70.狼 ※
R15です。
前もキスをされそうになった。
だがあの時と違い、今回は本気に見えた。
「兄さん、やめて……」
目に涙を浮かべ、蚊の鳴くような声でそう言った。こんな台詞を言った所で、今までの流れから止めそうにない。
「ライアン……」
リヴィは観念したかのように目をギュッと閉じると、一筋の涙が流れた。
口付けは愛する人としたい。
だが一向に唇は重ならない。目を閉じた時には、直ぐにでも唇が重なる距離だった。
どうしたのか、と目をうっすらと開けた時――。
「痛い!」
鼻先に痛みが走る。驚き目を見開くと、セルジュはリヴィの鼻に噛み付いていた。
「痛い痛い痛い痛い!!!!」
数秒経ち、噛むのを止めた。リヴィは鼻をおさえ「何!?」と声を上げる。
するとセルジュは馬鹿にするように笑った。
「キスされると思ったんだろ。馬鹿だなホント」
ひと通り笑った後そう言った。
「だっ、だって! 口近付けて――」
「からかったんだ。……弟にするわけねーだろ」
ふんっ、と鼻で笑うとセルジュは起き上がり、ベッドに腰掛けるように座った。解放されたリヴィは上半身を起こし、セルジュを睨みつけた。
「そんな目で見るなー。おー怖」
「思ってもないクセに」
「よく分かったな」
「もおーーーー!!!!」
大声を上げて大きく息を吐いた。鼻を擦りなが「ヒリヒリする」と文句を言うと、セルジュは手を伸ばしリヴィの鼻に触れた。
「悪かった。なんか……つい……な」
少しでも痛みを和らげてやろうと擦る。素直にそのままでいるリヴィをじっと見つめた。
「兄さん、ライアンは?」
「あー……こことは真反対の部屋」
「真反対?」
「階段上って左に来たろ。そうじゃなくて、右に曲がって1番奥の部屋にライアンはいる」
「そっか」
セルジュが手を離すと、リヴィは「じゃあ行くね」とベッドから降りた。セルジュは少し寂しさを感じながら軽く微笑み、床に落ちていた剣を拾う。
「ありがとう」
風の剣を拾ってくれたお礼を言って、セルジュから受け取ろうと手を出した。だがなかなか渡してくれそうにない。
「兄さん?」
沈黙し、ずっと俯いている。
「ねぇ、兄さん」
何か考え事をしているのか、反応が無い。もう1度大声でセルジュを呼ぶとやっと反応があった。
「あ、いや……もう行くのか?」
「うん。心配だし」
「まだ居てもいーんだぞ。どーせライアン寝てるしな。俺と朝まで話すってのも――」
「にーいーさーんー」
抗議するように言うと、セルジュは笑って風の剣を渡した。
「酔いすぎだよ……じゃあ行くね」
「俺も出るよ」
「ライアンの所行くの?」
「いーや、船に1回戻る。……忘れ物が……あってな」
セルジュと一緒に部屋を出て、階段で別れた。
1番奥の部屋に着き、扉を叩くが返事は無い。
(寝てるのかな……)
取っ手に手をかけゆっくりと開ける。中は蝋燭が灯っていた。ベッドには人陰が見える。音を立てないよう近付くとライアンだと分かった。
「うぅ……」
苦しそうな声を上げ目を閉じている。ベッドへ腰掛け、風の剣を枕元へ置いた。
「大丈夫? 水取ってこようか?」
「へ……?」
彼は目を開けリヴィを見た。
「駄目だ……飲みすぎた……幻覚でリヴィが見える」
「何言ってるの。本物だよ」
そう言うとライアンは目を見開いた。急に起き上がり頭に痛みがはしったのか、右手で頭を抑えた。
「なん……で?」
「ライアンが心配で。ルネおじ様が許可くれたの」
「良かった。抜け出したんじゃないんだね」
「違うよ。そんな事しない」
「夜な夜な邸宅抜け出して、街で飛び回ってたクセに」
魔法の練習で夜抜け出している事を、前にライアンに言った事がある。よく覚えていたなと驚いた。
それと同時に、手を掴まれ引き寄せられた。
ライアンの胸の中にリヴィは収まる。
「1人で来たんだろ。大丈夫だった? 変な男に声掛けられたりは?」
「大丈夫! ちゃんと風の剣持って来てたから、声掛けられても魔法使って走って逃げれたの」
自慢げにふふっと笑う。するとより一層抱き締められた。
「全然大丈夫じゃない……」
ボソッと呟いたので何を言ったのか聞こえなかった。顔を上げ、ライアンを見ると何とも言えない表情で此方を見ていた。
「どうしたの?」
「何でもないよ」
「そう……。でも、ライアンはもう寝た方がいいね」
「何で?」
「酔ってるんでしょ? どれだけ飲んだの? ……綺麗な女の人達と」
「へ?」
彼はポカーンとした顔をしている。ここは下着姿の女性達と飲食する場所だ。現に先程までセルジュはナタリーと一緒に飲んでおり、密着していた。
ライアンもそうだったはずである。
「『心配』って言ってたのはそっちの『心配』? 飲み過ぎて無いかなーって『心配』してたんじゃなくて、俺が他の女の人に心揺らいだりするかなって『心配』したってこと?」
「だって綺麗な人多いでしょ。下着姿だし、お酒飲むし、酔った勢いとかある――」
「リヴィは何も分かってないんだね」
ライアンはリヴィの頬に手を添えた。翡翠の美しい瞳を見つめる。
「前も言っただろ。『今も昔もリヴィだけ』って」
「『昔も』って言うけど、今まで他の女の人達と付き合ってるの知ってるんだよ?」
「それは……リヴィの代わりを探してて……」
「え」
「跡とんなきゃって思ってたし。リヴィを諦めようとして……でも上手くいかなかったよ。その子達には悪いけど、好きじゃ無いからね」
呆れた顔で見ていると「そんな顔しないで」と言う。
「だから、本当にずっとリヴィだけなんだよ俺。『信じて』とも言っただろ」
「信じてても、もしかしたらって思っちゃう時だってあるんだよ。それに、実際下着姿の女の人にベタベタ触られたでしょ」
ライアンは言葉に詰まり「んー……う……ん……」と歯切れ悪く答えた。
自分の時でさえあんなに触られたのだ。ライアンはもっと触られてるに違いない。
「もう寝なよ。飲み物用意するから」
「寝るけど、飲み物はもうあるよ」
彼はサイドテーブルを指差した。そこには水差しとグラスが置いてある。そして薬が一包置いてあった。多分二日酔いの薬だろう。
「そっか。じゃあ私は帰るよ」
「え!? 何で!?」
「泊まるのはダメ。ルネおじ様怒るよ。女の人と泊まらないって事が分かって私は満足。おやすみ」
そう言うとライアンは顔をしかめた。
ライアンの腕の中は心地よかったが、このまま泊まっては怒られてしまう。
ベッドから降りようとすると、喉に痛みがはしる。喉に手を当て、顔をしかめると「どうしたの?」と聞かれた。
「薬、切れちゃった」
変声薬の効果が切れ、普通の声に戻る。効果が早く切れたのは、今日は時間をかけずに慌てて飲んでしまったからだ。
すると手を掴まれた。
「行かないで」
引っ張られ、気付いた時にはベッドに倒れ込み、ライアンがこちらを覗き込んでいた。ハッとして起き上がろうとするリヴィの肩を抑え、そのままリヴィの上に覆い被さる。
先程セルジュにされた体制とほぼ同じだった。違うのはあまり重くない事だ。セルジュと違い、ライアンは体重をあまり乗せないようにしている。
「ほんとに、怒られるよ!」
「『看病してた』って言えばいい。それに、久しぶりにその声を聞いてたい」
「でも――んッ……ふぅ……」
今日だけで何度唇を重ねたのだろう。リヴィの言葉を遮るように、何度も啄むように口付けを交わすと、リヴィの鼻の頭にキスをした。
「男の人って鼻が好きなの?」
先程セルジュから鼻を噛まれていたリヴィは、疑問に思いそう言った。
「何で?」
「さっきも兄さんに鼻を――あっ……」
言わなければ良かったと後悔した。先程まで優しく微笑んでいたライアンの表情はもう無かった。
微笑みは消え、彼の瞳には怒りが灯る。
「何それ。聞いてないんだけど」
言うつもりはなかった。言えばまたライアンとセルジュの仲が、悪くなってしまう。完全に口が滑った。「んー……」と口篭り、どうしようかと考える。
「リヴィ」
彼は怒っている。仕方なく先程何があったのかを説明した。
ライアンの部屋だと思ったら違う部屋に案内された事、逃げれないようベッドに倒された事、今ライアンにされている体勢になった事、サラシに触れられた事、キスされると思ったら鼻を噛まれた事を話した。
「もう無理。限界だ。殴ってくる」
「ダメ!!」
リヴィはライアンの服を掴む。
「そんな事したら騎士にするのやめる! それに、今ここにはいないよ」
「何で」
「船に戻るって。忘れ物取りに」
怪しむ様な顔でこちらを見てくる。数秒じっと見つめられ、嘘を吐いてないと分かると鼻で一息もらした。
「分かった。でも腹立つ」
視線をリヴィの胸元へと移動する。
「な……に?」
「んー……」
そして服の上からそっとリヴィの胸に触れる。リヴィは驚き「ちょっと!」と声を出し、ライアンの手を避けた。
「酔いすぎ!」
「駄目なの? セルジュさんには触らせたのに。しかも今回2回目でしょ」
「……え?」
「前も触られたでしょ。知ってるよ。何で内緒にするの」
一瞬何の事かと思ったが、多分女装した時の事だ。きっと、セルジュが何かの時に話したのだろう。
「ほんとに腹立つ。俺がリヴィにしたい事先回りしてやるんだから。腕枕だってそうだし。俺がキス我慢してるのにするし」
「でも、あれは事故だって――」
「そうだけど! 嫌だった……」
そして軽く口付けをした。
「手紙出したからってキスしすぎ」
「今まで出来なかった分だよ。それにまだ足りない」
「え!? ちょっと、まっ……ッ……」
唇を何度も重ねてくる。
だが、今回はそれだけでなかった。湿った柔らかい物が、下唇に触れる。驚き、唇に力をいれて閉ざした。
「口開けてよ」
「いい加減に――」
「開けるまでキスするよ」
抗議しようとしたが、その前に唇を塞がれる。
絶対力を抜くものか、と思ったが全く止めそうになく、観念して唇を少し開いた。
すると、唇を割って生暖かい舌が入った。
ライアンの舌が、リヴィの舌を優しく舐める。
どうすればいいのか分からず戸惑っていたが、ゆっくりと舐められ、舌がとろけるような感覚に息が漏れる。
頭が真っ白になった。
唾液が絡む音が聞こえる。
やがて満足したのか、ライアンは顔を離す。ぼーっとしているリヴィを見て、ふふっと笑った。
それに恥ずかしさを感じ、顔を左に背けると、ライアンはリヴィの右耳を唇で挟んだ。
「ひっ!」
慌てて顔を元に戻そうとするも、頭を抑えられてしまった。もがいたが、そのまま唇で優しく耳を咥えた。
「やめて! くすぐったい!」
「知ってる。ナタリーさんが散々リヴィの事『可愛かった』って褒めてた。『耳が凄く弱い子で、いっぱい舐めちゃった』って。何で皆、俺より先にそういう事するのかな……」
唇で耳を何度も挟み、外側を優しく舐めとった。
「やめてやめてライアン! ほんとに酔すぎ!!」
「んー……そんなに酔ってないよ」
「酔ってる! やめッ――つぅ……はぁっ……ふッ……」
「可愛い……あぁ、やっぱりその声がいいよ。もっと声出して」
「なら普通にお話ししよ! だからもうやめ……ひぅッ……あッ」
声を出せば出す程、ライアンは楽しんでいるようだった。
「はぁー……可愛い。俺限界かも……」
「……え?」
ライアンは耳を舐める事をやめた。
リヴィはほっとし、上がった息を整える。
ライアンはサイドテーブルにある薬を手に取った。
「その薬飲むの?」
「んー? リヴィが使う」
「何で? 私、お酒飲んでないよ」
「お酒?」
「だってそれ二日酔いの薬でしょ?」
ライアンはキョトンとし、そして笑った。
「リヴィ、これは二日酔いの薬じゃない。避妊薬だよ」
「……うぇ!?」
「ここは、多分全ての部屋にこの薬が置いてあるんじゃないかな」
「そう……なんだ」
思っていた薬と違い、驚いた。そして自身が使うよう言われた事を思い出した。
「待って! ダメ!! 私、婚前交渉はしないの!!」
「え……どうして?」
テュルビュランス家が避妊薬を開発して、約100年が経つ。それまで婚前交渉は禁忌とされていたが、避妊薬が世に出回るようになり、寛容化されている。
「『どうして』って言われても……しないものはしないの。結婚してからって決めてるの」
「ふーん……なら、したくなるように頑張ろうかな」
「え?」
『男は狼なんですよ』
ルネから言われた言葉が頭に響く。
ライアンはリヴィの首筋に、唇を這わした。




