65.秘めごと
「ライアン、3つ子にお湯を沸かしてシャワー室の桶に入れるよう言ってきて下さい。リヴィはもう着替えましょう。体をちゃんと拭いて。お湯が溜まったら、体を温めなさい」
医務室には怪我人が寝ていた。リヴィのベッドにはテオが寝ている。なのでシャワー室で着替えを済ませた。サラシは取った。もう光源灯は暗くしている為、他の人達がいても大丈夫だった。
「大変でしたね。無事で良かったです」
着替えた後、ルネと軽く抱擁をし、小声で話した。
「はい。死ぬかと思いました」
リヴィは冗談めいてそう言った。だがルネは心底心配していた。
「見殺しにしても良かったのですよ」
「え!? 冗談ですよね!?」
「そう思います?」
微笑むルネを見て、冗談ではないのだと察した。
「でも……」
「無茶はしないで下さい。貴女は――まぁ、いいでしょう。エミリオには何かしておきます」
「やめて! ……下さい。副船長が罰を考えるみたいですから」
「そうですか。残念です。あ、そうだ。今日は寝れますよ」
「え!? 本当ですか!?」
リヴィは怪我人の看病と、いなくなった人員の補填にあたり、寝ていなかった。
「ええ。ただし、ハンモックです。ベッドは怪我人が優先ですから。後で渡しますね」
(やったぁー!)
心の中でガッツポーズをし、シャワー室に3つ子がお湯を入れてくれたので体を温めた。髪の毛をしっかり拭いてルネに合図をすると、彼はシャワー室へと入って、新しいサラシを巻いた。
そして渡された白湯を飲んだ後、ハンモックを渡された。
「中甲板の天井にフックがありますので、荷物の間で寝るんですよ」
「はい」
自分の荷物を取り、浮き足立って医務室を出た。
「ルネさん、リヴィは?」
ライアンが戻ってきた。リヴィがシャワー室にいる間、上で仕事を手伝っていた。そろそろ寝るようヴァルに言われ、リヴィの様子を見に来たのだ。
「ハンモックを持って出ていきましたよ。中甲板にいるかと」
ライアンは御礼を言って医務室を出る。
上手くいっているのかいないのか、分からない2人である。ルネは鼻で一息漏らし、床とベッドに寝転がっている船員を見回した。
***
「どこで寝よう」
中甲板には積荷が詰まっている。手前には、人喰い人魚と海水が入ったガラスケースがあり、こちらを睨みつけていた。
積荷には所々隙間があり、そこにハンモックを掛けて船員たちは寝ていた。そこら辺からイビキが聞こえ、何人かの船員たちは寝ている。
リヴィは1番奥の角が空いていると気付いた。荷物も影になるように置いてあり、ちょうど良かった。
積荷の木箱を踏み台にしてハンモックを掛けた。腰掛けようとするが、それが難しい。
ゆっくりと乗り、背を預ける。
(ふふっ……ハンモックだぁ)
ゆらゆらと動くハンモックは、船の上では案外寝やすいのかもしれない。
「リヴィ?」
そう考えていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。何故彼に呼ばれるのか分からないが、リヴィはハンモックを降りて小声で返事をした。
足音が近づき、そちらを見るとエミリオが立っていた。
「何か?」
「何でここで寝ようとしてんだ」
「ベッドは怪我人が寝るから。僕は今日ここ」
「ふーん……そうか」
「何?」
ムスッとした表情でこちらを見ている。
「言っておくけどな、俺はお前が嫌いだ。どんなに命を助けられようとも、嫌いな事は覆らない。でも――……」
無言になってしまった。頭を掻きむしり、何か葛藤している様で「うー」と唸っている。そして観念し、口を開いた。
「ありがとな。あと……悪かった」
エミリオの口からそんな事を言われるとは思わず、固まった。もしかしたら、ここにいるエミリオは偽物かもしれない。
「本当にエミリオ?」
「そうだよ!」
「ふーん」
若干ニヤニヤしてしまう。普段から嫌味しか言わないあのエミリオが、謝罪と御礼に来ている。
「僕もエミリオが嫌いだよ」
リヴィが笑ってそう言うと、彼は振り向き「知ってる」と呟いて行ってしまった。横顔は何となく笑っているようだった。
彼が何処に行くのか見ていると、自分がいる場所とは1番遠い場所の、入口近くにある荷物と荷物の間だった。そこに彼のハンモックが有るのだろう。
リヴィが入って来たのを見て、ここに来たのだ。
(ちょっと……嬉しいな……)
何となく、1ミリくらいは仲良くなれた気がする。そうは言っても今までの事は忘れないが、エミリオとの距離はこれくらいがちょうどいい。
(もう寝よ)
ハンモックに再び腰掛けようとすると「リヴィ、リヴィどこ?」と、小声でライアンが呼ぶ声が聞こえる。
(もう! ハンモック楽しみたいのに!)
リヴィはライアンを探し出し「こっちだよ」と小声で呼んだ。ライアンは気付いて傍まで歩いてくる。
「私ね、今日ここで寝――」
いきなり腕を引っ張られ抱き締められた。突然の事で驚き拒否出来なかった。
「ちょっと!」
「静かに。皆寝てる。それに、ここは陰で見えないから」
耳元で囁かれた。「止めて」と言ったが「嫌だ」と言われ、更に強く抱き締められてしまう。最近の彼は少しばかり強引過ぎる。
「どれだけ心配したと思ってるの?」
見上げてライアンの顔を見ると、怒っている様な悲しんでいるような表情に見えた。
「え?」
「俺が……どんな思いで……」
彼の腕が緩んだ。もう苦しくはないが、まだ抱き締められている。ライアンは右手でリヴィの頬に触れた。
「本当に良かった。無事で……」
ライアンの顔が近づき、額と額をくっつけてきた。鼻と鼻が当たり、今にも唇が重なりそうだった。リヴィは目を瞑り、キスを待つ。
「あぶなッ」
急に顔が離れ、首を振った。
(すればいいのに……)
ライアンにキスをさせる事は、上手く行きそうで上手くいかない。ペルスネージュに会った日、あんなにキスをしたそうだったので、あっさり上手くいくと思った。だが、変に目標を立たせてしまい、上手くいかなくなってしまった。
(何でそんなに騎士にこだわるんだろ……)
「ねぇ、どうしてそんなに騎士になりたいの?」
「ん?」
「婚約者じゃダメなの? どうしても騎士なの?」
「婚約者にもなるし、騎士にもなるよ」
「それは、贅沢なんじゃない?」
「かもね。でも、2つなる。そうじゃないと意味は無いからね」
「なんで?」
「リヴィを傍で護るのも、愛していいのも俺だけだから」
「え?」
(こんなに独占欲強い人だったっけ!?)
「ああ、早くキスしたい……」
そう呟いて微笑み、額をくっつけ、鼻と鼻をスリスリとしてくる。仰け反ろうとしたが、頭を両手で押さえつけられている為、無理だった。
「すればいーんじゃねーの?」
心臓が跳ね上がった。気付けばセルジュが傍まで来ていた。ジトッとした目で見つめてくる。
「何故ここに?」
「ここは、いつも俺が寝てる場所だからだ。なんでリヴィはここに居るんだ」
セルジュはリヴィを見遣ると、端にかかっていたハンモックを手にとった。
「ベッドはテオが使ってる。上の段も他の人が使うの。だから今日はハンモックなんだけど、ここが空いてたからちょうどいいかなって。でも兄さんが寝るなら移動するね」
ライアンは嫌な予感がし、リヴィの腕を掴んで「あっちに行こう」と促そうとした。だがその前に「ここで寝れば?」とセルジュが言った。
「え? でも――」
「あと1人くらい大丈夫だろーよ」
セルジュは自身のハンモックを、リヴィのハンモックの隣に掛けた。
「セルジュさん、ちょっと……」
ライアンはセルジュの腕を掴んで、引っ張り歩いた。
「なんだよ」
「2人で話しましょう。来てください」
2人は出て行ってしまった。
「やっと寝れる」
リヴィはハンモックに寝そべり、わざと揺れを楽しんだ。
セルジュは引っ張られ、ヴァルの部屋に着いた。今ヴァルは船長室にいるので、部屋には誰も居ない。扉を開け中へと入り、鍵を掛けた。
「厳重な」
「誰にも聞かれたくないので」
「ふーん、いーぜ。俺も聞きたいことあるしなー」
「セルジュさんが?」
「そー。けど、先にライアンからどーぞ」
「なら言います。前にも言いましたが、リヴィにちょっかい出さないで下さい。大事な恋人なので、不快です」
もうやめて欲しい。1ミリでも触れて欲しくない。肩を組むのも、顔を近づけるのも、セルジュにその気が無くても嫌だった。
「ふーん。恋人……ねぇ」
訝しげにライアンをじっと見据えた。
「……なんですか?」
「いや、ずっと変だと思ってた。ライアンは女が恋愛対象だったろ」
「……そうですけど」
「『恋人』って言うのは『彼氏』じゃねーからだろ」
唐突にそう言われ驚き、顔を引きつらせた。
「何の話ですか」
「とぼけても無駄だぞ。耳栓で確信した」
「あれは、エミリオの勘違い――」
「違う。勘違いじゃねーよ。エミリオは、魔法が切れたやつ渡してる」
セルジュは1歩前に踏み出し、ライアンに詰め寄った。
「胸はサラシで潰してる。前触った時、胸板があんだと思ったけど、あれは潰れきれなかった胸だ」
「は? 触った?」
「あー、ちょっと触った。まー気にすんな」
(そんな話聞いてない!!)
「副船長は隠してる。ルネさんもだろ。しかも、2人にとって大切な存在だ。じゃなきゃ、あんなに優しーなんてこと有り得ねーからな」
「何の話か分かりません!」
セルジュはじっと疑いの目で、ライアンを見据えた。
「イマイチ分かんねーのは、2人にとって大切なら、船長にとっても大切でもおかしくねーのに、違うってとこなんだが……何でだ?」
「言っている意味が分かりません!」
「……ふーん。まっ、いーけど。いつか分かるだろーからな。俺は寝る」
「待って下さい! リヴィの隣で寝ないで下さい!」
「その態度……男は恋愛対象外の俺にそー言うってことは、やっぱリヴィが女だからだろ」
「違います!」
「なら、いーだろ」
そのままセルジュは部屋を出て行った。ライアンは下唇を噛み締め、どうすればいいか考えていた。
(やばい……セルジュさんのストッパーが無くなった。父さんに言わなきゃ……)
ライアンは頭を抱え、ベッドに腰かけた。
***
「おかえり兄さん」
楽しそうにハンモックを揺らし、寝そべるリヴィを見て軽く笑った。
(人の気も知らねーで)
「ただいま……弟よ」
(声は完全に男なんだよな……)
リヴィはハンモックをわざと揺らすのを止めた。セルジュが隣で寝るからだ。
セルジュはハンモックに腰かけた。
(男所帯だから隠すのか? でも親族や知り合いなら、待遇良くするために言うよな……趣味部屋掃除だってさせねーだろーし……いや、最初はさせてねーか……なんで、途中許可したんだ。イーサンはなんて言ってたっけ)
「どうしたの? ぼーっとして。疲れたの?」
「え? あー……そうだな」
「なら金平糖食べる?」
「金平糖?」
「お砂糖のお菓子だよ」
「いや、それは知ってる」
リヴィは傍に置いていた荷物から、金平糖の入っている缶を取り出した。そして蓋を開け、残り少ない金平糖をセルジュへと差し出す。
「疲れてる時は甘い物だよ」
セルジュが1つ取ると、リヴィはそれをしまった。
(金平糖……アルベールさんも好きだったよな……)
懐かしい人を思い出し、口に含んだ。
リヴィは再びハンモックへと移動し、目を瞑る。
(女なら、男の横で寝るの不安にならねーのか?)
全く気にせず寝るリヴィを見て、眉をひそめる。
少しは危機感を抱いて欲しい。危険のない安全な人だ、と思われるのは何となく癪に障る。
ぐっと顔を近づけ、リヴィの顔をじっくりと見た。
(キスしちまうぞー)
そう念じてみたが、目を開けそうにない。それ所か寝息が聞こえてきた。眠りに入るあまりの速さに、吹き出してしまった。
「おやすみ、リヴィ」
顔にかかる髪を耳にかけ、リヴィの額にキスをした。唇を離して数秒後、ハッとする。
自分がした事が信じられない。
こんな感情は初めてだった。
「何してるんだ」
声にドキッとする。見るとイーサンがあきれたようにこちらを見ていた。
「別に」
「キスしてた」
「してねーよ」
「してた。女好きもここまでとはな。リヴィは女顔だが女じゃないんだぞ…… それとも、3つ子のふざけたお遊びにつきあってるうちに惚れたか?」
「――やめろ!」
少し声が大きくなってしまい、視線を外した。
「……で、何しに来たんだよ」
「疲れたから食堂で飲もうと思って」
「あー……行く。あと、聞きてーことあんだけど」
セルジュとイーサンは中甲板から出て行き、食堂へと向かう。




