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2.最悪な日

 ミーズガルズ王国。

 ヴェストリ地方ラファル領――。


 街からは少し離れ、緑が広がり海を見下ろす様な場所に一軒の大きな邸宅が建っている。落ち着いた石造りで、庭には木々や花々が植わっており、綺麗に剪定されている。だが1部の垣根は半壊し、芝生だけは細いミステリーサークルのように所々はげていた。

 

 この邸宅も本来ならば静かなのだが、今日はいつもと少し違う。

 ここの主人である、レオナールが帰ってくるからだ。

 使用人達が主人を迎える準備をし、邸宅中に緊迫感が走る。従僕(フットマン)が馬車の扉を開け、1人の男が降りてきた。


「お帰りなさいませ。レオナール様」


 レオナールが馬車から降りると、控えていた執事のシュエットがコートを後ろから脱がし、三角帽子(トリコーン)を受け取った。


「リヴィは?」

「いつも通り、応接室でございます」


 本来ならばすぐに応接室へと向かうが、今回は向かわずにシュエットに再び話しかけた。


「今日はヴァルとルネは外で少し待つ。だが皆は中に入って構わない。扉も俺が開ける。待機させなくていい」

「畏まりました」


 そして後ろを向き、馬車から降りてくる人物を見る。


「やぁ、どうも」


 そう言って使用人達に挨拶をした男がヴァルだ。

 190センチメートル近くある高身長。額のやや左側から、眉間、右頬にかけて斜めに大きな傷があるのが目に付く。黒い髪は前髪が上げられ、ほぼ黒で纏めた格好をしている。3人の中でも1番筋肉質な体型だ。


「いつもいつもご苦労なこって」


 そう軽口を叩きながら顎の無精髭を右手で触り、左手には黒い鞘に納められた(サーベル)を手に持っていた。


「お久しぶりです」


 そして次にルネが降り、使用人達に挨拶をする。その姿を見たメイド達は薄桃色の吐息を漏らした。

 美しく整った顔立ちで、眉目秀麗(びもくしゅうれい)という言葉が相応しい男だった。170センチメートル半ば程の身長で、白いシャツに茶色の長いベストと黒いズボンというシンプルな格好だ。レオナールやヴァルに比べ肌は白く、ミルクティーベージュのロングヘアは無造作に束ねられている。

 

 レオナールと2人は向かい合い、ヴァルが口を開いた。


「じゃあここで待ってるからな。来て欲しいなんて言っても行かねぇよ」

「言っていないだろう!」


 レオナールは溜息を吐き、俯き加減で腕を組む。そして今からのことを考え、心苦しく辛い表情をレオナールは浮かべた。


「いつまでそんなウジウジ悩んでるんです? 早く行ってきて下さい」


 呆れたような声でルネが言うと、レオナールは眉をひそめる。


「ウジウジなんかしていないだろう!! 俺が少し悩むとウジウジって言うのを止めろ!!」


 苛立ちを含んだ声で反論した。


「では、どうぞ行ってらっしゃい」


 ルネは掌を上に向けて右腕を伸ばし、入るよう促した。レオナールは一瞬ためらいの表情を浮かべたあと、観念したかのように入っていった。

 使用人達は馬車から荷物を取って中に入り、玄関扉は閉められた。


 ヴァルとルネは邸宅の玄関ポーチで立って待っている。


「やっと言う決心したのかよ」

「あんなに言いたくないなら、もう乗せればいいと思うんですけど」

「ったく。散々こっちは『乗せよう』って言ってんのによ」


 ヴァルは一息吐いたあと、何かを思い出すようにして笑い再びニヤケ顔に戻る。


「でも、面白ぇもんは見れてる。レオがあんなウジウジすんのは貴重だからな」

「ふふっ、そうですね」

「リヴィ、ぜってぇ怒るよな」

「怒らないわけがないです」

「その時のレオの顔が見れないっつーのが」

「残念でなりませんね」


 2人は顔を合わせ、意地の悪い笑みを浮かべた。


 ――数分後、事件は起きる。





**********



「嘘つき!!!!!!!!」


 邸宅中に響き渡わたるリヴィの声。


「リ、リヴィ落ち着きなさい」


 リヴィは、今まで見た事ないような鬼の形相をしている。レオナールは、眉間に皺を寄せ困惑した表情を浮かべていた。

 

「大嘘つき! 私がどれだけ――」

「仕方がないんだ! さっきも言ったが、終戦はしたけどまだ完全に安全では無い。海賊行為をギヌヘイム帝国が黙認している。だから――」


 戦争は10年前に終わり平和になった。

 そして戦時中、敵国ギヌヘイム帝国の船を襲っていた白百合(リスブロン)号は、戦後、商船に戻っていた。


 だが戦後はギヌヘイム人による海賊行為が増えてしまった。戦に負けて職を失った者たちが、海賊行為をするようになったのだ。

 

「知ってる! その為に稽古やれって言ったんじゃないの?」


 歯をむき出しにして、リヴィはレオナールを見る。そして、彼は気まずそうにリヴィを見た。


「そう……なんだが……」


「じゃあなんで駄目なの!? 伯父様が『剣と魔法の稽古したら白百合(リスブロン)号に乗せる』って言ったのに? 『乗りたいなら強くなれ』『そんなんで乗れると思うのか』誰の言葉?」


 レオナールは1度口を開くが再び閉ざし、何も言えなかった。稽古をしたのは、一応彼なりの理由があった。


 リヴィが所有している風の剣(シルフィード)は、普通の剣ではない。


 世界で4つしかない《パランケルスの魔具》の1つであり、とても貴重な物であった。

 魔具が加護者を選び、1人しか使用する事が出来ない――言わば、選定の魔具である。


 本によるとパランケルスは魔具を4人の勇者の為に作ったと書いてある。

 ラファル家はそのうちの1人である、エアリエル・ヴァン・ラファルの血筋を継いでおり、先祖代々風の剣(シルフィード)を管理をしている。


 だがこの魔具、常々誰かの物になっている訳ではない。

 アルベールが加護者と判明する前は、100年以上も加護者がいなかった。加護者がいない時、15歳以上の者が風の剣(シルフィード)に触れる権利がある。

 その時に、剣についた石が輝けば加護者となれるのだ。

 

 そして、風の剣(シルフィード)はアルベールを選んだ。だが彼は亡くなり、再び加護者はいなくなってしまった。

 リヴィは何故父親がそれを持っているのかも、風の剣(シルフィード)が家に伝わる魔具である事も知らなかった。

 


 アルベールの葬儀の時。

 ラファル邸に立ち寄った際に、リヴィはレオナールの書斎に入り込み、風の剣(シルフィード)を見つけた。そして、バックに入れて持って帰ってしまった。

 無いことに気づいたレオナールは、まさかと思いオデットとリヴィが住む家へと行くと、案の定リヴィは隠し持っていた。

 返すように言うが、離さなかった。

 本来であれば5歳はまだ触れてはいけない年齢。仕方ないので無理矢理、剣を掴んだところレオナールは突風に吹き飛ばされ、壁にうちつけられた。


 お互い何が起こったのか分からなかった。


 だがリヴィは自分がレオナールを吹き飛ばしたと理解すると混乱状態に落ちいる。強風が家の中を吹き荒れ、レオナールがリヴィを落ち着かせた頃には、家は半壊し住めなくなっていた。

 


 ――風の剣(シルフィード)はリヴィを選んだ。



 15歳ではなく5歳の子供に持たせることは、家に伝わる書物にも書いておらず心配だった。


 レオナールは3年間、白百合(リスブロン)号をヴァルとルネの2人に任せて降り、5歳だったリヴィに護身術の為に剣を教えこんだ。

 弱音は吐かずに――なんて事は無く、弱音は吐きまくりだった。


 そんな時に便利だった言葉が『稽古をしたら白百合(リスブロン)号に乗せる』だった。


 やりたくないと駄々を捏ねても、全身痣だらけになって泣いていても、手の豆が潰れて痛がっても、この言葉を言えば剣の練習に励んだのだ。

 だがこのせいでリヴィは『15歳になったら白百合(リスブロン)号に乗る約束』を忘れることは無かった。

 

 全てリヴィを強くさせたい一心で言ってしまった言葉だった。白百合(リスブロン)号には最初から乗せるつもりは無かったが、焚き付けるために言い続けた。

 

「乗らないのなら稽古の意味なんて無かった。何の為にやって来たのか分かんないよ……」


 声のトーンを落とし、悲しみに溢れた声でレオナールは話しかけられた。


「護身術にはなっただろ」


 お互い何も言わずに、じっと見つめあう。

 リヴィは立ち上がり、応接室を出ようと歩き出した。

 それを追いかけようとレオナールも立ち上がり歩き声をかける。


「リヴィ、まっ――」

「来ないで!!」


 レオナールは冷たく突き放す言葉に立ち止まった。こんな事を言われたのは初めてである。

 リヴィは扉に手をかけレオナールを見ると、再び肺に多くの空気を取り込んだ。



「大ッッッ嫌い!!!!!!!!」



 耳をつんざくような声。

 扉は勢いよく閉められ、レオナールは頭を抱えて俯いた。

 レオナールは口から魂が抜きでるほどの大きな溜息を吐き、がっくりと肩を落とした。

 いつか言わなければと思っていたが、先延ばしにしてきた結果だった。ずっとこのまま何もしたくなかった。だがそんな訳にも行かない。

 ――外にはヴァルとルネが待っている。


 2人を招き入れるため、鈍重(どんじゅう)な動きで玄関へと向かった。

 玄関扉をゆっくりと開けると、すぐ目の前に2人が立っていた。ヴァルもルネも俯いて口元を抑えて震えている。

 

「最低最悪だぞお前ら」


 そう言い放ち、腕を組んで信じられないものを見るかのように2人を見た。どこから見ても必死に笑いを堪えているのがわかる。


「いや……何が……?」


 ヴァルは、必死に平然を装ったが顔は綻び無理があった。


「人の事笑っているだろう」


 そう言い2人を、これでもかと睨みつけた。


「違う……違う。笑ってない……悲しんで――」


 だが、ずっと笑う事を耐えていたヴァルが吹き出し、耐えきれずにルネも笑いだした。

 ひとしきり笑ってスッキリし、一息吐いた。


「はぁーあ。もう無理だろ。こんなん笑うしかねぇもん」

「ま、リヴィがああ言うのも無理は無いでしょう」

「どこまで聞こえていた……」


「リヴィの2言。『嘘つき』と『大ッッッ嫌い』だ」

「それだけで充分笑えます」


 そう言って意地悪そうに、2人は笑う。


「ああ、そうか、さっさと入れ……」


 そして2人を招き入れ、応接室へと通す。

 少し遠くで控えていた執事シュエットに「酒」とだけ伝えて自身も中へと入った。

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