57.戦闘 ※
暴力的表現があります。
「わー。本物だぁ!!」
同じ台詞を少し前に言った様な気がする。
銃声と怒号、剣戟の音が鳴り響く。リヴィは今、船首側で海賊と対峙していた。
「何が本物だぁ!!!!」
リヴィの目の前に居る、バンダナを着けた男は、舶刀で斬りつけてきた。
その剣を華麗に避け、風の剣を抜いて斬りつけた。海賊が持っていた舶刀が、床に落ちている。海賊は悲鳴を上げて腕を抑えた。
人を斬ったのは初めてだった。
レオナールとの稽古は、模擬刀か鞘に入れたままだった。ヴァルと1度手合わせした時は、鞘に入れたまま戦った。
ヴァルとの初めての手合わせは、よく覚えている。
――まだ習って半年程の頃だった。
レオナールの命令で、帰港したヴァルと手合わせする事になった。ラファル邸の庭で行ったが、ヴァルは模擬刀を持ち「子供相手だ」と、全く構えず、気を抜いて立っていた。
開始と同時に魔法を使い一気に距離を詰め、脛を思いっ切り殴った。この作戦はレオナールが考えている。
ヴァルは声にならない悲鳴を上げ、涙目で蹲まり立てなくなった。そんなヴァルの姿を、レオナールとルネは涙を流し腹を抱えて笑っていたのを覚えている。
ヴァルの事を心配し、駆け寄ったのはリヴィだけだった。
リヴィは斬りつけてくる海賊をどんどん斬り返し、戦闘不能にする。ライアンはリヴィの背後に回って戦った。
次に来た海賊の舶刀を受け流し、隙をついては切っていく。気持ち布1枚分程の魔法を纏い、立ち回った。
すばしっこく、足や腕を斬りつけた。回し蹴り、バク転、バク転宙返りを剣と組み合わせて戦った。
風を纏っていれば、この様な芸当はお手の物だった。
「ちょっ! リヴィ! こっちも見て!」
「あ、ごめん!」
回し蹴りをした時に、ライアンに当たりそうになり怒られた。
実戦というのは難しい。
手合わせと違い1対1では無い。周りの事も考えなければならない、という事を知った。
何人かと対峙し、ライアンと助け合い、戦闘に慣れてきた。
「よいしょ、こんな感じかな」
1人切りつけ、後ろを振り向いた時――。
「危ない!!」
戦闘不能にしたと思った海賊が、最期の力を振り絞り斬りかかって来た。
ライアンが咄嗟に庇い、左腕を斬られた。
「――ッ!!」
「ライアン!!」
更に、海賊はライアンにとどめを刺そうと、もう1度舶刀を振り上げた。リヴィは素早く前に出たが、舶刀を振り下ろす前に海賊が倒れた。
頭には小さい穴が空いており、もう二度と起き上がる事は無いだろう。
見上げると、見張り台からセルジュが覗き込んでいた。彼に助けられたのだと分かり、ライアンはなんとも言えない表情をしている。
リヴィはライアンの傷口を見た。ぱっくりと切れてしまっている。
「医務室――」
「いいから!」
「でも――」
「俺は何があってもリヴィから離れない!!」
「私も医務室行くから!」
「そう言って、俺を医務室に連れて行ったら戻るつもりだろ!」
睨まれ、困惑した。
どうしようかと考え、自分の首に巻いてあるフェイスベールの存在を思い出す。素早くその布を外して、ライアンの腕に巻き付けた。
「い゛ッ」
締め上げた時、痛かった様でライアンは声を出した。
再び向かってきた海賊を相手にする。
それから数十分後、戦闘は終わりを告げる。海賊船の船長が取り押さえられ、降伏をした。
接舷の前から白百合号が有利に持っていったお陰で、思ったよりも早く終わった。白百合号の船員たちは鬨の声を上げた。
いつの間にか海も荒れていなかった。
リヴィはライアンの傍へと駆け寄った。ライアンは左腕を抑えている。
「ライアン……ごめん。私の――」
「『私のせい』って言おうとしてる? それは違う。海賊のせいだ」
「違うよ! 私を庇って――」
「リヴィ、俺はリヴィの騎士になる男だよ? こんなの何でもない。だから気にしないで」
ライアンは微笑み、泣きそうになっているリヴィの頬に触れる。
「あ……」
「なぁに?」
「ごめん、顔に血がついちゃった」
ライアンの手についた血がリヴィの頬についた。何だそんな事かと、軽く吹き出して笑った。
その時、ヴァルが此方に向かって来た。右手には真っ赤な刃の剣を持っていた。一瞬、海賊の血で真っ赤に見えるように見えたが、そうではなく、刃自体が真っ赤だった事を思い出した。
「お前ら大丈――」
様子を見に来たヴァルの顔が、みるみると青くなる。
「リヴィ! 怪我したのか!?」
ヴァルは慌ててリヴィに駆け寄り、血のついた顔を凝視した。
「どうした? 切られたか?? 殴られたか?? 破片がぶつかったか?? 怪我するくらいならいっぱい魔法使って良かったんだぞ!」
小声でとても慌てているように話した。
「違う! これ、ライアンの血!」
「え……」
そう言われライアンの方を見る。
「何処を怪我した?」
ライアンは左腕から手を離した。フェイスベールには血が滲んでいる。
「私を庇ったの……」
ヴァルは目を見開いた。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。大事な息子に怪我をさせたのだ。ヴァルもきっと怒っている。
だが――。
「そうか! よくやった!」
「い゛ぃ゛ッ」
嬉しそうにライアンの背中を2回叩いた。ライアンは痛みに顔をしかめる。
「ああ! すまねぇ。いやぁ、でも父さんは誇らしい」
ヴァルはニヤニヤと無精髭を、右手で擦りながら嬉しそうに笑っている。
(何で? 何でそんな反応なの!?)
「正直心配してたんだ。騎士になりてぇなんて言うけど、心構えがあんのかってな。強いだけじゃ駄目だからな。でも――」
ヴァルは力強くライアンを抱き締めた。ライアンの顔は歪んでいる。とても痛そうだった。
「問題ねぇな」
「ありがとうございます。でも、……痛いです」
「ああ! すまねぇ。そうだ、リヴィ。ライアンと一緒に医務室に行ってくれ。そんでルネの手伝いをしてきてくれねぇか?」
「はい……副船長」
何故、息子が怪我をして喜ぶのだろうか。
(ヴァルおじ様はライアンの事、大事じゃないの?)
だがライアンも、自分の事を心配しない父親に対し、怒っていたり失望する様子は無い。褒められて――怪我の痛みで顔は歪んでいたが――嬉しそうにしていた。
(何で……?)
そんな事を顎を触りながら考えていると、ヴァルは何かをライアンに耳打ちし、彼が頷くとヴァルは離れていった。
「どうしたの?」
「え? あー……大した事ないよ」
「やー、お2人さん」
マスケット銃を手に持ったセルジュが、傍まで来ていた。
「兄さん、助けてくれてありがとう」
「なーに、礼には及ば……え、リヴィ、顔どうした?」
心配そうにリヴィの頬に触れた。
「あ、これはライアンの血だよ」
するとセルジュは眉をひそめ、リヴィの頬を袖で擦った。頬の汚れが無くなると、ほっとひと息吐き「そうか、良かった」と優しく微笑んだ。
「怪我は?」
「してない」
「少しも?」
「してないよ」
「一切? ……無傷なのか?」
「うん」
信じられないという様子でリヴィを見た。
リヴィが無傷なのは、風のベールを纏い、攻撃を逸らしていたからだ。大砲によって飛んできた木の破片も、お陰で逸れている。
それにライアンが背後を護ってくれたからだ。
距離の近いリヴィとセルジュの間に、仏頂面でライアンが割って入った。
「セルジュさん、もう良いですよね」
「何だライアンいたのか」
「分かってたじゃないですか! もう!」
「そんな怒んなって」
そう言ってライアンの腕を見る。
「怪我はそれだけか?」
「大きいのは、そうです。後はかすったくらいで」
「へぇー。やるじゃん」
ニヤリと笑い、褒めている。
「じゃあ僕は、ライアンと医務室に行く」
「ライアンと? 別にライアン1人で行けるだろ」
「ルネさんの手伝いする」
「あー、そーいやそーだったな」
セルジュは鼻でひと息吐いた。
「じゃあ俺も――」
「『俺も』じゃないだろ馬鹿が。やる事あるだろ」
イーサンが階段を上がってきた。口の端が切れており、痛そうだった。それだけでなく、上半身と右腕に包帯が巻かれ、血が滲んでいる。その後ろからエミリオも歩いてきており、頭と上半身に包帯を巻いていた。
「あらー、イーちゃん。怪我しちゃってー」
「言ってろ、高見の見物野郎」
「見物してませーん。ちゃんとやってますー」
お互い喧嘩している様でふざけている。
「木の破片にやられた。エミリオはちょっと海賊にな……まぁ、そんな酷くはないけど」
「あー、そりゃ運がねーな」
そして2人は甲板の中央を見る。そこには、十数人の海賊が縛り上げられ膝ついて座らされている。その周りを囲む様に、白百合号の船員達とヴァル、そしてレオナールが立っていた。
「行かないと」
「そーだな。ドニは?」
「テオの付き添いと自分の治療。あいつとテオ撃たれたからな。大丈夫だろうけど」
「あらま。そーか……じゃーなーリヴィ……あとライアン」
セルジュは手をヒラヒラと動かして、中央へと向かった。その後をイーサンとエミリオが続いて行く。
エミリオはすれ違いざまに「腰抜け坊ちゃん」とリヴィを罵った。彼が『坊ちゃん』と言ったのは、飲み会でセルジュがリヴィの事を「貴族出身」と言ったからだ。
「え? 何で」
意味が分からず、何時もなら無視する所を、つい反応してしまった。
「無傷だからだ。何処に隠れてたんだよ」
「はぁ!?」
お互い睨み合った。
「ちゃんと戦ってた!」
「絶対嘘だ!」
「あー、割り込む様で悪いけど、リヴィは戦ってたよ」
ライアンが助け舟を出した。エミリオは開いていた口を1度閉じ、「そうですか」と腑に落ちていない表情で言った。
「リヴィが無傷なのは、2人で互いに助け合ってたからだよ。リヴィは俺を庇って、俺はリヴィを庇ってた」
「……そうですか」
「エミリオ! 早く来い!!」
イーサンに呼ばれ、エミリオは不服そうに小走りで向かった。
「ありがとう」
「いいよ。でも本当にエミリオはリヴィが気に入らないんだね」
ははっとライアンは笑い、皆が集まっている方向を見遣る。
「もう行こう。じゃないとそろそろ始まる」
そしてリヴィの背中に手を添えて行こうとする。
「始まる? 何が?」
「あー……『始まる』じゃなかった。『始めたい』だった。治療をそろそろ始めたいみたいな」
「ふーん?」
そして2人は医務室へと向かった。




