72.虹霓会議
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馬車は市街地に入る手前で停車していた。中でもう1度、ヴァルは髭を剃る。レオナールは髭を整えた後、整髪料を手に取り髪を整えた。
「馬車の中でやるのは不便だな」
「なら今度から王都の家に戻ろうぜ。リヴィが行かなくても」
「考えておく」
ふぅ、とゆっくり息を吐き、そのタイミングでジャンが扉を開けた。
「そろそろお時間です。移動させますがよろしいでしょうか」
「ああ、頼む」
扉は閉められ、道の脇に停めていた馬車が動いた。舗装されていなかった道は、石畳の舗装された道に変わる。
宮殿を中心に放射状に広がる王都は、宮殿に近づくにつれ街並みは栄えていった。
時間が経過し、道に沿って黒い柵が見え始めた。それを辿る様に馬車が走ると、金色の門を潜りグラズヘイン宮殿へと着く。
大理石で出来た左右対称の建物で、中央には英雄であり王になったパランケルスの銅像があった。
その銅像を囲む様に4人の勇者と精霊の銅像がある。
数台の馬車がもう既に並んで待っていた。それらの横を通り、次に正面玄関前に進もうとしている馬車が、ラファル家の紋章を見て停車し前を譲る。馬車の前に割って入り停車すると、ジャンが扉を開いた。
「お待たせしました、レオナール様。ヴァランタン様」
レオナールは翡翠のブローチをポケットへ入れ、上着とスカーフを手に取り馬車を降りる。ヴァルも剣を手に取り、降りると腰に携えた。
馬車はゆっくりと走り出した。ヴァルとレオナールは宮殿に入ろうとしたが、ある事に気付いてヴァルは立ち止まった。
「レオ、クラバット」
首の装飾用のスカーフ――クラバットをレオナールは着けていないのである。
「面倒だ。もうここまで来たらいい気がするがな」
「やれって。怒られんの俺だ。『ラファル侯爵の身嗜みにも注意しろ。恥をかかせるな』ってな」
「別に恥には思わん」
「あぁ! もお!」
ヴァルはレオナールが持っていた上着とスカーフを奪い取り、レオナールの首に巻く。最後に翡翠のブローチを受け取り、スカーフの中央に付けた。
「ったく。そんなんだからチンピラ侯爵って言われんだぞ」
「初耳だ。誰がそんな……あぁ、エルキュールか」
「いんや。エルキュールがそんな事言ってんの聞いた事ねぇけどな」
「なら誰がそんな事を言うんだ」
「知らねぇ。ほら出来たぞ、チンピラ侯爵。さっさと中に入ろうぜ」
ヴァルはそう言ってニヤリと笑う。レオナールは顔をしかめ、文句を言おうと口を開いたが、何も言わずに閉じて口の端を上げた。
「あれ、何だよ」
「ヴァランタン!!」
ヴァルはドキッとして一瞬固まった。怒気を含む声は、彼の真後ろから聞こえている。ゆっくりと振り向くと、口髭をたくわえた60代程の宮廷服を身に纏った男が立っていた。
「ご無沙汰しております、父上」
苦笑いをしながらそう答えた。ヴァルの父ミストラル伯爵は、キッとヴァルを睨みつけた後、レオナールを見て右手を胸に当ててお辞儀をした。
「ご無沙汰しております、ラファル侯爵」
「お久しぶりですね、ミストラル伯爵」
レオナールは微笑んで挨拶をする。ミストラル伯爵は頭を上げた。
「大変申し訳ありません。ヴァルが失礼な態度を……」
「ああ、気にする事ではありませんよ。何時もの事なので」
レオナールがそう言うと、ヴァルは気まずそうに上着をレオナールに着せた。
「ヴァル! せめて誰かがいる前ではちゃんとした態度をしろとあれ程――」
「いつもそうしてますって! 誰もいなかったでしょ!」
「私が居た。何処で誰が聞いているか分からんのだぞ! お前がそんな態度でいると、ラファル侯爵が侮られると何度も言っているだろう!」
仏頂面でヴァルは黙った。
「まぁ別に、私は気にしていませんので」
「あぁ……寛大な心に感謝致します」
ミストラル伯爵がレオナールに感激していた所に、もう1人、彼と同じ馬車から降りてきた人物が居る。
「ご無沙汰しております、ラファル侯爵。ヴァルはこの間ぶり……なんだその仏頂面は」
「お久しぶりです、コンスタン殿。ヴァルはむくれているのですよ。お父上に叱られて」
「むくれてねぇ――です」
「なるほど。ま、ここで話すのもなんですから、中に入りましょうか」
レオナールはニヤリとヴァルを見遣り、ミストラル伯爵と談笑しながら並んで歩いた。ヴァルとコンスタンはその後ろを歩く。
正面玄関前にいる衛兵が敬礼をする。ヴァルとコンスタンがその衛兵の前にいる係の者に召集令状を見せた。
「お待ちしておりました。レオナール・ヴァン・ラファル侯爵。専属騎士ヴァランタン・ヴァン・カルム殿。そして、ステファン・ヴァン・ミストラル伯爵。次期当主コンスタン・ヴァン・ミストラル殿。どうぞお入り下さい。会議はいつも通り、ビフレストの間で行います」
近衛兵は4人を中へと通した。虹霓会議は召集された本人だけでなく、専属騎士、もしくは次期当主も中へと入る事が出来る。
吹き抜けの玄関ホールを通り左に曲がる。そのまま虹の回廊と言われる、絵画等の装飾品がおいてある60メートル程の廊下を歩き、両開きの扉の前に着いた。扉の前にいた衛兵の2人が扉を開く。
部屋は広く、床には虹をイメージしたモザイクタイルがはめられていた。中心にはテーブルが向かいあうよう五角形に置いてあり、椅子も5脚置いてあった。そのテーブルには、もう既に2人座っていた。
その後ろには、更に椅子と長テーブルが置いてある。前がよく見える様、前の席より高い位置に段々になるよう配置されていた。
入って1番奥の席は公爵家が座る席だった。そこから時計回りに、東アウストリ地方のソルの貴族、南スズリ地方のオーの貴族、西ヴェストリ地方のヴァンの貴族、北ノルズリ地方のフゥの貴族の席となっている。
レオナールが中に入ってくるのを見て、公爵家、ソルの貴族、フゥの貴族、そしてヴァンの貴族は右手を胸に当ててお辞儀をした。オーの貴族もお辞儀はしたが、その目は嫌悪の籠った目であった。
そんなオーの貴族を一瞥し、レオナールは鼻で笑うと座るべき席の方向へと歩いた。
次々と挨拶をされ、それが終わると自席である中心のテーブルへと向かう。ミストラル伯爵やコンスタンも同じく自分の席に向かった。
「ご無沙汰しております、レオナール様。ヴァルも久しぶりですね。弟は元気にしていますでしょうか」
ヴァルがレオナールの椅子を引くと、良く知る女性の声が聞こえ振り向く。
そこに立っていたのは、女神のような美しい女性だった。纏めあげられたミルクティーベージュの髪が、より一層彼女の美しさを際立たせている。
ヴァルは軽く会釈をした。声を出さなかったのは、ボロが出てまた変に態度を注意されるのが嫌だったからだ。
「レーヌ、久しいな。ルネは変わらずだ。……テュルビュランス伯爵は?」
「それが……階段で躓き脚を痛めまして。本人は『行く』と言ったのですが、無理矢理休ませました」
ルネの姉、ソレイユレーヌが微笑んで答える。その微笑みは、男の心を酔わせ女は嫉妬の心も消え去る程に美しかった。
「なるほど、それがいい。もう良い歳だしな」
「ミストラル伯爵が開かれる本日の集まりは行きます。私は参加しません。夜は居ますけど」
ソレイユレーヌは「では」と席へと戻る。レオナールも同じく席に座った。ヴァルはレオナールの左斜め後ろに立ち、両腕を後ろに組んだ。
「ラファル侯爵」
男がレオナールを呼ぶ。左隣りのフゥの貴族が座る席からだった。
「アリュマージュ侯爵」
恰幅のいい40代半ば程の男が、中心の席へ座っていた。深緋色の宮廷服を纏い、口と顎周り全体を髭が覆っている。
「久しいが元気そうだな。黒犬も。仕事は順調か?」
「お陰様で。良い客がいるもんでね」
レオナールがそう言うと、互いに悪い笑みを浮かべる。
「そうか。嬢ちゃんは元気か? 今回は何日ぐらい王都にいる?」
アリュマージュ侯爵の言葉に、ヴァンの貴族は固まった。
『嬢ちゃん』はリヴィの事を指しており、そのリヴィとレオナールは喧嘩したとコンスタンからミストラル伯爵へ、そして他の貴族達に話がいっている。
レオナールにリヴィの話題を、無駄に振らないようにする為だった。
だが、他地方の貴族に話はしていない。
「……まぁ、多分。会ってはいないから分からないが」
「『会ってはいない』? ここに来てないのか? 喧嘩でもしたか?」
「いいや。リヴィが……行きたくない気分だっただけだ」
アリュマージュ卿は訝しげにレオナールを見たあと、レオナールの後ろの席に座っていたヴァンの貴族達を見て「ふーん」と答えた。
「なので2、3日程で帰るが、何か?」
「あー…………どうするか……仕事を依頼したい。時間が無いようだし、面倒な奴も居ないから今話す」
そう話すと、オーの貴族達は嫌悪感を露にした。
あまり大きい声では話していないが、会場はオーの貴族達以外は話をしておらず――これは魔具管理者が来た貴族は静かに座って待つからだ――なので、今会場は少し静かだ。
そう言われ、レオナールは眉をひそめ「どうぞ」と答えた。わざわざ自分へ直接仕事を頼むという事は、少し面倒な内容である事は明らかだった。
「そうだな……女を1人用意して欲しい。ここから居なくなっても構わない、15、16歳のを」
「『居なくなっても』とは、この国からか? それともこの世からか?」
「殺しはしない。自害するかどうかはしらん」
「なら良い。期限は?」
「明日正午迄に」
「……他には何か?」
期限は急である。だがわざわざ自分に頼む程の内容では無い。ここにいる人身売買を取り締まっている人物に頼めば、例え急でもアリュマージュ卿が頼んでいればなんとかする。
「……いや特に……あぁ、でも出来れば処女がいい。それだけだ。料金は弾む。用意出来るか?」
少し違和感があるが、レオナールは深く聞く事をしなかった。あまり言いたそうにしていないのを、この様な大っぴらな場所で聞くのは意味が無い。
レオナールは後ろを見て、座っていたカルム伯爵に目配せをすると、カルム伯爵は頷いた。
「大丈夫だ。用意し――」
「大丈夫な訳が無い!!!!」
突如、入口から大声が聞こえる。
そこには、絹のように滑らかな銀色の髪に、紺色の宮廷服を見に纏った30代半ばの男が立っていた。




