていない。普段着用の上着とベスト、クラバットを着けている。
レオナールは大きく溜息を吐いた。ヴァルは、さっきも見たような気がするな、と思い返していた。
「何故どいつもこいつも、何度言っても分からない? だから行きたくないんだあの家は。ストレスが溜まる」
「母親だろ。生きてるうちは優しくしろって」
「充分優しいだろう。それに、口を開けば『再婚』だ。嫌にもなる」
頭を抑えながら歩くレオナールを見て、ヴァルは苦笑いをした。口が裂けても「再婚すれば?」とは言えなかった。心の底から嫌なのが分かっていたからだ。
「白百合号に明日戻るか?」
「仕事の話がある」
「あっても毎回同じ様な事だろ。頼めばやってくれんじゃね?」
「そうだとしても、よっぽどの事が無い限りは帰れん」
そんな話をしていると、王都ミストラル邸へと着く。従僕が扉の前に立っていた。
「ようこそお越しくださいました、ラファル侯爵。そして、おかえりなさいませ、ヴァランタン様」
扉は開かれ、2人は中へと入った。入ると直ぐにミストラル卿が出迎えた。
挨拶を済ませ、さらに奥へと入って行く。
緑の絨毯の玄関ホールを通り、大広間へと入った。天井の高さは15メートル程で吹き抜けになっており、大きな暖炉が1つ、料理が乗っているテーブルと、ローテーブルやソファが2組置いてあった。テーブルと椅子の周りには女性達が話をしている。
レオナールが入って来るのを見ると、伯爵達は談笑中の妻を呼び、次々と挨拶をしに行った。中には娘と一緒に挨拶し、遠回しにレオナールに紹介する者も居る。
女性を紹介されるのは悪い気はしないが、彼女達が欲しいのは侯爵夫人の座である。遊び程度がちょうどいいレオナールにとって、無意味だった。
だがもっと無意味だと感じたのは、彼等の息子や孫を紹介された時だった。次期当主として紹介するのでは無く、リヴィの結婚相手にどうかとほんのり匂わす。
ある程度紹介が終わり、人が居なくなると一息吐いた。
「相変わらずおモテになりますね、レオナール様。それと、リヴィも」
茶化す様にヴァルはそう言ってくる。
「俺とリヴィは、ヴァルと違って身分だけでなく顔も良いからな」
レオナールも同じ様にふざけて話す。
2人が軽く笑っていると「ご無沙汰しております、ラファル侯爵。あと、ヴァル」と声が聞こえる。
その声にヴァルは、笑っていた表情を止め「久しぶり」と言い無表情でその男を出迎えた。
「久しぶりですね、セレスタン殿」
ほんの一瞬、ヴァルとセレスタンの間に火花が散る。だが、セレスタンは直ぐに、小馬鹿にするように鼻で笑った。
「ライアンは追試で留年を間逃れたんだってな。馬が一角獣を産んだかと思ったが……馬は馬だったな」
プチッと頭の血管が切れる音がし、ヴァルはセレスタンに何か言おうとする所を、レオナールは左手で止めた。
「セレスタン殿。久しぶりに弟と話したい様でしたら、私はここを外しますよ」
「いえ! とんでもございません!」
慌ててそう答えた後、リヴィの結婚相手について話すのだった。
***
「はぁーーーーーー」
今度はヴァルが大きな溜息を吐いた。
集まりは少し前に終わり、今はブランティグルを出て王都の夜の街を歩いている。
馬車を使わなかったのは、紋章が入った馬車を使って目立ちたくなかったからだ。
「本気で腹立つ! 何でいつもああなんだ! 嫌味を言わなきゃ気がすまねぇのか!?」
「兄弟なら仲良くしたらいいだろう」
「何処をどうやったら、アイツと仲良くしようと思える!?」
「『生きてるうちは』って誰かさんが言っていたような気がしてな」
「アイツは無理だ! アイツが死んだら三日三晩祝ってやる!!」
両手で頭を掻きむしり、ギリギリと奥歯を噛み締めた。自分の事だけならまだいいが、最近ではライアンの事もチクチクと言ってくる。
腹が立って仕方が無かった。
何度も手紙で【リヴィの結婚相手はリヴィが決める】と返信したにも関わらず、気にせずレオナールにセドリックを推す神経が分からなかった。
「でもまぁ、面白かったろ」
「何が」
「ライアンがリヴィの騎士になるって話した時だ」
会話の流れでリヴィの結婚相手の話から、騎士の話になった。セレスタンが、結婚相手が駄目なら、と聞いてきたのだ。
「ああ、あれは傑作だった」
「ライアンがリヴィの騎士になる」と聞いたセレスタンは、鳩が豆鉄砲をくらったかのように目を見開き驚いていた。
その様子を見て、心の底からいい気味だと思い、言ってくれたレオナールに感謝した。思いっきりセレスタンから睨みつけられたが、日頃の鬱憤をはらせている。
その後、ミストラル卿やカルム卿ともその事を話し、2人は喜んでいた。
「ざまぁ!」
「兄に言う言葉では無いな」
「アルは言ってたろ」
「たまにだ」
ふんっ、と鼻を鳴らしレオナールはアルベールを思い出した。
数十分歩いていると、高級ブランド店が並ぶ街道へと入った。街灯と飲食店が道を灯し、殆どの店は閉まっていた。
左を見ると、何度もリヴィと一緒に来た香水店があった。そこで今つけている甘い薔薇の香りがする香水を選んで貰った。
道路を挟んで右斜め前には、リヴィとよく行く洋服店があった。有名なデザイナーが居る所である。
(帰りに何か送るか……)
せめてもの罪滅ぼしとして、リヴィに服を買って配送する事を考えた。
そこからまた数分歩き、四角い大きな広場へと着いた。この広場を取り囲む様に建物が建っており、高級ホテルが数軒並んでいた。そのうちの1つ、入り口の上に【ホテル スレイプニル】と書いてある建物の前まで歩く。
「それじゃあな。朝迎えにくる」
「1人で帰るさ」
「王都だぞ。何かあったらどうすんだよ。私は心配で仕方ありませんよ」
「『何かあったら父上に殺される』からだろ」
「まぁそうとも言うな」
そう言って笑うと、ヴァルは手をひらひらとしながら立ち去った。
レオナールは中へと入る。入り口は小さかったが、中は奥行きが広くなっていた。左には受付があり、何人かがそこで手続きをしている。
ロビーにはスタッフと客が行き交っていた。
レオナールは受付をせず、そのまま右奥にあった階段を上る。紙をポケットから取り出し【スレイプニル301】と書いてある事を確認し、再びポケットへとしまった。
3階まで行き、301号室を探す。茶色の柔らかい絨毯を歩き、その部屋に着いた。扉を2回叩き、返答を待った。
「はい」
扉の向こうから声が聞こえた。
「仕事の話をしに来た」
レオナールがそう言うと、扉を開いたのはソレイユレーヌだった。彼女は微笑み「お待ちしておりました」とレオナールを引き入れる。
部屋に入り浴室や洗面所を横切ると、右にダブルベッド、左には窓とカウチソファ、奥にはカーテンが閉められたバルコニーと椅子2脚、丸テーブルが置かれていた。その丸テーブルには、ワインボトルとグラスが2つ、そして、チーズが用意されている。
レオナールは上着を脱いで椅子へと掛け、ワインを開けながら「あんな所で紙を入れるな」と、文句を言った。
「ヴァルや私、レオナール様の体が壁になって見えていませんよ」
ふふっ、とソレイユレーヌは笑う。
レオナールのポケットに入っていた紙は、虹霓会議の時、近付いてきた彼女が誰にも分からないように入れている。
「見つかったら面倒だ」
「何故です? 仕事の話をしに来ているのでしょう……それとも『ヴェストリの中でも優秀な医師』の診察を受けに?」
彼女はレオナールが開けたワインを受け取り、グラス2つに注ぐとレオナールに1つ渡した。そして自身もグラスを取り、ひと口飲んだ。
「あの言葉はとても嬉しかったのですよ」
そう言ってレオナールの頬に手を添えて、唇にゆっくりとキスをして離した。離した後も、手を添えたままじっとレオナールを見つめている。
レオナールは微笑むと、受け取ったグラスをテーブルへと置く。そして左手を彼女の腰に回し、右手を首の辺りに触れて唇を重ねた。
何度も啄む様に口づけを交わし、舌を絡め合い、ベッドへと移動するのだった。




