49.新人会
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「お前のせいで……また……俺は……」
中甲板――。
リヴィの目の前には、歯を剥き出しにして怒るエミリオが立っていた。
これから、セルジュ、イーサン、ドニ、エミリオ、テオ、そして、リヴィの6人で上甲板で飲む。だがその前にどこかへ出掛けるらしい。
(気を抜いたらダメだ……笑ってしまう……)
リヴィはエミリオを見ていられなかった。
エミリオの後ろには、同じく同期のテオが居る。彼はリヴィに対して何も言わず、視線も合わせず、黙々とドニから渡された服を着る。エミリオはもう既に、イーサンから渡された服を着ていた。
そのせいで彼を直視出来なかった。
「エミリオー、着替えたか?」
イーサンが入ってきた。エミリオはとてつもなく不満げな顔でイーサンを見る。
「何でまた、女装しなければならないんですか!!!!」
エミリオは白いレースのフリルが付いた、可愛らしいピンク色のワンピースドレスを着ている。髪の毛はまだ黒い短髪だが、手にはツインテールのカツラを持っていた。
「まぁ、ノリ?」
「ノリ!? 新人会ならもうやったじゃないですか!!!! リヴィが行けるからって、別にもう1度やらなくても――」
「せっかくなんだ。良いだろ」
「百歩譲ったとして、女装するならリヴィだけでいいですよね!? 自分とテオはもうやったんですから!!」
「そんなのつまんないじゃん。案外似合っ……ぶふっ……ほら行くぞ」
エミリオはリヴィを睨みつけながら、イーサンに腕を引っ張られて出て行った。リヴィも着替えようかと思ったが、まだテオが居る。
「テオも……怒ってる?」
「別に……」
テオは白いレースに薄水色のワンピースドレスを着ていた。
エミリオと違い、テオはあまり話さない。文句があっても黙っているタイプだった。彼の教育係であるドニもあまり話さない。
どうやって意思疎通を図っているのか、不思議だった。
「行かないの?」
「リヴィ、待ってる……」
(え? 何で?)
「僕は、ちょっと医務室寄るから。そこで着替える。先に行ってて」
「……分かった」
テオと別れ医務室へと向かうと、ルネが革の鞄に薬と道具を詰めていた。リヴィが持っているカナリア色の服を見て、苦笑いをする。
「これに着替えるみたい。女装するんだって……女装じゃないけど」
「そうですね、似合うと思いますよ」
「知ってたの? 女装の事」
「ええ、勿論。アルが考えた事ですからね」
「え!?」
「意味は無いんです。アルの悪戯心です」
ルネがふふっと笑ったが、リヴィは苦笑いをした。
自分のベッドに乗り、カーテンを閉めてシャツとズボンを脱いだ。
「私はもう出掛けますよ。それから、風の剣は念の為、ヴァルに預けて」
ルネがカーテン越しに話しかける。
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
リヴィがカーテンから顔だけ出すと、ルネはリヴィの頭にキスをし、部屋を出た。
服を被り袖を通した。邸宅で着ていた物とは手触りが違う。ヨレヨレとしてくたびれていた。
(あれ、これって……)
袖を通し気付いたのは、この服は後ろで留める服だった。
(編み上げ……もしかしてテオは、これを手伝う為に待ってたのかな……失敗した……ルネおじ様に手伝って貰えば良かった……)
がっくりと肩を落とした。どうしようか、と考えていると扉が開く音がした。ルネが戻って来たのだろう。
「お願いがあるんだけど、服の後ろ手伝ってほ――」
カーテンを開けると、そこに居たのはルネでは無くセルジュだった。顔を引きつらせ、リヴィは硬直した。
ワンピースドレスは着ているが、後ろは開きっぱなしだった。脱げないように前を急いで抑えた。
「へぇー。着たくなくてグズグズしてんのかと思った。着れなかっただけか」
「う……ん」
「後ろ向けよ。やってやる」
「え!?」
「何だよ。お前が『手伝って』って言ったんだろーよ」
「あ……いや、やっぱり悪いから、自分でやる」
「どーやって」
「き、気合いで」
「……いーから早くしろって。皆待ってるぞ」
そう言われ仕方なく、前を抑えたままゆっくり背中をセルジュへと向ける。
「何だこれ。怪我してんのか?」
巻かれたサラシを見て不思議そうに言う。
「まぁ……そんな感じ……見られたくないと言うか」
「ふーん。どんなのだ」
セルジュはサラシを引っ張った。
「ちょっと!!」
「ん?」
「『見られたくない』って言ってるのに!」
「あー、そーだった」
そう言って鼻で笑い、紐を閉めていく。
(わざとだ……絶対楽しんでる)
嫌がれば嫌がる程、楽しんでいるように見える。かといって、嫌がらなければ止めることもない。
仏頂面で紐をしめるのを待った。セルジュは手際よくしめていく。
「終わったぞ」
思ったより早く終わる。苦しくなく、ちょうど良かった。鏡の前まで行き、背中が見えるように後ろを向く。
「ありがと。上手いね」
「脱がす方が上手いけどなー」
ニヤリとセルジュは笑ったが、リヴィは小さく溜息を吐いた。そして自分の格好を下を向いて確認する。
ロールカラーの膝丈まであるワンピースドレスは、エミリオとテオが着ていた物と色違いだった。
「ベールはそのままでいい?」
「どっちでもいーぞ。だけどな……」
セルジュはリヴィへと近づき、フェイスベールに手をかけた。
「リヴィの場合、取った方が似合う」
そう言いながら下にずらした。
「……着けたままにする」
リヴィはセルジュの手を避け、ベールを元に戻す。
「そーか。もったいねー。ん? ……お前意外と……」
今度はその手をリヴィの胸へと置いた。リヴィは驚き息を飲んだ。
「胸板あるんだな。もっとぺったんこな男かと思ってたわ」
胸はサラシを巻いても真っ平らにはならない。ちょっとした膨らみは出てしまっていたが、それは今迄ライアンのゆったりした服で隠れていた。
「触らないで!!」
セルジュの手を良い音が鳴る力で叩き落とした。
「何だよ。いてーな」
セルジュは男の胸板を触っただけだ。
リヴィにもそれは分かるが、流石に見過ごせない。何より、ライアンにもまだ触らせていない。
(こんなの、ライアンに知られたらまた面倒になる)
絶対に言うまい、と心に誓った。
「ごめん。でも、嫌だったから」
「……ふーん。行くぞ」
リヴィはセルジュの後を付いて行った。
上甲板に行き風の剣をヴァルへ預けると、セルジュは訝しげな顔でリヴィを見た。何故そんな顔をするのか分からず、無視をして船を降りる。
そこには、ドニ、テオ、イーサン、エミリオが待っていた。
「おっせーんだよグズリヴィ!」
あの趣味部屋を掃除した日以降、少しでも何かやる事が遅いと『グズリヴィ』とエミリオから呼ばれる。睨まれる事は無くなったが、結局、彼とは仲良く出来ていなかった。
それに対し、最初は『やめて』と言っていたが直さない為、言わなくなった――面倒だったからだ。
もう仲良くしたいとも思わなくなっていた。
「お前がグズグズおせーから、色んな人に見られた」
腹が立ったので、嫌味ったらしく「似合ってるよ」と答えた。すると、エミリオは顔を引きつらせ「てんめぇ、ふざけんなよ」と胸倉を掴む。
「お前はこの格好嫌じゃないのかよ!」
「別に? それに似合ってるから似合ってるって言ったんじゃん」
「にあッ……思ってもない事言うなよ」
「可愛いよ……ぶふっ」
エミリオは拳を握り、リヴィの顔の近くへ上げる。
「エミリオ、やめろ!」
イーサンに言われ、仕方なく手を離した。リヴィは掴まれた胸元を正していると「おい」とエミリオに言われた。
「それ外せよ」
エミリオはリヴィの顔――フェイスベールを指さした。
「そんなもの着けてるから、お前は嫌でも何ともないんだろ!!」
確かに嫌でも何ともない。だがそれは、元々女だからだ。フェイスベールのせいでは無い。
この2人のやり取りを、ドニとテオは全く興味が無さそうに見て、イーサンとセルジュは呆れたように見ていた。
何度注意してもエミリオのリヴィへの態度は直らない。
セルジュが居る時はここまで突っかからないが、今日は女装がよっぽど嫌なのか突っかかってくる。
「別にこれのせいじゃ――」
「グズグズすんな! 外せよグズリヴィ!」
「エミリオ!!」
イーサンはエミリオの首根を掴み歩き出した。じたばたと暴れながらイーサンに「あいつが自分をバカにしたんです!」と訴えたがイーサンは「外したらお前負けるぞ!! 先に行く!」と言いそのまま歩いた。
続いてドニとテオも歩き出した。
「兄さん、やっぱり外した方がいい?」
「あー? 別にエミリオの事は気にしな……」
セルジュは言いかけた言葉を止めた。何故止めたのか分からずキョトンとしていると「外した方がいーな」とセルジュは言ってきた。
「え?」
「外した方がいーな。じゃねーと、今日ずっと『外せ』って言われるぞ。それに、これからやる事があるんだけどな、リヴィがそれを外したら俺らは優勝だ」
「優勝? 何が――」
「後で教えてやる」
『これからやる事』というのは分からないが、エミリオがずっと突っかかるのは目に見えている。リヴィはフェイスベールを下げた。
その姿を見たセルジュは「やっぱ女だわ」と呟いた。
「え? 何?」
「別にー」
セルジュはリヴィの肩を組み、歩き出した。




