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69.罠 ※

R15です。

 医務室――。



「リヴィ、それはそこにしまう薬ではないです」

「あ……ごめんなさい……」


 ライアンがセルジュに連れ去られて4刻が経とうとしている。リヴィはルネの手伝いで、作製した薬をしまっていた。


 気になって仕方がなかった。

 2人が行った店は、女性達が下着姿でいるし、上の部屋で気に入った子と宿泊出来る。


 一緒に泊まらなくてもいいらしいが、それでもやはりそういった施設に泊まられるのは嫌である。「女の子とは泊まっていない」と言われても、ふとした時に「もしかしたら……」と思ってしまうからだ。


(綺麗な人多かったし……お酒飲むだろうし……勢いに任せてとかあるのかな……兄さんが止めるとは思えないしな……)


 何となくだが、あまりライアンと付き合っている事を良く思っていないように思える。


(兄さんはもう私を『女』って疑ってないのかな。だから弟が弄ばれてるって思ってる?)


 グルグルと考え薬をしまっていると、ルネに手首を掴まれた。


「それは違います」


 怒気を含む声で静かに怒られ、ドキっとする。


「え……?」

「しまう場所、そこじゃないです」

「あ、ごッ……めんなさ……い……」


 落ち込みシュンとしていると、ルネは鼻で一息もらし手首を離した。


「怒ってないです」


 そう言ってリヴィの頭をポンポンと叩き、彼女が持っていた薬を持った。


「私がやります」

「え……でも――」

「ライアンが気になるのでしょう。行ってきなさい。夜遅いので、風の剣(シルフィード)を持って行きなさい。何かされたら構わず斬り捨てていいです。相手が死んでも揉み消すことは出来ますから」


 冗談で言っているのかと思い軽く笑ったが、そうではなく本気だと分かり、咳払いをした後苦笑いをした。


「泊まるのは駄目ですよ」

「うん。でも、ライアンは変な事してこないと思――」

「駄目。男は狼なんですよ。きっと酔ってるでしょうから、従順な子犬に見えても狼になる可能性だってあるんです」

「ライアンが?」

「そうです」


 そんな事は有り得ないと思ったが、「分かった」と納得した振りをした。


「気をつけて」

「ありがとう」


 そう言ってルネに抱擁をし、風の剣(シルフィード)を手に持ってそのまま出て行った。


(なるべく早く……)


 リヴィは風の剣(シルフィード)を、腰に着けるのではなく、大事そうに胸の辺りで握り締めた。人がいる前で剣を抜く訳でもないのに、後ろ手で柄をずっと持っているのが変な気がしたからだ。


 集中し、小声で魔法を唱える。


 誰かに背中を押してもらっているような追い風を起こして歩いた。声を掛けてくる男もいたが、走って逃げた。


(ルネおじ様はああ言ってたけど、流石に斬りたくない)


 ルネから言われた事は、レオナールからも同じような事を言われていた。


『今度から、相手が王都の使者であろうと、腕を掴んだり、怪我をさせるような事をしてきたら、斬って構わない』


 5年前の事件の後に言われている。そんな事をしたら問題になると思うのだが、レオナールが言うには「気にする事ではない」らしい。


 そうこうしているうちにあの店に着いた。相変わらず男女の楽しそうな声が聞こえてくる。

 木製の扉を開け「いらっしゃい」と声を掛けられた。


「あら? この間のセルジュの連れじゃないか」


 1度しか来店していないのに、もう顔を覚えている事に少し驚いた。


「あ……あの、にい……セルジュさんは」

「セルジュならこの間と同じ個室」


 リヴィは軽く会釈をして、個室へと向かった。


 癖のある甘い匂いが鼻につく。なるべく匂いを嗅がないように、口で呼吸をした。何人かの下着姿の女とすれ違い、個室の前へと着く。

 すうっと息を吸い、ゆっくりと吐いて扉を叩いた。


 するとフリルの給仕服の少女が扉を開けた。


「セルジュさんに用があって、いますか?」


 少女は「どうぞ」と、中に入るように促した。薄手のカーテンを手で避けると、セルジュがワイングラスを片手に持ち、ナタリーが彼にしなだれていた。


「来たか」


 まるで来るのを待っていたかのようだった。

 グラスを置いて腕を組む。テーブルには空になった酒瓶が転がっていた。


「ライアンは?」


 部屋にはセルジュとナタリー、そして先程の少女しか居なかった。


「上の部屋」

 

(ああ、やっぱり……)


 心臓が鷲掴みされた様にぎゅっとなる。テーブルにある空になった酒瓶は多い。セルジュ1人で飲んだとは思えない。酒の勢いで他の女と一緒にいるのだろう。もっと早く来ていれば防げていたと、自分を責めた。


「安心しろよ。ライアンは飲み過ぎてぶっ倒れたんだ」


 ほっと胸を撫で下ろすと、セルジュはリヴィの元まで歩んできた。


「連れてってやるよ」

「うん!」


 彼の後に続き階段を上り、3階に着いた。左に曲がって1番奥の部屋まで歩いた。


 セルジュはポケットから鍵を出した。鍵穴へと差し込み、回すと扉を開けた。中は明かりがついていなかった。リヴィはそのまま中へと入る。


 月明かりと廊下の明かりで、部屋の中が見えた。ベッドが真ん中にあり、右側にはトイレとシャワー室であろう部屋がある。ベッドには誰も居ないように見える。かといって、トイレやシャワー室に誰か入っている様な音も聞こえない。


「ライアンは……?」


 首を傾げていると、扉が閉まり鍵がかかった音がした。振り向くとセルジュが真剣な表情でこちらを見ている。


「な……に? どうしたの? 僕をライアンの所に連れて来たんじゃないの?」


 近付いてくるセルジュになんとなく恐怖を感じ、後退った。


「何時まで男の振りしてんだ」

「え?」


 リヴィをいきなり抱き上げ、ベッドの上に投げた。そのせいで風の剣(シルフィード)を床に落としてしまった。


「何する――」

「やっぱ軽いわお前」


 そして倒れ込んだリヴィの上に覆い被さる様に四つん這いになる。


「退いて!」

「お前がホントのこと言ったらなー」


 全く退きそうに無い。

 足にはまだ余裕がある。セルジュを蹴り上げようかと考えていると、頭の中を読んだのか体を密着させてきた。


「重い!」

「ホントの事言えよ。何で女って事隠してる?」

「隠してない! 僕は男だ!」

「ハッ! 人喰い人魚(セイレーン)の歌声が効いてない奴にそんな事言われてもな」


「……何の話し――」

「とぼけるな」


 彼の息がかかる程、顔は近かった。ベルガモットの香りに混じって、酒の匂いがする。セルジュは1度も目を離さず、じっと見つめてきた。顔を逸らそうとしたが、耳の当たりを両手で挟まれ、指を髪に絡めてきた。


「助けを呼んでもここは誰も助けてくれねーからな」


「……僕が来るの待ってたの?」


「そうだ。一か八かの賭けだったけどな。お前の事、副船長とルネさんが居る時には聞けねーし。ライアンは常に俺を監視してた。今なら副船長は王都にいる。ルネさんは留守番がある。後はライアンだ。あいつはここで飲まして潰すのが1番だと思った。お前も連れて来たかったけど、ルネさんに何言われんのか分かんねーからな。長い時間帰んなきゃ、お前が心配して外出許可とるかなって思ってな」


「来なかったら……ルネさんが外出許可ださなかったらどうしてたの?」

「そん時はそん時。また違うのを考えようかなーって思ってた。けど……そんな必要は無かったなー」


 罠に嵌められたのだと気付き、何も言ってこないのでは無く、周りの状況が聞かせないようにしていたのだと知った。


「言えよ。お前、名前何だよ」

「リヴィオ」

「本名だよ」

「リヴィオ!」


 セルジュは舌打ちをし睨みつけた。彼は右手をスルスルと下に動かし、リヴィの胸に触れた。驚き、目を見開いて、彼の手を退かそうと左手で掴んだ。


「やめて!」


 手に力を込めるが彼は退かさなかった。そのまま手は下に移動し、腹まで来るとシャツの中へと手を入れ、サラシに触れた。


「これ! 胸潰してんだろーよ!」


 潰れきれなかった柔らかみを持つ胸に、セルジュは触れた。


「違う!」

「まだとぼけんのかよ!!」


 『女』だと頑なに言わなかったのは、真実を言ってしまえば、今まで助けて貰った事が無駄になってしまう気がしたからだ。


 ヴァルやルネ、そしてライアンの為にも隠し通したい。


「だって本当なんだもん!」


 セルジュはギリッと歯を食いしばった。


「……んで……本当の事を言わねー」


 サラシに触れていた右手をリヴィの頬に添える。

 1度目を逸らした後、再びリヴィを見つめる瞳はとても悲しそうだった。


「俺には言ってもいーだろーよ……」


 そのままゆっくりと顔が近付いてくる。頬に添えていた右手を下にずらし、親指でリヴィの唇に触れる。


 セルジュは目を細め、息を吸うのと同時に唇を少し開けた。

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