44.板挟み
「何で、お前は趣味部屋掃除しなくていいんだよ!!」
牢屋部屋でエミリオがそう言ってリヴィを睨みつける。
近くではイーサンが「やっぱこうなるよなぁ」と言いたげな顔で2人を見ていた。
*****
レオナールとヴァルが白百合号に戻ると、ルネとリヴィは買い出しに行った。
それも終わり、荷物を積んで出航するとイーサンに呼ばれ、いつもの掃除をするよう言われた。ちなみにセルジュはずっと嘔吐している。
最初と違い、指示を出された後は教育係とずっと一緒にはいない。終わった頃に教育係は戻ってくる。
なのでイーサンは1度、牢屋部屋から出ていった。
牢屋部屋の掃除がもう少しで終わる頃、イーサンが戻り「次は上甲板を掃除」と言われた時、イーサンの後ろから「おい! お前!」と呼ばれたのだ。
――冒頭へと戻る。
「何でだろ……僕にも分からなくて」
「ふざけんなよ!」
「エミリオ、止めろ」
イーサンに言われ、エミリオはまだ文句を言いたい口を閉ざした。
「リヴィが決めたんじゃない。ルネさんが決めたんだ」
「でも! ルネさんのお手伝いはリヴィじゃないですか! 1番掃除すべきじゃないですか!?」
彼の言う事はもっともである。
(なんか睨まれると思ったら、私が趣味部屋掃除しないからか)
エミリオとすれ違う度、睨まれていた。彼に何かしたかと何度も考えたが、思い浮かばず悩んでいた。
なるべく同期とは仲良くしたい。テオは睨んでこないが、同じ様に思っている可能性があった。
「別に、掃除してもいいですけど……」
やれば少しは仲良く出来るだろうか、と思いそう答えた。
(それに、ちょっと中を見てみたいし)
エミリオは目を見開き、イーサンに力強い目で訴えた。
「駄目だ。ルネさんの許可が下りないと。リヴィ、もう上甲板に行け」
「ずるい」
「いい加減にしろって。セルジュが居ないからって突っかかるな」
エミリオが今回怒りを爆発させたのは、セルジュが居ない為だ。傍から見れば、セルジュはリヴィをとても可愛いがっているように見える。
そんな人物が傍に居る時に怒りを爆発させても、庇われるのは明らかであり、我慢していた。
「本当にあの、掃除してもいい――いや、掃除したいです」
「イーサンさん! リヴィもこう言ってるならいいじゃないですか!」
「駄目だ! あぁ! もう!」
面倒臭い。
そう思い、イーサンは右手で頭をかく。
リヴィはどうしようかと考えていた。上甲板に行こうにも、エミリオがこう怒っている以上、行きずらい。
(そうか、私がルネおじ様に交渉すればいいんだ)
「じゃあルネさんに掃除していいか、聞いてきます」
「え? リヴィが?」
「そうですけど……」
何か良くなかっただろうかと考える。
イーサンは顔をしかめて、何かを考えていたようだった。エミリオは腕を組んで、不貞腐れた顔でイーサンを見ていた。
イーサンはそんなエミリオの顔を見た後、軽く溜息を吐いた。
「俺が聞いてくる。けどなエミリオ、駄目って言われてもリヴィは悪くないんだ。ルネさんの指示に従ってるんだから。分かったな」
エミリオは返事をせずに俯いた。そんな彼を見て、イーサンは呆れと怒りを含めた声で「返事」と言い、仕方なくエミリオは「了解」と答えた。
イーサンは牢屋部屋から出ていった。
「お前、ライアン様と仲良いから、特別扱い受けてんのか?」
「……え……違うと思う」
「じゃあ何でそんな指示あんだよ」
そんな事を言われても困る。
「分からないから、ルネさんに聞いて」
「はぁ!? 聞けるわけねぇだろ! 馬鹿か!」
そう言われ、だんだんリヴィも腹が立ってきた。
(ムカつく……)
自分がやりたくないと言った訳でもないのに、何故こんなに責められなくてはならないのか。
リヴィとエミリオは、互いに睨み合った。
*****
「はぁ」
上司に伺いを立て、後輩の面倒も見なくてはならない。
――中間管理職は面倒である。
エミリオには何度もリヴィが掃除をしない理由を話しているが、納得はしていなかった。
いつか衝突するだろうと思っていた――と言っても、エミリオが一方的に突っかかっているだけだ。リヴィは何とかしようとはしている。
ルネに交渉するとまで言っていた。
自分が行くと答えたのは、リヴィがルネに聞いた所で、エミリオが納得しないと判断した為だ。ルネが許可しなかった場合「本当は聞いてないんだろう」と、言う可能性が大いにある。
(リヴィは、ルネさん怖くないのか?)
新人はあの上司3人と、恐れ多くなかなか話せない。
まだ話せるとしたら副船長のヴァルである。1番話しやすいと言っていい。船長のレオナールは話しかけれる雰囲気では無い。船医のルネは、何か気に触ることをしたら、変な薬を飲まされるのではないかという恐怖がある。
なので、レオナールとルネに積極的に話しかけようとする新人は今まで居なかった。しかし、リヴィは気にしていないようだった。
(何で怖くないんだ。よく話すとか? 本気で育てようとしてる?)
雑談なんかせず、仕事を淡々と教えているのだと思っていた。買い出しも2人は一緒に行っているが、ただの荷物持ちなのかと思っていた。
以前セルジュが「2人の間に何かある」と言っていた。それを聞いた時は、もう1人の同期であるドニと鼻で笑ったが、あながち間違ってないのでは、と思ってしまった。
「失礼します」
医務室の扉を開けた。
だがそこにはルネはおらず、代わりにライアンが立っていた。
「どうかしましたか。イーサンさん」
何故ここに彼がいるのか分からず、イーサンは首を傾げた。
「ルネさんに用事があるんです。何処にいますか?」
「3人で船長室で話してます。ギヌヘイムに行く為の話を」
「ああ、なるほど。ライアン様はここで何を?」
「薬が欲しい人がいたら渡すよう言われてます。と言っても、風邪薬の場所くらいしか教えて貰ってません。まぁ、体良く追い出されたんだと思いますけど……その、前から思ってたんですけど『様』と敬語は止めていいですよ」
「身分が違いますので」
「セルジュさんは言ってないですよ」
「あの馬鹿と自分を一緒にされては困ります」
そう言うとライアンは苦笑いをした。
ライアンの事は小さい頃から知っているが、身分が違う為、友達口調は有り得ない。セルジュがおかしいのである。
そしてライアンが敬語なのもおかしいのだ。
「失礼しました」
イーサンは部屋を出た。向かうは船長室。
階段を上がり船長室の前まで来た。扉を叩いて返事を待つ。中からヴァルの「どうぞ」と言う声がし、扉を開けた。
「失礼します」
イーサンは中に入り部屋を見ると、レオナールとヴァルしかいなかった。レオナールはワイン片手に書類を見つめており、ヴァルは椅子に座って振り向き、イーサン見た。
「どうした? イーサン」
話しかけるのはヴァルだ。レオナールは1度イーサンを見た後、再び書類に目を通した。イーサンが嫌い、という理由では無い。
――これがレオナールの通常だった。
部下の対応は、ヴァルが居ればヴァルがやる。レオナールはあまり対応しないのである。
「すみません。ルネさんを探してるんです。ここに居ると聞いてきたのですが……」
「ルネならさっき出ていった。セルジュを見に船首まで行っているはずだ」
「あー、そうですか」
となると、どうするかと考える。
今ルネは、楽しんでいる最中だ。
ルネが船嘴―― 船首像の下で嘔吐しているセルジュを、上から眺めて微笑んでいる姿が目に浮かぶ。「リヴィの掃除の許可を貰いたいです」と話して、楽しい気分を害し不機嫌になるか、それとも、機嫌が良いのであっさり許可するか――悩む所である。
「俺でいいなら、聞いてやる」
そう言われ、まぁいいか、と聞いてみる事にする。
「リヴィにルネさんの趣味部屋掃除をさせたいので、許可が欲しいんです」
するとヴァルは眉をひそめ、レオナールは書類から目を離し、顔を上げてイーサンを見た。
「それは駄目だ」「それは何の事だ」
同時に2人は声を出した。
イーサンはまさかここでレオナールが話に入ってくるとは思わず、驚いた。
「え、いや、リヴィに、あの部屋の掃除をさせていいか――」
「させればいいだろう。何が問題なんだ」
「え?」
(船長は、ルネさんがリヴィに趣味部屋掃除をさせてないのを、知らないのか?)
「ルネさんから『リヴィにはあの部屋を掃除させるな』と言われています。ですが、それに対してエミリオが反発をしていまして、下でまぁ色々と。それで、リヴィも掃除をしたいと言っていますので、許可を取れたらさせようかと」
イーサンがそう言うと、レオナールはヴァルに視線を移した。
「そんな話は聞いていない」
「言い忘れだ。すまねぇな」
何となく気まずい空気が流れる。
「何でルネは掃除をさせない」
「辞められたら困るからだろ」
(あー、やっぱそうなのか)
「辞められてもまた新人を取ればいい」
「レオは新人育てねぇけど、育てる方は結構面倒なんだぞ。毎回最初から教えんの」
「だとしてもやらせろ。特例を作った覚えはない」
(あれ、何これ)
2人の間に不穏な空気が流れる様子を見て、理由が分からず困惑する。ただ許可を貰いに来ただけなのだ。
いいのか、駄目なのか、それだけで良い。
「でもルネがそう決めたんなら駄目だろ」
「いつからルネは俺より偉くなったんだ」
レオナールはヴァルを見据えた後、イーサンに視線を移し「やらせろ」とだけ言う。だが続けてヴァルに「駄目だ」と言われ、どうすればいいかと、さらに困惑する。
「レオは、リヴィにさっさと辞めてもらいてぇんだろ」
(え、何で)
「何の事を言っている」
「名前聞く度苛ついてるくせによく言うよ」
(そうなの!?)
「苛ついてなんかいないし、辞めさせようともしていない」
「なら別にいいじゃねぇか。これから先の事考えたら、長く勤めて貰った方がいい」
「掃除程度で、心折れる様な奴はいらん」
「あの部屋は、俺らが引退した時には無くすんだ。それなら別にやらせなくても――」
「やらせろ」
1歩も引かないレオナールに対して、ヴァルはあきれたような声で「やっぱ辞めさせたいんだ」と呟く。
――失敗した。
ヴァルに聞くのではなく、さっさと船首に行ってルネに聞けばよかった。そう思い俯き、後悔していた。
「イーサン」
レオナールに呼ばれ、頭を上げる。
「掃除はさせろ。ルネには俺から伝える」
「駄目だ。ルネに聞け。リヴィの面倒はルネが見てる」
「……やけに庇うな」
「そうか?」
「そうだ」
ヴァルは嫌味を言うような口調で「名前に愛着があるからかな」と言うと、レオナールはヴァルを睨みつけた。
「イーサン、絶対にやらせろ。じゃないと給料減らすぞ」
「え!?」
ヴァルは呆れた顔でレオナールを見た。
掃除の許可を貰いに来ただけで、こんな事になるとは。給料は減らされたくない。親に仕送りをしている手前、それは困る。
「掃除をさせます。失礼しました」
イーサンは船長室を出て行き、リヴィとエミリオの元へと向かった。
「何だその目は」
レオナールの事をヴァルがなんとも言えない顔でじっと見据える。
「その権力嫌がらせやめろよ」
「やめ方を知らん」
あの部屋――通称『趣味部屋』と言う。ルネが薬の実験に使う部屋は、見ていて気持ちが良いものでは無い。
「ちょっと席外す」
「イーサンやルネの所に行って、リヴィオに掃除をさせないようにするなよ」
ヴァルはレオナールを睨みつけながら「様子見てくるだけだ」と言って出て行く。
そんなヴァルをレオナールは怪訝そうな顔で見送った。




