53.キス?1
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「ん……いった……」
横たわるリヴィは背中に痛みを感じた。上甲板で寝たからだ。
そして頭に違和感を感じ、ゆっくりと目を開けて驚いた。
セルジュに腕枕をされている。
急いで起き上がろうとすると、セルジュのもう片方の腕がリヴィを抱き締め、脚を絡ませてきた。
「ちょっ……」
周りは寝息を立てている為、起こさない様小さい声を上げる。そんなセルジュからも寝息が聞こえてくる。
(私を抱き枕と勘違いしてる!?)
腕や脚の拘束から逃れようと藻掻くのだが、ビクともしない。だが、寝ているのにここまで強いのか、と疑問を持ち、気付く。
「兄さん……起きてるでしょ……」
不機嫌にそう言うと「バレた?」とセルジュは右目を開きニヤリと笑った。
「もう!」
小声で強く抗議し、腕をどかして起き上がった。そして、じっとセルジュを睨みつけた。
「んな怒んなっつーの」
半笑いをしながら、セルジュも起き上がる。
リヴィは周りを見渡した。
石堤燈が1つ、その周りを囲む様に皆寝ていた。酒瓶が何本も転がり倒れていた。
教育係と新人の飲み会は、リヴィがジュースを飲み、他の人達は酒を飲んだ。お酒が飲めない事をエミリオは馬鹿にしてきたが、無視した。
飲めないリヴィは、お酒を手渡す事と酔っ払らいの介抱――主にセルジュのだが――をする事が仕事になった。
話す内容は上司の愚痴――「絶対に言うなよ!」とリヴィが強く口止めされた話と、各港の女の話や雑談だった。
雑談で面倒だったのは、生い立ちを聞かれた事だった。言葉を濁していたが、「リヴィは貴族出身」とセルジュが言うと、再びエミリオから睨まれた。
酒の肴は3つ子達が持って来てくれた。セルジュは酔いもあって、何時も以上にリヴィに触れては3つ子を喜ばせ、肴は豪華になった。
周りが酒に潰れ寝始めた時、リヴィは部屋で寝ようとした。だが、ふと見上げると星空が美しく、横になっていたらそのまま寝てしまった。
その後、腕枕をされたのだろう。
「兄さんは、僕が嫌がるの楽しんでるでしょ」
「おー、よく分かったな」
小馬鹿にする様に話した。そしてセルジュは立ち上がると背伸びをして、海の方を見る。まだ日は昇っておらず、薄らと明るい光が見え始めた。
「リヴィ、見張り台登るぞ」
「え……今?」
「今だ。高い所、平気なんだろ」
セルジュは歩き出し、メインマストに繋がる縄梯子――シュラウドに手を掛けると、手招きをしてリヴィにこっちに来るように言う。仕方なくリヴィは近くまで歩いた。
「ついて来い」
「その前に、剣を取りに行きたい」
「副船長に預けたやつか? 今寝てるぞきっと」
確かに起こすのは申し訳ない。しかし、風の剣が無くては落ちた時怖い。何より今はワンピースなのだ。登りにくいに違いない。
「やっぱり怖いんだな?」
「怖くは無いけど」
「なら登る。時間もねーからなー」
何の時間が無いのか聞こうとしたが、セルジュはもう既に登っていた。リヴィは後を着いて行く。やはりワンピースが邪魔だった。
ゆっくりと1番上まで登る。
(狭い……)
下から見ていた時もそう思っていたが、見張り台は狭かった。
「遅かったな」
「ワンピース、登りにくい」
「あー、そう言えば。似合いすぎて違和感ねーから忘れてたわ」
セルジュは鼻で笑った後、「こっち来い」と手を伸ばしてきた。逃げれず、避けれもせず、リヴィは腕を掴まれセルジュの胸に倒れ込んだ。「もうっ!」と言ってセルジュの胸を叩いたが、彼は笑っているだけだった。
そして笑い終わった後、地平線をじっと見て「まだ時間あるな」と呟く。
「何の?」
「後で分かる。で、その前に聞きたい事がある」
「何?」
「ライアンの事だ」
それを聞くために、2人だけになれるここに来たのだと気づいた。ここなら逃げる事は出来ないし、周りに聞かれる事も無い。
「……何?」
「何で付き合ってんの?」
「本当は女だ」とは言えず、「うーん」と唸り、なんと言えばいいのか悩んだ。
「同性だと結婚も出来ねーし」
「そうだね」
「じゃあ何であいつと付き合うんだよ」
「えっと……」
やはりこの答えは難しい。
「好きならもうそれでいいでしょ。僕は幸せだもん」
セルジュは「ふーん」と不機嫌そうに返事をした。
(将来を心配してくれてるのかな? 弟みたいに思ってくれてるから……)
「心配してくれてありがとう」
「別に……そろそろ時間だ。海の方見てろ」
「海の方?」
リヴィは向きを変えて海側を向く。セルジュはリヴィの肩を組んだ。もう肩を組まれるのは慣れた。
「海の方見て、どうする――」
「今にわかるさ」
薄暗い空は、地平線に紫色と橙色の光が見え始めた。だんだんとその光は広がり太陽が昇った。
1日の始まりを、身をもって感じさせる美しい光だった。
「綺麗……」
眩しさに目を細める。セルジュはそんなリヴィをじっと見て「そーだな」と微笑んだ。
リヴィは太陽に手を伸ばした。何故か掴めるような気がしたからだ。勿論無理な事は分かっているのだが、何となくふざけた事をしてみたくなった。
人差し指と親指で、遠くの太陽を摘むように近づけた。
「何してんだ?」
「んー……」
そして、急に馬鹿らしくなり手を下げた。
「ちょっと……掴めたらなって思った」
「え……」
セルジュは眉をひそめた。
「どうしたの?」
「あー……昔お世話になった人も、そんな事言ってたのを思い出した」
「え? それって、おと……アルベールって人?」
セルジュは怪訝そうな顔で「何で知ってんだ」と聞く。
「ルネさんから聞いた」
「あー……なるほど。それよりアルベールさん……いや、本当はアルベール様だ。お前宗教違うけど、一応ミーズガルズ人なんだろ。なら前の加護者って知ってんだろ?」
リヴィは頷いた。
「その人も、同じ事言ってたなって思い出したんだ」
「どんな……人だった?」
「んー……ふざけた事が好きだったなー。それでよく船長困らせてた。あの船長を困らせるのが出来るのはあの人だけでさ……正直ちょっと面白かった。今でも覚えてんのは、船長が嫌いな猫の捜索依頼を受けた時だ。アルベールさん的には、ほんの少し船長が怒るくらいだと思ってたんだ。けど、思った以上に怒ってな……もうガチギレだな。あん時は大変だっけど、今じゃ笑える話だ」
セルジュは当時を思い出し、軽く笑った。
「それと、ここから観る景色が好きで、よく登ってた。だから、俺もよく登らせてもらった」
「へぇー」
父が好きだった事を経験でき、リヴィは自然と顔がほころんだ。可能ならば、もっと頻繁に来てみたい。
「他には?」
「え、他に? んー、娘が大好きな人で、帰港して船に戻る度よく話してた。戦争の時も……あ、この船な、戦時中は私掠船だったんだ」
セルジュは溜息を吐いた。
「船長達は、本当なら海軍の船に乗らなきゃならねーんだけど、この船が慣れてるからって、戦時中はずっとこの船で相手の商船襲ってた。魔鉱石は毎回たんまり。それ以外も略奪しまくったよ。仲間も何人か死んだ。俺も死にそーな思いもしたけど報酬がおいしくてなー。アルベールさんの魔法のおかげもあって、負け知らずだったし」
セルジュはそう自慢げに話した後、少し声色を低くした。
「けどな、国は戦争を終わらせるのにある作戦に打って出た。ヴェストリ海軍とスズリ海軍と協力してやるんだけどな、そん時『リヴィに会いたい』って言って
、船長を無理矢理説得してラファル領に戻ったりもした」
リヴィはあの日の事だと分かった。帰ってきたと思ったらすぐに居なくなった日の事である。
「最初は『こんな時に!?』って思ったけど、こんな時だから会いたかったんだろーな。最期にオリヴィア様に会えて、良かったと……思ったよ」
セルジュを見ると目を伏せていた。「大丈夫?」と、彼を覗き込むと、複雑な表情をしていた。
「気にすんな。昔を思い出しただけだ。そーいやな、アルベールさん達は、オリヴィア様――オリヴィア様も知ってるよな? 彼女の事『リヴィ』って呼んでんだよ。ルネさんは、呼びやすいからお前の事『リヴィ』って呼んでんだろーな」
セルジュはリヴィの頭を、肩を組んでいる右手で撫でた。
「……そうかもね」
そして、もう一度太陽に手をかざした。美しい陽の光が、指の間から零れでる。
「やっぱ嫌じゃねーな」
「え?」
「女みてーだ。不快じゃねー。男の頭撫でてーなんて思わねーのに。なんでお前のは撫でてもいーかなって思うんだろーな」
(やばい……)
動悸が激しくなる。
なるべく平静を装い、手を下げて地平線を見つめた。
「こっち見ろよ」
「嫌」
「何で?」
「景色観たい」
「いーから見ろって」
セルジュは両手でリヴィの頬を挟むと、無理やり自分へと向けた。
目を細めて、リヴィの瞳を覗き込む。
「キスしたら流石に不快になるか?」
何を言っているのか理解出来ず、時間が止まる。
「…………え?」
顔がひきつる。
「やっぱ試すか」
「不快になるよ!!!! 止めて!!!!」
「お前が、じゃねーよ。俺が不快になるかどーか知りてーんだ」
「どっちにしてもなるよ!!!! それに僕にはライアンが――」
「内緒にしとけよそんなもん」
(酔ってる!!!!)
そんなに酔っていないように見えて、実はかなり酔っているらしい。彼はワインだけでなく、ラム酒も、ブランデーも飲んでいた。
セルジュはリヴィの顔を手で挟んだまま、ゆっくりと顔を近付けた。




