35.ペルスネージュ
(やっぱり、シャワーを浴びてないから臭うのかな……)
猫が話した事よりも、匂いを指摘された方の衝撃が強く、崩れ落ちる様に座り込んだ。
「ケットシー!?」
ライアンは上ずった声を上げた。
『そうだ。ケットシーを見るのは初めてか?』
「まぁ……はい」
ケットシーは普段、普通の猫に紛れている。なので人語を話すか2本足で立ち上がらない限り、分からなかった。見る事は稀である。
そして、このケットシーは普通のケットシーとまた違う特徴があった。
「二股……?」
『そうだ。だから頭が高い。座れ』
「え? はい」
ライアンは床に正座をした。
『全く、最近の若者は礼儀がなっていない。だが風の子は分かっておるな。言われる前に座り、我が名に〈様〉を付けた』
リヴィは目を見開いて顔を上げた。
「じゃあやっぱり貴方は、ペルスネージュ様?」
リヴィがそう問いかけると、白猫はとても偉そうにふんぞり返った。
『いかにも! 我が名はペルスネージュ!! 西の地ケットシーの王である! この二股の尾が何よりの証ぞ!』
ドヤ顔で2人を見る。2人は同時に「へぇ……」と呟いた。
『驚いたか人間。まぁ楽にするがよい』
「時計塔の白猫シロちゃんは??」
『それは仮初の姿よ。真名は伏せておる。知っている者は少ない。ケットシーとバレるのは面倒でな。皆、普通の猫だと思っておるであろうよ。港で我の真名を叫んで探す人間がいると、家臣から聞いた。だから会いに行ってやったのよ。そうしたら――』
ペルスネージュはリヴィの元へと2本足で歩き出し、リヴィの口周りの匂いを嗅ぐ。 あまり匂いを嗅がれたくなく、仰け反ると『動くな!』と怒鳴られ、仕方なく動きを止めた。
『ふむ、やはり……良い匂いよ、風の子』
「え!? 臭くないの?」
『良い匂いだ。魔法のな。ずっと嗅いでいたくなる』
リヴィはほっとする。次はライアンの匂いを嗅ぐ。リヴィとは違い、一瞬で嗅ぎ終わった。
『ふむ、なるほど。何故真名を知っているのかと思えば……』
そう言って2人から離れ、王冠のお椀から煮干しを1匹取ると、ベッドへ足を組んで座った。
ペルスネージュは煮干しをひとかじりした。
『それで、何故、我を探していた』
「え? その、依頼書があって。ペルスネージュ様を探していますっていう……」
『ほぉ、見せてみろ』
リヴィは依頼書を取り出して、ペルスネージュへと渡した。彼はそれを受け取り、じっくりと読むと『ふんっ』鼻で笑った。
『お前達、まんまと騙されたな』
2人はキョトンとし、顔を見合せた。
『我を探している人間はいない。もし、ここの下僕達が我を探しているのなら〈シロ〉という名前で探すだろう』
「し、下僕?」
『我の世話をする、ここの人間達の事だ。毎日ご飯を運び、寝床を整え、毛繕いをする。おやつも持ってくるぞ。まあ、当たり前の事だ。我は偉いからな』
「……そう、ですね。え、じゃあ、この依頼って……」
『誰からの依頼だ? 何も聞いておらぬのなら、この依頼書を持ってきた奴がこれを作っておる。字に見覚えはないか?』
ライアンは依頼書を受け取った。そしてじっくりと依頼書を見ると「あっ!」と呟いた。
「どうしたの?」
「これ、父さんの字だ」
「え!?」
依頼書を受け取りじっと見た。
思えば見た事あるような字だった。
「ヴァルおじ様、こんなに絵が上手かったっけ?」
「いや、超下手。だから絵はルネさんだよ」
何故こんな事を――と考えるのと同時に、見つけたら封筒を開けて読め、と言われた事を思い出した。ポケットから封筒を取り出して開け、中に入っていた1枚の便箋を読んだ。
【見つかったか。おめでとう。騙して悪かったな。その猫が、昔アルが持ってきた依頼書の猫だ。息抜きに少し話してくるといい】
「そうだったんだ……」
ヴァルもルネもこの白猫の秘密を全部知っていたのだと気付いた。
「ペルスネージュ様の言うように、騙されてたみたいです」
ペルスネージュは煮干しをかじった。
『そうであろうな。我は頭も良いのだ』
再びペルスネージュは『ふんっ』と鼻で笑う。
『して、風の子。暇なら我の話し相手になれ。聞きたいことがある』
リヴィはちょうどいいので話し相手になる事にし「何でしょうか」と答えた。
『前の風の子と匂いが似ておる。親子か?』
リヴィは微笑み頷いた。
『やはりな。小僧はクロと親子だろう。匂いが似ておる』
「え、クロ……あー、そうですね」
ヴァルは仕事の時、常に黒い服を着ていた。なので、ペルスネージュに会った時も黒い服だったのだろうと察した。
『クロとジゴロから、風の子が新しい風の子になったのを聞いた。クロはここによく来る。ジゴロはあまり来ないが、たまに港に行った時に会うぞ』
「……そうなんですか」
一瞬「ジゴロとは誰か?」と考えたが、多分ルネだろうなと思い、質問はしなかった。
『また魔法の匂いを嗅ぎたいと思っておった。まぁ、あいつらもほんのりあるが、やはり濃いのがいいであろう。だがあの高慢ちきの風の番人が、巣穴から出さないと2人は言っておったからな。無理かと諦めておったのだが……』
「高慢ちき……あ、そういえば、父達とは依頼書で捜索願が出された事がきっかけで出会ったんですよね?」
『ふーむ。そうだ。懐かしい話が聞きたいのか?』
「その、出来れば聞かせて下さい」
『良いぞ。但し、条件がある』
ペルスネージュは立ち上がり、リヴィの元まで来ると、再びリヴィの口周りの匂いを嗅ぎ『やはり良い匂いよ』と言う。
ペルスネージュはリヴィの膝の上に乗ると丸くなった。
『我を撫でる権利を与える。撫でよ、風の子。そうしたら話をしてやろう』
(可愛い!!!!)
リヴィは目を見開き心の中で叫んだ。そして、ペルスネージュをモフモフと撫でた。『良きかな良きかな……』と言い、喉をゴロゴロと鳴らす。
『お前の父親は良い奴だったぞ。港に来る度、煮干しを我に捧げてきてな……匂いもいっぱい嗅がせてもらった」
そしてペルスネージュは恍惚の表情を浮かべる。
『だがあいつの兄、風の番人は嫌な奴よ』
先程の表情とは打って変わって、ペルスネージュは歯をギリッと剥き出しにした。
「え……でも、その、父達が依頼書でペルスネージュ様を探した時、最初に見つけて連れてきたのは伯父だと聞いたんですけど」
『そうであるぞ』
「交渉とかして伯父が連れてきたのではないのですか? 仲良くなったりとかは――」
『仲良く!? 風の番人とか!? 鯨が空を飛んでも有り得ん』
「え、そうなんですか? じゃあそもそも、何でその時は探されてたんですか? 迷子になったとか?」
『迷ってなどはない。家出をしておった』
「家出!? どうして?」
『3日連続で同じご飯を出してきたからだ。鯛、マグロ、鶏肉、鯛、マグロ、鶏肉のローテーションが良いというのに。長い時間をかけて、そうするよう仕向けたのだ。なのに、新しい下僕が先輩下僕の言う事を無視しよってな……だから家出してやったのよ。7日程したら戻ろうと思っておった。だがその前に、下僕が掲示板に捜索依頼を出した』
リヴィは父がその掲示板を見て、勝手に引き受けたのだと分かった。何故引き受けたのかは分からないが、なんとなく惹かれるものがあったのかもしれない。
『依頼書を知っても、帰りたくなくてな。だが5日して腹が空いて港で何かないかと探しておった。そしたら風の番人がおったのよ。そして目が合ったのだ。脇目も振らず近づいてくるので、我の高貴なオーラを感じ取って、何か捧げてくるのかと思ったら、いきなり首根を掴んできよったのだ。しかも首根を掴んだまま持ち上げて移動し、風の子に投げつけよった」
ペルスネージュは、仰向けになった。リヴィは腹を撫でる。
『余りにも腹が立ったので、つい喋ってしまった。それなのに、何度〈様〉を付けよと言っても付けない。頭が高いと言っても座りもしない。捧げ物もしない。挙句の果てには我を〈ホコリ玉〉などと呼びよって』
それを聞いたライアンは小さく吹き出したが、誤魔化そうと咳払いをした。
『信じられるか!? 我はケットシー西の王ぞ。あやつが風の番人――当時は次期番人だったがな……だがそうでなければ、家臣である猫を大勢引き連れ攻め入る所だったわい』
「ぶふっ」
猫の大軍が何をするのかは分からないが、猫嫌いのレオナールにとって、猫が大軍で来るだけでもかなりの嫌がらせである。顔をひきつらせる様子が想像でき、吹き出してしまった。
「面白い話をありがとうございます、ペルスネージュ様」
リヴィは微笑んで、ペルスネージュの耳の後ろを撫でた。ペルスネージュはずっと気持ち良さそうに撫でられながら、リヴィの手の匂いをクンクンと嗅いでいた。
『はぁ、良い匂いぞ。堪らん。そして撫で方も良い。褒めてつかわす。して、風の子。何故オスの格好をしておる』
いきなりの質問に驚き、目を見開いた。
「分かります? 女って」
『匂いがメスの匂いだ』
「これには理由がありまして……」
『ほほう……聞かせてみよ』
リヴィは男装している理由を話した。
『やはり風の番人は嫌な奴よの』
「なので、もし伯父に会っても言わないで下さい」
『安心せい。会ったとしても風の番人とは喋らんから――あ、いや、やはり喋るぞ!』
「え!?」
『だから、煮干しをもっと我に捧げよ』
リヴィとライアンは顔を見合せ、吹き出して笑った。ライアンは煮干しを王冠のお椀に全て入れた。
ペルスネージュはそれを見て満足そうにし、話さない事を約束した。
「あら? お客様?」
後ろから声が聞こえた。リヴィは慌ててベールを着けて振り向いた。そこには50代くらいの優しそうな修道女が立っていた。
「シロちゃんがそんなにノビノビしてるのは、珍しいわね」
ペルスネージュは修道女が来ても変わらず、腹を出してリヴィの手の匂いを嗅ぎ、頭を擦り付けていた。
魔法の匂いとは、一体どんな匂いなのか気になってきた。
「勝手にここまで来て申し訳ありません。もう帰ります。リヴィ、もう暗くなって来たから行こう」
リヴィは頷き、ペルスネージュを降ろして立ち上がった。
「ここは一般の人も入って良いんです。ただ、シロちゃんが許した人だけですけどね、ふふっ」
ペルスネージュは2本あった尻尾をいつの間にか1本に見えるように戻していた。そして『ミャゥミャゥ』と鳴いて頭をリヴィの靴に擦る。
「相当気に入った人なのね。シロちゃん、気に入らない人がここに入ると凄い剣幕で追い払うのよ。あらあら、煮干しまで貰っちゃって」
修道女はしゃがみ、ペルスネージュを撫でようとすると、彼女の手をパシンと叩いた。
「今は私に撫でられたくないみたいね」
そう言って肩を竦めた。
「ではもう行きます」
「こちらも、扉を閉めますので下まで行きますよ」
3人は階段を降りる。リヴィは降りる前にペルスネージュの方を見ると、ペルスネージュは煮干しを頬張っていた。
扉に着くと修道女から声をかけられた。
「シロちゃんとお話出来ました?」
「え……えぇ!?」
「その様子だと出来たみたいですね、羨ましい、ふふっ」
そして修道女は微笑んだ。
「あの子、ケットシーでしょ。それを隠してるみたいなんですけど、寝言は猫語じゃなくて人間の言葉なんですよ」
リヴィとライアンは吹き出して笑った。
「でも大人のシロちゃんに会うのは、そろそろ終わりです。もうすぐ子猫になって戻ってきますので、また会いに来てくださいね」
「ん? どういう意味ですか?」
「ケットシーって気付かれないように、数年経ったら変化して子猫になるの。それを繰り返すのよ、ふふっ。街の人は『時計塔の白猫シロちゃんは、子供を代々ここに置いて出ていってる』って思ってるの」
なるほどな、と思ったのと同時に子猫姿も見てみたいとリヴィは思った。
「では――あら、シロちゃん。お見送り?」
修道女が扉を半分閉めた時、ペルスネージュがするりと外へと出た。
「そう、じゃあ裏の猫用扉から入ってきてね。ここ閉めるから」
『ミャ』
そして時計塔の扉は閉まった。
「どうしました?」
『抱っこせよ。港までな』
リヴィはペルスネージュを抱きかかえると、ペルスネージュはリヴィに頬ずりをする。髭がくすぐったいが「やめて」といっても止めないだろう。
「ねぇ、リヴィ。少し話せる?」
「え? あ、そうだね」
「そこ座ろう」
時計塔の前にある広場には、時計塔の扉が閉まった為、もう人はいなかった。幾つかあるベンチの1つに2人は座った。




