37.甘え
シャワー室はとても狭く、トイレも一緒にあった。
リヴィは服を脱ぎ、サラシを取り、背伸びをした。サラシを取ると開放感でいっぱいだった。
(疲れたな……)
坂道を繰り返し上り下りし、ペルスネージュを追うのに魔法を使った為、いつも以上に疲れが出ていた。
リヴィは大きな樽に溜まった海水を桶で掬う。この海水は、毎日3つ子の誰かが入れ替えている。
先程服と一緒に手に取った、布袋に入ったオリーブ油で出来た石鹸を取り出す。そして、泡立ててまずは髪を洗った。
(何であんなこと言っちゃったんだろ……)
ああは言ったが、専属騎士にはしたくなかった。自分のせいで、怪我をするのを見たくない。ましてや死ぬ事もある。
それが嫌で仕方なかった。
なら他の人が騎士ならどうだろうか、と考えみたが、ライアンがそうなるよりマシだと考えてしまう。そんな自身の性格の悪さに、嫌になり考えるのをやめた。
(そもそも、もし婚約したらどうなるの。結婚したら? 当主にもなるのに。逆にライアンが騎士いるんじゃないの?)
ライアンの考えている事がよく分からない。他の人に護衛に着かれたくない、と子供っぽいことを言う。
付き合う前は、もっと落ち着いた年上の人だと思っていたが、付き合ってみると子供っぽい所がある事に気付いた。
可愛いと思う事もあれば、少し苛っともする。「リヴィの騎士になりたい」と言われた時は、本気で何を言っているんだと思った。結婚する気は無いのかとも考えたが、そうでは無いらしい。
ミーズガルズ王国の1部の貴族は、男女どちらでも当主になる事が出来る。これは男女平等を考えての事では無い。血筋を絶やさない事を優先にした為である。魔具管理家は女でも当主になれるが、そこに面倒な要素が加わる。
当主である魔具管理者と、魔具加護者は同じではいけない、と法で決まっていた。
リヴィは加護者である為、当主になれなかった。
だがリヴィの結婚相手はラファル家の当主になれる。
その座は、貴族達からすれば、喉から手――いや、両手両足が出る程、欲しい座であった。
しかしこの場合、当主にはなれるものの、好き勝手に出来るわけではない。
例えば、リヴィと結婚し当主になり、愛人を作り愛人との間に子供が出来ても、その子供が次期当主になる事はない。ましてや、出て行くのは当主の方だ。
――血の濃さが優先されるのである。
これはどの魔具管理家もそうであり、こうして血脈が絶えぬよう護っている。その為こういった当主は、『お飾り当主』と揶揄されていた。
それでも我が子、我が孫をリヴィに、と考える貴族は多かった。
(そもそも、騎士なんかいるのかな。お父様にいなかったし、何で付けなかったのかな……ヴァルおじ様は理由知ってたりするのかな。そういえば何で、伯父様の騎士になったんだろ)
何で、どうして、と考える事が最近多い。その度に答えが出ず、溜息ばかりを吐いている。
(幸せが逃げていくな……)
ライアンの事で、こんなに悩むとは思わなかった。初めは絶対考えないと決めていたが、何かと助けてくれるライアンを見ていると心が痛かった。
愛する人への怒りは長く続かなかったのだ。
そしてついに条件を出してしまった。『手紙を出す時までキスしちゃ駄目』などと言ってしまった。
これが守られた場合、手紙で承諾しなければならなかった。
(何とかしないと……)
桶で掬った海水で髪を流す。「冷たっ」と独り言を呟き、水は床と壁の細く空けられた隙間に入っていった。体も洗い終わると、タオルを手に取り体と髪を拭いた。最後に石鹸を軽く拭くと布袋にしまい、服を着替えた。
タオルを頭に被せて、拭きながらからシャワー室を出る。
ライアンはリヴィのベッドに座ったまま、驚いた様子でこちらを見ていた。
「なに?」
「あ……いや、サラシは?」
「ルネおじ様に巻いてもらうの」
リヴィがそう答えると、ライアンは口を大きく開けた。数秒何も言わずにリヴィをじっと見た後「そうなの!?」と声を上げる。
「そうだよ?」
訝しげにライアンを見ると、ライアンは目を逸らした。そんな彼を不思議そうに見ながら髪を拭いた。ある程度吹き終わると、タオルを首に掛け髪の毛を触った。
(キシつく……)
真水ではなく海水を最近浴びている為、髪の毛の指通りは悪くなっていた。がっくりと肩を落とし、荷物入れから小瓶を2つ手に取って、ライアンの隣に座った。1つは化粧水、もう1つはオイルが入っていた。
化粧水が入っている瓶を手に取り、顔と髪につけると薔薇の香りが広がりリラックス出来た。薔薇は好きな香りだった。次にオイルを少量手に取り、これも顔と髪につけた。これら2つを髪にも付けると、キシつきはマシになった。
手に残ったオイルを腕に擦り付けていると、視線を感じたのでライアンを見る。するとライアンは顔を背けた。
「ねぇ、何?」
眉をひそめ、ライアンに問いかけるもライアンは何かを話そうとして「何でもない」と答えた。
「何でもなくないじゃん。言ってよ」
明らかに何かを言いたそうな顔をしているのに、それは無いだろう、と少し怒りながら問いかけるとライアンは俯いた。
「サラシ、自分で巻いたら?」
そして、リヴィの胸を見遣る。
「え?」
何を言うのかと思えば、思ってもみなかった事を言う。
「自分じゃ上手く巻けないんだよ。やってみたけど。だから――」
「練習したの? してないでしょ」
何故かライアンの声色は怒っていた。
「してはないけど、でも1回やって変だったし。それならルネおじ様に――」
「甘えてる」
「……え?」
「甘えてるって。ルネさんがやってくれるからいいって思ってるだろ。そんな風に思わないでちゃんと練習しなって」
「……何でそんなに怒ってるの?」
「怒ってないよ」
「怒ってるよ、だって――」
「怒ってないって!」
大きい声を上げるライアンに驚いた。ライアンはそんなリヴィを見てハッとし「ごめん」と謝った。
「怒ってないよ、本当に。ちょっと疲れてて……」
ライアンは溜息を吐いて、前屈みになると頭を抱えた。
「横になる?」
「大丈夫。ほんとゴメン」
リヴィは心配しながら、小瓶を手に取り荷物入れへとしまうと、再び隣に座った。
そして、ふと考える。疲れている今なら、判断力は鈍っているのでは無いだろうか。先程もキスしそうになったのは、そのせいかもしれない。
ライアンはまだ頭を抱えていた。こちらの動きはあまり見えていないだろう。リヴィはライアンの後ろへと回り、膝を立ててそっと首に抱きついた。
「リヴィ!!」
ライアンはベッドに座りながら、リヴィをおんぶしている状態になった。
「なぁに?」
耳元で話かける。ライアンの顔はとても近い。
「やめてやめてリヴィ、本当に!」
「どうして? 嬉しくない?」
「――――っ!」
何も言えないでいる彼を見て、結構いい感じなのではと考え、左耳にキスをした後、頬にもキスをした。ライアンはリヴィの腕を振りほどき、立ち上がった。
「やめてって言ってるだろ!」
そしてリヴィを睨みつける。
「嬉しくない? その……キスしたくならない?」
リヴィがそう言うと、より一層睨みつけた。
「――ならない!」
「……本当にならない?」
「ならない!」
「抱きしめたくなったりとかは――」
「ならない!! だからやめろって!! 疲れてるんだ!!」
自分にはあまり色気が無いのだろうかと、リヴィは落ち込んだ。ライアンは右手で額を抑えていた。
「そういう作戦で来るんだな」
「……なんの事」
「とぼけるな!」
どうやら、とてつもなく怒らせてしまったらしい。だがリヴィは謝ることをせず、ふいっと顔を背けた。
「どうしました?」
ルネが扉を開けて入ってきた。ペルスネージュとの会話は終わったらしい。
「何でも、ありません」
ライアンは俯きそう答えた。
ルネは眉をひそめてライアンを見た。だがリヴィがベッドから立ち上がり、ルネの目の前に来た事でライアンから視線を外した。
「ありがとう、そしてただいま」
ルネは微笑んでリヴィの頭を撫でた。
「楽しかったです?」
「うん!」
ライアンとは先程喧嘩してしまったが、今はルネに気持ちを伝えたかった。
「それは、良かった。では、サラシを巻きましょうか」
「えー、もう? 明日の朝までは巻かないのはダメ? 今日あまり人居ないんでしょ」
「そうですけど……」
ルネはライアンを見遣る。
「気になる人もいるでしょ」
「ルネおじ様とライアンしかいないじゃん」
「だから、なのですが……じゃあ夕飯は? 食べるでしょ? そうするとこの部屋から出るでしょ」
「食べない。もう寝る」
「駄目です。食べますよ。もう食べないのは絶対許しません」
「でも、魔法使って疲れたの。『エアリエル』も使った」
『姿を消す魔法』の事を『エアリエル』と呼ぶ事にしていた。そっちの方が呼びやすいからだ。
リヴィは、肩を竦めた。
「駄目。疲れたなら尚更食べないと……じゃあ、そうですね。食べ終わったら取って良いですよ。朝また巻いてあげますから」
リヴィは不満そうに「んー」と返事をした。ルネはリヴィにサラシを巻くと、3人で港近くの食事処へと出かけた。




