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30.3人娘の腐った性的嗜好

 リヴィとライアンがセルジュの弟第1号と2号になった日。

 夜――シヤンの上刻。

 食堂――。



「良かったでしょー、ミルティーユ」


 セルジュは椅子に座り、赤髪ロブヘアで口元に黒子(ホクロ)がある女性に話しかけた。すると彼女は満面の笑みで「ありがとうございますぅ」と言いながら、ワインを半杯注いだ。1杯注がないのは、このワインがセルジュの物では無いからだ。


 注がれたワインをセルジュはひと口飲み「うまっ」と呟いた。いつも飲んでいる物よりはるかに美味しいそのワインは、上司3人の飲むワインだ。


「ほんとぉに、ほんとぉに素晴らしかったぁ!」

「ミルティーユずるい! 私も見たかった!」


 赤髪ロブヘアで目元に黒子がある女性は腰に手を当てて、不満そうに口を膨らませた。


「ビーユが『フルーツの籠を持って行って』って言ったのよ。自分で行けばよかったのに」


 ミルティーユはビーユに対して、ざまぁみろと笑う。

 そして更にもう1人、赤髪ロブヘアで口元と目元に黒子がある女性は、チェダーチーズをひと切れ持ってセルジュの元へと寄る。


「私もミルティーユが羨ましい。あの可愛い新人とセルジュの絡みが見れたんだから」


 そしてチーズが乗ったお皿を、セルジュの前に置いた。


「おい、クレモンティーヌ。チーズ少なすぎるぞ」

「だって私は見てないもの」


 フンッと冷たげにセルジュに話す。そして椅子に座り机に両肘を立て、両手を口元に持って大事な話をするかのように話し出した。


「今回の新人……特にリヴィオは良い。彼は久しぶりの可愛い系。なかなか来ないんだから。可愛い系の受身顔は」

「ほんとに! 今日初めてちゃんと見たけど本当に良かった。目元可愛くてもベール取ったら、そうでも無いなんていっぱいあるからね!!」


 興奮気味にビーユが言うと、ミルティーユは隣で何度も頷いた後、恍惚の表情を浮かべた。


「セルジュが後ろから抱き締めてた時、もう口から海泥を吐くかと思った。またリヴィオが嫌がってたのも可愛い」


 セルジュはそんな3つ子の話を聞き流していた。実際は抱き締めてないのだが、違うなどと野暮な事は言わなかった。

 3つ子それぞれ好みの状況はあるらしいが、何度強制的に聞かされても興味が無いので覚えられない。


 何故この3つ子とセルジュが仲が良いのかは、理由がある。

 ある日、上司3人用の高級酒を盗み飲もうとしたセルジュは、彼女達の腐ったような乙女の会話を聞いた。盗み飲もうとした事もバレ、3つ子は聞かれたくない会話を聞かれた。

 話し合いの末、互いに口外しない事と3つ子が喜びそうな事をすれば、良いお酒と良い酒肴を少しもらえる取引をした。


 男同士絡んでいるのが好きという、3つ子の衆道趣味は理解出来ない。美味しい酒さえ飲めればいい。


 だがそれがなかなか難しい。セルジュにそっちの気は無いからだ。なので普段は極たまにしか上手くいかないのだがリヴィオに対してはすんなり出来た。


「でも、もーリヴィにちょっかい出せねー」

「「「どうして?」」」


 3つ子とはいえ、綺麗に声を揃える3人に感心する。


「いやー、最初女だって勘違いして危うくキスするとこでさ、ルネさんにめちゃくちゃ怒られた。次なんかしたら毒盛られる」


 3人の視線が食い入るようにセルジュに向かう。


「キスしそうになった? しなかったの?」

「しねーよ。でもルネさんに止められなかったらしてたな」

「「「ざぁんねぇん」」」


 3人は同時に必死に考えていた。


「じゃあ見てない時にすれば! キスまでとは言わないけど、今日みたいに上甲板でやってた事とか」

「そう思って上甲板でやったけど、副船長にも注意された。多分ルネさんに聞いたんだよ。それにライアンの面倒も見ることになったしな。あいつが居るとこじゃーやりずらい」


「ライアン様にはやらないの?」

「勘弁してくれ。小さい時から知ってるし、副船長の息子だぞ」

「まぁそうだよねぇ……。そう言えば、上甲板でリヴィオと話してたけど、ライアン様のせいで抱き締めるの終わっちゃって残念だった」

「あー、別にライアンのせいじゃねーよ。副船長が呼んでるってんで呼びに来たんだ。それに2人は騎士学校の元同級生みたいだ」


 3人は顔を見合わせた。


「何それ素敵」

「早く言って欲しかった」

「そうなるとまた見方が変わるわ」

「セルジュにセクハラされてるのを助けに来た、っていう設定は?」

「「あー! それいい!」」

「それか、2人がリヴィオを取り合ってる設定とかは?」

「「それもいい!!」」


 何がいいのか全く分からないセルジュは、完全に引いていた。


「そう言えばセルジュはリヴィオとルネさんには何かあるって言ってたでしょ? あれは何だったの?」

「んあ? えーとまー、リヴィは新人だろー? 趣味部屋掃除させよーとしたら止められたし、そん時リヴィオの頭ポンポン叩いたんだよ。俺らには見せねー天使の微笑みで」


 セルジュは右手でグラスを持ちながら、左手で頬杖をついた。


「「「ええ!? 見たかったな!!」」」

「それに、手伝い要員ってだけで医務室に寝かせるかなーと」

「え!? リヴィオはハンモックじゃないの!?」


 再び3人は顔を見合わせた。


「ルネさんとリヴィオは同じ部屋で寝てるでしょ。それもいいし、ライアン様と元同級生ってのもいい。セルジュの弟分ってのもいいわ」


 セルジュは呆れた様子で眉を上げてワインを飲んだ。


 自分で妄想されるのは良くある事なのだが、あまり心地いいものでは無い。だが今回不思議とそこまで悪い気はしなかった。

 そしてルネとリヴィオの関係を考えた。


(んー……愛人、なわけないか。やっぱ隠し子……)


 愛人説は即切り捨てた。リヴィオは女顔だが男であるし、ルネの恋愛対象は女であり、愛妻家なので有り得なかった。


 有り得るのは隠し子説である。結婚してからは全て切ってはいるが、各港に女が数人いた人だ。隠し子の1人や2人いてもおかしくはない。リヴィオは16歳だと今日聞いた。ルネは幾つだったか思い出そうとする。


「なー。ルネさんの年齢っていくつだっけ?」


「……えっと……いくつだろ?」

「じゃー、船長、もしくは副船長はいくつかわかるか?」

「副船長誕生日だった時、いくつになったって言ってたっけ」

「36歳だったかな。今年37歳じゃない?」


「副船長の誕生日なんてよく知ってたな」

「副船長はねぇ、ケーキ買ってくるよう言われるんだよ。そんで私達の分も買って良いって言ってくれるの。『美味しいケーキ買ってこい』ってお金も経費と別にくれるんだ」

「船長とルネさんの時には買わねーの?」

「船長は甘い物好きじゃないし、ルネさんは奥さんが菓子職人(パティシエ)でしょ。家でよく食べてるからいらないみたい」


(なるほど……)


 だがヴァルも別に甘い物が好きな訳じゃない事を考えると、ただ3人へのご褒美にしているのだろう。


 それはさておき、ヴァルとレオナールは同じ年齢だ。昔お世話になったアルベールは、レオナールの2つ下だった。そのアルベールとルネは同じ歳だったのでルネは34歳である。


(34歳……18歳の時の子。有り得なくもない)


 ルネのあの時のリヴィを見る目は、愛する家族を見ているような目ではあった。

 

(息子……いや、甥っ子見てるみてーな目だったんだよなー。そう言えば、アルベールさんの娘さんもそのくらいの年齢になるっけ。15歳だったかな……)


 名前はオリヴィア。ヴェストリ地方――いや、ミーズガルズ王国に住んでいる以上、顔は知らなくても名前だけは知っている。

 彼女がまだ幼かった頃、アルベールが白百合(リスブロン)号に連れて来た時に1度。そして5年前、アルベールの墓参りに訪れた時にジャード街で1度会っている。




 5年前――。

 フードをかぶった少女が、王都の使者に腕を捕まれ絡まれていた。もう1人の男が必死に諌めていたが、その愚かな男は少女の腕を離さずにいた。

 困った女の子を助けない、という選択肢はないので助けた。使者は去り少女から御礼を言われ、周りに居た領民から感謝された。


 領民達は少女を助けたかったが、愚かな男が「自分はフォマロー公爵家の三男であり使者としてここにいる」と威張り散らしてどうしようも出来ず、領主レオナールの元へ知らせに行っていたらしい。

 そして少女がオリヴィアだと知った。顔はフードでよく見えなかった。向こうもよく見えていなかったであろう。


 領主が来るので待つよう言われたが、休みの日にまで上司には会いたくないので去った。

 今思えば高級酒をお願いするくらいはしても良かった、と後悔している。

 そしてそれ以降1度も会っていない。話によれば白百合(リスブロン)号帰港時は、町には来なくなったのだと言う。


 上司3人の会話には、オリヴィアの名前が出てくる時がある。ただし本名ではなく愛称のリヴィで呼ばれていた。

 レオナールが溺愛していると噂で聞いていたが、溺愛している姿を全く想像出来なかった為、何かの間違いかと思っていた。だが愚かな男に制裁を加えているのを見ると、間違いでは無いようだ。


(……オリヴィアとリヴィオ、名前似てるな。リヴィ……ルネさんは呼びやすいからそう呼んでるのか? 『私がそう呼んでいるだけ』って言ってたしな。あれ、でもライアンも呼んでたな。ああ、元同級生だから……なのか?)


 もうひと口ワインを飲む。

 隣を見ると、3つ子は楽しそうに妄想に耽っていた。顔も声もそっくりな3人は、見ていないと誰が話しているのか全く分からない。現に先程から考え事をし、ワインを見つめていたセルジュは誰が何を話しているのか分かっていない。


(そっくり……リヴィオは誰かに似てるような気もする。んー……)


 翡翠の瞳はとても綺麗だった。

 緩く癖のある髪は触り心地が良かった。


(翡翠の瞳は船長やアルベールさんと同じだな。あの髪型はアルベールさんと同じような気もする……ん? ……あれ?)


「ねぇセルジュ。どうしたの?」


 ワインを飲む手をピタリと止めたセルジュを見て、不思議そうにビーユが問いかけた。


「あ、いやその……そうだな、ちょっと低めに声を出してくれないか?」

「低めに?」

「そうそう。ちょっと男の子っぽい感じで。それで……そうだな。とりあえず名前を言ってみて」

「えーめんどくさい」

「やってくれたら、頑張ってリヴィにちょっかい掛けてみるよ」


 そう言われビーユが声を低く出して自己紹介をした。続いてミルティーユとクレモンティーヌも声を出した。

 

「やっぱ無理があるわ」

「「「何よそれ!!」」」


 辿り着いた1つの結論を却下した。

 オリヴィアが男装してリヴィオになっているなど、有り得なかった。リヴィオの声は女性が声を低くして話しているような声ではないからだ。何より、昔御礼を言われた時そんな声では無かった。


 そもそも男装する必要が無い。船長の姪として乗った方が明らかに待遇が良い。そして溺愛しているレオナールがこれを許すわけがない。


(うーん、やっぱ隠し子。それとも親戚の子? テュルビュランス家は代々医師の家系だから、手伝い要員としてなら有り得る……でも親戚の子なら関係を隠す必要無いよな。なんだ……根本的に何かが違うのか?)


 グラスをじっと見つめた。だが考えるのをやめた。久しぶりの高級酒だ。今はこの美味しいワインを楽しみたい。

 そして再びワインを口に含んだ。




*****


 同時刻、医務室――。


「ねー、ルネおじ様。男女を判別する感知器ってどんなの?」


 寝る準備をしながらリヴィはルネに問いかけた。ルネは椅子に座り、机の上で羽根ペンを走らせていた。だがリヴィからの質問で手をピタリと止めた。


「……なんの……事です?」

「兄さんが持ってるみたい」

「兄さん?」

「セルジュさんの事。私、弟になったの」


 脈絡のないリヴィの言葉に混乱するも、ルネは「そうですか」と言った。


「それでね、兄さんは感知器持ってるみたい。ここでも言ってたけど、上甲板でも言ってた。『俺の感知器が女だって言ってる』って」


 ルネは固まりリヴィから視線を外した。そして右手で顔を覆った。


「あー……気にしない事です」

「ルネおじ様は持ってる?」


 その答えに何と答えれば良いのか戸惑っていた。


「どう……だったか……覚えてないですね……」


「そんなものあるって初めて知ったの。やっぱり白百合(リスブロン)号に乗って良かった。知らない事を知れるし経験出来る」


 リヴィは無邪気に笑いベッドへと座った。そんなリヴィを見てルネは鼻で一息吐くと微笑んだ。


「今度兄さんに見せてもらおうかな」

「駄目です!! 何を言っているのですか!?」

「え、ダメなの?」

「駄目! 女ってバレますよ!!」

「そ、そうなの?」

「そうです! 決して、いいですか、決して!! 言ってはいけません!!」


 必死に言うルネを見て驚いたが、ここまで言うのなら絶対言ってはいけないのだなと思い、心に刻んだ。

 リヴィは横になった。ルネは点滅杖を取り出し、光源灯の明かりを机上以外は全て消した。

 

「ルネおじ様はいつ寝てるの?」

「リヴィが寝た後、寝てますよ」

「でも私より早く起きてる」

「昼間もちょっと寝てますから。平和な今、船医は結構楽なのですよ。リヴィも手伝ってくれますしね。二日酔いの薬と、ひ――必要な薬を切らさなければ、文句は言われません」


「そう……なんだ……」


 慣れないことを1日中したリヴィは、あっという間に眠りについた。

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