48.獅子と黒犬
*****
「自分が、レオナール様の護衛に!?」
「そうだ」
船長室ではレオナールが脚を組んで椅子に座り、その向かい側にヴァルとルネが座っていた。その近くには、先程馬車と共に来た下僕が立っている。
混乱しているライアンを全く気にせず「もう行くぞ」とレオナールは言った。
「え、いや、え? でも、父さんは?」
「今日は俺が留守番だ。ルネとライアンがレオに着いて行く」
騎士学校の学生に、レオナールの護衛は荷が重すぎる。
「な、何故、自分が?」
「今から行く所は、ブノワの所だ。ソニアの体調が良くねぇから、ルネに来て欲しいんだと。だから、俺が留守番しなきゃならねぇ。ライアンずっと会ってねぇし、ちょうどいいかなって思ってな」
ブノワは母サロメの双子の弟であり、彼の娘がソニアだった。つまり、ライアンにとって叔父と従妹である。
「で、でも――」
「心配すんな。ここじゃしっかり護衛付けて、送り迎えするからな。俺はオマケだ。今回はライアンがオマケになる」
「じゃあ行くぞ、馬車で待つ。さっさと準備して来い」
レオナールがそう言い立ち上がると、下僕がすぐ扉へと向かい、開けた。レオナールは部屋を出る。続いてルネが「私は、道具をとってきますね」と、出て行った。
口を抑え、ライアンが悩む表情をしているのを見て、ヴァルは「どうした?」と声をかけた。
「この後、リヴィと食事の予定が……」
「そうだったのか? まぁでもリヴィはこの後、セルジュ達と飲む」
「え? 許可したんですか!?」
「ああ」
「何で!?」
「変に庇いすぎると流石にレオも気付く。それに今回は新人と教育係で上甲板で飲むだけだ。……あと、新人弄りだな。リヴィは嫌な思いするかもしんねぇけど」
ヴァルはそう言って顔をしかめ、一息吐いた後立ち上がり「準備するぞ」と部屋の扉を開けた。
「準備?」
「黒い服に着替える。俺の貸すから部屋行くぞ」
ヴァルの部屋へと行くと、白いシャツから黒いシャツに着替えた。ズボンは元から黒かったので着替えなかった。
仕事の時は黒い服を着る。
これはレオナールの指示で着ており、隣にいる黒い服の人物は護衛だと印象づける為で、それは成功している。
ヴァルの顔を知らなくても、レオナールの隣にいる黒い服を着た人物は護衛なので、注意しなくてはならない。
「うん。っぽいな。剣は俺の使え」
ライアンは顔をひきつらせた。
「ちょっと、それは……」
「どうした?」
「レオナール様が、父さんに授けた剣では?」
「そうだ」
「そんな大事な物、持って行けません!」
「大事な物だから、お前に貸してやるって言ってんだ」
そして剣をライアンに渡した。
この黒い鞘に納められた剣は、騎士叙任式でレオナールがヴァルへと授けている。何年も使えているのは、鋼が貴重な物であるのと、鍛治が得意なデック人が作ったデック製であり、ヴァルがしっかり手入れもしているからだ。
数センチ程、鞘から剣を抜いて刃を見る。炎が揺らめいているように見える真っ赤な刃だ。
幼い頃「触ったら熱い?」と聞き、笑われた。
騎士にとって主君から授けられた剣が大事であるのは、騎士学校に通っているライアンは良く知っていた。そんな大事な物を貸してくれると言うのは嬉しいが――。
「……いいです。倉庫のを持って行きます」
そう言って剣を返すと、ヴァルは「そうか」と溜息混じりに呟いた。
「行く前に、リヴィと少し話します」
「あんまレオ待たせんなよ。機嫌悪くなる」
ライアンは重い足取りで部屋を出て行き、倉庫に向かった。
(あんな大事な物持って行けるわけないだろ……)
大きく溜息を吐き、剣をじっと見つめた。自分もリヴィから剣を授かれるだろうか、と考えレオナールを待たせているのだとハッとする。
急いで上甲板へ上がった。
タラップを降りて桟橋に着く。リヴィを探そうと、周りを見渡すと「ライアン」と聞こえた。暗くて分からなかったが、傍まで来ていたらしい。
首を傾げ問いかけるリヴィを見て、抱き締めたくなった。だが、周りに人がいる為それは出来ない。
「リヴィ、さっきの食事なんだけど――」
「兄さんから聞いた。護衛するんでしょ。ブノワさんとソニアに会えるから良かったね」
「あ、うん。……そうだね」
いくら久しぶりに会うとはいえ、親戚に会うより彼女と食事がしたい。そう思ったが心に留めた。
街灯が無ければ真っ暗な今、2人で歩く時には手を繋げるのではないかと思っていた。
リヴィに触れれる数少ない機会だった。
(もっと一緒にいたい。騎士の話もしたいけど……)
あの日以降、リヴィのライアンに対する態度は角が取れ柔らかくなった。このまま上手く行けばいいなと考えていた。
「ソニア、私も会いたいな。手紙のやり取りはしてるんだけど」
「ああ、リヴィは仲良かったね」
叔父ブノワは戦後、ギヌヘイム帝国に引っ越している。国がレオナールに依頼し、レオナールがブノワに指令を出し、スルト港の管理を任されたからだった。
ラファル邸での集まりには、数年に1度来る程度である。
「うん。あ、黒い服、似合ってるよ。ちゃんと黒犬って感じ」
「ありがとう」
「行ってらっしゃい」
「うん、行ってくる」
「ご飯は、また今度」
うんうん、とライアンは何度も頷いた。
「リーヴィー。ほら、これに着替えて来い」
その声にライアンは顔をしかめ、その人物を見る。その人物は、リヴィに近付き服を渡した。
「何これ」
「これに着替えろ」
「でも、これ――」
「恒例行事だ。ま、新人への嫌がらせだな」
ニヤッとセルジュは意地悪げに笑い、リヴィの肩を組んだ。そして、ライアンを見る。
「船長待たせてんだろ。行ってらっしゃーい」
「……行ってきます」
仏頂面でその場を立ち去った。
――腹立たしい。
セルジュが嫌いになりつつ――いや、もう嫌いだった。そして、そんな自分も嫌いだった。
天蓋付きの豪華な装飾の馬車に着くと、先程の下僕が待ち構えており、扉を開けた。
「遅い」
レオナールは腕と脚を組んで待っていた。
「申し訳ありません、レオナール様」
馬車へと乗り込むと甘い薔薇の香りがする。レオナールが振っている香水の香りだ。
だいぶ前、レオナールが新しい香水にする時にリヴィが選んだ物だと彼女から聞いている。ただ選んだ際に、眉を一瞬動かしたので「薔薇の香りが嫌いなのかも」とリヴィは言っていた。
そうは言っても、彼女が選んだ物を文句も言わずにずっと使用している。何より、大喧嘩をしてもその香水をつけるあたり、彼女が大事なのだと改めて思う。
「何故謝る。怒ってなどいない」
そう不機嫌そうに言い、ライアンを見遣ると、ライアンが持っている舶刀に視線を移した。
「なんだ、ヴァルから借りなかったのか」
「流石に、借りれないです」
ライアンはレオナールの向かい側に座り、俯いた。
2人だけ、と言うのはなかなか気まずい。船長室で仕事を手伝う時は、黙々と作業すれば良いが、今は何を話せばいいのか分からない。
昔リヴィに、「2人だけの時、何を話すの?」と聞いた事があったが「話したい事を話すの。でも何も無い時は話さないよ」と当たり前の事を言われた。
レオナールと無言の時間が気まずくない人間は数少ない。何を話そうかと考えを巡らせていると、視線に気付き、顔を上げた。
「な、何でしょう」
レオナールがじっとこちらを見ている。
「いや、少し考えていた。いつから『レオおじさん』と言わなくなったのかと」
「え?」
昔はそんな風に呼んでいた。ルネの事も『ルネおじさん』だった。
「学校に行くようになってからかと」
「誰かに注意でもされたか?」
「そうですね。祖父達からですけど。もう学校へ行く年齢なのだから、と」
「ははっ、あの2人なら言いそうだな」
レオナールは笑い、考える様に顎を触る。
「王都の学校は楽しかったか?」
「へ?」
「楽しくなかったのか?」
「いえ、楽しかったです」
「だろうな。女が途切れていないと聞いている」
「…………へ?」
「ヴァルとは大違いだな」
「そうなんで……いや、そ、それは誰から聞くんですか!」
「色んな所からだ」
そして、鼻で笑った。
「遊びは程々にしておけよ」
「遊びではなかったんですが……続かなくて……」
「ふーん。婚約者が居ないから、探し回っていたのか?」
「そういう訳では……」
「リヴィの護衛に付けなかった時の事を考えろよ。将来のカルム伯爵夫人は誰がいいのか」
「……はい」
「カルム伯爵は結婚相手について何も言わないのか?」
「まぁ、何も」
「ふーん」
再び無言の時間になる。
(ど、どうしよう……)
何を話そうか考えていると、意外にもレオナールから再び話しかけられた。ライアンは必死に質問に答えた。
そして数分後、「お待たせしました」と馬車の扉が開き、ルネが入ってきた。
「別に待っていない」
その言葉にルネは眉をひそめ、ライアンを見る。待たされたレオナールが不機嫌でないのは珍しい。
ライアンは何故見られたのか分からず、キョトンとした。
「なら、良かったです」
そしてライアンの隣に座る。少しすると馬車は動き出した。




