34.白猫
白猫はどんどん走って行く。リヴィは必死で追いかけた。
人混みを避け、狭い路地裏へと入った。人が2人程並んで歩ける狭さだ。白猫はリヴィの数メートル先で振り向いて止まった後、建物の出っ張りを上手く使って屋根へと登った。
「お願い待って!」
リヴィがそう叫んだからか、白猫はその場で立ち止まり、屋根からじっとリヴィを見下ろした。
高貴な顔のせいでとても偉そうに見える。
(王様みたいな猫だな。『来てみろよ』って言ってるみたいだ)
リヴィは白猫に張り合う事にした。
(見てなさいよ、ペルスネージュっぽい猫)
建物と建物の距離を確認し、助走を付けると壁を蹴った。そしてもう片方の建物の壁を蹴り、それを交互に繰り返して屋根の上に登る。
「よいっと」
リヴィは白猫の目の前に着いた。白猫は動かなかった。じっとこちらを見ている。
「ねぇ、貴方がペルスネージュ様? 煮干しありますよ。だから一緒に行きましょ」
名前の最後に『様』を付けたのは、この白猫が余りにも高貴そうな猫だったからだ。
『ミャ』
猫が返事をした事に驚き「え……」と小さく声が漏れた。
「ねぇ、いま返事――」
「リヴィ!!!!」
下から大声でライアンが叫び「何ていう登り方を……ああ! もう!!」と愚痴をこぼしたが、リヴィにこの言葉は聞こえていない。
(何で怒ってるのかな。置いて走っちゃったから?)
「ライアン! 置いて来てごめん!! でもこの子、ペルスネージュ様みたい! 名前聞いたら返事をしたの!」
「はぁ!?」
至極当たり前の返事である。リヴィも自分で何を言っているのかと思うが、本当に白猫は返事をしたのだ。
「いや、本当に――あれ!?」
目の前に居た白猫はもう既に移動し、次の建物の屋根にいた。どんどん建物を移動して行く。
「待って!」
リヴィは建物の屋根を走った。この街の建物は平らな屋根が多く、走りやすかった。建物と建物の距離や高低差がある時は、風の剣の柄を握り、魔法を使って飛んだ。
こうやって移動するのは久しぶりだった。やはり魔法を使うのは楽しい。これくらいの魔法なら、そんなに疲れない。高低差のある建物も難無く飛べる。
「ひゃっほぉーーーー!」
リヴィは白猫との追いかけっこを楽しんでいた。
「リヴィ! 危ない!! もう何で!」
ライアンはリヴィを追いかけた。屋根には登れないので、路地裏を縫う様に追いかける。リヴィが建物から建物へと跳び移るので、心臓が止まりそうだった。
楽しそうにしているリヴィの声が聞こえる。
「こっちが、どんな、思いで!」
ライアンは必死に追いかけた。上を見ながら走るので、ありとあらゆる物に躓きそうになる。
ほぼ坂道なので疲れもする。見失いそうになりながらも、何とかしてついていく。
そして、時計塔へ辿り着いた。
「あれ、ここ時計塔のある教会なのか。……リヴィ何処に行った?」
ライアンは、周りを見渡したがリヴィは見つからなかった。
「わっ!」
後ろを振り向くと、リヴィはいきなりライアンの目の前に現れた。ライアンは驚いた声を上げた。姿を消してライアンを驚かせたのだ。
「リヴィ!!」
「ふふっ。驚いた?」
くすくすとリヴィは笑っていた。そんなリヴィを仏頂面でライアンは見ていると、リヴィは気まずそうに咳払いをして、笑うのを止めた。
「ペルスネージュ様、中入ったから私達も入ろっか。私、姿消すね」
「え? どういうこ――」
リヴィは再び姿を消してしまった。
「入ろ」
声だけが、その場で聞こえた。
***
白猫はこの時計塔――教会へと入って行った。
――ここの司祭には多分会っている。
加護者は教会にとって大事な存在だった。
精霊との大事な繋がりを持つ存在だからだ。
加護者という存在がいる限り、精霊とパランケルスが本当にいたという証拠にもなる。信仰は高まり、献金も増える。有難い存在なのである。
その献金の1部は、魔具管理家であるラファル家に支払われる。加護者であるリヴィへ直接渡したいという司祭が多く、リヴィは応接室でそれを受け取っていた。
レオナールもリヴィが直接受け取る事については何も言わなかった。
――害がないからだ。
なので、多分ここの司祭には会っている。相手は自分の顔を知っているかもしれない。
姿を消して入ろうかな、と考えていると、後ろからライアンが見えた。とても楽しかったリヴィは、その気持ちのままに「《エアリエル》」と呟いて、後ろからライアンを「わっ!」っと驚かせた。
反応はあまり良くない。この気まずい空気を切り替えようとする。
「ペルスネージュ様、中入ったから私達も入ろっか。私、姿消すね」
「え? どういうこ――」
再び魔法を唱えた。
「入ろ」
リヴィはライアンの手を取り引っ張る。
「え!? これが聞いてた『姿を消す魔法』ってやつ?」
「シー! もう行こ!」
「でもここ、時計塔だから――」
「早くしないと見失っちゃうよ!」
リヴィはライアンの手を引っ張る。ライアンは歩き出し、一緒に教会へと入った。
教会の中には数人が椅子に座っている。そして祭壇には白猫が居た。周りを見渡したが、司祭や修道女はいなかった。白猫は再び移動し、祭壇の後ろにある階段へと登る。
2人は白猫を追いかけた。どんどん階段を登り、少し開けた場所へと着く。そこには猫用サイズの天蓋付きのベッドと王冠の様な見た目の、猫用のお碗が置いてあった。
猫はその王冠のようなお椀をぽんぽんと叩いた。
(あれ!? もしかしてこの子、時計塔の白猫シロちゃん!? しかも『煮干よこせ』って言ってる?)
ライアンもそう思ったのか、ポケットから紙袋を出して数匹煮干しをお椀へと入れた。
「リヴィ、この猫はここで飼われているから、ペルスネージュじゃないよ。時計塔の白猫シロちゃんだ」
リヴィは落ち込み、ライアンの手を離した。
「帰ろう。それから、手を繋いでくれないと何処にいるか分からなくて不安になる。だから離さないで」
リヴィは再びライアンと手を繋ごうとすると――。
『いい理由であるな小僧』
声が聞こえた。前には白猫しかいない。後ろを振り向き誰かいるのかと確認したが誰もいなかった。
『おい人間、我は目の前におろうぞ』
2人は再び白猫を見る。
すると、太い尻尾だと思っていた尻尾は2本に分かれ、2本足で立ち上がっていた。
『姿を消すのは止めるとよい、風の子。見えないが、匂いがする』
白猫にそう言われた後、落ち込んだ顔をしたリヴィが姿を現した。




