68.キス
***
「ずいぶん小さくなりましたね、ペルスネージュ様」
足に纏わりつく子猫のペルスネージュを見て、リヴィは言った。
「あそこに住み続けるには、こうするしかなくてな。案外バレないものなのだ」
バレている。
街の人達は分からないが、教会の人達にはバレている。あの修道女だけが知っているとは思えない。だがそれは言わないでおいた方がいい。
「そうですね」
「大人の我も神々しいが、子猫の我も神々しいぞ。ここに来るまで何度『子猫シロちゃん』と言われ、煮干しを捧げられたか」
「そうなんですね」
「我を教会まで連れて行く事を許す。もちろん、抱き抱えてな。光栄に思え」
「ありがとうございます。でもちょっと待って下さいね。郵便屋さんに行かないといけなくて」
ペルスネージュは何度もリヴィの口元の匂いを嗅ぐ。撫でながら郵便屋へと行き、ペルスネージュをライアンに渡し、手紙を速達で出した。これで、明日の午後には着くはずである。
郵便屋から出ると、ライアンは顔を引きつらせて固まっていた。
「どうしたの?」
「クロの子にちょっとした助言をしていた。前に『したい』と言っていたからな。風の子と交――」
「いやいや何でもない! 大丈夫!!」
とても慌てた様子で、ペルスネージュの言葉を遮った。不思議そうに首を傾げていると、ペルスネージュはライアンから飛び降り、リヴィの元まで歩いてきた。
抱きかかえ、再び教会まで歩いて行く。
数十分後――。
幾つもの坂道を上り、教会へと着くとペルスネージュは降りた。教会は閉まっていたが、裏の猫用扉から入るらしい。
「風の子、クロの子、また会おうぞ」
ペルスネージュは最後に、リヴィの足の周りを1周して去った。
残された2人は顔を見合せ微笑んだ。
「可愛かったね」
「そうだね」
「服が毛だらけ」
リヴィは服の毛を払う。すると、ライアンはそのリヴィの手を取った。驚いて周りを見ると、誰も居なかった。前回来た時も、ここは教会が閉まればほぼ人が居なくなる場所だったと思い出す。
「手紙は……その……」
「ちゃんと【騎士にしてもいい】って書いたよ。私、約束守るもん」
そう言うと、ライアンは嬉しそうな顔をし「ありがとう」と、リヴィを抱き締めた。リヴィはライアンの腕の中で、見上げる。
「本当はすっごく嫌だからね」
ライアンは複雑な気持ちになったが、まぁいいかと軽く笑った。
「いっぱい扱き使うからね! それでもいいの!?」
「大丈夫。心の準備は出来てるよ」
優しく微笑んでくる彼を見て、これで良かったのだと納得するようにした。レオナールに直談判するというやり方で、騎士になろうとしてくる彼に1度は激怒した。だが何度も助けてくれる彼を見て、騎士にしてもいいかなと、多少思い始めた。
そんな時、ライアンに課題を出した。
守られる事は無いだろうなと思ったが、守られてしまった。
(そういえば、ライアンって結構頑固だったの忘れてたな……)
何度もグラつきながら、状態を必死に立て直す所は、比較的流されやすいリヴィと違い、ライアンの良い所である。
(そこが好き……なんだよね。うん)
そんな事を考えていると、ライアンはリヴィの首に手を添えた。リヴィが目を閉じると、吐息がかかり、柔らかい唇が重なった。
久しぶりにライアンの唇が触れる。前にしたのはいつだったか。最近したキスといえば、ライアンでは無くセルジュとした事故のキスだった。
ゆっくりと唇が離れる。リヴィはライアンから離れようと胸を押したが、彼は離そうとしなかった。
「リヴィ、何してるの?」
ライアンは不思議そうな声を出す。
「え? 離れようと思って」
「離れる? まだ終わってないのに?」
「え――」
声を出して直ぐ、唇を塞がれた。今度はリヴィの下唇を唇で挟む。次に上唇を挟み、全体を挟み込むようにキスをした。
「ふッ……ぅ……ん……」
呼吸のタイミングが分からなくなるほどに、キスの雨を降らした。身を捩って逃げようにも、しっかり抱き締められ逃げれなかった。
「もうやめッ――」
「だめ。言っただろ。『覚悟して』って」
ライアンはリヴィの唇の感触を楽しむ様に、顔の角度を変えて何度もキスをする。激しく甘く優しいキスに、だんだん力が入らなくなった。
――もっとしていたいと思うキスだった。
最後にリヴィの下唇を、名残惜しそうに咥えて離した。リヴィは恥ずかしくなり、ライアンの胸に顔を埋めた。ライアンはそんなリヴィの頭にキスをして、頭を撫でた。
「愛してるよ、リヴィ」
――バタンッ
教会とは反対側にある茂み近くから音が聞こえた。2人は驚き、そちらを見ると女が倒れていた。傍には紙袋が倒れ、周りに林檎やオレンジ等の果物が転がっている。
その女の近くには、男が両手に荷物を抱えていた。男は慌てて荷物を置き、歩み寄った。
「おい! 大丈夫かよ!」
リヴィもライアンも、その声に聞き覚えがあった。
「兄さん?」「セルジュさん?」
2人は同時に声を出して、セルジュと目が合う。セルジュは気まずそうに苦笑いをした。
「何でここに……え? あれ? 3つ子さん?」
女は3つ子の誰かだった。俯き下を向いている為、誰か判別出来ない。どうしたのかとリヴィが近寄ると、彼女は鼻から血を出していた。
リヴィは驚き、慌てて駆け寄りハンカチを出した。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫です……色々とありがとうございます」
彼女はハンカチで鼻をおさえた。そしてリヴィとライアンを、交互に見てくる。
「あの……み、見てました……?」
彼女の目は輝き、何度もコクコクと頷いた。リヴィは顔をひきつらせた。
(誰もいないって思ったのに!)
周りを見渡した時は、誰も居なかったように思えた。この茂みで見えなかったのか、あるいはキスで気付かなかったが途中からここに居たか。
いずれにせよ、この場所と先程までキスしていた場所は、ある程度距離がある。会話は聞こえていなかっただろう。
だがキスは見られてしまった。リヴィは近くまで来ていたライアンの顔を、不安そうに見つめた。彼はそんなリヴィを安心させるよう微笑み、リヴィの隣にしゃがんだ。
「大変申し訳ありません。3つ子の……そのー……」
「ビーユです。ライアン様」
「ビーユさん。気付いたと思いますが、僕達は付き合ってます。この事は誰にも――」
「言いません! 言いません!! ありがとうございます!!!!」
「……『ありがとうございます』?」
「お気になさらず! 神様ありがとう!」
何故今、神に感謝するのか分からないが、教会の近くに居たという事は、熱心な信仰者なのかもしれない。
「なら……いいんですけど」
2人は不思議そうな顔で見合わせた。
「ほら、もう行くぞ。クレモンティーヌとミルティーユが、『遅い!』って今頃めちゃくちゃキレてるぞ」
ビーユは頷き、紙袋に散乱した食材を入れた。リヴィも手伝って入れると、その紙袋をライアンが持った。
「具合が悪そうなので、船まで持っていきます。リヴィ、食事はその後にしよう」
リヴィは頷き、立ち上がった。ビーユに「立てますか?」と聞くと「はい」と答えた。彼女は鼻をハンカチで抑えながら、立ち上がった。
船までの道程は、微妙な空気に包まれた。鼻血を出したビーユの目は何故か輝いていたし、セルジュは何も言わず無愛想だった。
白百合号に着くと、クレモンティーヌとミルティーユが腕組みをして待っていた。ビーユの買い出しに、荷物持ちとしてセルジュが付き合ったが、遅いので何かあったかと探そうとしていたらしい。
腕を組んで怒っていた2人だが、ビーユが鼻血を出している事を知り怒るのをやめた。そしてセルジュとライアンから荷物を受け取り、3人は御礼を言って中へと入って行く。
「ビーユさん大丈夫かな」
「大丈夫だ、興奮しただけだからな」
セルジュはそう言ってうんざりする様な顔をし、2人に向き合う。
「メシ、これからなんだろ。付き合えよライアン。話したい事がある。楽園に行くぞ。リヴィはダメだ。ルネさんに何言われんのか分かんねーからな」
「え、いや、これから2人で――」
「いーから来いよ。リヴィは3つ子に良いもん食べさせてもらえ」
「いや、ですから2人で――」
「ずべこべうるせーぞ。キスしてた事いーふらすからな。ほら、来い」
ライアンは腕を引っ張られていく。あの様なお店には、ライアンに行って欲しくなかった。不安になり胸が痛くなるが、セルジュにああ言われ何も出来ず、リヴィは立ち尽くした。
***
「何であんな所に居たんですか」
腕を引っ張られながら、ライアンは不満げにセルジュに問いかけた。せっかくのリヴィとの食事は、この男によって無くなってしまった。今はリヴィと喧嘩もせず良い感じなのだ。このままこの雰囲気で食事をしたかった。
「お前らが歩いてるの見て、ついて行った」
「は?」
「言っておくが、俺が『ついて行く!』って言ったんじゃねーよ。――にしても、お前キス慣れてんなー。ガキんちょだったのに、何処で練習したんだ」
ふざけた調子でそう言われ、ムスッとする。そうこうしているうちに楽園に着き、2人は中へと入った。
***
――白百合号のキッチン。
「「ええええええええ!?!?!?!?」」
「しー! 声が大きいわよ!!」
調理場で買ってきた食材をしまいながら、3人は話していた。話題は先程、ビーユが見てきた2人の話である。
「でもホントに?」
「ホント! もう、素敵な恋人同士のキスだったわ。遂に、推しカプが公式にお付き合いをしたのよ」
ビーユは恍惚の表情を浮かべた。
「……そっちかぁ、そっちなのかぁ。セルジュとの方を推していたのだけど」
ミルティーユはそう答え、残念そうな顔をする。
「妄想でなら好きに出来るでしょ。あと誰にも言わないでね! 一応口止めはされてるんだから!」
「「もちろん!!!!」」
3人は話に花を咲かせた。途中でリヴィが入って来て、食事が欲しい事を告げると、とても豪華な食事が振る舞われた。




