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31.港の仕事

 白百合(リスブロン)号に乗って、10日後の朝――。



 あれから3つの港に着いて、積荷を降ろし再び港を出ている。そして今日も港に着く。

 セルジュには普通に仕事を教えて貰っていた――たまに妙に馴れ馴れしいが――後輩の面倒はちゃんと見るというのは嘘ではなかった。そしてライアンとは仕事の会話をする程度である。


 騎士の話さえしなければ、ライアンと普通に会話出来た。正直このまま来月まで持ち越し、騎士の話を諦めて欲しいと思っていた。だがライアンの表情からそうはいかないのだろうなとも思っていた。



 医務室――。


「今日は積荷を降ろしたら、リヴィはやる事がありますよ」


 前の港に着いた時は、積荷を降ろすと大半の船員たちはその日一日休みだった。リヴィも同じで休みを貰いシャワーを浴び、寝た。


「んー……何するの?」


(眠い……早く終わるといいな……)


 顔を洗ってもその日は眠かった。楽しく過ごしてはいるが、慣れないことをしている疲れが出てきている。


「後でヴァルがシャワーを浴びにここに来ますので、教えてくれます。積荷を降ろしたら、医務室に戻ってきてください」

「うん、分かった」

「それから、今日の夜はシャワー入りましょうか」

「いいの!?」

「いいですよ。我慢してたでしょ」


 リヴィは何度も頷いた。

 本当は2日前に1度入る予定だったが、慣れないことをして疲れてしまい、寝る事を優先した。次の日に入ればいいかと思っていたからだ。

 だがその日以降、タイミング悪く人の出入りがあり入れなかった。


「うん。もう限界だった。海に飛び込む所だった」


 ルネは笑ったが、リヴィは結構本気だった。そしてずっと疑問だった事がある。


「皆はそんなに入らなくても平気なんだね」


 船員たちは、シャワーを浴びに来ないのだ。ルネから聞いていたものの、本当に来なくて驚いた。


「他の船員たちは陸に上がって入ってますね」

「陸に? シャワーの施設があるの?」

「そう言うわけじゃ……ある意味そうかもしれません」


 若干口篭るルネを不思議そうに見ながら、1番疑問だった事を言った。


「伯父様も?」


 レオナールがここに来ている様子はない。――それはそれで有難いのだが――邸宅にいる時は毎日入っており、身嗜みにも気を使うレオナールが来ないのが謎だった。


「んー、若干、違いますかね。それに……そもそも、甲板下が好きじゃないんですよ、レオは。()()()()()()()()()()()()()()ので。だからあまり来ません」


 ルネは『狭くて、暗くて、ジメジメしている』の部分を嫌味ったらしく強調して言った。リヴィは過去にレオナールから何か言われたのだろうと察し、そして小さく「ふーん」と呟いた。


 白百合(リスブロン)号に乗った直後は、いつバレるかと冷や冷やしていたが、乗ってからというものレオナールとは話しをするどころか、会うと氷のような目で一瞬睨まれる。


「失礼します」


 扉を叩く音が聞こえ、セルジュが入ってきた。


「ルネさんリヴィ借りてきますよ」

「どうぞ」


 セルジュに連れ出され、積荷を降ろす作業を始めた。眠そうな顔で仕事をしていたら、後頭部をパシンとセルジュに叩かれた。初めて人に頭を叩かれたことに驚き、目を見開いた。だが叩かれた事で目が覚め、てきぱきと動くことが出来た。

 ひと通り仕事を終え医務室へと戻ろうとした時だった。


「リヴィ、今日はもう仕事終わりだろ。付き合えよ」


 後ろからセルジュに、いきなり肩を組まれた。


「え、ダメです」

「んだよつれねーな。ずっと断ってるじゃねーの……先輩には付き合うもんだ……もちろん兄さんにも」


 そう言って、リヴィの肩に置かれた手に力を入れる。


「ちょっと予定が」


 今回は本当に予定がある。だが前に誘われた時、予定は無かったが断った。ルネに、セルジュと飲みに行っては行けないと、言われていた事をしっかり守っているのだ。


「因みに、兄さんはどこに行こうと?」

「んなもんお前、シャワー浴びにだろーよ」

「うえ!?」


(シャワーは1人で浴びるものでは!?)

 

 素っ頓狂な声を上げ、どういう事だろうかと驚いた顔でセルジュを見た。そんなリヴィに対して首を傾げる。


「……あー、リヴィは楽園に行った事ねーのか」


 そして馬鹿にしたような目で、リヴィを見てニヤリと笑った。


「シャ、シャワーを浴びる施設の事ですか? 楽園って言うんですか?? 行ったこと無いですし、船ので充分です!」

「『シャワーを浴びる施設』? 何だそれ?」

「リヴィ。ルネさん呼んでるよ。行ってきなよ」


 振り返ると、ライアンが側まで来ていた。リヴィの肩に置かれたセルジュの手を、無表情で見ている。


「じゃあ、()は行きます」


 リヴィはセルジュを振り払い、階段を降りて行った。残されたのはセルジュとライアンである。ライアンは何か物言いたげにセルジュを見ていた。


「どうしたライアン。……楽園に行きたいのか?」

「違います!!」


 セルジュは訝しげにライアンを見た。


「じゃー何だ? 言ーたい事があるなら言っとけ」

「その――」


 ライアンは1度下を向いて意を決したように前を見た。


「リヴィの事どう思ってるんですか?」

「――は?」

「だから、リヴィの事どう思ってるんですか?」

「どー思ってって……ライアンと同じよーに弟みてーなもんだと思ってるぞ」


「……本当ですか?」

「何で?」

「――っ前から、その、なんか、リヴィに対して馴れ馴れしくないですか!? さっきだって、肩を抱き寄せ――」

「ちょっちょ、ちょい待ち」


 手を伸ばしライアンを制止した。


「あれは、肩を組んでたんだろーよ。んなの他の奴らにもするだろーよ」


 ハッとした表情をして、ライアンは俯いた。そう言われてしまえばそうかもしれないが、やはり何となく違う。心配し過ぎて余計な事を言ってしまった。


「なんだ? 嫉妬か?」


 そう言われライアンは心臓が跳ね上がった。鼓動は早くなり変な汗をかきそうになった。


「安心しろって、ライアンの事も大事な弟だ。『セルジュ兄さんがリヴィに取られちゃうかもー』なーんて考えなくていー」


 セルジュは片眉を上げて口の端を上げた。ライアンはその言葉にほっとした。だが、セルジュがリヴィに取られなくて済む、という事でほっとしたのでは無い。


「は……い……」


 変に勘ぐられるよりマシかと思い、苦しそうにそう答えた。



*****



「リヴィ、結構上手くやってるじゃねぇか」


 医務室に行くと、ヴァルが2枚の紙を手に持って、ルネの横に立っていた。

 ヴァルと『リヴィ』として会うのは久しぶりだった。嬉しくて、駆け寄り抱擁をしようとしたが、ある事を考え足を止めた。普通に歩いて、近くまで寄る。


「うん。おじ様達のおかげ」


 初めは『僕』と言うのも大変だったが、今では問題なくスムーズに言える。

 セルジュの事も、ライアンが見張ってくれるお陰で、大きな問題は無かった。


「楽しんでるか?」


 リヴィはうんうんと頷いた。それを見てヴァルはリヴィの頭を撫でようとしたが、リヴィは後退りをして拒否をした。


「シャワー入ってないからダメ」


 ヴァルは目を見開き「そうか」と言って、残念そうに手を下げた。


「ヴァルおじ様は、もうシャワー浴びたの?」

「ああ、浴びた。これから出かける。さっさと済ますぞ」

「どこに出かけるの?」


「……商……談。……うん、商談。……だよな」


 ヴァルは『だよな』の部分でルネを見る。まるで「間違ってないよな」と同意を求めているかのようだった。


「ソウデスネ」


 ルネは一瞬ヴァルを見たあと再びリヴィを見た。2人のやり取りに、何となく怪しさを感じたが、あまり言いたそうにしていないので、深く聞くことをやめた。


「じゃあ本題だ」


 そして手に持っていた紙を、リヴィに見せるように持った。


「リヴィがやる事はこれ」


 リヴィは顔を近づけ紙を見た。



【猫を探して下さい】



「え? 猫探し?」

「そうだ。面白そうだろ」


 面白そうには思えない。猫には悪いが、そんな事よりシャワーを浴びたい。


「うーん……面白そうだね」


 ヴァルは、明らかにそう思っていそうにないリヴィを見て笑った。


「【猫の捜索依頼】はな、昔、アルが勝手に持ってきた依頼なんだ」

「お父様が?」

「そうだ。こんな仕事、商船がやる事じゃないのにだ。それでレオは大激怒。積荷の期限だってあるのに、いつ終わんのか分かんねぇ仕事を持って来たからな。それに加えレオは猫が嫌いだろ。兄弟喧嘩勃発よ」


「今では笑い話ですが、あの日は本当に大変だったんです」

「喧嘩止めんのと、猫探すのがな。でもルネは違う子猫ちゃんと遊んでたから大変じゃない゛ぃ゛ッ」


 ヴァルが変な声を出した。足下を見ると、ルネがヴァルの右足の甲を踏んでいた。


「ちゃんと探してましたよ。リヴィの前で変な事言わないで下さい」


 そう言って、足を退かした。


「ちょっと冗談言ったくれぇで……まぁいい。とにかく大変だった。いってぇ……」


「皆で探したの? 伯父様も?」

「ええ探しました。皆で探してさっさと終わらせる作戦に出たんです。レオはしぶしぶ了承を」

「しかも見つけて、連れてきたのはレオだ」

「え!?」


 レオナールが猫を抱えている姿が、想像出来なかった。レオナールの猫嫌いは、リヴィも知っていた。


 捨て猫を邸宅に連れ帰った時「嫌いだから駄目」と言われ、見ようともせず、飼うことを許しては貰えなかった。『レオナール』なんて名前なのに、と思ったがそれは心に留めている。

 仕方が無いので、その子猫は同級生が引き取ってくれた。


「とまぁ、俺らには思い出深いのよ」


 初めて聞いた話だった。それとも、聞いたが忘れていたのだろうかと考える。


「そうなんだ」

「しかも、この事件はここの港で起こってる」

「え、ここ?」

「そうだ。折角だ、散策しながら探してこい」


 ヴァルはリヴィに依頼書を渡した。

 リヴィは依頼書をじっと見た。依頼書は2枚になっており、1枚目は猫の特徴、2枚目には猫の絵が描いてあった。


「うん、分かった。ありがとう、ヴァルおじ様、ルネおじ様」


 お礼を言ったのは、なるべく色んな経験をさせてやろう、という想いを感じたからだ。しかも今回は父がやった事に少しなぞらえている。

 その心遣いが嬉しかったのだ。


「見つからなくても暗くなる前に帰ってこいよ」

「分かった」

「それと忘れちゃ行けねぇのが、これだ」


 ヴァルは封筒を取り出しリヴィに渡した。


「もし、見つかったら読め。見つけた後どうすればいいのか書いてある」

「分かった」

「行ってらっしゃい」


 ヴァルは両腕を広げ、リヴィは半歩前に出て止まった。


「どうした?」

「ハグはしないの。さっきも言ったでしょ、シャワー浴びてないの。じゃあ行ってきます」


 リヴィは踵を返して医務室を出ていった。ヴァルは両腕を組んだ。


「なんか、寂しいもんがあるな」

「何がです?」

「頭撫でんのと、ハグの拒否だ」

「ああ……私も昨日から拒否されてます。年頃の娘なのでね、気になるのでしょうけど」

「年頃ねぇ……つい忘れる。娘に拒否されて悲しいお父さんって気分だな……この場合ちょっと違うか?」


 ヴァルは考えるように無精髭を触る。


「レオが落ち込む理由も分かります?」


 ルネとヴァルは顔を見合せ苦笑いをした。


「じゃあ行くかな。薬」


 ヴァルはルネに掌を出すと、ルネは薄紫の紙に包まれた粉薬を渡した。すると扉を叩く音が聞こえ、ライアンが入ってきた。


「父さん、迎えの馬車が来たみたいで、レオナール様が『早くしろ』って言ってます。もう馬車に乗ってますよ」

「あ、やべぇな。リヴィと鉢合わせか?」

「馬車に乗ってるのなら大丈夫じゃないです?」


「……そうだな。じゃあ行ってく――そうだ、ライアン。リヴィの猫探し手伝ってやれ」

「え? はい?」

「急いでリヴィのとこ行けって事だ。さっきすれ違ってねぇか? まだ間に合う。あまり上手いこと話せてねぇなら行ってこい」


 ライアンは目を見開き、急いでリヴィを追いかけた。

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