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75.王都ラファル邸

 ――会議後。


「はぁーーーーーー」


 馬車の中で、レオナールは大きく溜息を吐いた。何度目か分からない溜息だった。向かいにいるヴァルは、気の毒に思いながら苦笑いをしていた。


 あの後、会議は国王が割って入り、アリュマージュ侯爵や他の貴族達の擁護もあり、虐待の疑いは晴れている。それでもフルーブ侯爵は、表で優しそうにしているだけと引かなかったが――その後は、領地の問題や、ギヌヘイム帝国等の他国の動き、そしてアールヴ連合国との魔鉱資源貿易の話等をしている。


「クソ博愛主義者め」

「お疲れ様。どうぞ」


 ヴァルはレオナールに水を渡す。レオナールはそれを受け取りひと口飲んだ。


「はぁ」

「溜息ばかりでは幸せが逃げますよ、レオナール様」


 2人は互いに鼻で笑い、レオナールは頬杖を付いて外を眺めた。


 いつも会議で苛々する事があっても、リヴィと一緒に出掛ければそれも吹っ飛んでいた。


『伯父様、会議お疲れ様! 今日はここの新しく出来たガレットを食べに行きたいの。いい?』


 会議から帰ってくると、王都ラファル邸でリヴィは待っている。帰るのはだいたいおやつ時。話題のカフェによく行きたがった。


(何がいいんだか……)


 ふっ、とリヴィを思い出して笑う。甘い物が嫌いなレオナールは、カフェに行ってもコーヒーか簡単な食事を頼んだ。その後はリヴィが行きたい所へ行った。バレエでもオペラでもショッピングでも、何処にでも連れて行った。


「そうだ、レオに言っておきたい事がある」

「何だ」

「今日の父上が開く集まり、セレスが来る。セドリックとリヴィの事言ってくるだろうから――」

「ああ、大丈夫だ。いつも通り聞き流すさ」

「悪ぃな」

「それに、今回はセレスタン殿だけじゃないだろうからな……はぁ。婚約者か……決めてやらないのは虐待だとさ。あの馬鹿は」


「オーは、早い内に全員婚約者決めるからな」

「婚約者がいれば幸せか? 幸せになった覚えはないがな」

「もういいだろって。言わせとけよ」

「例え何もしてこなくても、目の前を虫が羽音をたてて飛んでいたら鬱陶しいだろう」


 再び溜息を吐いた。


 こちらが無視しようとも、ことある事にあちらが絡んでくる。加護者の扱いは各管理者に全て任されている。互いのやり方に口を出さないことは、暗黙の掟だった。

 レオナールは左手を上着のポケットに突っ込んだ。カサリと音がし、紙が1枚入っている事を確認した。


「集まり終わったらどこだ?」

 

 ヴァルはレオナールのポケットを見ながらそう言う。レオナールは紙を出し、書いてあった場所を言った。


 石畳の道を馬車は真っ直ぐ進み、角の花屋を左に曲がる。そこからさらに十数分走ると、王都にある貴族街の1つ、ブランティグルへと着いた。


 ここブランティグルは、ヴェストリ地方の貴族達が住む格子状の区画だ。


 門から真っ直ぐ続く大きな通りは、北と南を分け隔てる。北の面積は全体の五分の一程で、そこにはヴァンの貴族が住み、南はそうでない貴族が住んでいた。

 石と鉄で出来た門をくぐり、1番北へと馬車を走らせると王都ラファル邸へ着いた。


 本邸よりは小さいが、充分な大きさの邸宅である。扉の前に馬車を着けると、玄関前に控えていた白髪に白い口髭を蓄えた執事が扉を開けた。


「お待ちしておりました、レオナール様」

「ああ。元気か、フォルラン」

「はい、お陰様で」

「早速で悪いがシャワーを浴びたい」

「それなのですが、その前に――」

「レオナール」


 開いた扉の向こうから声が聞こえる。60代程のほっそりとした女性が、少し怒った様子で立っていた。


「ご無沙汰しております、母上」


 レオナールは彼女の元へと歩み寄ると、抱擁を交わした。


「久しぶりね。ヴァランタンも」

「ご無沙汰しております、リリアーヌ様」


 リリアーヌはヴァルにも抱擁を交わした。


「全く……全っっっっ然顔を見せないのだから。寂しくて涙が出そう」

「好きこのんで王都に住んでいるのに、寂しいも何も無いでしょう」


 そう言われ彼女は少し怒ったように「それとこれとは別よ!」と言った。


 貴族街を別荘のように使う者や、余生を楽しむ為に住んでいる者も多い。ミーズガルズ国では爵位を譲る事が出来るので、本邸を息子や娘に、そして隠居生活を王都で過ごす者も多かった。


 リリアーヌは、夫である前ラファル侯爵が死去し、レオナールが爵位を受け継いだ後、王都ラファル邸に移り住んでいた。舞台をほぼ毎日観るために移り住んだと言っていい。


「で、シャワーに入るの? その前にお茶にしてちょうだい。もう待ちくたびれたのよ」


 リリアーヌは中へと入っていく。レオナールとヴァルは意味ありげに顔を合わせ、彼女の後を着いて行った。

 深碧色の絨毯が敷かれた廊下を歩く。大きな窓からは中庭が見え、リリアーヌが庭師に命令しながら大事に育てている花々が咲き乱れていた。


 ダイニングルームに入るとテーブルの上に菓子が並べられ、所々、花瓶に花が生けてあった。


 執事のフォルランがリリアーヌの椅子を引き、彼女は座った。フォルランは扉の前に立って控えている。

直ぐに従僕(フットマン)がティーポットとカップを銀のトレイに乗せて持って来た。


「そうそう見てちょうだい。新鮮な東国のお茶が手に入ったの」


 次々と従僕が黄緑色のお茶を入れる。


「あぁ、ナギナミ国の」

「そうよ。綺麗な色でしょう。緑茶って言うのよ。珈琲や紅茶とは違うまた良い香りなのよ」


 ティーカップに緑茶を注ぎ終わると、リリアーヌはカップに砂糖を2杯入れた。レオナールとヴァルは何も入れずにそのまま飲んだ。


「セゾニエ子爵夫人が持ってきたの。それなのに、リヴィちゃんは本当に来ていないのね?」

「手紙で『来ない』と知らせたでは有りませんか」


 レオナールはうんざりしながら答えた。


 ライアンが船に乗ってきた日に書いた手紙は、リヴィへの騎士の伺いの手紙、ミストラル伯爵への招待状の返信、そして、セゾニエ子爵とリリアーヌへ【虹霓会議の日、リヴィは来ません】と書いた手紙を書いていた。


「タチの悪い冗談ならまだ良かったのに。……はぁ、孫に会うことが余生の楽しみなのよ」

「母上の様子を見る限り、その余生はあと50年くらいはありそうですよ」

「もう! 貴方は! ……まぁ、いいわ。ちょこちょこ会ってはいたのだから」


 そう言われレオナールの緑茶を飲む手が止まった。


「リヴィが? ここに1人で?」

「そんな訳無いでしょう。ピーグリエーシュと一緒よ」

「ピーグリ……あぁ、エマですか」


 一瞬誰の事かと考えたが、リヴィの侍女の苗字だと思い出した。名前でばかり呼んでいたので、苗字は忘れがちである。


「貴方もリヴィちゃんも、彼女は侍女なのだから、苗字で呼んであげるべきなのに」

「エマ本人が名前で呼ばれるのを望んでいるので」


 そう言ってゆっくりとお茶を口に含んだ。


「そう? まぁいいわ。彼女と2人で王都に来てたのよ。男に会いにだけどね」

「ゴホッ」

 

 レオナールは緑茶を吹き出し、咳き込む口を抑えた。

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