46.掃除 ※
暴力的表現があります。
「僻地に飛ばされたんじゃ……」
彼は制裁を加えられた後、王都に戻っている。何故、ここに居るのか分からなかった。
「あの事件の後、こいつの親――フォマロー公爵とレオは王都役所の一室で話し合った。こいつの右手はな、2度と掴めねぇ様にあの日に切り落としたんだ。制裁はそれで終わってるし、今後ヴェストリに入らない事を約束させて、終わりになる――はずだった」
この時初めて制裁の内容を知った。数発殴っているだけだと思っていたが、思っていたよりも酷かった。
「けどな、話し合いの場にこいつが乱入してきた」
ヴァルは持っていた点滅杖を、入口近くにあったフックにかけ、愚かな男の近くに行きしゃがみ込む。
愚かな男は震え出した。口も震えていたが、歯と歯がぶつかった音がしないのは、殆ど抜け落ちているからだ。
「まぁ、喚き散らして騒ぐだけ騒いだ。『自分は悪くない。悪いのはアイツだ』『精霊称号はただの飾りだ』『侯爵が公爵よりも上なのはおかしい』とかな」
パランケルスと4人の勇者は、戦後も手を取り合い、良き友として国の発展の為に協力したと言われている。
精霊称号とは、その功績を称えられ4人の勇者に与えられた、苗字の前に冠している称号である。この称号は勇者の血筋を意味し、本家である魔具管理家とその分家のみが名乗る事を許されている。
リヴィの名前には苗字の前に『ヴァン』が付く。この『ヴァン』が精霊称号である。
ラファル家が本家、それ以外に『ヴァン』が付く貴族は分家である。
北のノルズリ地方にある火の槍管理家とその分家は『フゥ』、東のアウストリ地方にある土の大槌管理家とその分家は『ソル』、南のスズリ地方にある水の弓矢管理家とその分家は『オー』という精霊称号を冠する。
精霊称号がつく貴族とつかない貴族では、地位に違いがあり、少しばかりややこしい。
本来であれば、王家の次に権力があるのは、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵である。
だが、精霊称号がついた貴族は1つ上の爵位と同等の地位扱いになる。称号がついた伯爵は、称号がついていない侯爵と同じ地位である。称号つきの子爵は称号無しの伯爵と同じ地位だった。
この例通りであれば、魔具管理家は侯爵である為、公爵と同じ地位なのだがそうでは無い。
本家である魔具管理家は、公爵よりも上、王家よりも下の地位になっていた。
「終始レオに対して上から目線で、最早尊敬したね。フォマロー公爵は、顔は真っ青で気持ち悪そうに口を抑えてたから、傍にあった花瓶を渡してやったら案の定吐いた。レオは珍しく同情してたさ。頭が残念すぎるこいつと、そんな息子を持ったフォマロー公爵にな。けどな、その同情もすぐ終わった」
ヴァルは立ち上がり椅子に座る。
「レオの同情が終わったのは、こいつが言った『許して欲しければ、オリヴィアを俺に寄越せ』って台詞だった」
その後に『毎晩可愛がってやる』と続くがそれは言わなかった。
当時、リヴィは10歳だった。
愚かな男言わく、それぐらいが食べ頃らしい。熟れる前の青い果実を食すのが、趣味な男だった。
ヴァルは愚かな男の台詞を聞いた時、気持ち悪さに全身に鳥肌が立ったことを今でも覚えている。
「騒ぎを聞き付けた警備員に取り押さえられ、こいつは退場。フォマロー公爵は、地にひれ伏してレオに謝った。いい歳なのに可哀想だったよ。けど、レオの怒りは収まらねぇ。それでフォマロー公爵は、こいつを差し出した。『気の済むまで好きにして頂いて構いません。死んでも文句は言いません。返却して頂かなくて結構です。何卒、お許し下さい』ってな」
リヴィはその男に同情した目を向けた。男はずっと震えながら、床だけを見つめている。
「……それで……ここに連れてきたの?」
「そうだ。表向きは、僻地に飛ばされたって事にしてな」
「こんなに傷だらけなのは――」
「ルネが薬の実験に使ってる。右足がねぇのは、1度脱走しようとしたから、切り落としたんだ。もう1度脱走したら左足を切る予定だ。とは言っても、この足じゃあ脱走なんてもう無理だろうけどな」
と言うことは約5年、死にたくても死ねないこの苦しい状態で過ごしている。切り傷や火傷をわざと作られ、薬の実験に使われている。それだけでなく、毒物の実験にも使われているはずだ。
「猿轡、この人だけしてないのは?」
「声を出したら、苦しむだけ苦しんで死ねない薬を打たれるからな。舌も切ったから喋らねぇし」
「……そういう指示って、全部伯父様がするの?」
「そうだ」
ヴァルが押さえつけ、ルネが右手を切り落とし、それを後ろから眺めているレオナールが目に浮かぶ。
「でも薬の実験は、ルネが好き勝手にしてるけどな」
「……他に、知ってる人は?」
「ヴァンの貴族は皆知ってる。白百合号でこいつの正体を知ってんのは、ひと握りだ。ほとんどの奴らは、そっちの2人と同じ様に捕まえた海賊だと思ってる」
こっちの2人は誰なのだろうと思っていたが、海賊だったらしい。
リヴィは黙った。自分だけが知らされなかった事が、チクリと胸を刺す。なんと言えばいいのか分からなかった。見ているだけで、生きている事が辛そうである。
「リヴィ」
ヴァルは複雑な表情をしているリヴィを見て、声をかけた。
「レオは、リヴィを本当の娘だと思ってる。こいつはレオの逆鱗に、自ら触れたんだ。同情の余地はねぇよ」
「でもやりすぎなんじゃ。もう充分じゃ――」
「それはレオが決める。リヴィが決める事じゃねぇだろ」
ヴァルはリヴィを真っ直ぐ見てそう答えた。
何時になく、真剣な表情のヴァルを見て、開いていた口を閉じ「うん」と頷いた。
――リヴィに決定権は無いのだ。
自分の立場を考えず、自由奔放に発言する様な愚か者ではない。レオナールとは衝突し、親子喧嘩もするがそれとこれは別である。
口を出して良い事と悪い事の区別はついている。
するとヴァルは立ち上がり、リヴィの頭を撫でながら「まぁ、いつかは殺して楽にしてやるさ」と言って、何時ものニヤケ顔に戻った。
そんな事を目の前で話され、愚かな男は一体どういう気持ちなのだろうか。
「それから、さっきも言ったがレオには何も――」
「言わないよ。大丈夫」
ヴァルは驚いた顔をし「……そうか」と呟いた。リヴィは1度俯いた後、顔を上げて「ただ……」と言い再び口を閉じた。
「どうした? 言ってみろ」
愚かな男を見遣り、少しでも彼の苦しみが無くなる事を考えた。
「苦しくないように殺してあげて」
リヴィが考える、精一杯の優しさだった。
「レオの気分次第だ」
「分かってる。でも……ヴァルおじ様なら、伯父様に言う事は出来るでしょ」
希望が叶うかどうか分からないが、こう言わなければ彼の未来は苦しみながら死ぬ未来しか見えなかった。
「言うだけならな……じゃあ、掃除教えるぞ」
ヴァルから掃除を教えて貰った。捨てて良さそうな物は捨てては駄目で、捨てては駄目そうな物は捨てても良かったりと大変である。
そしてデッキブラシを使って床を掃除した。1番嫌だったのは糞尿の始末である。蓋付きの壺を持って、梯子を登り砲穴を開いて捨てなければならない。ヴァルから「俺がやるぞ」とも言われたが、今やって貰っても、次回からは結局自分がやるので遠慮した。
(終わったらシャワー浴びたい。これは確かに誰もやりたくない。エミリオが怒る理由も分かったかも)
一息つくと扉が開き、ルネが入って来た。
「ああ、終わりました?」
微笑み、機嫌が良さそうに見える。
「イーサンから聞きましたよ。リヴィが掃除をしているとね」
「あいつも可哀想にな……それで、楽しかったか?」
「ええ、とても」
ルネが微笑むと、ヴァルは呆れたように「そりゃあ良かった」と言った。
「ルネおじ様、ゴミ箱設置して。捨ててもいいのかどうか分かりずらいよ」
「んー、まぁ気が向いたら」
リヴィがムスッとした顔をすると、ルネは「じゃあ、分かりました」と腑に落ちていなさそうな顔で答えた。
その言葉を聞いたヴァルは、眉を上げて若干驚いた様な顔をした。
「もう掃除終わり?」
「終わりだ」
「シャワー浴びていい?」
「どうぞ。ライアンに――」
「見張り頼むのね。了解」
リヴィは趣味部屋を出て行った。
「で、こいつの正体は言ったんです?」
「言ったよ。上着に気付かなきゃ言わねぇつもりだったけどな」
そう言って壁に掛けられた上着を見遣った。
初め捨てるつもりだったその上着は、レオナールの指示により、壁に掛けて置いている。
何時でもその上着を見れば、腹立たしいあの出来事を鮮明に思い出せるようにだった。
こんなにもレオナールが怒った理由は、大事なリヴィに痣を付けたという事だけでは無い。
その日がアルベールの命日だったからだ。
命日でなかったら、腕を折るくらいで済んだのかもしれない、とヴァルは思っている。
「案外大丈夫だったでしょう」
「……まぁ、そうだけどよ」
「そんな事では、レオの事『過保護』なんて言えないですよ」
ヴァルはリヴィがこの部屋を見て、動揺し、レオナールに物申したりしないか心配だった。そこでルネに頼み『掃除をさせない』指示を出して貰っていた。
「『リヴィは大丈夫です』って言いましたのに」
自慢げにヴァルを見てルネは答えた。
「どっちにしろ、レオの善行は、あまり見せるもんじゃねぇだろ」
「過保護」
「そんなんじゃ――ああ! もう! これじゃレオと言ってる事が同じだ!」
ヴァルは頭を掻く。そして、ふとルネを見て「ルネこそどうなんだよ」と吐き捨てる様に言う。
「なんの事です?」
「ゴミ箱設置なんて今まで散々言われてたのに、しなかったろ。それが、リヴィのひと言で設置か?」
「気が変わっただけです」
互いに鼻で笑った。
「あ、そう言えば……こいつを殺す時は『苦しくないように殺してあげて』ってリヴィが言ってたぞ」
「え!?」
「そん時は、レオに言わねぇと」
「嫌です! つまらない!!」
「じゃあリヴィにそう言えよ」
ヴァルはそう言うと2人同時にクシャミをした。2人は互いに眉をひそめ、部屋を出て行った。
*****
ラファル領、妖精のフォーク――。
「ねぇ、サロメ。リヴィは上手くやれてると思う?」
紅茶を片手にオデットは問いかけた。テーブルの上には、ケーキも用意されている。
「あの子は、まぁまぁやってるんじゃないかしら。問題はヴァルとルネよ」
「あら? どうして?」
「自分達じゃ気付いてないけど、リヴィに甘い所あるでしょ。ま、レオナール程じゃないけれど」
サロメはケーキを口にし、美味しそうに頬を抑える。
「そこから変にバレなきゃいいけれど……って感じかしら?」
オデットとサロメは上品にふふっと笑い、ラウラがティーポットを持ってテーブルに座った。




