43.制裁
次の日の朝――。
「えーっと……ルネさん。欲しーのは、二日酔いの薬なんですけど……」
「ええ、どうぞ。この3つの中から、好きな物を選びなさい」
医務室にはルネが椅子に足を組んで座り、セルジュがその目の前に立っている。ルネの顔は怖いくらいに、優しく微笑んでいた。
ベッドには申し訳なさそうにリヴィが座り、近くには仏頂面のライアンが立っている。
「そ、そんなにリヴィを連れ出したのって悪いですか? 可愛い弟を、夜の店に連れてってやろーっていう粋な計らいですよ?」
朝、店から帰ってきたセルジュは、医務室へ二日酔いの薬を取りに来た。待っていたのは悪魔の微笑みをしたルネである。
「悪い? 悪くなんかないですよ。まぁでもリヴィを連れ出してくれたお陰で、薬の在庫確認は私がやる事になったんですけどね」
元々、リヴィが薬の在庫確認をする予定は無かった。ルネがセルジュに対して怒っている、表向きの理由である。
「在庫確認をルネさんがやる事になったのは謝ります。でも、そこまでですか!? そんなに!?」
セルジュ自身、リヴィを連れ出した事は悪いと思っていた。だがルネの微笑みを見るまで、正直ここまで悪いとは思っていなかった。
「何の事です?」
「いや、この3つともいつも貰う二日酔いの薬とは違いますよね!? だいたい『二日酔いの薬を下さい』って言って『この3つから選べ』ってのおかしくないですか!?」
「おかしくないです。以前、『次リヴィに変な事をしたら、三日三晩苦しんで死ぬ薬を飲ませます』と言っています。何もおかしくないです」
「『おかしくない』ってそこですか!? 嫌です!! まだ死にたくない!! それに、リヴィに変な事なんてしてないですよ!」
「催淫効果のある匂いを嗅がせて、抱きしめながら耳を噛んで舐めといて? 背中も擽ったそうですね。止めてと言ったのに止めなかったとか?」
この話をリヴィはルネに伝えていない。なので、ライアンからルネへと話がいったのだろう。
「え……いや、ちょっと違います!! 嗅がせたんじゃない! 匂いは部屋に焚いてるイランイラン匂いで、耳は! 自分じゃない!! 店の子がやったんです!!」
セルジュは慌てて訂正した。
「……リヴィ、そうです?」
リヴィは頷いた。ライアンはそれを見て、少しほっとした。
リヴィは説明が足りない時がある。ライアンが思う、彼女のちょっと直して欲しい部分が出たのだろうと考えた。
ルネもリヴィが説明の足りない会話をするのは知っていた。
「ふーん。なるほど……では……」
ルネは3つのうちの1つを引き出しへ仕舞った。
「この2つにしましょう」
セルジュは顔をひきつらせる。
飲まない選択肢もあるが、それは許されないだろう。ルネの机の上にはコップがあり、水も入っていた。
「安心しなさい。死ぬ薬は仕舞いました。おっと失礼。全て二日酔いの薬ですよ。さぁ、選びなさい」
生唾を飲み込み片方を取ると、ルネから水を渡された。包み紙を開き、口の中に入れ、一気に水で流し込む。
まだ体調に変化はないが、これからどうなるのかと不安が襲う。
「では、戻りなさい。それと、今日はリヴィの事をイーサンに頼みます」
「え!? どうしてですか!?」
「今日のセルジュに、教育してる余裕が無いからですよ」
「こ、この薬って何なんですか??」
「言ったでしょう。二日酔いの薬だと。もう行きなさい」
ルネは手で追い払うような動作をする。セルジュはリヴィを見たあと、ライアンに視線を移した。そしてもう一度リヴィへ視線を移した後、バツが悪そうに扉へと向かった。
「失礼しました」
セルジュは医務室を出ていった。セルジュが居なくなり、ルネは溜息を吐いた。
「ルネおじ様、あれは何の薬?」
「二日酔いの薬です」
「本当に? 変な薬じゃない?」
「変な薬じゃないです」
「……じゃあ、その残った薬は?」
「二日酔いの薬です。リヴィは気にしなくていいんですよ。はぁ、セルジュも悪運が強い。1番マシなのを……」
ルネはリヴィに微笑んだ。
「まだゆっくりしていなさい。あと1刻程でレオとヴァルが戻ってきますので、その後、買い出しに行きますよ」
「うん……」
リヴィは横になり、セルジュが何の薬を飲んだのか考えた。
朝起きた時にはもう既にベッドの上におり、ルネとライアンは起きていた。
そろそろセルジュが二日酔いの薬を取りに来るだろう、とルネに言われ変声薬を飲んで待った。
そして、セルジュへ制裁をする、と聞いた。「そんな事は止めて」と言ったが聞き入れては貰えなかった。
ルネもライアンも怒っていた。
「ねぇ、本当に最初『三日三晩苦しんで死ぬ薬』を選択肢に入れてたの?」
「まさか。流石に10年以上付き合いもありますし、いなくなると困る存在なのでね。三日三晩苦しむ程度の薬を選択肢に入れてました」
やっぱり二日酔いの薬じゃないじゃん、と指摘したかったが、止めた。
言ったところで仕方が無い。
もう制裁は加えられてしまっている。
それに、制裁を加えられた人物を見たのは初めてではない。
1番印象的だったのは、5年前の腕を掴んできた王都の使者である――と言っても、その制裁そのものは見ていない。
あの日――。
レオナールは相手を咬み殺すのではないかと思う程、激怒していた。使者を呼び出したが中には入れず、玄関前で話し合った。
だが話し合いは上手くいかなかったのだ。
そしてレオナールに、制裁を加えるから中に入るように言われた。ヴァルとルネに止めるようお願いしたが、自分達も怒っているので無理と言われた。
3人が何をしたのかは知らないが、男が豚のように泣き叫ぶ声は聞こえた。あの男はその後僻地に飛ばされたと聞いている。
リヴィの予想では、どこかの山奥にある役所だと思っている。
レオナールがリヴィを溺愛しているというのは、ヴェストリ地方に住む者達なら知っていた。よっぽど愚かな人物でなければ、リヴィに何かをする人物はいない。
学校での嫌な出来事はオデットが対応しており、レオナールは口を出さなかった――と言うより、オデットが口を出させなかった。
なので制裁を加えられた同級生はいない。
セルジュが飲んだ薬が、あまり苦しまないものならいいなと考える。
「大丈夫かな……兄さん」
ポツリと呟き、金平糖を取り出し1粒食べると目を瞑った。
***
1刻後――。
「ぎも゛ぢわ゛る゛い゛……うぉえぇ」
「お前それ何回目だよ。何回吐くんだよ」
タラップ下の桟橋で、セルジュがべったりと腹をつけて海を覗き込んでいる。
傍ではイーサンが疲れた様子で、木箱に座りながら、帰ってきた船員たちを確認していた。
「あの後、俺すんごい責められたんだぞ。しかも交代無しの番にされちまった。セルジュのせいだからな」
イーサンは昨日からタラップ下で番をしている。立ち疲れた彼は、リンゴが入っていた空の木箱を持って来て、座りながら番をしていた。
「1日番してるくらい、なんだってんだよ。お、俺は毒を……うっぷうぉえ」
「ちまちま吐いてないで、全部吐けって言ってんだろ」
「吐けねーって言ってん、うぉぇ」
何度吐いても吐き足りない。
一気に吐こうとしても吐けないのだ。
吐き気はずっと残る。それに加え頭痛も酷く、とても辛かった。
上司からの『権力嫌がらせ』があっても、辞めないのは給料が良いからだ。おまけに、白百合号に乗っていると言えば、家族は喜び女性の目の色も変わる。
だが給料や名誉に魅力を感じない場合は、辞める人も多い。
2人の場合は先程の理由に加え、もう10年以上白百合号で勤めているので、今更転職を考えられないという理由もある。
「あー、死ぬこれ死ぬ。あー、気持ち悪い、頭かち割れるー。もーひとつの薬のが軽い薬だった絶対。そっちにしときゃー良かったー」
「お前の頭は1度かち割れた方がいいんだ。つーか、傍で吐くなバカ」
「同期を気遣う言葉とかねーわけ? イーちゃん冷たい」
「うるさい、海に落とすぞ。あぁ、もう寝みぃ。おまけにリヴィの面倒も見るしよ」
「面倒っても指示出すくらいだろ。何も面倒じゃねーだろーよ」
「仕事はな。ただ俺、今はエミリオの事見てるだろ。エミリオはリヴィの事よく思ってない。一緒に仕事させてピリピリすんのが面倒」
「……なんでよく思ってねーの?」
「同じ新人なのに、趣味部屋掃除をしないからな。ドニとも話したけど、やっぱテオもよく思ってない」
「あー、それか……」
趣味部屋とは、ルネが薬を作ったり、実験をする所である。変に掃除をしたり、何かを間違って捨てたりすると、彼は激怒するのだ。
なので、誰もやりたがらずこれは新人の仕事である。
そして今の新人は、テオ、エミリオ、そしてリヴィである。本来ならばこの3人が、交代で掃除をするはずであった。
「なぁ……何で掃除しなくていーんだろうな。うっぷ」
「さぁな。でもこの間、船長達の会話聞いたんだけどな、船長達、引退を考えてるみたいだ」
「え!?」
「あの中、見たら辞める新人も多かったから、辞めさせない様にしてんのかもよ。育てるつもりなのかもな」
「……んー、そーなのか? ……いや、そんな感じじゃーねー気が、うっぷ。にしても引退?」
「ああ。そう言ってた。まぁ、正式には言ってない。2人で話してんの聞き齧ったくらいだからな」
「ふーん……じゃあ、次の船長は俺かなーうっぷおぅぇ」
セルジュの嘔吐音を背中で聞きながら、イーサンはやれやれと首を振る。
――いい加減遠くで吐いて欲しい。
そう思っていると、1台の馬車が桟橋近くで止まった。その馬車から人が降りる前にイーサンは立ち上がり、セルジュの元まで歩いた。
「ほら! もう行けって! 這いつくばって消えろ阿呆」
「酷いっ!!」
「もっと遠くで吐けって! 海に落とすぞ!!」
そう言ってうつ伏せに寝そべっている、セルジュの尻を何度も蹴った。
「いだいだいだい! やめろ! 分かったって!! うぅっぷ」
セルジュは這いながら移動する。
イーサンは元の位置に戻ると、白いシャツを整え、黒みがかった赤褐色の髪を手ぐしで梳いた。馬車から降りた人物が、此方へ向かって歩いてくる。
「おかえりなさい、船長、副船長」
「ただいま、ご苦労さん」
そう返事をするのはヴァルだった。
レオナールは「ああ」とだけ言い、白百合号に乗ろうとした――が、少し遠くでセルジュが這いつくばりながら移動する姿が目に入り、立ち止まった。
「あの馬鹿は何をしている」
心底呆れた様な声で、イーサンに質問する。
「ちょっと……飲み過ぎたようで……」
「ならさっさとルネから薬を貰うよう言っておけ。今日1日あれでは目障りだ」
「いや、それが、昨日ルネさんの怒りを買いまして、更にあの状態に……」
それを聞いてレオナールは呆れたように溜息を吐き、それ以上何も聞くことはせず白百合号へ乗船する。
ヴァルは眉をひそめ「何があった」と聞いた。
イーサンが理由を話すと、ヴァルはレオナールに断りを入れて医務室へと向かった。




