32.依頼
ペリド港――。
リヴィは上甲板へ行き、タラップを降りて桟橋に立った。
初めて来た港だった。思い返せばラファル領以外の港はあまり来たことがない。
猫を探そうかと依頼書を確認し周りを見渡した。
最初に目に付いたのは大きい時計塔で、1番高い建物はそれだった。平地と言うよりは坂が多い港で、その坂に建物が建っている。その殆どの建物は白、そして屋根は橙色で統一されておりとても綺麗だった。
他の桟橋を見ると観光客用の船が多く、観光の地として成り立っているのが分かる。
(そうだ、ここ観光の港だ。行きたいって思った事あるな)
先程よりもより楽しみになった。領地と同じヴェストリ地方にある為、何時でも行けると思い数少ない旅行はどうしても他の地方になってしまう。
と言っても、南のスズリ地方はレオナールが好きで無く、東のアウストリ地方は王都を挟んで遠い為、行くのは北のノルズリ地方が多い。
(旅行、最近してなかったな……。白百合号降りたら、旅行しようかな。学校ないから自由だし……スズリ地方に行ったら、伯父様怒るかな)
そんな事を考えながら、リヴィが歩き出そうとすると腕を掴まれた。そのまま引っ張られる様に歩く。
「ちょっ――」
「ここ離れるよ」
斜め前で引っ張る様に歩くのは、ライアンである。天蓋付き馬車を横切り、馬車が遠く離れた位置まで来ると手を離した。
リヴィは少し怒った声で「何するの!」と言った。腕をさすって鈍い痛みを誤魔化そうとする。
「ごめん。痛かったね。でもさっき横切った馬車に、レオナール様が乗ってて……1秒でも早く離れておこうかなって思って……」
リヴィは驚いて振り向いた。確かに馬車があった。
「……ありがとう」
怒った手前、気まずそうに謝った。
そして、念の為フェイスベールをしていて良かったと考え、ベールに触れる。
「もう大丈夫だからベールとったら? 邪魔でしょ」
リヴィは頷きベールを下げた。やはりベールは煩わしかった。
ライアンはそんなリヴィを見て微笑んだ。久しぶりにまともに顔を見れた。顔を見たくてベールを取ることを提案した様なものだ。
「じゃあ私行くね」
「ちょっと待って。猫探すんだろ。父さんがリヴィを手伝えって」
「え……」
「依頼書にはなんて書いてあるの?」
どういう意図で一緒に探すように言ったのだろうか。
少し戸惑いながら依頼書を読み上げた。
「【名前、ペルスネージュ。性別、オス。特徴、目は青。身体は真っ白の長毛種。尻尾が太い。高い所と煮干しが好き】って書いてあるの。こんな猫ちゃんなの」
リヴィは2枚目の猫の絵をライアンに見せた。モフモフした白い猫の絵だった。
「うーん、なるほど」
「でも見つからなくても、暗くなる前に帰るよ。そう言われてるの」
「うん。分かってるよ」
「……ねぇ、ライアン。騎士の事なんだけど――」
「今はいいよ。話したいけど、リヴィの仕事手伝うのが優先。でも終わったら……少しだけさせて欲しい」
真っ直ぐ見てくる視線が辛く、目を逸らした。『考える』とは言ったものの、考える気は無いからだ。
「うん」
「ありがとう。じゃあ行こう」
2人は歩いて街へと出かけた。
*****
「遅いぞ」
馬車の扉を御者が開け、ヴァルが入ろうとしている所に、レオナールは腕を組んで苛々するように言った。こんなに苛々しているのは、待たされるのがレオナールは嫌いだからだ。
自分は待たせる事多いくせに、とヴァルは心の中で悪態をつく。
「そんな怒んなって。シャワー長く入っただけだろ。何でどいつもこいつも短気なんだ」
「何の話だ」
「別に」
左手に黒い鞘の剣を持って、馬車に乗り込みレオナールの向かい側に座ると、ルネから貰った薬をレオナールへと渡す。
そして御者が扉を閉めて馬車は走り出した。
レオナールは外を見ている。ヴァルもレオナールとは反対側の外を見ていた。何も話すことが無ければ無言の事も多い。
だが――。
「ライアンは――」
いきなりレオナールがライアンの名前を出した。それにヴァルは少し驚きながら「何?」と答えた。
「アイツとどんな関係なんだ」
「アイツ?」
「…………リヴィオだ」
「あぁ、リヴィか」
ヴァルがそう言うと、レオナールは一瞬睨み再び外を見た。リヴィオは他の人達からもリヴィと呼ばれる様になった。セルジュがそう呼んでいるのが浸透したのだろう。
リヴィオと呼ぶのはレオナールだけである。
「騎士学校の元同級生だと。リヴィは中退してる。それにレオの仕事手伝ってねぇ時は、セルジュとリヴィと一緒に仕事してる」
「……そうか」
「何で?」
「ライアンが、アイツの腕掴んで街まで行ったからな。いつの間に仲が良かったのかと思っただけだ」
今気になったという事は、それだけリヴィを見ないようにしているからだ。名前が似ているだけで、よくここまで避けれるなと思う。
「ああ、なるほど」
ライアンが連れて行ったのなら、長くはリヴィを見ていないだろう。我が子は優秀であると、ほっとして再び外を見た。
そこからは特に会話もない。
商談相手は少し離れた所に、屋敷を構えている。
白百合号は、安い積荷を引き受けていない。白百合号に相応しくない依頼は、他のラファル社所有の商船へとまわす。港にはラファル社の商船が多く停泊しているので、問題無かった。
今馬車で向かっているこの商談は、本来向こうから来るべき所をわざわざこちらから向かっている。それは良客であるのと、相手が馬車を用意し、かなりの高待遇をしてくれるからだ。
――だが理由はそれだけじゃない。
馬車は白い邸宅の前に止まる。邸宅の前にいた執事が馬車の扉を開け、レオナールが降りた。
「お久しぶりでございますね。レオナール様」
出迎えたのはここの主である女性だ。
青と緑のグラデーションがかったマーメイドラインのドレスに、白いレースの長い羽織を着ている。宝石の様に煌めいた琥珀色の長い髪には、貝殻と真珠の髪飾りがついていた。
彼女が浜辺で寝ていたのなら、その美貌と合わせて人魚と勘違いさせる事も出来るだろう。
「久しぶり? そうでも無い気がするんだがな、ミレイユ」
「いいえ、久しぶりでしてよ。前回は何故か黒犬だけでしたので」
ミレイユは馬車から降りてくるヴァルを見遣り、再びレオナールを見つめた。ヴァルは内心むっとしながらレオナールの左後ろへ着くと、小さく短く一息吐いた。
レオナールが前回来なかったのは、そんな気分では無かったからだ。来て断ればいいのにと思うが、それはそれで面倒らしく、1人でここに来させられた。
護衛対象と離れるのはあまり良くないが、ここの港なら比較的大丈夫なのと、ルネも白百合号に残る事で離れている。
「あぁ、そうだったか」
「折角会えると思い、楽しみにしておりましたのに」
「体調不良だ。そんな時もある」
平気な顔をして嘘を吐く姿に、ヴァルは感心する。
「そうですか。わたくしはてっきり――」
レオナールにミレイユは近づき、そして――。
「他の女の元へ、行かれましたのかと」
先程まで口元のあたりを隠していた扇を閉じて、レオナールの胸元へ寄り添った。上目遣いで妖艶な笑みを浮かべている。
本来こんな失礼な事をしてくる人物を止めなければならないが、それをする事をレオナールは許さない。
――但し、人物は限定される。
「前にも言ったが、ミレイユ。ここの港ではお前だけだ」
レオナールは置かれた扇を手で払う事もせず、口の端を僅かに上げじっとミレイユの瞳を見つめた。
「……意地悪な人ね」
ミレイユは扇で再び口元のあたりを隠し、離れた。
「ま、そこが良いのですけど。――それで、シャワーを先に浴びられますのよね?」
「ああ」
「ならもう用意が出来ておりましてよ」
ミレイユは執事に目配せをすると、執事はレオナールを案内する。それに追従するようにヴァルは歩く。
「ねぇ、黒犬」
ヴァルは呼び止められ、振り向きミレイユを見ると「何でしょうか」と、半ばうんざりするように返事をした。
「今日は浴室の前で待機するのではなくて、応接室で待機して下さらない? わたくしも一緒にシャワーを浴びようと思うの」
ヴァルはその言葉に眉をひそめる。レオナールが嫌な事は分かっているはずなのに、わざわざそんな事を言う意味が分からなかった。
「……大変申し訳ありません。前にも言いましたが、レオナール様は1人でシャワーに入られたい方ですので、御遠慮下さい」
「あら、そうでしたかしら。前回来なかったので忘れてましたわ」
(嫌味かよ!!!!)
前回レオナールを連れてこなかった事に対して、嫌味は散々言われている。「1人で散歩が出来るって事をご主人様に見せたかったの?」から始まり「お利口なのは分かったから、次はご主人様と一緒に来なさいよ」で終わった。
商談自体は数十分で終わったが、嫌味を長々と言われた。お陰で仕事内容よりも嫌味を聞く時間の方が長かった。聞いている間、適当に相槌をうってやり過ごした。
あれだけ言っといてまだ言い足りないとは思わなかった。わざわざ引き止めてまで、こんな事を言う必要があるのだろうか。
こんな性悪女の何がいいのかとも思う。だがレオナールもミレイユも、互いに遊んでいるので双方にとって好都合なだけだろう。
レオナールと女の趣味は被った事が無い。お陰で1人の女を奪い合うなんていう恋愛事件は無かった。
――にしても、何がいいのか全く分からない。
「なら仕方ないわ。浴び終わったら、わたくしは部屋にいるとお伝えして。依頼はいつもの人喰い人魚の件よ。わたくしとレオナール様が話し込んでいる間に、執事と話しておいてくれないかしら」
そして先程よりも、よりうんざりした声で「分かりました」と言って再び歩き出した。




