56.積荷 ※
暴力的表現があります。
『可愛らしく言ってライアンにキスさせる作戦』は失敗した。
その後はシャワーを浴びた。
後ろの編み上げの紐を解いてもらった時にも、ライアンには文句を言われた。
そんな事を言われても、ルネと間違ったものは仕方が無い。
それから、ソニアの婚約が決まった事を聞いた。アールヴ連合国の、宰相の息子との婚約だった。晩餐会で、よく食べているソニアに相手が一目惚れをしたらしい。
とても驚いたのと同時に嬉しく思い、お祝いの手紙を出そうと思った。
服を着替えて出て来ると、ちょうどルネが戻って来た。サラシを巻いてもらうと、ルネが神妙な面持ちで「海賊に遭うかも知れません」と言われた。
どうやら白百合号に対して、あまり良い感情を抱いていない連中が居るらしく、出航したら遭うかもとの事だった。
「へー、そうなんだぁ」
あまり怖がっていない様子に、ルネは呆気に取られた。
「怖くないんです?」
「うーん。あまり? 見てみたかったし」
強がっているのではない。
海賊というのは、リヴィの中ではお伽噺でしか知らないものだった。舞台やオペラ、本の中で存在する物である。
なのでどちらかと言うと、本物を見てみたいという好奇心が勝つ。
「まぁ『遭うかも』ってだけなんですけどね」
「分かった」
「じゃあ上に行っていいですよ。仕事があります」
そのままリヴィは上甲板へと向かった。
「んー。危機感の無さはレオと魔法が使えるせいですかねぇ」
「え?」
「リヴィは、レオが今までそれはもうこれでもかってくらい護ってきたので、『自分に何かする人はいない』って思っている所がありますから」
「あぁ。『獅子の加護』ですね」
「そうです。愚かな男には見えなかった様ですが。それに魔法も使えます。何かあっても魔法を使えばいいと思っているのでしょう」
「あぁ……」
ライアンには、思い当たる節がある。高い所に登ってしまうのは、魔法のせいだ。
やめて欲しくて仕方がなかった。
「さぁさぁライアンも上甲板へ。レオとヴァルから話があります」
「分かりました」
***
リヴィが上甲板へと戻ると、階段を降りようとしているセルジュに会った。何時もと違って、腰には舶刀を携えている。
「ちょーど良かった。お前を呼びに行く所だった」
「積荷来たんでしょ。もう積めばいいの?」
「いーや違う。積むんじゃねー、見張るんだ」
「見張る?」
「そーだ。来い」
リヴィはセルジュの後を付いて行く。船縁へ肘を着けながら、セルジュは馬車を指さした。
そこに大きな牢馬車が2台と小さな牢馬車が1台止まっていた。大きな牢馬車には数十人、小さな牢馬車には2人の人間が入っていた。
「リヴィ、お前生まれは良いんだよな? 学校は都立か?」
「んーん。都立じゃなくてラファル領の平民学校だった」
「あれ? じゃーそーでもねーのか? でもラファル領の平民学校なら、白百合号の事は習ってるな」
「うん」
学校の先生が、白百合号の事に触れる時は、こちらの顔を何度も見ながら気を使っていたのを覚えている。
学校では、白百合号を戦争を終わらせたきっかけの船と賞賛し、戦後は商船であり、労働力供給船と習う。
「なら話は早い。あれが積荷だ」
騎兵隊の1人が牢を開ける。中から出てくる人々には鎖の手錠をされた者、もしくは、手錠とギリギリ歩ける長さの足枷が両方してある者に分かれた。
「見分け方を教えてやる。大きい馬車のは身売りされた奴らか、軽罪人。違いは、手錠だけなら身売り。手錠と足枷は罪人だ。そんで――」
セルジュは今度は小さい牢馬車を指さした。
「あっちは重罪人。死刑囚だな。手錠と足枷、あと首輪で2人繋がってるだろ」
リヴィは目を細め首輪を確認した。
「うん」
「あいつらが逃げねーよーに見張る。下の牢屋に入る迄な」
セルジュは向きを変えて、船縁に背を預けた。
牢馬車から出てきた人達は並ばされて歩く。全員の顔は暗く、俯いていた。手錠だけの者は子供も多く、すすり泣いていた。
「子供は親に売られてる。流石に可哀想になるなー」
「子供は何をするの? 何の労働力になるの?」
ふとした疑問だった。
大人は分かるが、子供は何をして働くのだろうか。
「はぁ……やっぱりお前は坊ちゃんだよ」
セルジュは鼻で笑った。
「良くて、中流階級の屋敷の手伝いだな。でも女の子の大半は――って、お前見た事あるぞ。楽園店にフリフリの給仕服着た子供がいたろ。女の子は大体あーゆー店に行く」
「そうなんだ」
「歳頃になったらナタリーみてーに客をとる」
「え!?」
「1番最悪なのは、変態の目に止まった時だ。大人も子供も、競売次第だな」
そう言って連れてこられた人々を見る。
「……そうなんだ」
「罪人はどーなるか知ってるか?」
「うん。学校で習った。騎士軍の強化の為と、薬の改良に使うって。騎士学校と医学校の練習にも使うって。ヴェストリと人類の発展には必要不可欠だって」
「ま、そーだな。それと、もしかしたらこの後海賊に――」
「あ、ルネさんから聞いた」
「そーか、ならいーな」
セルジュはふっと笑い「ちゃんと護ってやるよ」と微笑んだ。
「んー? ありがとう?」
「何だその返事。もっと感謝しろ」
「御安心を、セルジュさん。リヴィは自分が護りますので」
振り返るとライアンが立っていた。甲板下から上がって来たようだ。
「あー、いたのかライアン。分からなかった」
「こっちを見た後にそんな台詞を言ってたじゃないですか……」
「そーだったか? あ、船長と副船長が――」
「知ってます。呼ばれてます」
「なら、行けよ」
仏頂面でライアンは船長室へと入っていった。
*****
――数刻後。
「わー。本物だぁ!!」
大砲の音が鳴り響き、船は大きく揺れた。立っているのも大変だったが、リヴィの目はキラキラと輝いていた。
思っていた事と違うのは、海賊船が白百合号を襲っているのではなく、白百合号が海賊船を襲っているように見える事だった。
事前情報があった為、海賊船の対策はもう既に出来ていた。
乗組員は皆、舶刀を腰に携えていた。見張り台に居た船員が、こちらに向かってくる2本マストで白百合号よりひと回り小さい船を見つけた。
ヴァルが単眼望遠鏡を伸ばして覗き込み、海賊であると確認した。何故そう思ったのか聞くと「戦闘準備をしてるから」と言っていた。
大砲は相手が先に打ってきた。砲弾は船には当たらずに、かなり手前で落ちた。それを見てヴァルは「馬鹿か」と呟いた。
船尾楼ではレオナールがじっと海賊船を見据え、その後ろではドニが操舵をしていた。レオナールの号令と手の動きで、ドニは舵を動かす。
上甲板ではヴァルが声を上げて指示している。中甲板ではイーサンが指示していた。
リヴィにはよく分からなかったが、セルジュ言わく此方が優位らしい。何が優位なのか分からなかったが、この位置関係の事だろう。風向きがどうの言っていたが、海賊船の事ばかり考え、あまり聞いていなかった。
海はかなり荒れていたのと、相手の大砲によって出来た水柱で全身が濡れてしまい、ベールを取らざるを得なかった。
白百合号は、中甲板には20門の大砲を搭載し、上甲板には10門搭載している。
相手の大砲はあまり当たらずに、白百合号の大砲はよく当たった。と、言うより、相手は中甲板の大砲を使っていなかった。
「リヴィ、海賊船見学は楽しいか?」
海賊船を見たいという我儘を、ヴァルは聞いてくれた。ライアンは反対したがそれでも見たかった。砲弾を運びながら感謝の気持ちでいっぱいだった。
「うん!」
「なら良かった……と、言いたいんだがな、そろそろ接舷する。約束は覚えてるな?」
「魔法は身に纏うだけ。他はなるべく使わない」
「そうだ。戦う時はレオから遠い船首の方だ。それから、少しでも危ないって感じたら医務室へ行け。いいな?」
「はい、副船長」
「よし、いい子だ!」
ヴァルはリヴィの背中を優しく叩いた。リヴィは右の掌を触りながらじっと見つめた。
やっと剣を活かす時が来たのだ。
嬉しくて仕方が無かった。
レオナールはヴァルとリヴィのやり取りを、不思議そうに見ていた。
「セルジュ!!!! 出番だ!!!!」
ヴァルが大声でセルジュを呼ぶと、彼はマスケット銃を手に取った。大きく船が揺れていても、関係なくするするとメインマストの見張り台へ登って行った。
見張り台へと到達すると、鼻歌を歌いながらマスケット銃に弾を込めて準備をする。鼻歌は戦場には相応しくないような、とても陽気なものだった。
構え、狙いをつける――。
「さよーなら」
そう言ってニヤリと笑うのと同時に引き金を引いた。
銃声が鳴り響くと、海賊船の舵輪はもう誰も握っていなかった。
セルジュは再び鼻歌を歌い、次の準備をした。今度は帆を操作している人物へ狙いをつけた。
甲板では何度も大砲を一斉に撃ち、硝煙の靄で見えにくかった。だが海賊船の1番前にあるマスト――フォアマストを折った。海賊船の船体や帆はもうボロボロだったが、沈没させてはいけなかった。
海賊も大事な労働力になるからだ。
レオナールが接舷するように合図すると、白百合号は海賊船の左舷側にどんどん近づいた。
何人かの船員が、鉤付きのロープを手に持っていた。
「ライアン!!」
ヴァルはライアンを呼び付けた。
「リヴィの事、任せていいんだな?」
「はい」
「いいな、絶対にリヴィを護れ。死ぬ気でな」
ライアンはより一層、真剣な表情になりリヴィの元へと向かった。大きく船体が軋む音と共に、鉤付きロープが投げ込まれた。
引き寄せ、船と船の間に板が置かれる。何人もの船員達が乗り込み、こちらにも海賊は乗り込んできた。




