6.レオナールの心配
「大変、申し訳ございません!!」
応接室の外では侍女のエマが全身全霊で、レオナールに頭を下げている。
「いや、いい。あれは……仕方がない」
レオナールは頭を抑えながら、魂が出るほどの大きな溜息を吐いた。
応接室から玄関扉へ走ったが、開けた時にはもう居なかった。エマから言われなくても風の剣を使用したのは明らかである。
「ですが――」
「いいと言っている。ただ……」
レオナールは腕を組んで考えた。
駄目だと言った1人外出をリヴィはしてしまった。後を追ったとしても風を纏っているならば、誰も追えないだろう。
「どうしようもねぇだろ。レオが1番分かってるはずだ」
「何度も言いますが、もう腕を掴む様な奴は居ませんよ」
応接室の扉を開けてヴァルはその扉に寄りかかりながら話す。続いてルネも扉近くに来て、レオナールに声をかける。
「そうは言うが何処に行くか――」
「あ、それは分かります」
エマがそう言うとレオナールは威圧的に質問した。
「何処に行くって?」
「オ、オデット様たちのお茶会です」
ヴァルは軽くひと息吐き腕を組んだ。
「じゃあ何の問題もねぇよ。いつもの井戸端会議だ。サロメもラウラもいるだろうよ」
「お昼すぎ……いえ、夕方くらいまでずっと一緒にいると思いますよ」
「目的地はそれで良いとして、道中1人というのが気になる」
レオナールは溜息を吐きながら肩を落とした。
「「心配性」」
「そんな事はない!!」
レオナールは腕を組んで2人を見た後、エマに視線を移す。
「そこまで馬車で送るだけって提案はしたのか」
「し、しました。ですが、先月、今日と悲しい事があったので、どうしても1人が良いと仰ってあの様な事に……」
「……そうか、もう下がって――」
レオナールは応接室へ歩き出した。
だが――。
「先月の悲しい事って何だ」
その部分が気になり再び足を止めて振り向く。
「えっと……それは」
エマは何故自分は余計な事を言ってしまったんだろうと、後悔の念が押し寄せていた。
「何だ」
「オリヴィア様から、レオナール様には言わない様にと言われ――」
「いいから早く言え」
レオナールはじっとエマを見たまま動かなかった。話すのを待っている。
「――恋人と別れております」
必死で考えた結果、付き合った事は口止めされたが別れた事は口止めされていなかった、と無理矢理に理由を付けて話した。
レオナールは持っていた銀のナイフを石材の床に落とし、音が響く。
「恋人……?」
息が漏れ出た様な力ない言葉だった。灰のように白くなり、サラサラと風で吹き飛ばされてしまいそうだった。
「へぇ、リヴィは彼氏いたんだ。って、レオ?」
「レオ、もしもし……あれ? レオ、聞いてます?」
2人の声に自分を取り戻し目を見開いた。
「き、聞いていない! 出来ていた事を!」
「言ったら家出すると言われましたので。ですが、別れた事は口止めされておりませんので……」
静寂が訪れる。
レオナールは何かを言おうとはしているが、言葉が上手く出ず口を開けては閉めてを繰り返していた。
「ほら、中入ろうぜ。もうその子に聞くことねぇだろ」
「それじゃあ、レオの事は気にしないで行っていいですよ」
2人はレオナールの両脇を抱え込んだ。
「おい! まだ、話し――」
「もうやめとけって! あの子がリヴィとレオの板挟みで困るだけだ」
ずりずりと、後ろ向きのレオナールを部屋へと引きずり込み扉を閉めた。そしてレオナールをいつもの長ソファの近くへと連れて行く。
「もういい!」
2人の腕を振りほどいて長ソファへと座った。2人も先程座ってたソファに再び座る。レオナールは顔をしかめ、部屋中に聞こえるような大きい溜息を吐いた。
「そんなに落ち込むなって、もう恋人の1人や2人できても可笑しくねぇだろ」
「別に……落ち込んでなどいない。いつかは出来るだろうと思っていた。ただ、少し早いなと思っただけだ……。早いよな?」
「どうだかな。どっかの誰かさんは、リヴィと同じ年齢の時、女が2人か3人いたと思うけどな」
レオナールは過去の自分を思い出し、再び溜息を吐いた。
「いやぁでも、リヴィやるな。檻の中にいても男が出来るんだから」
「檻の中ではない!! リヴィはかなり自由だと言っているだろう!! 学校も平民学校だったしな!! そもそも1人外出なんて有り得ないんだ!!」
「わかってるよ、冗談だって。そんな怒んなよ。いやでも彼氏いたのか。全然知らんかったわ」
「私は、知ってましたけどね」
「「え!?」」
レオナールとヴァルが同時に声を出し、ルネを見た。
「別れたのは今知りましたが。何時だったかここに来た時、少し雰囲気が変わったので、恋人が出来たのか聞いたんです。そしたら『うん』と」
「な、何故それを言わない!?」
レオナールは身を乗り出して問いただした。
「『伯父様には絶対に言わないで』と言われたので」
「絶対!? ルネには言えて俺には言えないのか!?」
「面倒そうだからじゃないです?」
「め、めんど……もう、それはいい。相手は誰でどんな男なんだ」
「それは聞いてないです。聞いた所で分からないと思ったので。ちなみにヴァルにも言わないよう言われてますよ」
「え? 何で?」
「ヴァルに言ったらレオに話が行くと思ったんじゃないです?」
レオナールはソファの背もたれに勢いよく倒れ「頭が痛い」と両手で頭を抑えた。そしてワインボトルを手に取り、そのまま口をつけて飲んだ。
「もう自棄酒ですか? 潰れますよ?」
「自棄酒じゃない。ただ、大量に酒が飲みたいだけだ」
そう言うレオナールに2人は呆れる。そしてテーブルのお酒をレオナールに取られたため、ルネはワゴンに行って自分の好きなワインを手に取った。
「ルーネー、ついでに俺のも取って。ラムがいい」
ヴァルがルネへ話しかける。
どれも高価な酒なのだが『俺の』という事はもうラッパで飲むのだろうと、その中でも1番安い物をヴァルに渡した。
「そういえばリヴィは恋愛結婚でもいいんです?」
レオナールの、ワインを飲もうとしている動きは止まった。
「それは別にいい」
「この間学校卒業したんですよね? じゃあ今は婚活期間じゃないですか?」
ミーズガルズ王国は16歳になると男女共に結婚ができる。
平民学校であれば3歳から15歳まで通う。卒業以降は騎士学校や、医学校等の学校に進学。もしくは就職や、家業の手伝いをする。これは男女共にそうだった。
女性に多いのは、就職、家業の手伝いなのだが、特に良い生まれであると、手伝いは何もすることは無い。家で本を読むか、刺繍、編み物、散歩等。趣味に生きる事が多いのだ。
そして学校卒業から16歳までの期間を、花嫁修業期間や婚活期間と揶揄されていた。
昔は16歳になると直ぐに結婚する者が多かったが、最近では趣味に没頭する者も多く、晩婚化が進み20歳以降で結婚する者も多い。
「なんて言ったって、風の剣使い。大量に縁談はあるだろうに」
「……縁談願いはもうあるが受けていない」
「受けないんです?」
「孫見たくねぇの?」
「受けない! まだ見たくない! そもそも――孫じゃない。姪なんだから」
「でも父親みたいなもんだろ?」
「こっちはそう思っていても、リヴィはどう思っているか」
「それは気にしなくていいんじゃないですか。父のように思ってると思いますよ。リヴィはレオの事大好きですから――さっきまでは」
「ああ!! もう!! 煩い!!」
背もたれに思いっきり背をつけ、全身の力を抜くように座った。
「恋愛は、本人の自由がいいだろ」
そして考えるように黙った。リヴィの恋愛は自由にしてやりたいが、変な男に引っ掛かりはしないかと心配で仕方が無かった。
「白百合号に乗せる自由は?」
それに対してはレオナールは何も言わず、ヴァルを睨みつけた。
この後も3人で話し合った。リヴィの事については何を言っても変わらないレオナールを見て、もう無理だとわかり2人は溜息を吐いた。
会議という名の飲み会は、酒が回り頭が上手く回らなくなった昼過ぎに解散となる。これは帰ってきては毎度繰り返される数ヶ月に1度の恒例行事であった。




