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74.正義の暴走

(馬鹿が……)


 レオナールは心の中で悪態をつく。


 勝手に作り上げた自分の正義が絶対なのだ、と押し付けてくるフルーブ侯爵が鬱陶しかった。


「最初にね、マリユスの事は残念だったよ。まだ若かったのにね。30半ば? 若いねぇ。何でもこれから出来るのに。私と違ってね。戦争の時も頑張ってくれたね。ヴェストリと協力して。ね、その時は、前風の剣(シルフィード)加護者も頑張ってくれたね」


 うんうんと頷いて、国王は戦時中を回想すると、車椅子を押していた人物が国王に資料を渡した。


「はいはい、逸れないようにね。ちょっとくらい別に……まぁ、それで選定会の結果はどうだったのかな」


 国王がそう言うと、一気に視線はフルーブ侯爵に集まった。フルーブ侯爵はゆっくりと息を吸う。


「候補者全員が水の弓矢(ウンディーネ)に触れましたが、加護者には誰も選ばれませんでした」


 シンっと会議は静まりかえった。


 オーの貴族は葬式会場の様に、どんよりとした空気だった。目を伏せ頭を抱えている。


「そうかそうか……それは残念」

「ですが、まだ対象年齢では無いので触れさせていない者も多いです」


 フルーブ侯爵はレオナールに視線を移す。


「私は誰かと違って、対象年齢以下の者に触れさせる様な事はしません」


 レオナールは呆れた表情でフルーブ侯爵を見る。


「この話は何度目だ? 何度すれば気が済むんだ? 触らせたのでは無い。オリヴィアは触っていたんだ」

「どうだか。わざと触れさせたのでは無いか? 加護者がヴェストリからいなくなるのが嫌だったんだろ。だから、手っ取り早く繋がりが強い、前加護者の娘に触らせたのでは? 自分の権力を保守したいが為に」


 ヴァンの貴族の席からは野次が飛び、オーの貴族も野次を飛ばした。


「選定会もせず、前加護者の葬儀の日に触らせるなど、理に反している。弟の死を悼むよりも、自身の権力の心配など、私には真似出来ない事ですね」


 フルーブ侯爵は心底軽蔑したように言う。

 レオナールは歯をギリっと噛み締め、ヴァルはフルーブ侯爵を睨み付けた。


「まぁまぁ、フルーブ侯爵。いつもの仲良しはそれ迄にしてね。いくら忘れやすい私でも、耳にタコが出来て死に際にも思い出しそうだよ。フォフォ。でもまぁそうか……残念だ、残念で仕方ないよ」


 フルーブ侯爵は口を閉じ、レオナールをひと睨みしてから視線を落とした。レオナールは掌に爪がくい込む程握り締め、殺意を抑えた。


 何度説明しようとも、フルーブ侯爵の考えは変わらない。自分の考えは間違っていない、と信じ切っている。


 リヴィが加護者と判明した後の会議では、互いの専属騎士が止めていなければ殴りあっていた。


「では次の議題だね。えーと……」


 国王は手持ち式の眼鏡を取り出し、紙を見て首を傾げた。


「んー? フルーブ侯爵、これは本当なのかな?」

「はい」


 虹霓会議の時、議題に出したい事があれば手紙を5日前迄に担当宛に出す。フルーブ侯爵は何か話し合いたい事があったようで手紙を出していた。

 

「では、どうぞ」


 国王はフルーブ侯爵に話をするよう促した。


(どうせろくな議題じゃない……)


  毎度毎度そうだった。どうでもいい事を議題に上げ、会議を長引かせる常習犯だ。


 今迄で1番酷かったのは、数年前、マリユスの健康状態が芳しくないと、国に診察を頼んだ時だった。それだけならまだしも、全加護者にそれを義務付けようと議題に上げた。その時点で意味不明だったが、話を聞けば国に上手いこと利用されていると気付いた。


 ――猛反対した。


 ヴェストリ地方の医療を担っているのは、テュルビュランス家だ。病院や医学校などの医療関連は、テュルビュランス家が主導している。


 色々な国に研修に行かせる王都の医師と引けを取らない――いや、それ以上にヴェストリ地方の医師は優秀である。腕も良く、薬の開発も早かった。他国で面白い治療法があれば、積極的に取り入れてもいる。


 地方によって医師の技術に差があるのは分かっていた。正直、スズリ地方の医療関係は遅れている。医師の腕もそうだが、薬の開発も遅かった。 なので水の弓矢(ウンディーネ)加護者だけそうすれば良いと、レオナールは言った。

 

 レオナールもフルーブ侯爵も引かなかった。話し合いの末、評決を取る事となり、公爵家とオーの貴族、そして「無料で見て貰えるならいいじゃん」といった考えのソルの貴族が賛成して可決された。


(あれを超える事は無い)


 だがその考えは覆される事となる。


風の剣(シルフィード)管理者のラファル侯爵は、加護者であるオリヴィア嬢を虐待しています」


 一瞬何を言っているのか分からず、思考が停止し固まった。フルーブ侯爵の話した事を頭の中でもう1度繰り返した。

 それはレオナールだけでなく、ヴァンの貴族達全員がそうだった。


「………………は?」

 

 ぽかんと口を開け固まっていると、ヴァンの貴族達は一斉に大笑いをした。




***


 一方その頃、白百合(リスブロン)号では――。


「で!」


 医務室にライアンが立たされていた。リヴィは変声薬を渡され、ルネの傍で口の中で溶かしている。ルネは椅子に座り、腕を組んでライアンを睨み付けていた。


「いや、その、具合が悪くて看病を頼んだんです」

「具合が悪いフリでは?」

「――ちっ、ちっがいます!」


「例えそうだとしても、2人で泊まるのは駄目だと分かっていたでしょう」

「でも、その、声も戻ってましたし、このまま帰して道で絡まれたらアレかなと思いまして……それに、何もしてませんし……」


 バツが悪そうにライアンがそう話すと、変声薬を飲み終えたリヴィは「嘘つき」と言った。その発言により、ライアンを睨みつけていたルネは、リヴィに視線を移す。


「嘘つき。避妊薬飲んでって言われて色々された。嫌だって言ったのに……ぐすっ」


 リヴィは泣くふりをして、両手で顔を覆う。ルネは唖然として口を大きく開けた。


「ちょっと待ってリヴィ! 違うでしょ! 違うんですルネさん! からかったんです! リヴィやめて、それ嘘泣きでしょ…………何をしてるんですか、ルネさん?」


 ルネは立ち上がり、薬の棚から小瓶を5つ出した。


「全部飲みなさい」


 ギリギリと睨み付けるルネと、明らかに体に異常をきたす薬を目の前に出され、ライアンは顔をひきつらせた。


 リヴィはちょっとした復讐を果たす事に成功した。



***


 ――ビフレストの間。


 フルーブ侯爵の言っている意味をやっと理解し、素っ頓狂な声を上げた後、後ろの席から大笑いが聞こえた。

 アリュマージュ侯爵とフゥの貴族達も堪えきれずに笑った。ノルズリ地方には、レオナールはリヴィを連れ、たまに旅行に訪れていたので、フゥの貴族達にも溺愛っぷりは知られている。


「笑っている場合ではない!」


 そうフルーブ侯爵が言うと、笑っている者たちは笑うことを必死に堪えた。


「フルーブ侯爵。何故、ラファル侯爵がオリヴィア嬢を虐待していると思ったのかな?」

「前々から怪しい点が幾つかありました」

 

 そう言うフルーブ侯爵は、何故か自慢げだった。

 

「まず、王都の充実した学校では無く平民学校に通わせ充分な教育を受けさせていない事、もう歳頃だと言うのに婚約者を探さず独り身で居させようとする事、国がしている健康診断をさせず健康を管理していない事、学校を終え今彼女は軟禁状態で働いています。そして、先程オリヴィア嬢と年齢の近い女の子を売買する話をしています。それなのに、心を痛めない様子から、オリヴィア嬢を何とも思っていない事が確実となりました」


 レオナールは顔をひきつらせる。どれもこれも勝手にフルーブ侯爵が変な解釈をしたものである。


「診断させないのは虐待の痕等の、何かやましい事を隠しているに違いありません。そして、加護者を働かせるなど言語道断! 虐待以外にありません!」


 そう強い口調でフルーブ侯爵は言う。

 レオナールは呆れ果て、大きく溜息を吐き「正義馬鹿が」と声を出した。


「聞こえているぞ!」

「本当の事だろう。謝罪が欲しいか? くれてやってもいい。だが『正義馬鹿』に対しては謝罪はしない」


「……どういう意味だ」

「貴様の脳を『カチカチ』と言ったことに謝罪しよう。『カチカチ』ではなく『空っぽ』の間違いだったからな」

「貴様!!」


 フルーブ侯爵は立ち上がり、レオナールに殴り掛かろうとするが、フルーブ侯爵の専属騎士が後ろから抑えた。


「レーヌ! スズリに1番近い病院を予約してやれ! こいつの頭にまともな脳みそを入れる手術をしてやれ!!」

「かしこまりました」

「ふざけるな!!!!」

「猿の脳みそで構わない。今より数段賢くなるだろうよ」


 小馬鹿にするようにそう言った。


「侮辱が過ぎるぞ!!」

「いいか! よく聞け正義馬鹿! 平民学校に通っていたのはオリヴィアが行きたいと言ったからだ! 結婚相手は彼女自身が選ぶ様にしている! 健康診断はそこにいるソレイユレーヌ嬢に任せている! 彼女はヴェストリの中でも優秀な医師で、国に診察させる必要が無いからだ!!」


「国が我々の為を思って――」

「何が『我々の為を思って』だ! お前の頭には花が詰まっているのか!? それに、こちらで診断した結果はしっかり送っている! 何も問題は無い!」

「身内で診ているのであれば、身体に痣があっても隠すだろう!」


 それを聞いたソレイユレーヌは「それはテュルビュランス家への侮辱です!」と声を上げる。


「失礼、ソレイユレーヌ嬢。ですが5年も診せないのは隠し事がある様にしか見えません」

「こちらにはこちらの事情がある! 証拠も無しそんな話をするな!!」

「領民言わく、最近は誰も彼女を見ていないと言っていた!! 軟禁状態という事ではないか! 虐待の何よりの証拠だ!」


「軟禁では無い! 菓子作りに専念している! 世話は周りがやっている! それに働きたいと言ったのはオリヴィアだ! 働いている場所は、オデット――母親が経営している店だ!! ここは夢で見た事を話す場所ではない! 私はお前と違い、自分が正しいと思っている道だけを、歩く様に強制はしない! 本人がやりたいと思っている事なら――……」


 レオナールは言葉を詰まらせた。ブーメランを投げている気分だったからだ。


「何だ?」

「――とにかく! 本人の自由にさせている! こちらにはこちらのやり方がある! 口を挟むな能無し!!!!」


 この後も2人の口論は続き、アリュマージュ侯爵は笑いを堪え、土の大槌(ノーム)管理者であるカノン侯爵は、早く終わって欲しいと願いながら欠伸をした。

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