71.好きにならずにすんだのに ※
R15です。
(ライアンってお酒飲むとこうなっちゃうの!?)
くすぐったく、全身の血液が逆流するようなゾワゾワした感覚になった。リヴィはライアンのシャツを握り、引っ張って抵抗する。
だがそんな事はお構い無しに、ライアンの唇は首筋を這う。
「痕つけたい」
「痕?」
「そう。『ここにキスをしましたよ』って痕」
ライアンはリヴィの首筋に触れた。
「え……それって、赤い痕になるやつ?」
赤い痕の存在は、知っている。
セルジュに初めて会った時、彼の上半身に付いていたものだ。仕事中、首筋にもその痕が見え、「怪我ですか?」と質問した。
思えばこの時に、童貞と判断されたのだろう。
「そう」
「ダメ!! やめて!!」
「分かってるよ。首筋は見えちゃうもんな……でも――」
ライアンは右手を移動させ、リヴィの胸元をとんとんと叩いた。
「ここならバレない」
そう言ってニヤリと笑う。
目の前にいるライアンはライアンではないように思えた。
年上ではあるが、時折、子犬のような可愛らしさを見せるライアンが今は本当に狼に見える。
「だからサラシ取っていい?」
「そんなのダメに決まってるでしょ!!」
「どうして?」
(どうして!?)
何を言っているのか、と目を見開いた。
「自分で巻けないから? 練習してって言ったのに」
「そうじゃないよ!」
「終わったら2人でシャワー浴びよう。その後、俺が巻いてあげる。だから取ってもいいよね?」
(話し聞いてないの!?)
顔をひきつらせ、石像のように固まった。
「緊張してるの? 可愛い……」
ライアンの手がシャツの中へと入っていく。
必死にどうしようかと考える。
そして枕元に風の剣を置いた事を思い出した。
「ははっ……なーんて――」
「《ニーコトエー》」
「へ!?」
風の剣を急いで掴み、魔力を抑えて魔法を唱えた。ライアンは胸を強く押された様に、ベッドから落ち、腰を打った。
「痛っ!」
「もう! いい加減にして!」
ベッドから立ち上がり、仁王立ちでライアンを睨みつけた。
「ゴメンって。ちょっと、からかって終わろうと思ったんだけど……可愛いくて……つい……」
ライアンは立ち上がり、リヴィの頬に触れようと手を伸ばした。だがリヴィはその手を払い除けた。
「もう帰る」
「え、看病してくれないの?」
「元気でしょ!」
イライラしながら扉へと向かうと、ライアンは「うっ、気持ち悪い!」と叫びトイレへと駆け込んだ。出ようとしていたリヴィは立ち止まり、トイレの扉を叩く。
「大丈夫?」
するとゆっくりと扉が開く。扉の前にいたリヴィの肩に頭を乗せ「もう少しそばに居て。看病して」と呟いた。
「少しだけだよ」
ライアンはベッドに横たわり、リヴィがベッドに腰かける。彼はニコニコと微笑んでリヴィの手を握った。
あまり気持ち悪そうには見えない。これなら直ぐに帰れそうだと思っていた。
だがその後、帰ろうとする度にライアンは気分が悪くなるのだった。
***
「こんな時間に話したいと言う事は、それはもう、とてつもなく大事な要件なんでしょうね?」
白百合号の医務室では、寝ようとしていたルネがイライラしながら足を組んで椅子に座り、その前にセルジュが立っている。
「まぁ……はい」
「何です? さっさと終わらせなさい」
明日でも良かったかもしれない、と後悔した。
ルネはかなり機嫌が悪い。だがやはり、この事を邪魔されずに聞ける時間は今だけかもしれないと思うと、引き下がる事は出来なかった。
「何故、彼女を白百合号に乗せているんですか」
「彼女?」
「リヴィの事です」
「馬鹿な事を言いに来たのならもう出て行きなさい。リヴィは男です」
「違います。女です。隠しているのは何故ですか?」
「……セルジュ。夢見のいい薬を出しましょうか。心地よくて、きっと永遠に眠れるはずです」
「隠さずに乗せた方が待遇は良いはずです。趣味部屋も掃除しなくていい理由になる。下っ端の仕事だってしなくていい。ルネさんの手伝いだけでいいのでは?」
「……例え女だとしても、下っ端の仕事はさせますし、あの部屋も掃除させます。いい加減に――」
「させません。そんな事は許されない」
「……一体何を――」
「スフェンヌにわざわざ来させて採用したのは何故ですか? ジャードで良かったのに。身分を……正体を隠したかったんですか? 船長に内緒にしたいから」
セルジュは真っ直ぐルネを見る。ルネは目を見開き、溜息を吐いて背もたれに背を付ける。
「……なるほど……いつ気が付きましたか」
「ついさっきです。前に疑った事もありますが、待遇と声、何より船長の態度から有り得ないと。ですが、さっきリヴィの剣を持つ事があって……風の剣だと気付きました。なので、もし、船長がリヴィをオリヴィア様だと知らないのだとしたら、辻褄が合うと思ったんです」
ルネは軽く笑った。アルベールは風の剣をよく家に忘れていた。その度にセルジュが取りに行っていた事を思い出したからだ。
「ただ声が……前に会った時、あんな声ではなかったような気がするんですが……」
「声は私が細工を」
「なるほど」
「少し違うのは、スフェンヌに来させたのではなく、ジャードから内緒で乗ってたことですね」
セルジュは「分かりませんでした」と、苦笑いをして俯いた。
「リヴィの世話をしてくれて感謝します。最後までちゃんと面倒を見なさい。いいですね?」
「最後?」
「リヴィは察しの通りレオに内緒で乗せています。期限付きでね。その期限が迫りましたので、次のジャードで降りる予定です」
「え……」
一瞬顔を上げたが、再び俯いた。
「……そうですか……もっと早く知りたかったです」
「知っていたら今の様な態度を取りますか? それはこちらとしても困るのですよ。態度を変える事はしないで下さい」
「ですが! 最初に事情を話してくれたら、酷い態度は取っていませんし、何より――……」
その言葉の先は続かなかった。
口が裂けても言える言葉ではない。
酒は恐ろしい。
愚かな事を口に出そうとしてしまう。
「リヴィは貴方の態度に怒っていません。寧ろ慕っているでしょう。兄として」
セルジュは「そうですね」と小さく返事をした。
次からレオナールメイン少し続きます。




