33.猫探し
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「白猫? 時計塔の白猫シロちゃんは知ってるけど。ペルスネージュって子は知らないねぇ」
「時計塔の白猫シロちゃんじゃないの? それ以外の白猫は分からないな」
「それシロちゃんでしょ? 違うの? 絵は似てるけど」
猫探しを始めて、数刻が過ぎた頃――。
「ペルスネージュちゃーん。どこにいるのー」
リヴィは馬車の下や狭い路地を見ては、こう話しかけていた。だがそんな事をして返事をしてもらえる訳では無い。聞き込みも勿論しているが、時計塔の白猫シロちゃんの情報しか得られなかった。
「リヴィ、少し休憩しよう。ずっと歩いてるし」
体力には自信ある方だが、急な坂道を昇り降りし、坂が多いこの街にだんだんと疲れていた。
ライアンは屋台から、オレンジジュースを2つと紙に包まれた食べ物を買ってきていた。
「あそこ座ろう」
路面店近くの木陰の下には、2人がけのベンチが用意されていた。ライアンはそこを指さし、そこへ座った。
「お金は船に戻ったら返すね」
「ん? 何で」
白百合号には多少ある。だが今持って来てはいなかった。
「今なくて。船にあるの。だから――」
「え、違う違う。いらないよ? いつもそうだったでしょ。何で急にそんな事言い出すの?」
リヴィはライアンに、耳打ちするように話した。
「いつもはデートだけど、今日はデートじゃないから」
「……え?」
ライアンは目を丸くして驚いていた。
「どうしたの?」
「あ、いや……俺の中ではデートだった」
「ちょっと!」
発言を聞かれてはいないかと、慌てて周りを確認する。
「どうしたの?」
そしてリヴィは、小さな声で強く抗議をするように話した。
「だって周りからは男同士なんだよ! 『デート』なんて聞かれてたら――」
「ああ、そっか。でもねリヴィ。自分が思っているほど周りは俺らを見てないよ」
「そうかもしれないけど――」
「大丈夫。ふざけて遊んでる様に見えるよ」
男であるライアンがそう言うなら、そうなのかもしれない。リヴィは「分かった」という意味を込めて頷いた。
ライアンはそれを見て微笑み、リヴィにオレンジジュースと、紙に包まれた食べ物を渡した。
「甘い物好きでしょ。ペリドはオレンジが名産の街だから、オレンジが入ったクレープにした。食べな」
リヴィはクレープを受け取った。
「これクレープだったんだ」
いつも食べているクレープは、紙に包まれていなかった。お皿の上に乗せられ、フルーツや甘いものが乗っていたり、目玉焼き等のしょっぱいものが乗ったものだった。そして、それらをナイフとフォークで食べていた。
「携帯クレープ、食べた事ない?」
「ない」
王都でデートしていた時も、食事の際はお店に入っていた。こんな風に外では食べていなかった。
リヴィはクレープを1口食べた。中にはオレンジの果肉とマーマレードジャムが入っていた。果肉の甘酸っぱい味と、ジャムの甘くてほろ苦い味が広がる。
「クレープシュゼットみたいなものかなと思ったけど、違う。でも……美味しい!」
リヴィは笑ってライアンを見ると、ライアンは微笑み返した。
「良かった、笑ってくれて」
「……え?」
「リヴィ、俺の前ではずっと笑ってないんだよ。だから、笑って欲しいなって思ってた」
思い返せばそうかもしれない。セルジュとはよく一緒に仕事をしていた。ライアンがレオナールの仕事の手伝いを終わらせると、ライアンも一緒に仕事をしていた。
セルジュが他の仕事をする為いなくなり、2人になると騎士の話をされるのではと思い、あまり良い顔はしていなかったかもしれない。
「ごめん」
『笑わないように』と思っていた訳ではない。全く自分では気付いていなかった。普通に会話が出来ていると思っていた。
「あ……違うんだ。謝って欲しくて言ったんじゃ……でも、そう言われたら謝るしかないか」
ライアンは一息吐いて俯いた。
「謝るのは俺の方だ。ずっと謝りたかった。前もリヴィが気にしてる事言って喧嘩っぽくなっちゃったし。それからちゃんとは話せてないから」
「気にしてる事?」
「力がないって事」
確かに言われたが、リヴィの中でそれはもう終わった事で気にしていない。だがライアンは気にしていたのかと思うと申し訳ない気持ちになった。
「それは、もう気にしてないよ。だからライアンも気にしないで」
「ほんと?」
「うん。多分、ライアンに騎士の話されるの嫌で身構えてたのかも。それで笑えてなかったんだと思う。気付いてなかった」
「まぁ、そうなるのも無理はないんだけど……」
ライアンは視線を落とした。リヴィはライアンをじっと見つめ、彼が何かを考えている時の表情だと気付くと、手に持っていたクレープを食べた。
背もたれに寄りかかると、ライアンの腕に自身の腕が触れた。思えば、セルジュにはよく触れるが――といっても触れられている、が正しいのだが――ライアンに触れるのは、さっきの腕を掴まれた事以外は久しぶりだった。手は繋げないが、これくらいならいいか、とそのままにする。
何となく視線を感じて左側にいるライアンを見ると、やはりライアンはこちらを見ていた。
視線は、もぐもぐと動かす自分の口を見ているので、何を考えているのかようやく分かった。
「食べたい?」
「へ?」
言われると思っていなかったのか、ライアンは素っ頓狂な声を上げた。
「そうだよね、私ばっかり食べてた。どうぞ」
「あ……うん、ありがとう」
ライアンにクレープを渡し、オレンジジュースを飲んだ。
オレンジジュースはあまり美味しくなかった。家で飲むオレンジジュースと違い、水で薄まったような味がした。だが喉が渇いていたので半分程一気に飲み、ズボンのポケットに入れていた依頼書を取り出した。
「煮干しが好きみたいだから煮干し買う? この場合ライアンにお金借りちゃうけどいいかな」
「あ、もう煮干しはさっき買った」
「え!?」
もう既に買っていた事に驚く。
リヴィは「ありがとう」と御礼を言って、依頼書の似顔絵を見た。高貴そうな顔の猫が正面を向いて座っている絵だ。全身は長毛のせいで、モフモフ丸々としている。
(ふわふわの雪玉ちゃんね。きっと実物見たらすごく可愛いんだろうな)
そう思って見ていた依頼書を下げると、目の前に猫がいた。似顔絵と同じく、こちらに正面向けて座っている。オスかどうかは分からないが、目は青色の、身体は真っ白の長毛種、そして、尻尾が太い猫だった。
(え!?)
何度も依頼書と猫を交互に見たが、どう見ても同じだった。依頼書通りのその猫は、こちらをじっと見たあと走り出した。
「嘘!! 行かなきゃ!!」
慌てて立ち上がり、オレンジジュースのコップをライアンに押し付けた。
「行ってくる!!」
リヴィは猫を追いかける為走り出した。
ライアンは何処か他の所を見ていたのか、猫の存在には気づいておらず、いきなり渡され驚いていた。
「え! もう飲まな――」
「見つけたんだって! だから行く!!」
リヴィは振り返り大声で叫ぶ。ライアンは慌ててクレープを頬張り、ジュースのコップを屋台へと返してリヴィを追いかけた。
*****
「リヴィ……とライアン?」
「どうしたのぉ、セルジュー」
ある建物の5階の窓から、走り去る2人の様子をセルジュは見た。下半身にタオルを巻き、ワインをグラスへ注ごうとしている所だった。
その後ろのベッドには、服は着ておらず、シーツに身を包んだ女がいる。
「まー、ちょっと可愛がってる後輩がいたもんで」
そして、ワインを注ぎ1口飲むと、ベッドにいる女へとグラスを渡した。
「ほんと、よくそんな所から見えるわよねぇ」
女はワインを飲み、ベッド横にあるサイドテーブルへとグラスを置いた。
(俺の誘い断っといて、ライアンとは遊ぶのかよアイツは)
何となくモヤモヤした気持ちをしながら、女と同じベッドへとセルジュは入った。
「どんな子ぉ? 連れてきてぇ」
「1人は顔はいーけど、副船長の息子だからな。無理強いはしにくい。もう1人は、女みてーな顔してる」
「可愛い系って事ぉ? じゃあ夜お店連れてきてよぉ。そぉいう顔好きぃ」
そう言って女は、セルジュの首筋にキスをした。
「構わねーよ。ちょっと腹立ったからな、紐にくくりつけてでも連れて来てやる。……サービス忘れんなよー」
そう言ってセルジュは、女に覆いかぶさった。




