29.嫉妬心
目の前にいる彼女は、前と違って髪が短い。長い時も同じ様に思っていたが、短くても可愛いとお世辞ではなく思っている。
ライアンはリヴィが大好き――いや、愛している。
ずっと好きだったが、カルム家の跡取りである以上諦めなくてはいけなかった。
だが母サロメに「何故リヴィの事が好きなのに、他の女の子達と付き合うの?」と言われた。跡取りの問題の事を伝えると「気にしなくていいのに。弟がいるの忘れているの?」と鼻で笑われた。
――目から鱗だった。
その時付き合っていた彼女とすぐに別れ、リヴィに交際を申し込むと良い返事をもらった。今まで我慢していたせいか、気持ちが止まる事は無かった。
あの騎士の話以来リヴィと話せていなかった。
彼女はほぼ、医務室に引きこもっていたからだ。
前と違いこんなにも近くに居るのに話せないというのは、なんとも言えないもどかしさを覚える。やっと会えたと思えばそっぽを向かれた。その後ずっとリヴィを見ていたが、一切こちらを気にしている様子はなかった。
本当は今すぐ――触れたい、抱き締めたい、唇を重ねたい。
白百合号に1カ月も他の男達と居られるのは嫌で仕方がない。母親から話を聞いた時から心配で仕方がなかった。だがリヴィは男の子になっているし、問題ないと自身に言い聞かせた。
それなのに――。
リヴィはセルジュに後ろから抱きつかれていた――実際はちょっと違うが。だが、腹立たしい事にその出来事のお陰でリヴィと話せている。せっかく話せているのに、気持ちは苛々しっぱなしだった。
さっきはとても子供っぽい発言をしてしまった。このままではまともに会話が出来そうに無い。この嫉妬した気持ちを落ち着けるため、黙っていた。
「ねぇ、ライアン」
聞き慣れない声で呼びかけられ顔を上げる。やはり声は慣れない。合ってはいるが、可愛い訳ではない。
顔はフェイスベールで半分隠れており、表情はよく分からなかったが、リヴィが笑っていない事だけは確かだった。
「何?」
「さっきも言ったけど、助けてくれてありがとう。でももう大丈夫だから戻っていいよ。掃除するし」
素っ気なくリヴィがそう言うと、ライアンの顔が曇った。
「……リヴィは、あまり俺と居たくないの?」
「正直、今はそんなに。まだ怒ってるよ。騎士のこと」
(それもそうか……)
あれだけ拒否されていたのだから仕方がない。
「騎士は要らない。普通に恋人でいて欲しい」
何度も言われたが承服出来ない。
「でもそれじゃあいつか誰かが騎士になるだろ? そんなの俺は耐えられない。レオナール様は絶対リヴィに騎士を付けるよ。リヴィが拒否しても」
「じゃあ『騎士にする』ってなった後、別れちゃったらどうするの。ライアンは傍で私が誰かと結婚するの見るんだよ。それでもいいの?」
「何言ってるの !? 別れないよ!!」
別れるつもりなど毛頭なかった。今回関係が修復出来なかったらどうするか、という事も考えていなかった。出来ると信じていたからだ。
思えばかなりの賭けで、父親とレオナールに相談している。
「じゃあ別れないで結婚して離婚しちゃったら? 気まずいでしょ」
「もっと何言ってるの!? 離婚なんてしないって!!」
「分かんないよ。永遠の愛を誓いあっても、離婚する時はするんだよ」
「そんなの俺らはしない! 絶対!!」
そんな理由で騎士を「要らない」などと言っているのだろうか。別れるという事を考えているのが、とても悲しかった。心臓を冷水で冷やされたような気分だった。
「でも要らない。自分の身は自分で守る」
リヴィはライアンに背を向けて掃除をし始めた。もうこの話は終わりだと態度で示され、腹が立った。
「……よく言うよ」
そう吐き捨てるように言うと、リヴィは動きを止めた。
「剣はリヴィ強いよ。レオナール様に教わっただけあって。でも力じゃ勝てないだろ。父さんの部屋にいた時も、俺には勝てなかった。さっきだってセルジュさんの力には勝てなかっただろ。リヴィは護身術使えるけど、セルジュさん強いよ。リヴィは勝てない」
凄く嫌な事を言ってしまった。何度も「ライアンの力の強さが羨ましい」と言われていた。それは、彼女が気にしていた事だったからだ。
「本当に何かあったら魔法使う」
「さっきみたいに手を抑えられてたら? 風の剣を持っていなかったら?」
そう言ったがリヴィは黙って再び掃除を続けた。
「リヴィ!」
黙っているのは図星だったからだ。きっとリヴィは怒っている。だがそれでもまだ話がしたかった。少し大声をあげたことで、リヴィはこちらを向いた。
(え……?)
怒りで睨んでくるかと思いきや、リヴィの目はとても悲しそうな表情をしていた。
「どうしたら、諦める?」
ベールをしていても分かる。苦しい表情をしている。そんな表情をさせてしまったことが胸が痛い。
「――リヴィ、ちゃんと掃除しろって言ったろ。サボんな、友達来たからって」
セルジュが帰ってきた。この時ばかりは彼に感謝した。
「……すみません。ちょっと昔の話で盛り上がってしまい。副船長はなんて言ってたんですか」
セルジュはリヴィの近くまで寄ると、じっとリヴィを見つめた。
「え……何ですか?」
「お前のせーで怒られた」
そう言うと、いきなりリヴィの髪の毛をわしゃわしゃと掻き乱した。リヴィは驚きセルジュの腕を掴んだ。
「やめてください!」
「八つ当たりー」
ニヤッと笑うセルジュに、ライアンは再び怒りが込み上がる。セルジュの事は嫌いじゃない。むしろ好きだ。船に乗ればよく話しかけてくれた。
話も面白く、むしろセルジュがいないか探して話しかけていた。
リヴィが女だと知らないとはいえ、やはり腹立たしい。何よりレオナールの姪ということを知っていれば、そんな事は絶対にしない。
(バラしたい……)
最低な感情が押し寄せるが、そんな事をしてしまったらそれこそ修復不可能だ。奥歯を噛み締め、我慢した。
「さて、おふざけはこのくらいにして、ライアン。お前も掃除だ」
「「え?」」
リヴィとライアンは声を出した。
「さっきな、副船長と話した時に言われたんだ。基本船長の仕事手伝ってるんだろ? それ以外の時は面倒見ろってさ。弟第2号だな、ライアンは」
「弟? 2号?」
「1号はリヴィだ。残念だったな1号になれなくて。ほら、デッキブラシの位置ライアンは知ってるだろ。さっさと持ってこい」
ライアンはデッキブラシを取りに行った。




