50.選手権
街はとても暗かった。
街灯はあるが、明かりが付いている物が少ないからだ。
戦時中、ギヌヘイム帝国はアールヴ連合国から大量に光源石を略奪している。だが戦後、その略奪した光源石はアールヴ連合国へ返却し、それだけでなく、元々あった光源石もミーズガルズ王国へと流れている。
石街灯はあっても中に石がない物が多いのは、そのせいだった。
街は綺麗とは言えなかった。酔っ払いが道の端に嘔吐し、路地では恋人同士――もしくは娼婦と男が、身体を寄せ合っていた。
リヴィはなるべく見ないように顔を背けると、セルジュは「童貞坊ちゃんには刺激が強いよな」と耳元で馬鹿にしてくる。
その言葉には反応せず、ただ心を無にして歩いた。そんなリヴィを見てセルジュは、つまらなそうに鼻を鳴らした。
数十分歩くと緑の多い広場に着いた。芝生が広がり、垣根や木々が植わっていた。1本1本植えられた木の下には、1人から2人、女が立っていた。
「よし、着いたな」
1番最初に着いていたイーサンは振り向きそう言った。エミリオは、この広場中に響くような深く大きな溜息を吐いた。テオは何も言わず、俯いている。
「じゃあ早速やろう――って、リヴィ。ベール取ったのか」
エミリオは素早く後ろを振り向き、リヴィを見る。そして、顔をしかめ「女?」と小さく呟いた。
「エミリオは、リヴィの顔見た事ないのか」
「まぁ……はい」
「可愛い顔してんだろ? ほんとにもったいねー」
セルジュは肩を組んだままリヴィの顎を掴み、左右に振った。
「止めて!」
セルジュの手を振り払い睨みつけるも、彼はニヤニヤ笑っているだけだった。
「エミリオが取れなんて言うから、また負けるぞ」
(何が『負ける』んだろ……)
先程からよく分からない勝ち負けの話をしている。エミリオは仏頂面で腕を組み、目を伏せた。
「さて、リヴィ。あの木の下に立て」
「木の下?」
「そーだ。来いよ」
リヴィはセルジュに引っ張られるようにして、木の下まで歩いた。他の4人は、それぞれまた違う木へと向かう。
「ここに立ってればいいの?」
「そーだ」
「立って、何をすれば――」
「やっぱ坊ちゃんは、ここに立ってる意味わかんねーか」
「立ってる意味? 意味なんかあるの? 待ち合わせとか?」
「まーだいたい合ってる」
少し遠くの木の下に居た女性は、男性が迎え来て一緒に歩いて広場を出ていく。また違う女性は、男性と共に茂みの奥へと消えた。
耳を澄ますと、女性の濡れたような声がする。
「だ……誰と待ち合わせ?」
嫌な予感がする。普通の待ち合わせでは無い。よく見れば女性達の服は、胸元がはだけ、化粧は濃かった。
「強いて言うなら……自分を買ってくれる人か?」
「嫌だ! 帰る!」
疑惑が確信に変わった。
彼女達は娼婦だ。
セルジュはここに立って娼婦をやれと言っている。リヴィは逃げようとするも、セルジュに強く掴まれて逃げれなかった。
「話を聞けって!」
「何の話を聞くの!? おふざけにも程がある!」
セルジュはリヴィの耳元で「本当には身体を売らないんだ」と小さな声で強く言った。何を言っているのか分からず「は?」と顔をしかめて答えた。
「これはな、どの新人が1番声を掛けられるか競ってる。自分が担当してる新人が1番声を掛けられたら、その日の飲み代は負けた奴の教育係が出す。新人かわい子ちゃん選手権だ」
実に馬鹿らしい。
呆れてものも言えない。
ぽかんと口を開けていると、セルジュはリヴィの顎を閉めるように下から押し上げた。
「そんな顔すんなって。可愛い顔が台無しだろーよ」
「でも、僕は――」
声を上げるとセルジュがリヴィの口を手のひらで覆った。
「シー! 大きな声出すな。お前は声を出さなきゃ完全に女なんだ。黙って男を待て。いーな?」
全然良くない。良くないが、仕方なく頷いた。するとセルジュは手を離した。
「声をかけられたらどうすればいいの?」
「その時は声を出せ。出したら男ってわかんだろーよ。1刻でどれだけかけられるか楽しみだなー」
「そんなにやるの?」
「たった1刻だ。我慢しろ。俺らは少し遠くで見てるからな」
――やりたくない。
セルジュが離れたら、走って逃げよう。そう考えているとセルジュが「リヴィ」と声をかけ、抱擁と共に耳元で囁いてきた。
「逃げるなよ。逃げたらライアンと付き合ってるの言いふらすからな」
「――え!? 何で知ってるの!?」
「そりゃーわかる。さっき手繋いでたし、ライアンの態度でな。牽制のつもりか知らねーが、俺の前じゃ腹立つ事に隠す気ねーし」
自分の甘さが招いた結果に、何とも言えない気持ちになる。手を無理矢理にでも振り解けばよかった、と後悔した。
「こ、このことは誰にも言わないで」
「言わねーよ。お前が逃げなかったらな」
リヴィは頷き、俯いた。セルジュはリヴィの顎を人差し指でくいっと上げた。
「その可愛いー顔で、俺に美味しー酒を飲ませてくれよ。期待してるぜ、リヴィ」
意地悪く笑い、セルジュは離れた。イーサンとドニも、エミリオとテオから離れていく。エミリオとテオとは、少し遠い木ではあるが、2人がとてつもなく嫌そうにしているのは分かる。
地面を見つめ、ただ時間が経つのを待った。茂みの奥からは、聞きたくもない声が聞こえる。
(最悪だ。立ってるだけで嫌。だいたい、声なんてかけられる訳――)
「なぁ、お嬢さん」
(……え?)
顔を上げると40代程の男が立っていた。
「ずっと……見てたんだよ君を。でも男と居たから、ただのデートかと諦めていたんだ。でも、でも、そうじゃないんだね。ふふっ。彼は元締めの男か? それとも前の客か? まぁ、それはいいんだが、君はいくらだい? 君なら大銀貨1枚出してもいい。ふふっ。君みたいな純粋そうな子は珍しいからね。さぁ、あっちへ――」
「ちょっと待て。彼女は俺が先に目を付けてたんだ。俺は大銀貨2枚出す」
すぐ違う男が、その男の後ろから現れ声を上げた。2人はどちらがリヴィと先に事を致すかで揉め、金額を上乗せしている。リヴィは出来事に唖然としていると、もう1人男が現れ、余計に話が拗れた。
リヴィは顔を引きつらせている。セルジュはその様子を遠くから見つめ、声を押し殺して笑っているのだった。




