40.距離
リヴィは目を開けた。
天井を見て、見知らぬ部屋にいるのと同時にベッドで寝ているのだと知る。
もうクセのある甘い匂いはせず、爽やかなベルガモットの香りがする。
(ここは、何処だろう……)
「起きたか」
声がする方に顔を向けると、セルジュが上半身裸の姿で椅子に座っていた。
驚いて体を起こした。
「な、何で着てないの!?」
「『何で』って、お前がワインかけたからだ。洗って干した」
思い出した。自分が帰ろうとしていた事も思い出す。
だがその後が思い出せない。
「僕はどうしてここに?」
「リヴィは帰ろうとしたけど、その前に倒れた。そんで俺が運んだ。ここは俺が泊まる部屋だ」
「あ、そうなんだ……ナタリーさんは?」
「下で接客してる。ってかお前、敬語」
「……兄さんには使わない」
「なんで?」
「怒ってる。結構本気で。だからもう使わない」
セルジュは目を見開いた後、吹き出して笑った。
「クソ生意気な奴だな」
そしてセルジュはリヴィの近くへと腰掛けた。
「悪かった。からかい過ぎた。反応が楽しくて、つい」
そしてセルジュは笑う。
(全然反省してない!!)
リヴィは腹が立ち、セルジュの肩のあたりを軽く殴った。
「何すんだよ」
「ホントにホントに怒ってるの! なのに、反省してないから腹立つ!!」
「してるって」
「してない!」
そしてポカポカと先程と同じ所を殴る。
「やめろって」
セルジュはリヴィの両腕を掴み、半分泣きそうな顔をしながらも、怒っているリヴィをじっと見つめた。
じっと黙って見続けられ、リヴィは視線を逸らし俯いた。
「殴った事は謝ります。だから離して下さい」
リヴィはそう言ったが、セルジュはまだ離さなかった。
「兄さん?」
「敬語、やめるんじゃなかったのか?」
「あ」
リヴィはひと息吐くと、気まずそうに笑った。
「忘れてた」
寝ぼけているのか、頭が上手く回ってないようだ。
「……やめたらいい」
「え?」
「タメ口の方が、きょ……兄弟っぽくて面白い……」
「うーん、そう? 兄さんがいいならタメ口にする。それに怒ってるし」
「はいはい」
ムッとした顔をしてリヴィはセルジュを見るも、あまり気にしていない様子に諦めの溜息を吐いた。
「もういい」
「そんな顔すんなって。本気で悪いって思ってる。そう見えないだけで」
そう言ってセルジュは手を離した。
「ホントに?」
「本当に」
「なら……許す。けど! 2度とこんな事しないで!」
「分かった」
セルジュは微笑み、鼻でひと息吐いた。
「そう言えば、あれからどれくらい時間が経ったの?」
「え? ああ、1刻半過ぎ……2刻はいってないかな」
(そんなに!?)
リヴィは目を見開き「大変!」とベッドから降りた。そして扉の方へ向かう。セルジュは立ち上がり、リヴィの腕を掴んだ。
「何処に行く?」
「帰る! 誰にも何も言わないで来ちゃった」
「大丈夫だろ。イーサンが知ってるさ」
イーサンとは白百合号のタラップ下で番をしていた男である。
「でも、帰らなきゃ。それにナタリーさんはここに泊まるんでしょ?」
「んー。まぁ、別に。絶対にって訳じゃない。リヴィが疲れてるなら、ここで寝ていけばいい」
「でも、せっかく好きな人と久しぶりに会えたんじゃないの?」
「あー、そういう『好き』じゃねえーんだ。気にすんな」
「……意味が分からないんだけど」
「本命じゃねーって事」
リヴィは目見開いてセルジュを見る。そして顔をしかめた。
「ナタリーさんが可哀想!」
「違う違う! ナタリーもなんだ。俺の事は、客の1人としか見てない」
「……そうなの?」
「そ。だから、気にしなくていー」
「兄さんの本命は別なの?」
「別っつーか、いない」
「……え?」
「いないってのがそんなに変か? 船乗りはだいたいそーだ。各港に女がいる。そんでそこでシャワーを浴びる。いない港は女釣かこーゆー店に来る」
「え!?」
リヴィは固まった。先程まで皆『シャワーを浴びる施設』に行っているのだと、思っていたからだ。
「だからさっきも言ったよーに気にするな。疲れてんなら寝ていけ」
「……兄さんは?」
「心配するな、安心しろ。添い寝してやる」
「帰ります」
「冗談だろーよ! あ、おい!」
リヴィはセルジュに腕を掴まれたまま、頑張って前に歩こうとする。セルジュはその腕を引っ張っぱると、リヴィはベッドに仰向けで倒れ、セルジュも引っ張られ、リヴィの上に重なるように手を着いた。
「もう! 退いて!」
押し倒されているような体勢をどうにかしたく、ぐっとセルジュの胸板を押すが、すぐに疲れて押すのを止めた。
「ほら、そんなに疲れてる。……何したらそんなに疲れるんだ?」
「昼間、ここを観光した。坂が多くて疲れて、他にもいろいろ。それに、兄さんの拘束を解きたくていっぱい動いた」
「そういやそうだったな」
リヴィは仏頂面でセルジュを見ると、セルジュは再び「そんな顔すんなって」と言い、頭を撫でた。
そしてセルジュは急に頭を横に振った。何故そんな事をするのか分からなかった。
「兄さん?」
眉をひそめ、セルジュが何を考えてるのかと思考を巡らせた時だった。セルジュの手は頭から頬へと移動する。
「リヴィ!!」
声と共に扉が勢いよく開いた。
そこには、ライアンが立っていた。




