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66.手紙

 白百合(リスブロン)号に乗って23日目――。


 夕方、ミーズガルズ王国ペリド港へと帰ってきた。

 医務室――。


 もう怪我人は寝ていなかった。ベッドは昨日でテオが寝るのも終わった。完治はしていないが、いつまでも寝ているわけにはいかない。

 それまでリヴィはハンモックで寝ており、ライアンの心配を他所に楽しんでいた。


 今はリヴィとルネ、そしてヴァルの3人が医務室に居る。ヴァルは洗面所で髭を剃っていた。


「なんか、バレてる気がするの……」

「セルジュに何か言われたか?」

「んーん。兄さんは何も言ってこないの」


 ハンモックで寝た日、ライアンはセルジュから言われた事を、ヴァルに話した。ヴァルは特に驚きもせず「やっぱりか……」と頭を抱えた。その話はルネとリヴィにも話されている。


 だがその後、態度は何も変わらなかった。


「問題は伯父様。たまに見られてる」


 何時もなら有り得ない事だった。

 レオナールはリヴィを態と見ないようにしている。視線がもし合うことがあれば、睨まれ、逸らされた。


「それにさっきここに来たし、追い掛けられた」「「え?」」


「ルネおじ様、朝食摂りに出て行ったでしょ。その後少しして伯父様来たの」


 ヴァルとルネはポカンと口を開けた。


 2人が朝食を摂る時は、船長室で摂る。朝食を食べ始めた時、レオナールは「用事がある」と部屋を出たのだ。

 そんな事は滅多にない。彼は何かある時は人を使うからだ。


「変声薬飲んでる途中だったんだけど、急いで飲み込んじゃった」


「……で、何しに来たって?」

「なんか薬欲しいって。机の上にあったやつ勝手に取ってたよ。直ぐに出て行ってくれなくて、仕方なく私が部屋を出たの。そしたら――」

「追い掛けられたのか?」

「そう。距離をあけてついてきて、仕方ないから積荷置き場でエアリエルを使って端に隠れたんだけど……」


「だけど?」

「それでも、近くまで来ちゃって……私が居ないから首傾げて戻って行った」


 ヴァルは髭を剃り終わり、顎を擦る。リヴィは久しぶりに無精髭の無いヴァルを見た。


 彼は虹霓会議がある時は、いつも髭を剃っている。


「あー……そういやそうだったわ」

「レオの変な特技が発揮されましたね……」


「特技?」

「集中すりゃ目を瞑ってても、気配で何処にいるって分かんだよ」

「色々条件はあるみたいですけどね。でも、目を開けているのに誰も居ないっていうのは、初めての事で混乱してますね。きっと」

「最近また悩んだ顔してっから、何だろって思ってたんだ。原因はリヴィだな」


 ヴァルとルネは同時に溜息を吐いた。レオナールは考え事をする事は多い。だが悩む事は少なく、その悩み事の大半はリヴィの事である。


「リヴィ、乗る時の約束は覚えてるな」

「うん。覚えてる」


 リヴィは悲しげに俯いた。

 期間を伸ばす事は禁止であり、1カ月より早く降りる可能性があるとも言われていた。手持ちの金平糖が少なくなる度、覚悟はしていた。


 ペリド港は観光地だ。母オデットを待つ間、退屈はしないだろう。ペルスネージュにもう1度会うことも出来る。


「潮時だ……と、言いたいんだがな、次はジャード港だ。ライアンを下ろす為にな。だから出来ればそこで降ろしたい」

「え……じゃあ……」


「幸いな事に、これから俺とレオは虹霓会議(こうげいかいぎ)で数日留守になる。船上生活はまだ出来るし、帰ってきたら直ぐに出港する。その後はなるべくここを出るな。ルネの手伝いだけしてろ」


 リヴィは嬉しくなり、ヴァルへと抱きついた。


「大好き大好き! ヴァルおじ様大好き!」


 ヴァルはリヴィの背中を擦りながら「その言葉は今度帰港した時、レオに言ってやれ」と笑った。


「もうそんなに怒ってねぇんだろ」


「……うん。実は乗れて満足しちゃったから、もうそんなに怒ってない」

「そりゃあ良かった」


 ほっとした顔をして、ヴァルとルネは顔を見合せた。リヴィを乗せたのは、リヴィの為でありレオナールの為である。

 それが上手く行き、2人とも安堵していた。


「ルネおじ様も大好き!」


 次にルネを抱きしめた。ルネもリヴィを抱きしめ返すと、リヴィは離れた。


「じゃあ俺は用意しなきゃならねぇ。それとリヴィ。手紙は書いたか?」

「それが……」


「まだ書いてねぇのか?」


 騎士にする条件は守られてしまった。だがやはり気が乗らない。


 最後の抵抗に、まだ手紙は書いてなかった。


「ヴァルおじ様。お願いがあるの」

「なんだ?」

「ちょっと……聞きたい事があって。手紙書くついでに、ヴァルおじ様の部屋に行きたい」


 ヴァルは「構わねぇよ」と言い、リヴィと共に部屋を出た。


(専属騎士の何がいいんだろ……)


 理解が出来なかった。自分が傷付いても、他人を護らなくてはならない。


 怪我をする所を見たくない。なのに海賊に襲われ、ヴァルは喜んでいた。


 ――何度考えても喜ぶ様な事では無い。


 ヴァルは部屋に入るよう促した。リヴィは部屋に入ると椅子に座る。便箋と封筒、インクと羽根ペンをヴァルが用意した。


「質問ね」

「いいぞ」

「ヴァルおじ様は、ライアンの事大切じゃないの?」


「……ん?」

「怪我したら嫌じゃない?」

「まぁ、嫌だけど?」

「ならヴァルおじ様からライアンに『専属騎士になるのはやめとけ』って言って! じゃないとライアンまた怪我しちゃうよ!」

「え」


 ヴァルからそう言って欲しかった。自分から説得するのはもう無理である。だが父親であるヴァルから言えばやめるかもしれない。


「んな事言わねぇよ」

「何で? 大切じゃないから?」

「何でそんな事言うんだ? 大切な息子だ」


「でもあの時、ライアンが腕怪我したのに喜んでた。心配するものでしょ」

「あの時……あー、そうじゃねぇ。リヴィを自分の身を挺して護ったから喜んだんだ」


「……何で?」

「それが出来なきゃ騎士失格だ。護衛対象の身に命の危険がある時、自分を犠牲に出来るかが問題だ。普通は自分の身を護っちまうからな。自分の身より、護衛対象を護る。それが専属騎士だ」

「それが出来たから喜んだって事?」

「そうだ。なかなか出来ねぇからな」


 そして「自慢の息子だ」と微笑む。


 リヴィは俯いた。こんなに嬉しそうにしているヴァルを見て「ライアンを騎士にしない」とは言いずらい。もし騎士にしなかったら、ライアンだけでなくヴァルも悲しむだろう。


 今までずっと助けて貰った人である。悲しませたくはない。


「ライアンの何か不満か?」

「んーん。そうじゃなくて、私のせいで怪我するのが嫌だなって思ってて……」


「そうか……」


 ヴァルは残念そうな顔をした。あまり良い答えになりそうにない、と思ったからだ。


 リヴィは羽根ペンをインクに付け、書き始めた。カリカリと羽根ペンで書く音と、船が軋む音が響く。


 ヴァルは残念そうに鼻で一息吐いた後、その横で王都へ行く準備をしていた。革のトランクケースに黒い服を詰める。


「ライアンには桃色の服を着てもらおうかな」


 そう冗談を言うと、ヴァルは目を見開き、服を入れる手を止めた。そして「あいつ泣くぞ」と嬉しそうに笑った。


「そうかな。桃犬って可愛いよ」

「黒犬の方がかっこいいだろ」

「まぁ、カッコ良さは黒犬の方があるね」

「一応、雇い主はレオだ。レオは黒い服を着るように言うと思うけどな」

「なんだ。残念」


 互いに口の端をあげて笑う。


(そう言えば何でヴァルおじ様は専属騎士になったんだろ……)


「ねぇ、ヴァルおじ様は――」


 椅子に座りながら振り向くと、ヴァルはシャツを脱いで着替えている途中だった。筋肉質な上半身は傷だらけである。

 いつかライアンもこうなるのではないかと不安がよぎり、複雑な表情を浮べた。


「あ、すまねぇな。着替えるぞ」

「別に……それは気にしてないよ」

「じゃあ何だその顔は」

「んー……傷が多いなって思って」

「ああ……この傷は護衛のせいだけじゃねぇ。戦争してたからだ」


 そして正装に着替える。それはレオナールが用意している物だった。


 専属騎士の服装は雇い主によって違う。


 レオナールは色だけを指定しているので、普段は黒いシャツに黒いズボンという簡単な服で良い。だが公的な場ではそうもいかない。マントと上着の着用、そして剣を携えなければならない。

 ヴァルは堅苦しいので嫌いらしいが、リヴィは正装の方が好きだった。


 彼は着替えながら「で、何だ?」と聞く。リヴィは着替えているヴァルを見ないように、前を向いた。


「あのね、なんで伯父様の騎士になろうと思ったの?」


 ライアンは、『リヴィを護っていいのは俺だけ』と言っていた。


「『こいつを護るのは俺だけだ!』って思ったりしたの?」

「え? 何だそれ??」


 ヴァルは海水を一気に飲んだ様な顔をしているが、リヴィには見えない。


「例えだよ。ライアンにはなりたい理由を聞いたの。それで、ヴァルおじ様は何で伯父様の専属騎士になったのかなって思って」


 ヴァルは眉を上げて少し考えた後「理由はねぇよ」と言い、再び着替え始める。


「え?」


 まさかの答えに、羽根ペンを動かす手を止めた。


「理由なんかねぇ。ミストラル家は代々騎士の家系だろ。だから、なんだかんだあってそう決まった」

「なんだかんだ?」


「まぁ色々な事が重なってって感じか? レオが都立卒業した後、騎士をどうするかって話になった。けど、レオは騎士学校に行く事になって、俺も騎士学校行くから、それなら俺が騎士になった方がいいだろって事でなった。簡単に言えばこうなる」


 もっと感動的な話があればと思ったが、残念ながらそんな事は無いらしい。

 だがここで疑問に思った事がある。


「騎士学校卒業しなくても、専属騎士になれるの?」


 ヴァルは机の隣にある綺麗なブーツを手に取っていた。そしてベッドに腰掛け、履いていたブーツを脱ぐと履き替えた。


「俺は例外かもな。学校で騎士の事を学べたし、レオが傍に居たからだろうな。本来は卒業した人がなる」

「じゃあライアンもそうなるよね?」


 それであれば、あと2年はライアンは騎士にならなくていい。


「ライアンも例外だな。騎士やりながら学校に通う」

「うぇ!?」


 リヴィは驚きの声を上げた。初耳だった。ライアンからは何も聞いていない。


「どうやって!?」

「学校が休みの日にはラファル邸に行く。大変だろうけど、本人それでいいみてぇだからな」


「……それって、学校が休みだったら、出掛ける時は一緒って事?」

「そうなるな」

「じゃあ、1人で出掛けたい時はどうすればいいの?」

「そんな日はねぇ。それは今もそうだろ?」

「――そうでした」


 1人で外出している事は、ヴァルやルネも知らない事だった。休日以外はエマに任せ、休日はライアンに任せるという考えなのだ。


「騎士って言うより騎士見習いって感じ」

「実際そうだ。騎士だけど、騎士見習いっていう変な立場だったよ」


 ヴァルは昔の自分を思い出し、鼻で笑った。


「封蝋どうする?」

「そうだな……手紙に印璽無くなったって書いとけ。そんで紐で結んで……蝋を垂らすか」


 手紙に印璽が見つからない事を書き、封筒に入れると紐で十字に結んだ。そして結び目が解けないように蝋を垂らした。


 リヴィが振り返ると、ヴァルは着替え終わっていた。


 黒に銀の縁取りと装飾がされた上着を着ている。左肩にはラファル家の紋章が入った、深緑色のマントが掛けられ、マントを留めるベルトは右脇の下に通されていた。

 深緑色なのは、ヴェストリの識別色(シンボルカラー)が緑だからだ。他にも上着の襟の折り返し等、1部が深緑色になっている。


「やっぱりそっちの格好のがかっこいいよ」

「何言ってんだ。俺はどんな格好でもかっこいいだろ」


 ヴァルは顎を擦りながら片眉を上げてニヤリと笑った。


「髭無い方が若く見えるよ」

「さっきから何言ってんだ。俺は常に若々しいだろ」


 リヴィが笑うと扉を叩く音がして《エアリエル》と唱え、姿を消した。ヴァルはそれを確認すると、扉を開けた。


「父さん」


 聞き慣れた声がし、リヴィは姿を表した。ライアンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「レオナール様が馬車に」とヴァルに伝えた。


「分かった。じゃあ行ってくる。リヴィ、速達で出せ。まだ郵便屋は開いてる」

「分かった」


 リヴィは立ち上がり、ヴァルと抱擁を交わした。ヴァルはリヴィに郵便代を渡して出て行った。


「リヴィ、お客さんが来てるよ」

「お客さん?」

「うん、外に行こう。それで、食事しよ」


 リヴィは頷いて、部屋を出た。

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