41.行方不明
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少し前の話――。
ルネはリヴィが居なくなり、趣味部屋へと篭った後シャワーを浴びた。
そして今は薬の在庫確認をしている。
薬の在庫確認をするのは、次の日の午前中に買い足すからだ。港に着くと無くなる薬は決まっている。
1つは、二日酔いの薬。
もう1つは、今数えている薄紫の紙に包まれた薬である。
この2つの薬は、港へ着けば無くなりが早かった。
「あのぉ……ルネさん。薬をお願いします」
扉が開き、申し訳なさそうに船員が入ってきた。机の上にあるノートを手に取り、ページを開く。そこには表が書いてあり、名前と購入した薬を書く欄があった。
表に名前と薬名を書くのは、給料から差し引く為だ。怪我の薬や風邪薬は無料で渡しているが、この2つの薬は有料だった。
「こんな遅い時間に?」
「す、すみません」
「いいえ、別に怒っていませんよ。私が寝ていなくて、本当に良かったですね」
嫌味ったらしくそう言うと微笑み、彼はバツが悪そうに視線を外した。
「それで、両方です?」
「いえ、二日酔いのは持っているので、避妊薬の方で」
避妊薬は他の社も作っているが、テュルビュランス社で作る避妊薬が1番避妊率が高い。その為、他より高値ではあるが、貴族や、ある程度給料が良い人物達に買われる。
使うのは女性だが、買うのは男性だった。
「どうぞ」
ルネは記入された表を確認し、薄紫の紙に包まれた薬を渡した。彼はそれを受け取り、ルネに礼を言って部屋から出ていった。
リヴィが部屋から出て行き半刻以上が過ぎ、もうすぐ1刻になろうとしている。ライアンの部屋からもうそろそろ帰ってきてもいい頃である。
だがまだ帰ってこないリヴィに対して、「遅い」と呟いた。
今のルネは子供2人を預かっている保護者だ。2人が付き合う事は嬉しく思うが、オデットとヴァルから任されている手前、色々と何かあっては困る。
(何であんな条件に……)
リヴィから騎士の条件を聞いた時、同じ男としてライアンに同情した。そしてリヴィの無防備っぷりに呆れた。ライアンを信用しているというのもあるが、襲われる可能性を全く考えていない。
子犬が狼になるわけがない、と思っている。
(我慢強い所と信頼関係を築けているのは、騎士として合格なのでしょうが、たまに可哀想になりますね)
ライアンの事をリヴィが誘惑しようと試みているので、それもいつまで持つのか心配もある。
ルネは立ち上がり、ライアンがいるヴァルの部屋へと向かった。
船内は光源灯が照らす。といっても部屋とは違い、廊下には必要最低限にしかない為、蝋燭よりまし、という程度である。
狭く、暗く、湿気の多い廊下を歩く。
昼間リヴィに、伯父はなぜ甲板下に来ないのか、と聞かれ昔の事を思い出した。
ある日突然「船医をやれ」と、レオナールから言われた。当時、医学校卒業後、テュルビュランス家が経営している病院で医師をやる予定であり、船医では男しか診察しなくなるので「嫌です」と言った。
だが「いろんな地方の女と出会える」と言われ、了承した。
――黒歴史である。
ヴァルにも言われたが、当時の自分は周りと比べ、少し女癖が悪かったと思う。白百合号に乗ったことは後悔していないが、あんな一言で乗ることを決意した事は、格好がつかず後悔している。
レオナールもレオナールで、もっと他の言葉で誘えばよかったのに、とも思うが性格をよく知った上で言った一言なのだろう。
そして船に乗り、レオナールがあまり甲板下に来ない事に気付いた。何故来ないのかと問えば「狭くて、暗くて、ジメジメしている。人が居れる所じゃない」と言われた。
そんな所で仕事をしている自分は何なんだと思い、腹を立てると「陰険なお前にピッタリだ」と言われた。アルベールに止められたが、船を降りて家に戻った。
そして、父親から「レオナール様の力になれ。戻ってくるな、大馬鹿者」と言われ追い出された。
仕方が無いので船に戻り、父から言われた事を3人に告げると、レオナールとヴァルには大笑いされ、アルベールからは同情された。
今となってはいい思い出――いや、今でも腹立たしい思い出である。
過去を回想していると、ヴァルの部屋へと着いた。
「リヴィ、もう戻ってきなさい」
部屋の扉を叩いたが返答はない。
(え……まさか!!)
避妊薬をライアンに渡せば良かったと後悔しながら、先程より強めに扉を叩いた。すると扉が開き、ライアンが寝ぼけ眼で出てきた。
「ん……ルネさん、何ですか?」
「服は着てますね。何もしてませんね。そこは褒めますが、リヴィを医務室へ戻しなさい。リヴィに聞いてませんか? 一緒に寝るのは禁止にしています」
「…………へ?」
目をぱちくりしながらぽかんと口を開けた。
ライアンの雰囲気からして、リヴィはその事を伝えていないようだ。
「聞いてないのですね。寝ているのなら抱えて連れて行きますから――」
「ちょっと待って下さい! 何の話ですか??」
「何を寝ぼけてるんです? リヴィを出しなさい」
「リヴィですか? 居ないですよ??」
「…………ん?」
ルネは眉をひそめ、ライアンを見た。ライアンも同じく眉をひそめている。
お互いに何を言っているのか、分かっていない顔である。
「リヴィがここに来ませんでした?」
「確かにリヴィは来たんですけど、扉を開けた時にはいなかったので、医務室に戻ったんだと思ったんですけど……」
「いいえ、戻ってません。私はずっとライアンの部屋にいるものと……」
2人は状況を考え、顔をひきつらせた。
「「どこ行った!?」」
2人は慌てて船内を捜索したが、リヴィは見つからなかった。船底からマストの見張り台まで探し回った。
「いました?」
「いいえ、いません」
「外に出掛けたとか?」
「私に黙って出て行くとは考えられません」
医務室から出る時、リヴィは毎回――セルジュに連れ出される以外は――行先を言っていた。船外で買い物をしたい場合は、ルネの買い出しと一緒に出掛けており、1人で外出はさせていない。
「そうですけど、船内に居ないのなら外としか……」
ルネとライアンは、タラップ下で番をしているイーサンの元へと訪れた。
「リヴィですか? 見ましたよ」
イーサンは、2人に答えた。
「何処に行くって言ってました?」
「行くって言うか、拉致されたってのが正しいですかね」
「……どういう意味です?」
「セルジュがリヴィを羽交い締めにして、船から降りたので。口も抑えられてましたし。リヴィは嫌々って感じですかね? 暴れてましたし」
イーサンはその時の事を思い出し、余りにも嫌がるリヴィを思い出し「ははっ」と笑った。だがルネは睨みつけてくるので、なにか不味かったかのかと固まった。
「それで、セルジュは何処へ?」
「い、いつもの楽園ですけど……」
それを聞いてルネは頭を抱えた。1番行かせたくなかった所だ。
「ライアン、お願いがあります」
ルネはライアンに場所を伝え、迎えに行かせた。
*****
(ここか?)
ライアンはお店に着いた。中へ入るとクセのある甘い匂いがする。そして、すぐに受付の女性から声をかけられた。
「いらっしゃい、お兄さん。あらぁ、いい顔してる。初めて見る顔だね。1人かい? タイプの子は? 誰でもいいなら私がつこうかい?」
受付のカウンターにいるふくよかな女性は、冗談気味に言いながら、カウンターから胸の谷間を強調するように身を乗り出した。
「あー、いえ、客ではないんです。セルジュさんを探しています。ここに居ると思うんですが」
「なんだ、いるよ。今は部屋にいるね。連れてきた子が倒れちゃってね」
「え!? 倒れた!?」
「ああ、そうだよ。それで、セルジュが部屋に運んだのさ」
「部屋何処ですか!!」
「5階1号室だよ」
礼を言ってすぐに部屋へと向かった。ここに来るまで心配で仕方なかった。セルジュに羽交い締めをされ連れて行かれたと、イーサンから聞いた時、怒りで腸が煮えくり返りそうだった。
リヴィは今日疲れていた。
早く寝たかったはずだ。
それなのに自分に謝ろうと部屋に来たのだ。
あの時すぐに自分が扉を開けていたら、こんな事にはならなかった、と自分を責めていた。
――魔法は体力を削る。
そう父親からも聞いていたし、リヴィからも聞いていた。
集まりがあった時に、魔法の練習に付き合い、何度も見せて貰った。
ラファル領にある森の狩場に付き添い、角兎を狩るのに、疾走しているのを何度も見ている。海辺まで一緒に散歩し、海上に竜巻を起こしたのも何度も見ている。
倒れたのは体力の限界がきたからだろう。
魔法を使い過ぎると、「眠い」と言い、その度に背負ってラファル邸へと帰った。
(リヴィ……やっぱり俺は、君の騎士にならないと……)
部屋を見つけ、扉を開けた。
「リヴィ!!」
目の前の光景に目を疑った。上半身裸のセルジュがリヴィを押し倒し、頬に手が触れている。
「……リヴィから離れてください。セルジュさん」
怒りを押し殺し、静かに冷たくセルジュへ言った。




