64.魅了されない理由
「何で……こんなに濡れて――」
「説明します」
梯子を登ってくるイーサンがそう言うと、ライアンは口を閉じた。上甲板へと登り終わると、全身ずぶ濡れのエミリオとリヴィは布を渡された。
「人喰い人魚の捕獲に失敗したのかと思ったが、違う様だな。何があった」
レオナールがイーサンに聞いた。
緊急事態の信号銃は稀にしか使われず、使用された時は捕獲を失敗した時である。レオナールの隣では、腕を組んでヴァルが立っていた。
イーサンは、エミリオが耳栓を取った事、助けようとしたリヴィも一緒に引きずり込まれた事、1度2人共浮上したが、リヴィだけ再び引きずり込まれた事を話した。
それを聞いて、ヴァルとライアンは顔をひきつらせた後、怒りの表情でエミリオを見た。
「何してんだ!! 耳栓取ったら魅了されるのは知ってただろ!」
ヴァルが怒鳴りつけると「申し訳ありません!」とエミリオは深く頭を下げた。イーサンは怒った表情でエミリオを見ている。
「何で耳栓取ったんだ。セルジュが昔取って死にかけた話しただろ。自分は死なないって思ったのか?」
「そう……ではなく……」
そして、チラッとリヴィを見遣る。
「リヴィが……大丈夫だったので……自分も歌声を聞いても大丈夫なのかと……」
「え?」
(何の話?)
リヴィは首を傾げた。
「リヴィも耳栓取ったのか?」
「取ってないです!」
言いつけを守り、例え魔法が効かないとしても取らなかった。
何故そんなことをエミリオが言うのか分からない。
「そうでは……なく……」
もごもごと口篭る。言いにくそうに俯くが、イーサンに「ハッキリしろ!!」と怒鳴られ観念するように一息吐いた。
「リヴィに渡した耳栓は、魔法の効果が切れてるんです」
その場にいる皆がぽかんとした顔をした。もしそうならば、リヴィは魅了の魔法にかかっているはずである。
かからないのは女だけだ。
皆の視線がリヴィに向けられる。
ヴァルとライアンが、その場で固まっていた。どうフォローしようかと必死に考えていた。レオナールは訝しげにヴァルを見た後、リヴィに視線を移した。
「なのでリヴィは歌声が聞こえてるんです。なので自分も大丈夫だろうと」
「えぇ……え? いや、え? 魔法切れてなかったですよ? 歌は聞こえてないです……」
大嘘を吐いた。
ばっちり聞こえていた。
だがもう、こう言うしかなかった。
「リヴィ、耳栓貸せ」
ヴァルがそう言うとリヴィは耳栓を渡した。ヴァルが魔法が切れているか確認し、「切れてねぇよ」と言いポケットへしまった。
「え? いえ、ですが――」
「切れてねぇ。エミリオの勘違いだ」
信じられないと言う顔をし、ヴァルを見た。あの時しっかり、柔らかい耳栓を渡したはずだ。
リヴィの心臓は鳴りっぱなしだった。鳴り過ぎてもはや痛かった。レオナールがずっと怪しむ様な表情で見てきたからだ。
暗いとはいえ、ベールを着けていないリヴィは俯いていた。
「それで、何でそんな物渡そうとした。実際違ったから良かったものの、本当に切れてたら大変だったぞ」
ヴァルから睨みつけられ、再び口篭るとイーサンから後頭部を叩かれた。
「それは――ちょっとした、悪戯で……」
観念してそう言うと、皆は呆れた顔をしてエミリオに視線を向ける。
レオナールは「馬鹿が」と呟き、ヴァルに手で合図をすると、船尾楼へ行き出航するよう合図を出す。
「本当に……申し訳……ありませんでした」
深々と頭を下げた。イーサンはがっくりと肩を落とした。
「そんな言葉じゃ済まされねぇ。イーサン! 教育出来てねぇお前にも責任はあるからな!」
「はい」
「イーサンさんは関係ありま――」
「関係ある! お前の教育係だろ! 何かしらの罰を2人に与えるからな! いいな!!」
「了解です」
返事をするイーサンを見て、エミリオは下唇を噛んだ。リヴィはだんだん体が震え、くしゃみをした。
「リヴィ、着替えてこい。そのまま休憩だ」
返事をして医務室へと向かった。その後ろをライアンがついて行く。ヴァルは船長室へと戻った。セルジュとイーサン、そしてエミリオ以外はその場から離れ、準備をした。
「がっかりしたぞ。お前がやっていい事と悪い事の区別が出来ない奴だとは思わなかった」
「だって……なにもかも気に入らないんです!」
「だからやったのか!? 気に入らないならやっていいのか!? 違うだろ!!」
エミリオは口を開いたが、黙った。
「リヴィに後で謝罪と御礼言っとけよ」
「え!?」
「馬鹿か! お前、リヴィに命助けて貰ったんだぞ!!」
「あ……」
「それだけじゃない! リヴィも死にかけた! お前の馬鹿な行動でな!!」
「本当に……申し訳ありませんでした」
「その言葉はリヴィに言え!!」
イーサンに怒られ、顔を歪めたエミリオは、今にも泣きそうだった。初めてこんなにイーサンから怒られている。注意される事は多いが、ここまで怒鳴される事はあまり無かった。
「まぁ、新人のうちは馬鹿な事したくなるもんだよ」
そうフォローするセルジュを、イーサンは睨みつけた。
「そんなのセルジュだけで充分だ」
「酷ッ!」
ギリギリと歯をむき出しにして怒っていたイーサンは、頭をかいて溜息を吐いた。
「もういい。休憩だ。ちゃんと頭を冷やせ」
「……はい」
「耳栓回収する」
イーサンはエミリオに手をのばす。エミリオは耳栓を渡した。セルジュからも回収し、イーサンは鍵を貰いに行こうと船長室へと向かい居なくなった。
「あ……」
エミリオはポケットから、もう1つの耳栓を出した。本来リヴィに渡されるべきだった耳栓だ。
「やっぱり自分は、リヴィに魔法が切れた耳栓を渡してます。本当はこっちを渡そうと思ってたので」
それを聞いて、セルジュは眉をひそめた。
「何でリヴィは――」
「少し効果が残ってたのかも」
そう言い、エミリオは首を傾げた。
「そんな事あるんですか?」
「ある。だからもう気にすんな」
「そう……なんですね」
「イーサンには俺から渡す。今あいつ怒ってっから」
エミリオは申し訳無さそうに、耳栓をセルジュに渡して休憩に入った。
セルジュはじっと耳栓を見つめる。
魔法の効果が残っているなど有り得なかった。魔法はプツッと効果が切れる。それで死にかけた船員も何人かいる。
エミリオが間違えずに魔法の効果が切れた耳栓を渡しているのなら、リヴィは確実に歌声を聞いている。
そしてそれをフォローし、無かったことにしたのはヴァルである。
「……どうなってんだ」
じっと耳栓を見つめ、そう呟いた。




