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67.悩み

***


 ――リヴィが手紙を書き終わる前。


 宮廷服を纏ったレオナールは、船長室の椅子に険しい表情で座る。


 リヴィオがオリヴィアであるという疑惑が拭えない。


 もし彼がオリヴィアなら、引き入れたのはヴァルとルネである。人事権はあの2人にあり、ルネが採用してきたのだ。

 ライアンの騎士学校の元同級生と言っていたが、そうだとしてもヴァルのリヴィオへの態度はおかしく、知らない訳が無い。


 リヴィオの採用は、ジャード港では無くスフェンヌ港だった。少しでもオリヴィアだと気付かれない為だと思われた。


 朝、1人で乗らせた馬車は、妖精のフォークで降ろしたと御者は言っていた。そこから1人スフェンヌ港へ行ったとも考えたが、公共の乗り物は許可証が無ければ1人で乗せないよう指示している。


 例えオリヴィアが邸宅を抜け出したとしても、1人で行った所で乗る事は出来なかった。


(となると、ジャードで乗っている……だが――)


 ジャード港で船番をしていた船員に、それとなく話を聞いてみたが、船員以外は乗っていないと言う。ならばと思い、あの2人が持ってきた荷物に、人が1人入りそうな荷物は無かったか、と聞いたがそれもないと言う。


(どうやってこの船に乗ったんだ……スフェンヌで乗ったとしても、どうやって行った?)


 髪は切ればいい。

 どうやってこの船に乗ったのかが分からない。


 だが1番問題なのは、声が違う事だった。


 重要な何かが欠けているように思える。そのせいで結論に辿り着かない。

 さっさと2人から話を聞こうとも思ったが、証拠も無しに問い正せば馬鹿にされ終わる。なのでヴァルやルネの目を盗み、リヴィオに近付こうとした。


 近くに居たはずだった。

 気配もあった。

 だが何処をどう探しても居ない。


「どういう事だ……」

「何がでしょうか?」


 その声にハッとして顔を上げると、ライアンが船長室の扉を開け、訝しげにレオナールを見ていた。


「何か間違いがありましたか?」


 彼の言う『間違い』とは、レオナールの宮廷服の事である。先程までレオナールの着替えを手伝っていた――と言っても、服を渡していくだけなのだが。


「いや……気にするな」


 そして視線を下げ、テーブルの上を見る。そこには、スカーフと翡翠のブローチ、そして深緑色の上着が置いてあった。


 スカーフと翡翠のブローチは、首元の装飾に使うものだ。その横にある上着は、膝丈程の長さになっており、銀糸やビーズを使用して、草花の刺繍が施されていた。今着用しているベストも、同じ様な装飾がされている。


 普段から上着もベストも着るが、それは普段着用であり装飾は無い。


 今の格好は、リヴィが見ると「かっこいいね」と褒めてくれる姿だ。


 本来は仕事を調整して一緒に王都へと向かう。会議が終わり次第、リヴィを連れ――ヴァルもいるが――街へと出掛ける。


 愛娘――実際は姪だが――と出掛ける事は、レオナールにとって最大の息抜きでもあり癒しでもあった。


 だが今回、そんな時間は訪れない。


「それで、どうした」

「馬車が来ました。荷物を積みます。レオナール様はもう乗りますか?」

「ああ……」


 前回ここに来た時に、執事シュエット宛に馬車を寄越すよう手紙を書いている。


 前日にペリド港へと到着し、馬車は教会に置いていたらしい。それが白百合(リスブロン)号が港に着いたと報せを受け、ここに移動したのだ。


 ライアンは傍にあった革のトランクケースを持つ。準備は全て、先程ヴァルが終わらせている。その後、自身の準備をする為に船長室を出て行っていった。


 レオナールはライアンをじっと見据えた。リヴィオがオリヴィアなら彼も知っており、あの2人から口止めをされているはずである。


「な、何でしょうか?」

「別に」


 ライアンを問い詰めた所で口を割らないだろう。レオナールはテーブルにあった物を手に取り、ライアンが船長室の扉を開けて出て行った。


 タラップを降りると、白いフワフワとした物が地面に落ちていた。何かわからなかったが、近付いてそれが何か分かった。


「何故ここにいるホコリ玉」


 地面にいるペルスネージュを見下げると、尻尾を大きく左右に振って『シャー』と威嚇をしてきた。


 そんな彼を見て、レオナールは鼻を鳴らすと馬車へと向かった。


 止まっているのは馬が4頭繋がったラファル家所有の天蓋付き馬車だった。常磐色をしており、扉にはラファル家の紋章がついている。

 普段使う馬車とは違い、大きい造りになっており、長距離を移動する時用の馬車だ。


 馬車の横に御者と従僕(フットマン)のジャンが立っていた。初め2人は談笑していたが、レオナールとライアンが降りてくるのを見て、話すのを止めた。


 そして、ライアンが荷物を持っているのを見て、慌ててジャンがそれを受け取りに走った。


 ライアンは「レオナール様に伝えてきます」としか2人に言っておらず、彼が荷物を持ってくるとは思わなかったのだ。


「申し訳ありません!」

「いえ、大丈夫ですよ」


 彼はライアンから荷物を受け取ると、荷台に乗せた。


 ライアンは「父さんを呼んできます」と、ペルスネージュを見た後、白百合(リスブロン)号へと入って行く。

 レオナールは馬車へと進み、扉の少し前まで来るとジャンが扉を開けた。


 馬車に入ろうとしたが立ち止まった。


「ジャン、リヴィの様子はどうだ」

「多分、元気かと」

「多分?」


「1度も戻って来ていません。菓子作りに専念しているようです。何人かが食べに行きましたが、厨房に居るようで会っていません。それに、この間オデット様は『楽しそうにしている』と言っていたので、元気かと」


 ジャンの様子から、彼は嘘をついていない。本当の事を言っている。


 レオナールは「そうか」と言うと、馬車へと入って右側へ座った。


 中には蝋燭より少し明るい位の光源灯が光っていた。足が伸ばせる程に広く、座れば滑らかな絹の生地が手に触れた。

 ワイン1本とグラスが2つ、水が入ったガラス製のデキャンタ、そしてナッツとドライフルーツが置いてあった。


 リヴィと一緒に向かう時は、ここに紅茶とリンゴジュース、そして甘いお菓子も置かれるが、今日は勿論置いていない。

 彼女は眠くなると、レオナールの膝を枕にして寝ていた。そして、猫のように丸まって寝る彼女の頭を撫でていた。


 寂しさを感じ、鼻で一息漏らす。


 リヴィオはオリヴィアでは無い――そう思いたい。

 だが似すぎているし、もしかしたらと思ってしまう。


(リヴィオ……オリヴィア……そんな分かりやすい名前付けるか? ……いや、あえて付ける可能性も……)


 考えがぐるぐると回る。頭がだんだん痛くなり、背もたれに寄りかかって険しい顔で天井を見上げた。


「そんなに待たせたか?」


 扉が開き、ヴァルが入って来た。


「……いや」


 レオナールの向かい側に座ったヴァルを、ジトっとした目で見つめた。


「何だよ」

「別に」

「嘘付け、何か言いたそうじゃねぇか」

「何でもない」


 お互い黙り、馬車の中が静かになると「飲まれますか?」と、ジャンがワインを1本手に取って聞いた。レオナールは頷くと、グラス1つに赤ワインが注がれる。


「ヴァランタン様は如何なさいますか?」

「ああ、たの――」

「ヴァルは仕事中だろう」


 ぶっきらぼうにレオナールが言うと、ヴァルは仏頂面で「水にしてくれ」と頼んだ。


 もう1つあったグラスに、デキャンタから水が注がれた。ジャンはワインをコルクで再び栓をし、デキャンタにもガラスの栓をした。倒れないよう専用の箱に入れ、馬車の中へと置くと「出発します」と言い扉を閉めた。


 ジャンは御者と共に御者席に座る。


「機嫌悪ぃじゃねぇの」

「別に悪く無い」

「いつも飲ましてくれんのに」


 よほど不満なのか、腕を組み目を細めて抗議してくる。

 彼の視線を外すように外を見た。タラップからライアンとリヴィオが降りている。見ていると、ペルスネージュがリヴィオの周りに纏わりつき、リヴィオは彼を抱っこした。


 その様子を不思議そうに見ていると、馬車は動き出した。

 石畳の道を走る。ヴァルは馬車のカーテンを閉め、目を瞑った。


 王都までは夜通し走り、ほぼ1日かかる。寝るのは馬車の中で寝なければならない。

 レオナールはワイングラスをじっと見つめる。考える事は、リヴィの事である。同じ考えを繰り返す事に嫌気がさすが、違う事を考えようとしてもなかなか考えられなかった。


(ホコリ玉はリヴィオとなんの関係があるんだ)


「――――し」


(あいつは魔法の匂いが好きだった。人魚も……魔法の匂いが好きだ……)


「――――もし」


(あいつはリヴィなのか? だから魔法の匂いがするのか?)


「――聞いてる?」


(何処で乗ったのか……いや、同一人物な訳が無い。声が違う)


「――しもし」


(オデットは、リヴィが『楽しそうにしている』と言っている……会えてないのは、泊まり込みで働くと言っていたから仕方が無い)


「――もしもし」


(……だが、もしオデットが嘘をついているなら……駄目だ。そんな事を考えたらキリがない)


「もしもし! レオ!!」


 半分怒鳴るようなヴァルの声にハッとする。顔を上げれば訝しげにこちらを見ていた。

 

「少し寝ていた」

「目を開けて?」


「……何の用だ」

「もう市街地前に着くぞ。準備」


 ヴァルの言っている事が理解出来ず、思考が停止する。


「……は?」


 気付けばカーテンからは光が漏れていた。信じられずカーテンを少し開けると、日が昇っている。絶句し、口を抑えた。


「まさか寝てねぇの?」

「……さっき寝ていたと言っただろう」


 口を抑えていた手でワイングラスを持ち、1口も手を付けなかった事に気付いた。


「めっずらしい」


 小馬鹿にするように言うヴァルにイラっとし、睨みつけた。


「はぁ……もうさ、言いてぇ事があるなら言えよ」


 流石に悩み過ぎている。これから面倒な会議があると言うのに、リヴィの事しか考えられない。


 レオナールは溜息を吐き、ワイングラスを置いた。

 

「リヴィオはオリヴィアか?」


 言った後、何故言ってしまったのかと後悔した。もしそうだとしても「はい、そうです」とは言わない。


「悩んでるとは思ってたけどよ……思いのほか重症だな」

「だから言いたくなかったんだ」


 馬鹿にされるだろうと思っていたが、本当にそうしてくるので腹が立った。


「リヴィオがオリヴィア? んな訳ねぇだろ」

「お前ならそう言うだろうよ」

「何で?」

「もしそうなら、引き入れているのはお前達だからだ」

「『もしそうなら』そうかもしんねぇけど、違う。顔は、ちょっと似てるなって思ったさ。けどよく考えろ。声が違ぇだろ」

「分かっている!」


 レオナールは頭を掻きながら、溜息を吐いた。


「そんなに気になんなら、帰る時ラファル領に1回戻ったらいいんじゃねぇの?」


「……別にいい」


 大きく溜息を吐いて俯いた。


「随分疲れが溜まってんじゃねぇの。宮殿行く前に王都ラファル邸に行くか? まだ少しは時間ある」

「いや、余計疲れる。そのまま宮殿でいい。それに、寄らないで良いように、もう着替えたんだからな」

「ならいいけどよ」


 ヴァルは顎を擦りながら答えた。

 

「リヴィはもう怒ってねぇよ。だからそんなに悩むな。赤の他人をリヴィって疑うなんてどうかしてるぞ」


 レオナールは顔をしかめた。言われてみればそうである。


「次帰港した時には、ラウラの所で習ったお菓子でも作って、待っててくれるさ」

「もしそうなら、俺への嫌がらせだな」

「そりゃあ多少は嫌がらせもするさ」


 そう言われ軽く笑い、1番近いカーテンを少し開けた。

 のどかな緑が広がるが、ここからもう少し進めば、都会の街並みが広がっていく。


 引っかかる所はあるが、ヴァルの言う事はもっともである。グラスに口を付けようとして止めた。

 面倒な仕事が控えている。


 今は飲むべきでない。


「ほら」


 ヴァルはレオナールに手を差し出した。


 レオナールはヴァルにグラスを渡すと、ヴァルは窓を開けて入っていたワインを捨てた。デキャンタから水を入れて何度か濯ぎ、また外へと捨てた。


 グラスが綺麗になった事を確認し、水を入れた。


「どうぞ、レオナール様」


 彼はそう言ってグラスを渡してきた。『レオナール様』と呼ぶのは、ふざけてでは無く、面倒事に巻き込まれないよう()()()()()()のだろう。


 レオナールは鼻で笑うとグラスを受け取り、モヤモヤを飲み込むように一気に飲んだ。

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