59.人魚1
――ほんの少し前。
「人魚? これから人魚の所に行くんですか?」
病室には怪我をした船員達が寝転んでいた。なので、リヴィオとしてルネと話す。
「そうです」
「何をしに?」
「人喰い人魚の場所を教えて貰うんですよ」
ルネはそう言いながら、テオの左肩に留まっていた銃弾をピンセットで取り出し、処置をした。その様子を心配そうにドニは見ていた。他にも怪我をしており、額は斬られ縫っている。
飛んできた木の欠片に当たったのと、海賊の死体に躓いた所を撃たれ、斬られたらしい。ドニが助けに入り、事なきを得ている。
リヴィはライアンの体の汗を拭き終わり、今は他の船員の処置をしながら、ルネの話しを聞いていた。
「何故か分かりますか?」
「んーん。分かりません」
「ペリド港で、人喰い人魚の捕獲依頼があったのは聞きましたよね?」
リヴィは頷いた。ペリド港では、人が2、3人入りそうなガラスケースが積まれている。始め牢屋部屋にあったものだが、今は中甲板へ移動されている。
それは人喰い人魚を捕獲した後、そこに入れる為らしい。
「人喰い人魚は漁師を襲います。人間にとって厄介な存在です。住処もいくつかあるので、探して捕まえるのが面倒なんです。ですが、人魚にとっても人喰い人魚は厄介なのです。縄張り争いをしてるんです。そこで、私達は人魚と手を組んで、居場所を教えて貰って捕まえるんです」
「へぇー」
口を開けて「なるほど」という顔をリヴィはした。その表情は、リヴィだけでなくテオもしていた。
「でも、あのケースはそんなに大きくないですよ? あまり捕獲出来ないんじゃ無いですか?」
「ええ、1、2匹捕まえればいいんです」
「たったそれだけ?」
「そうです。多く取ると、希少価値が無くなりますし、それだけで2、3週間は漁師を襲わないんです。変に臆病なんです」
「へー。捕まえた人喰い人魚はどうするんですか?」
「競売にかけます」
「買い手がつくんですか!?」
「ええ、高値でね」
ルネは微笑む。
(買ってどうするんだろ……家に大きな水槽があるのかな。家にはないけど、ある家にはあるのかな??)
「ちなみに観賞用じゃないですからね」
「あ……バレましたか……」
気まずそうに笑い、視線を外した。
「何となく、考えてる事は分かります」
「そうですか」
(恥ずかしい!)
急に恥ずかしくなり顔が赤くなる。
「食べるんですよ」
「……え!?」
「人喰い人魚の肉は、自称美食家達に好評なのです。あとは、抗老化になるらしいので、美容を気にかけている方にもね」
再び口を開けて「なるほど」という顔をリヴィとテオはした。
「ルネさんは食べたことありますか?」
「ありますし、薬の材料にする事もあります」
ルネはそう言って、喉の辺りをトントンと人差し指で叩いた後、リヴィを指差した。
「え……」
ドニやテオには意味が分からなかったが、リヴィには分かった。
変声薬の材料に使われている。
何となく複雑な気持ちだった。
「人魚と人喰い人魚の違いは分かります?」
「それは分かります。学校で習ったので。人魚は尾ヒレが1つで、歌うけど人は襲わない。人喰い人魚は尾ヒレが2つ。歌で漁師を魅了して襲い、海に引きずり込んで食べる」
ルネはふふっと笑い「そうですね」と答えた。
「ただ、性根は同じようなものですけど」
(人魚……人喰い人魚……両方とも早く見てみたい)
「リヴィ、皆に水をあげて」
「ああ、はい」
リヴィはコップを並べ、ポットから水を入れて配った。ライアンに渡そうとして、彼は右腕も使ってはいけないのだと思い出す。
「飲ましてあげる」
「え? いいよ! 大丈夫!」
「でもさっきルネさんに言われたでしょ」
ライアンがルネを見ると、ルネは俯いて肩を震わせていた。リヴィはライアンの隣に座り、左手で背中に触れながら、右手でコップをライアンの口につける。
「飲んで」
恥ずかしそうに口をつけ、ライアンは水を飲んだ。
「ルーネー、よろこ……べ……?」
ヴァルが医務室へと入ってきた。
「何してんだ」
「ライアンの看病」
「え?」
ルネは吹き出し、笑いを堪えていた。
「まぁ、いろいろとありまして。それで、なんです?」
「え、ああ……レオが玩具やるって」
「そうですか」
「久しぶりの女だぞ」
ルネの動きが止まり「本当に?」と疑うように聞いた。
「見て来いよ。もう部屋に入れた」
ヴァルは腕を組み、行くように促した。
「リヴィ、直ぐに戻りますね」
「はい」
ルネは、キラキラと輝いた目で部屋を出た。ヴァルは不思議そうにライアンを見る。
「右腕どうかしたのか?」
「そうでは……無いんですが……」
「ん? じゃあ――」
「後で! 後で話します!」
「まぁ、大丈夫ならいいけどよ……。ドニ、怪我はどうだ? 船の修理するぞ。テオは休ませろ」
ドニは「了解」と言い、ヴァルと共に出て行った。
数分後、女がルネを罵倒する様な声が聞こえ、一瞬静かになったかと思えば、直ぐ大きな叫び声を上げた。泣き叫び、苦しむような声だった。
また数分経つと、上機嫌なルネが帰って来た。
「女の人、ずっと苦しそうに叫んでるけどいいんですか?」
「ええ、いいんです。ふふっ、悪い海賊に罰を与えただけですから」
瞳を輝かせたまま、ルネは微笑んだ。まるで、癒される音楽を聴いているかのような微笑みである。
「そうなんですね」
リヴィは素直に納得して、そのままライアンのお世話をした。
***
(似ている……)
船長室へと戻ったレオナールは、コートと三角帽子を脱ぎ、椅子に座り考える。
リヴィオがどうしても気になり、ヴァルに気付かれないよう、たまに盗み見ていた。
(似ている、似すぎている。戦い方も、全部は見れていないが……あれは……あの戦い方は……)
教えた剣筋、そしてそれにリヴィが考えた立ち回りだった。
(そんな事あるのか? あの剣は、風の剣と同じくらいの大きさだ……顔も……他人の空似なんてレベルでは無い。右手を見る癖も……だが――)
声が違う。
声だけが違う。
そこの説明が全く出来ない。
声を変えているような声ではなかったからだ。
(海賊女の声は、少し低くしても女だと分かった。でも、あいつは……リヴィオは違う)
ワインボトルの栓を開け、グラスに注ぐ。同じ考えがぐるぐると巡り、答えには辿り着かない。
「レーオー。準備出来た。メリュジーヌの所行くけどいいよな?」
「……もう? 修理も終わったのか?」
「え? 終わったよ?」
レオナールは銀の懐中時計を取り出し、時間を見るとあれから2刻は経っていた。同じ事をずっと考えていた事に驚愕する。
「……そうか……ならいい」
何時もと違う様子のレオナールに眉をひそめるも、ヴァルはそのまま船長室を出て、船員達に号令を出した。
*****
スリの上刻――。
深夜――。
三日月の形をした無人島近くに着いた。波はほとんど無く、風は柔らかな風が吹く。無人島には停泊せず、その数百メートル手前で白百合号は錨を下ろした。
リヴィは見張り台へと登っていた。隣にはセルジュがおり、わくわくと楽しそうにしているリヴィを見てセルジュは笑った。
見張り台には石堤燈が1つあり、明るく、リヴィの表情は見やすい。セルジュは、単眼望遠鏡をリヴィに渡す。
「ほら、これで見れるぞ」
「ありがとう。でも、暗くて見えないんじゃないかな」
石提燈は上甲板にも置いてあるが、数は少なくあまり明るくなかった。
「大丈夫だ。直ぐに明るくなるからな」
「ん? どういう意味?」
「待ってりゃー分かる」
「そうなんだ」
そう言って真下を覗き込んだ。
見張り台の下では、ドニとイーサンが顔の良い死刑囚の両脇を掴み、抑えていた。そしてその近くでは、ライアンがじっと此方を見ている。
人魚との会話はレオナールがする。
その為、近くで見る事は出来ない、とルネに言われた。残念に思っていたが、見張り台からなら見ても良い、と言われた。
だがライアンが「危ないから一緒に登る」と言ってきた。リヴィは、怪我があるので無理だと遠慮した。ライアンは引き下がらず、押し問答をしていた。
そんな所をセルジュが通りかかり、ライアンは「腕怪我してんだから駄目だろ」とセルジュに突っぱねられ、セルジュが一緒に登る事になった。
少し前に注意されたばかりなのに、ここにセルジュと2人きりになってしまった。気まずく、視線を合わせないように覗き込むのをやめた。
そして、先程手渡された単眼望遠鏡を見つめた。伸ばしていない今は、手より少し大きかった。真鍮に飴色の革が巻かれ、革にはオリーブの枝と【A】という文字が焼印されている。
「【A】?」
「ん? ああ、それアルベールさんのだったからな」
「え!」
「預かってた。返せてねーけど。船長に言ったら『お前が持っていていい』ってさ。葬儀の時に、オデット様に言ったけど答えは同じだった」
「葬儀? 葬儀に来……行ったの?」
「そりゃー行かねーわけねーだろーよ。ドニもイーサンも皆行ったぞ」
「え!?」
(全然覚えてない!)
あの日、リヴィは周りが何も見えていなかった。促されるまま着替え、歩いた。
葬儀が終わると何故かレオナールの書斎に入りたくなり、鍵の掛かったケースを見つけた。
(風の剣が無くなった時、伯父様焦っただろうな……)
そのケースに、風の剣が入っている、と何故か確信出来た。
ケースに触れようとすると、その1歩手前で錠前が開いたのだ。そのまま中身を取り出し、子供用のトランクケースに入れて持ち帰っている。
そして、父親との思い出の家を半壊させてしまった。
(伯父様を風で飛ばしちゃって……泣き叫んだら、落ち着くまで抱き締めてくれた……その日の夜は一緒に寝てくれたんだよね……そういえば、お母様驚いてたな)
その後、ある程度成長してからはして無いが、何度か添い寝はしてもらっている。絵本も読んで貰っていた。
父アルベールよりも父親らしい事をしてくれた。
リヴィにとっては、厳しくも優しい伯父なのだが、白百合号に乗って、皆にそういう態度ではないと知った。一瞬でも目が合うと氷のような目付きで見てくる。
――怖かった。
その後直ぐに目は離すのだが、その一瞬が怖いと思った。
懐かしい出来事とレオナールの事を考えていると、船長室からレオナールとヴァルが出てきた。左舷船縁の中央へと歩く。
「ほれ、始まるぞ」
リヴィは単眼望遠鏡を伸ばし、覗き込んだ。
「まだそれは、はえーよ」
そう言われたので、単眼望遠鏡を閉じて、両目で下を覗き込んだ。
レオナールの後ろをヴァルが歩く。ヴァルの右手には、革のケースに入っている20センチメートル程のナイフを持っていた。レオナールが船縁へと着くと、ヴァルがナイフをケースから取り出して渡した。
装飾はされておらず、柄が木製の質素なナイフだった。
そして、受け取ったナイフを右手で持ち、刃の部分を左掌に当てた。眉ひとつ動かさず、ゆっくりと引き抜く。
(い、痛そう!!)
リヴィは顔をしかめた。
レオナールはナイフを引き終わると、それをヴァルに渡した。左腕を伸ばし、掌をぎゅっと握りしめ、血が流れ海へと落ちた。ヴァルはナイフに付いた血を拭いて、ケースにしまった。
数分後、白百合号の周りは白みを帯びて光り、歌が聞こえ始めた。
歌詞は無く、メロディを何人かで歌っている美しい声がした。鈴の音を転がす様な美しく重なったその声は、始め小さかったが、だんだん大きく聞こえてきた。
「そろそろ来るぞ」
セルジュはリヴィの耳元で囁いた。その様子を見ていたライアンは、下唇を噛み締めた。




