67.悩み
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――リヴィが手紙を書き終わる前。
宮廷服を纏ったレオナールは、船長室の椅子に険しい表情で座る。
リヴィオがオリヴィアであるという疑惑が拭えない。
もし彼がオリヴィアなら、引き入れたのはヴァルとルネである。人事権はあの2人にあり、ルネが採用してきたのだ。
ライアンの騎士学校の元同級生と言っていたが、そうだとしてもヴァルのリヴィオへの態度はおかしく、知らない訳が無い。
リヴィオの採用は、ジャード港では無くスフェンヌ港だった。少しでもオリヴィアだと気付かれない為だと思われた。
朝、1人で乗らせた馬車は、妖精のフォークで降ろしたと御者は言っていた。そこから1人スフェンヌ港へ行ったとも考えたが、公共の乗り物は許可証が無ければ1人で乗せないよう指示している。
例えオリヴィアが邸宅を抜け出したとしても、1人で行った所で乗る事は出来なかった。
(となると、ジャードで乗っている……だが――)
ジャード港で船番をしていた船員に、それとなく話を聞いてみたが、船員以外は乗っていないと言う。ならばと思い、あの2人が持ってきた荷物に、人が1人入りそうな荷物は無かったか、と聞いたがそれもないと言う。
(どうやってこの船に乗ったんだ……スフェンヌで乗ったとしても、どうやって行った?)
髪は切ればいい。
どうやってこの船に乗ったのかが分からない。
だが1番問題なのは、声が違う事だった。
重要な何かが欠けているように思える。そのせいで結論に辿り着かない。
さっさと2人から話を聞こうとも思ったが、証拠も無しに問い正せば馬鹿にされ終わる。なのでヴァルやルネの目を盗み、リヴィオに近付こうとした。
近くに居たはずだった。
気配もあった。
だが何処をどう探しても居ない。
「どういう事だ……」
「何がでしょうか?」
その声にハッとして顔を上げると、ライアンが船長室の扉を開け、訝しげにレオナールを見ていた。
「何か間違いがありましたか?」
彼の言う『間違い』とは、レオナールの宮廷服の事である。先程までレオナールの着替えを手伝っていた――と言っても、服を渡していくだけなのだが。
「いや……気にするな」
そして視線を下げ、テーブルの上を見る。そこには、スカーフと翡翠のブローチ、そして深緑色の上着が置いてあった。
スカーフと翡翠のブローチは、首元の装飾に使うものだ。その横にある上着は、膝丈程の長さになっており、銀糸やビーズを使用して、草花の刺繍が施されていた。今着用しているベストも、同じ様な装飾がされている。
普段から上着もベストも着るが、それは普段着用であり装飾は無い。
今の格好は、リヴィが見ると「かっこいいね」と褒めてくれる姿だ。
本来は仕事を調整して一緒に王都へと向かう。会議が終わり次第、リヴィを連れ――ヴァルもいるが――街へと出掛ける。
愛娘――実際は姪だが――と出掛ける事は、レオナールにとって最大の息抜きでもあり癒しでもあった。
だが今回、そんな時間は訪れない。
「それで、どうした」
「馬車が来ました。荷物を積みます。レオナール様はもう乗りますか?」
「ああ……」
前回ここに来た時に、執事シュエット宛に馬車を寄越すよう手紙を書いている。
前日にペリド港へと到着し、馬車は教会に置いていたらしい。それが白百合号が港に着いたと報せを受け、ここに移動したのだ。
ライアンは傍にあった革のトランクケースを持つ。準備は全て、先程ヴァルが終わらせている。その後、自身の準備をする為に船長室を出て行っていった。
レオナールはライアンをじっと見据えた。リヴィオがオリヴィアなら彼も知っており、あの2人から口止めをされているはずである。
「な、何でしょうか?」
「別に」
ライアンを問い詰めた所で口を割らないだろう。レオナールはテーブルにあった物を手に取り、ライアンが船長室の扉を開けて出て行った。
タラップを降りると、白いフワフワとした物が地面に落ちていた。何かわからなかったが、近付いてそれが何か分かった。
「何故ここにいるホコリ玉」
地面にいるペルスネージュを見下げると、尻尾を大きく左右に振って『シャー』と威嚇をしてきた。
そんな彼を見て、レオナールは鼻を鳴らすと馬車へと向かった。
止まっているのは馬が4頭繋がったラファル家所有の天蓋付き馬車だった。常磐色をしており、扉にはラファル家の紋章がついている。
普段使う馬車とは違い、大きい造りになっており、長距離を移動する時用の馬車だ。
馬車の横に御者と従僕のジャンが立っていた。初め2人は談笑していたが、レオナールとライアンが降りてくるのを見て、話すのを止めた。
そして、ライアンが荷物を持っているのを見て、慌ててジャンがそれを受け取りに走った。
ライアンは「レオナール様に伝えてきます」としか2人に言っておらず、彼が荷物を持ってくるとは思わなかったのだ。
「申し訳ありません!」
「いえ、大丈夫ですよ」
彼はライアンから荷物を受け取ると、荷台に乗せた。
ライアンは「父さんを呼んできます」と、ペルスネージュを見た後、白百合号へと入って行く。
レオナールは馬車へと進み、扉の少し前まで来るとジャンが扉を開けた。
馬車に入ろうとしたが立ち止まった。
「ジャン、リヴィの様子はどうだ」
「多分、元気かと」
「多分?」
「1度も戻って来ていません。菓子作りに専念しているようです。何人かが食べに行きましたが、厨房に居るようで会っていません。それに、この間オデット様は『楽しそうにしている』と言っていたので、元気かと」
ジャンの様子から、彼は嘘をついていない。本当の事を言っている。
レオナールは「そうか」と言うと、馬車へと入って右側へ座った。
中には蝋燭より少し明るい位の光源灯が光っていた。足が伸ばせる程に広く、座れば滑らかな絹の生地が手に触れた。
ワイン1本とグラスが2つ、水が入ったガラス製のデキャンタ、そしてナッツとドライフルーツが置いてあった。
リヴィと一緒に向かう時は、ここに紅茶とリンゴジュース、そして甘いお菓子も置かれるが、今日は勿論置いていない。
彼女は眠くなると、レオナールの膝を枕にして寝ていた。そして、猫のように丸まって寝る彼女の頭を撫でていた。
寂しさを感じ、鼻で一息漏らす。
リヴィオはオリヴィアでは無い――そう思いたい。
だが似すぎているし、もしかしたらと思ってしまう。
(リヴィオ……オリヴィア……そんな分かりやすい名前付けるか? ……いや、あえて付ける可能性も……)
考えがぐるぐると回る。頭がだんだん痛くなり、背もたれに寄りかかって険しい顔で天井を見上げた。
「そんなに待たせたか?」
扉が開き、ヴァルが入って来た。
「……いや」
レオナールの向かい側に座ったヴァルを、ジトっとした目で見つめた。
「何だよ」
「別に」
「嘘付け、何か言いたそうじゃねぇか」
「何でもない」
お互い黙り、馬車の中が静かになると「飲まれますか?」と、ジャンがワインを1本手に取って聞いた。レオナールは頷くと、グラス1つに赤ワインが注がれる。
「ヴァランタン様は如何なさいますか?」
「ああ、たの――」
「ヴァルは仕事中だろう」
ぶっきらぼうにレオナールが言うと、ヴァルは仏頂面で「水にしてくれ」と頼んだ。
もう1つあったグラスに、デキャンタから水が注がれた。ジャンはワインをコルクで再び栓をし、デキャンタにもガラスの栓をした。倒れないよう専用の箱に入れ、馬車の中へと置くと「出発します」と言い扉を閉めた。
ジャンは御者と共に御者席に座る。
「機嫌悪ぃじゃねぇの」
「別に悪く無い」
「いつも飲ましてくれんのに」
よほど不満なのか、腕を組み目を細めて抗議してくる。
彼の視線を外すように外を見た。タラップからライアンとリヴィオが降りている。見ていると、ペルスネージュがリヴィオの周りに纏わりつき、リヴィオは彼を抱っこした。
その様子を不思議そうに見ていると、馬車は動き出した。
石畳の道を走る。ヴァルは馬車のカーテンを閉め、目を瞑った。
王都までは夜通し走り、ほぼ1日かかる。寝るのは馬車の中で寝なければならない。
レオナールはワイングラスをじっと見つめる。考える事は、リヴィの事である。同じ考えを繰り返す事に嫌気がさすが、違う事を考えようとしてもなかなか考えられなかった。
(ホコリ玉はリヴィオとなんの関係があるんだ)
「――――し」
(あいつは魔法の匂いが好きだった。人魚も……魔法の匂いが好きだ……)
「――――もし」
(あいつはリヴィなのか? だから魔法の匂いがするのか?)
「――聞いてる?」
(何処で乗ったのか……いや、同一人物な訳が無い。声が違う)
「――しもし」
(オデットは、リヴィが『楽しそうにしている』と言っている……会えてないのは、泊まり込みで働くと言っていたから仕方が無い)
「――もしもし」
(……だが、もしオデットが嘘をついているなら……駄目だ。そんな事を考えたらキリがない)
「もしもし! レオ!!」
半分怒鳴るようなヴァルの声にハッとする。顔を上げれば訝しげにこちらを見ていた。
「少し寝ていた」
「目を開けて?」
「……何の用だ」
「もう市街地前に着くぞ。準備」
ヴァルの言っている事が理解出来ず、思考が停止する。
「……は?」
気付けばカーテンからは光が漏れていた。信じられずカーテンを少し開けると、日が昇っている。絶句し、口を抑えた。
「まさか寝てねぇの?」
「……さっき寝ていたと言っただろう」
口を抑えていた手でワイングラスを持ち、1口も手を付けなかった事に気付いた。
「めっずらしい」
小馬鹿にするように言うヴァルにイラっとし、睨みつけた。
「はぁ……もうさ、言いてぇ事があるなら言えよ」
流石に悩み過ぎている。これから面倒な会議があると言うのに、リヴィの事しか考えられない。
レオナールは溜息を吐き、ワイングラスを置いた。
「リヴィオはオリヴィアか?」
言った後、何故言ってしまったのかと後悔した。もしそうだとしても「はい、そうです」とは言わない。
「悩んでるとは思ってたけどよ……思いのほか重症だな」
「だから言いたくなかったんだ」
馬鹿にされるだろうと思っていたが、本当にそうしてくるので腹が立った。
「リヴィオがオリヴィア? んな訳ねぇだろ」
「お前ならそう言うだろうよ」
「何で?」
「もしそうなら、引き入れているのはお前達だからだ」
「『もしそうなら』そうかもしんねぇけど、違う。顔は、ちょっと似てるなって思ったさ。けどよく考えろ。声が違ぇだろ」
「分かっている!」
レオナールは頭を掻きながら、溜息を吐いた。
「そんなに気になんなら、帰る時ラファル領に1回戻ったらいいんじゃねぇの?」
「……別にいい」
大きく溜息を吐いて俯いた。
「随分疲れが溜まってんじゃねぇの。宮殿行く前に王都ラファル邸に行くか? まだ少しは時間ある」
「いや、余計疲れる。そのまま宮殿でいい。それに、寄らないで良いように、もう着替えたんだからな」
「ならいいけどよ」
ヴァルは顎を擦りながら答えた。
「リヴィはもう怒ってねぇよ。だからそんなに悩むな。赤の他人をリヴィって疑うなんてどうかしてるぞ」
レオナールは顔をしかめた。言われてみればそうである。
「次帰港した時には、ラウラの所で習ったお菓子でも作って、待っててくれるさ」
「もしそうなら、俺への嫌がらせだな」
「そりゃあ多少は嫌がらせもするさ」
そう言われ軽く笑い、1番近いカーテンを少し開けた。
のどかな緑が広がるが、ここからもう少し進めば、都会の街並みが広がっていく。
引っかかる所はあるが、ヴァルの言う事はもっともである。グラスに口を付けようとして止めた。
面倒な仕事が控えている。
今は飲むべきでない。
「ほら」
ヴァルはレオナールに手を差し出した。
レオナールはヴァルにグラスを渡すと、ヴァルは窓を開けて入っていたワインを捨てた。デキャンタから水を入れて何度か濯ぎ、また外へと捨てた。
グラスが綺麗になった事を確認し、水を入れた。
「どうぞ、レオナール様」
彼はそう言ってグラスを渡してきた。『レオナール様』と呼ぶのは、ふざけてでは無く、面倒事に巻き込まれないよう慣らしているのだろう。
レオナールは鼻で笑うとグラスを受け取り、モヤモヤを飲み込むように一気に飲んだ。




