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45.趣味部屋 ※

暴力的表現があります。

 思った以上に時間が掛かっている。ただ掃除をしていいかどうかを聞くだけで、こんなに時間がかかる理由が分からない。


 やる事が無さすぎて、先程終わらせた牢屋部屋の掃除をまたやり始め、時間を潰した。「まだ終わってなかったのかよグズ」とエミリオからの大きな独り言を無視し、ひたすら掃除をした。


 やらなくてもいいと言われた、ペリド港で仕入れた、人が2、3人入りそうなガラスケースも磨いた。このガラスケースは上に蓋が付いており、鍵が掛かっていた。

 

 早くイーサンが戻って来る事を祈った。


 そして、もうこれは修復しなくてもいい関係だったと思った。


(遅いよぉ、イーサンさぁん)


 足音が聞こえ、顔を向けるとイーサンが帰ってきた。エミリオは「どうでした?」と彼に聞く。


「うん。まぁ、許可とれたよ」


 イーサンがそう言うと、エミリオの顔はパァっと明るくなった。先程までの顔とは大違いであった。


「だけど、リヴィはここの掃除初めてだろ。教えてやれ」


 エミリオの顔は急に暗くなり、ジトっとした目でリヴィを見る。イーサンはポケットから鍵を取り出した。


 鍵を錠前に差し込もうとした時、こちらに向かってくる足音が聞こえ、後ろで止まった。


 振り向くとそこにはヴァルが立っていた。


「副船長、どうしました?」


 イーサンが不思議そうな顔でヴァルを見る。ヴァルはリヴィをじっと見つめながら「んー……」と言葉に詰まっている。

 リヴィは首をかしげた。


「……はぁ、イーサン鍵を貸せ」

「え?」

「リヴィに掃除をさせるんだろ」

「まぁ、はい。そうしないと給料が減りますので」


 どんな話しをしてきたらそうなるのか、不思議だった。


「……そうだな。掃除は俺が教える」

「え!?」


 目を見開き、驚いた顔でヴァルをじっと見る。


「副船長自らですか? 何故――」

「リヴィが掃除を失敗したら、ルネの怒りの矛先はお前らになるぞ。あいつは掃除をさせねぇように言ってたんだ。なのに、自分の知らねぇところで掃除をさせていたら? そんで失敗したら? 毒を飲むのはレオじゃねぇ、お前らだ」


 確かに、とイーサンは考えた。だが本当にそれだけの理由なのだろうか、船長室でのやり取りが何となく引っかかる。


「ほら、行け。他の所掃除してこい」


 引っかかる部分はあるが、ヴァルの言う事は一理ある。鍵を渡してイーサンはエミリオを連れ、部屋を出ていった。


 ヴァルは2人が居なくなったのを確認すると「掃除したいのか?」と、小さい声で話しかけてきた。


「したいと言うか、すれば仲良く出来るのかなって思ったの」

「仲良く?」

「ここの掃除しないから、私の事嫌いみたい」


「んー…………そうか」


 ヴァルは先程イーサンが言っていた事を思い出し、エミリオがリヴィに対して怒っているので、仲良くしたいと思ったリヴィが、掃除をしたいと言ったのだな、と補完した。


「でも、1番は見てみたいなって思ってた。何があるの?」

「中に入ってから……説明する」


 ヴァルは鍵をじっと見つめ、錠前の鍵穴に刺した。だが回すのを躊躇している。


「……入らないの?」

「入るよ。入らねぇと、イーサンが可哀想だからな」

「給料減るって話? ルネおじ様とどんな話を――」

「許可を出したのはルネじゃねぇ。レオだ」


「え?」

「まぁ、ちょっとな」

「ルネおじ様は特に何も言わなかった? 2人は喧嘩してない?」

「いや、ルネは話してる所に居なかったんだ。ちょっと……セルジュの具合を見ててな。そもそも、ここの掃除をやらせたくなかったのは俺だ」


「……ん? でも、ルネおじ様が掃除させないように指示してたんじゃ――」

「俺が、ルネにそう言うよう頼んだ。俺が指示したら……ちょっと変だろ」


 ルネのお手伝いとして乗っているので、指示を出すとしたらルネである。


 ヴァルは大きく溜息を吐いた。


 自分の指示のせいで、リヴィは同期との仲が悪くなってしまった。頭をぽんぽんと叩き「すまねぇな」と言ったが、リヴィは何故謝られたのか分からずキョトンとしている。


「う……ん……?」


 よく分からなかったが返事をした。それを見てヴァルは微笑み、鍵を回した。


「先に言っておく。中で見たものに対して、何か思う事があっても、レオに何も言うな。今は勿論、帰ってきてからもな」

「うん」


 ヴァルは錠前を外し、扉を開けて中に入る。


 部屋の中は真っ暗で、ぼんやりと何かがあるのが分かる程度だ。


「入れ。閉める」


 リヴィが中に入ると、ヴァルは扉を閉めた。


(臭い……)


 薬品のようなツンとする臭いがする。だがそれだけでなく、汚臭もする。


 少しでも匂いを嗅がないよう、腕で口を抑えた。そして、カツンと光源灯を点滅杖で叩く音がした。


 部屋は数歩歩いた先まで明るくなった。


 意外にも天井は高く、中甲板まで繋がっている。砲穴が上の方に、左右1つずつあるようで、閉まっている為、四角い光が薄らと漏れている。


 細長い机が1つ。壁一面に紙がビッシリと貼り付けられている。そして、薬の棚にはラベルが貼られた瓶が並んでいた。瓶の中が何かは分からないが、ひと目見て気持ち悪いと感じるものだった。


(あれは……?)


 部屋の奥には僅かに動く影が見える。

 だがまだ奥は暗い為、はっきりと分からない。


 ヴァルは部屋の半ばまで歩き、点滅杖でもう1つの光源灯を叩いた。


 そこには人間が3人。

 2人は革のマスクのような猿轡をされ、壁から鎖が垂れた手錠で繋がれている。足は足枷で繋がれており、座り込んでいた。目に生気は無く、床だけを見つめている。


 服は上下共にボロボロでみすぼらしい男性2人だ。腕と足には複数の注射痕があり、紫色に変色していた。


 ――そして、もう1人。


 その男が1番酷い有様だった。

 手錠は左手だけされており、右腕をだらんと下げていた。理由は右手が肘から下が無いからだろう。彼は猿轡も足枷もされていなかった。


 猿轡をされていない理由は分からないが、足枷をされていないのは、右足が膝から下が無いからだろう。代わりに胴体と首に鎖が巻かれていた。上半身は何も着ておらず、無数の注射痕や切り傷、そして火傷の痕が見えた。


 その男の傍には、見覚えのある1着の上着が壁に掛かっていた。


「王都役所の制服……」


「そうだ」


 ヴァルは、立ち尽くしたリヴィの肩に手を置いた。


「通称、愚かな男。こいつは5年前、リヴィの腕を掴んだ王都の使者だ」

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