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49.新人会

*****


「お前のせいで……また……俺は……」


 中甲板――。

 リヴィの目の前には、歯を剥き出しにして怒るエミリオが立っていた。


 これから、セルジュ、イーサン、ドニ、エミリオ、テオ、そして、リヴィの6人で上甲板で飲む。だがその前にどこかへ出掛けるらしい。

 

(気を抜いたらダメだ……笑ってしまう……)


 リヴィはエミリオを見ていられなかった。


 エミリオの後ろには、同じく同期のテオが居る。彼はリヴィに対して何も言わず、視線も合わせず、黙々とドニから渡された服を着る。エミリオはもう既に、イーサンから渡された服を着ていた。


 そのせいで彼を直視出来なかった。


「エミリオー、着替えたか?」


 イーサンが入ってきた。エミリオはとてつもなく不満げな顔でイーサンを見る。


「何でまた、女装しなければならないんですか!!!!」


 エミリオは白いレースのフリルが付いた、可愛らしいピンク色のワンピースドレスを着ている。髪の毛はまだ黒い短髪だが、手にはツインテールのカツラを持っていた。


「まぁ、ノリ?」

「ノリ!? 新人会ならもうやったじゃないですか!!!! リヴィが行けるからって、別にもう1度やらなくても――」

「せっかくなんだ。良いだろ」


「百歩譲ったとして、女装するならリヴィだけでいいですよね!? 自分とテオはもうやったんですから!!」

「そんなのつまんないじゃん。案外似合っ……ぶふっ……ほら行くぞ」


 エミリオはリヴィを睨みつけながら、イーサンに腕を引っ張られて出て行った。リヴィも着替えようかと思ったが、まだテオが居る。


「テオも……怒ってる?」

「別に……」


 テオは白いレースに薄水色のワンピースドレスを着ていた。


 エミリオと違い、テオはあまり話さない。文句があっても黙っているタイプだった。彼の教育係であるドニもあまり話さない。

 どうやって意思疎通を図っているのか、不思議だった。


「行かないの?」

「リヴィ、待ってる……」


(え? 何で?)


「僕は、ちょっと医務室寄るから。そこで着替える。先に行ってて」


「……分かった」


 テオと別れ医務室へと向かうと、ルネが革の鞄に薬と道具を詰めていた。リヴィが持っているカナリア色の服を見て、苦笑いをする。


「これに着替えるみたい。女装するんだって……女装じゃないけど」

「そうですね、似合うと思いますよ」

「知ってたの? 女装の事」

「ええ、勿論。アルが考えた事ですからね」

「え!?」

「意味は無いんです。アルの悪戯心です」


 ルネがふふっと笑ったが、リヴィは苦笑いをした。

 自分のベッドに乗り、カーテンを閉めてシャツとズボンを脱いだ。


「私はもう出掛けますよ。それから、風の剣(シルフィード)は念の為、ヴァルに預けて」


 ルネがカーテン越しに話しかける。


「うん、分かった。行ってらっしゃい」


 リヴィがカーテンから顔だけ出すと、ルネはリヴィの頭にキスをし、部屋を出た。


 服を被り袖を通した。邸宅で着ていた物とは手触りが違う。ヨレヨレとしてくたびれていた。


(あれ、これって……)


 袖を通し気付いたのは、この服は後ろで留める服だった。


(編み上げ……もしかしてテオは、これを手伝う為に待ってたのかな……失敗した……ルネおじ様に手伝って貰えば良かった……)


 がっくりと肩を落とした。どうしようか、と考えていると扉が開く音がした。ルネが戻って来たのだろう。


「お願いがあるんだけど、服の後ろ手伝ってほ――」

 

 カーテンを開けると、そこに居たのはルネでは無くセルジュだった。顔を引きつらせ、リヴィは硬直した。


 ワンピースドレスは着ているが、後ろは開きっぱなしだった。脱げないように前を急いで抑えた。


「へぇー。着たくなくてグズグズしてんのかと思った。着れなかっただけか」

「う……ん」

「後ろ向けよ。やってやる」

「え!?」

「何だよ。お前が『手伝って』って言ったんだろーよ」


「あ……いや、やっぱり悪いから、自分でやる」

「どーやって」

「き、気合いで」


「……いーから早くしろって。皆待ってるぞ」


 そう言われ仕方なく、前を抑えたままゆっくり背中をセルジュへと向ける。


「何だこれ。怪我してんのか?」


 巻かれたサラシを見て不思議そうに言う。


「まぁ……そんな感じ……見られたくないと言うか」

「ふーん。どんなのだ」


 セルジュはサラシを引っ張った。


「ちょっと!!」

「ん?」

「『見られたくない』って言ってるのに!」

「あー、そーだった」


 そう言って鼻で笑い、紐を閉めていく。


(わざとだ……絶対楽しんでる)


 嫌がれば嫌がる程、楽しんでいるように見える。かといって、嫌がらなければ止めることもない。


 仏頂面で紐をしめるのを待った。セルジュは手際よくしめていく。


「終わったぞ」


 思ったより早く終わる。苦しくなく、ちょうど良かった。鏡の前まで行き、背中が見えるように後ろを向く。


「ありがと。上手いね」

「脱がす方が上手いけどなー」


 ニヤリとセルジュは笑ったが、リヴィは小さく溜息を吐いた。そして自分の格好を下を向いて確認する。

 ロールカラーの膝丈まであるワンピースドレスは、エミリオとテオが着ていた物と色違いだった。


「ベールはそのままでいい?」

「どっちでもいーぞ。だけどな……」


 セルジュはリヴィへと近づき、フェイスベールに手をかけた。


「リヴィの場合、取った方が似合う」


 そう言いながら下にずらした。


「……着けたままにする」


 リヴィはセルジュの手を避け、ベールを元に戻す。


「そーか。もったいねー。ん? ……お前意外と……」


 今度はその手をリヴィの胸へと置いた。リヴィは驚き息を飲んだ。


「胸板あるんだな。もっとぺったんこな男かと思ってたわ」


 胸はサラシを巻いても真っ平らにはならない。ちょっとした膨らみは出てしまっていたが、それは今迄ライアンのゆったりした服で隠れていた。


「触らないで!!」


 セルジュの手を良い音が鳴る力で叩き落とした。


「何だよ。いてーな」


 セルジュは男の胸板を触っただけだ。

 リヴィにもそれは分かるが、流石に見過ごせない。何より、ライアンにもまだ触らせていない。


(こんなの、ライアンに知られたらまた面倒になる)


 絶対に言うまい、と心に誓った。


「ごめん。でも、嫌だったから」


「……ふーん。行くぞ」


 リヴィはセルジュの後を付いて行った。


 上甲板に行き風の剣(シルフィード)をヴァルへ預けると、セルジュは訝しげな顔でリヴィを見た。何故そんな顔をするのか分からず、無視をして船を降りる。


 そこには、ドニ、テオ、イーサン、エミリオが待っていた。


「おっせーんだよグズリヴィ!」


 あの趣味部屋を掃除した日以降、少しでも何かやる事が遅いと『グズリヴィ』とエミリオから呼ばれる。睨まれる事は無くなったが、結局、彼とは仲良く出来ていなかった。

 それに対し、最初は『やめて』と言っていたが直さない為、言わなくなった――面倒だったからだ。


 もう仲良くしたいとも思わなくなっていた。


「お前がグズグズおせーから、色んな人に見られた」


 腹が立ったので、嫌味ったらしく「似合ってるよ」と答えた。すると、エミリオは顔を引きつらせ「てんめぇ、ふざけんなよ」と胸倉を掴む。


「お前はこの格好嫌じゃないのかよ!」

「別に? それに似合ってるから似合ってるって言ったんじゃん」

「にあッ……思ってもない事言うなよ」

「可愛いよ……ぶふっ」


 エミリオは拳を握り、リヴィの顔の近くへ上げる。


「エミリオ、やめろ!」


 イーサンに言われ、仕方なく手を離した。リヴィは掴まれた胸元を正していると「おい」とエミリオに言われた。


「それ外せよ」


 エミリオはリヴィの顔――フェイスベールを指さした。


「そんなもの着けてるから、お前は嫌でも何ともないんだろ!!」


 確かに嫌でも何ともない。だがそれは、元々女だからだ。フェイスベールのせいでは無い。


 この2人のやり取りを、ドニとテオは全く興味が無さそうに見て、イーサンとセルジュは呆れたように見ていた。


 何度注意してもエミリオのリヴィへの態度は直らない。


 セルジュが居る時はここまで突っかからないが、今日は女装がよっぽど嫌なのか突っかかってくる。


「別にこれのせいじゃ――」

「グズグズすんな! 外せよグズリヴィ!」

「エミリオ!!」


 イーサンはエミリオの首根を掴み歩き出した。じたばたと暴れながらイーサンに「あいつが自分をバカにしたんです!」と訴えたがイーサンは「外したらお前負けるぞ!! 先に行く!」と言いそのまま歩いた。

 続いてドニとテオも歩き出した。


「兄さん、やっぱり外した方がいい?」

「あー? 別にエミリオの事は気にしな……」


 セルジュは言いかけた言葉を止めた。何故止めたのか分からずキョトンとしていると「外した方がいーな」とセルジュは言ってきた。


「え?」

「外した方がいーな。じゃねーと、今日ずっと『外せ』って言われるぞ。それに、これからやる事があるんだけどな、リヴィがそれを外したら俺らは優勝だ」

「優勝? 何が――」

「後で教えてやる」


 『これからやる事』というのは分からないが、エミリオがずっと突っかかるのは目に見えている。リヴィはフェイスベールを下げた。


 その姿を見たセルジュは「やっぱ女だわ」と呟いた。


「え? 何?」

「別にー」


 セルジュはリヴィの肩を組み、歩き出した。

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