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76.交際相手は

 直ぐにフォルランが布を渡す。

 レオナールは口を拭き、濡れた服を軽く拭いた。


「何をしているの? はしたない」

「――それは……ゲホッ……悪いとは思いますが、ゲホッ……お、男?」

「ええ、そうよ」


 リリアーヌは微笑み、お茶を飲んだ。


「『王都で友達と遊ぶから、お祖母様にも会いに来たよ』ってね。嬉しかったのだけど、学校は平民学校なのにわざわざ王都で遊ぶのは変だなって思ったのよね。だからつけさせたの」


 そして何事も無く緑茶を飲む。レオナールは口を開け、顔をひきつらせた。


「あ、相手は!?」


 ふふっと笑いレオナールに「知りたい?」と聞く。そう言われ、レオナールはリリアーヌが何を言って欲しいのか察した。


「何が欲しいのですか?」

白百合(リスブロン)号」


 がっくりと肩を落とす。ここ最近リリアーヌと話し合っている事である。それだけでなく、リリアーヌは手紙でも催促をしていた。


 ちらりとヴァルを見ると、口をぎゅっと閉じて笑いを堪えているのが分かった。それに苛々しつつ、視線をリリアーヌへと戻す。

 

「前にも言いましたが、40歳になる前には白百合(リスブロン)号を降ります」

「40前なら今日でもいいじゃないの」

「いい加減にして下さい。そもそも、あれは母上が乗らないと言ったので貰ったのですよ」

「貸したのよ」


 溜息が出る。溜息をする度に幸せが逃げるのなら、もう一生訪れないと思えた。


「あんな趣味さっさと終わらせて、なるべく早く返してちょうだい」

「分かりましたよ」

「その時は船を綺麗にしておいてね。アンジュリュンヌの部屋も無くして、あの男は始末を」

「分かっています」

「なるべく酷く(むごく)始末するのよ」

「そのつもりです」

「え、あ、あー、ちょっとそれは……」


 ヴァルが口を挟む。レオナールは不思議そうに「何だ」と聞いた。


「あ、いや、リヴィは、なるべく苦しくないよう殺して欲しいって……思うんじゃねぇかなぁって……」


 部屋の時が止まったかのように、静寂が訪れた。


「何故リヴィの話が出る」

「あー……何となく。リヴィは、ほら、心優しいだろ。だからあの男の事も、もう許して――……」


 言い続けようとして止めた。2人がじっと訝しげにヴァルを見ていたからだ。


「ナンデモアリマセン」


 そう言って緑茶を飲み、心の中でリヴィに謝った。


「そうそう、それでリヴィちゃんの相手の話しね」


 そして、リリアーヌは楽しそうにレオナールを見た。


「ええ、そうです母上」


 違和感はあるが、今はリヴィの恋人の話である。リリアーヌはレオナールを見た後ふっと笑い、ティーカップを手に取った。


「年齢は50歳。見た目は冴えない小太り男って感じね。リヴィちゃんを彼女にしながら、奥さんがいるのよ。趣味は賭博。それで作った借金が金貨500枚。そんなとこかしら」


 レオナールは呼吸の仕方を忘れる程に固まり、口をおさえた。衝撃が強過ぎて何を考えればいいのかも分からなかった。

 すると、暫くしてリリアーヌが耐えきれない様に笑い「冗談よ」と言った。


「じょ、冗談?」

「ええ、冗談よ。あまり顔を見せない息子に意地悪したくてね」


 隣の席から吹き出す声が聞こえる。ヴァルは右手で口をおさえて震えている。


「……勘弁して下さい……心臓に悪い」

「ふふっ。男の事はリヴィちゃんの為に内緒にするわ。貴方、口喧(くちやかま)しく言うでしょ。でも、別に悪い男では無かったわ。むしろ良かったの」

 

 そう言い終わると、リリアーヌはヴァルを見て微笑んだ。だがヴァルは何故微笑まれたのか分からず、キョトンとしている。

 

「王都で遊んだのは、領地で見つかったら貴方に告げ口されてしまうからね。彼を婚約者にするのかしら? いいと思うわ」

「何処のどいつか分からないのに、そんな事は出来ません。それに、リヴィはその男と別れています」

「あら、そうなの? そんな風には思えないのだけど」

「ひと月……いや、ふた月程前に、男と別れたとエマから聞いているので」


 そう言ったものの、リリアーヌは納得があまりいっていないようだった。レオナールは緑茶を飲み終わり「シャワーを浴びてきます」と立ち上がろうとした。


「ああ、少し待って。貴方宛に手紙が来ているのよ。リヴィちゃんから。フォルラン」


 レオナールは何の手紙が直ぐに把握し、立ち上がるのを止めた。執事のフォルランがレオナールの元まで歩くと、懐から手紙を出した。


 だが、手紙は綴じられていなかった。


「開いています」


 レオナールがリリアーヌを眉をしかめて見ると「ええ、悪くない内容だったわ」と悪びれもせずに言った。


 返答に苛々しつつ、封筒から便箋を取り出すのと同時に紐が出てきた。何の紐かと首を傾げながら手紙を読む。何時もの可愛らしいリヴィの字だった。【親愛なる伯父様へ】から始まる手紙に少しほっとする。

 内容を読み終え、紐の理由を理解した後、ヴァルを見ながら「おめでとう」と言った。


「まぁ、ありがとう」


「……あまり驚かないんだな」

「え? あ、まぁ、リヴィとライアンは仲良かったし、なら大丈夫だろって思ってたからな」


 そう言われ便箋をしまっていると、リリアーヌが「絶対別れてないわ」と呟いた。その言葉を無視し、レオナールは立ち上がった。


「それでは失礼します」

「あら、まだお話は終わってないわ」


「……何か?」

「貴方の再婚についてお話しましょう。いっぱいお話があるのよ」

「そんなものはしません!」


 そう言って心底嫌そうな顔をして部屋を出ていった。


「あー……じゃあ、自分も失礼し――」

「ヴァランタン! 貴方からもあの子に何か言ってやってちょうだい!」


 ヴァルは気まずそうに「言えたら言います」と言ってレオナールの後を着いて行った。


 レオナールは自室では無く書斎へと向かう。その途中で執事に風呂の準備ができたと告げられた。それに返事をし、扉を開けて、壁から天井まで本が詰まった部屋へと入った。

 そして目当ての本【人魚語辞典】を捜し出した。


「『おぼえたる』って言ってたか……」


 あの時メリュジーヌは何と言っていたのか、気掛かりだった。指をなぞりながら言葉を探し出す。


【おぼえたる】

【似る。似ている。思い出される。感じる】

 

「……メリュジーヌは匂いが似ているって言ってたのか? それとも他の意味か?」

「レオ。シャワー入らねぇの?」


 後ろからヴァルの声が聞こえる。辞書を閉じ、本棚へと戻した。


「いや、今から入る」


 そう言って部屋を出て行った。



***


「アリュマージュ侯爵、本当に宜しかったのですか?」


 王都アリュマージュ邸で、アリュマージュ侯爵はこめかみに指を当て考えていた。


「相手はオリヴィア嬢との食事を望んでおり――」

「分かっている!」


 アリュマージュ侯爵は、そう言ってきたヒュメ卿を睨みつけた。


「だが仕方が無い。嬢ちゃんは来てないんだからな。それに、言っても客人は嬢ちゃんに会いたいって訳じゃない」


「……と言いますと?」

「母親のファンだったんだ。人気の舞台女優だったろ……人気絶頂期に辞めた……いまだに好きらしい。その母親にそっくりに育った嬢ちゃんに会いたかったんだ」

「あぁー……なるほど」

「2人っきりはラファル卿が許さないから、せめてあの2人を明日の食事会に呼んで、急に客人が来たって事にして一緒に食事をさせる予定が……まさか来ていないとは」


 アリュマージュ侯爵は腕を組んで俯いた。何とか別の女を用意し、納得して貰うしかなかった。


「わざわざナギナミから来てそれでは怒りませんかね?」


 そう言われ、唸り声を上げて額を机の上に付けた。

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