28.追加の設定
(何!? 何でこんな事聞くの!?)
「ど、どういう意味ですか?」
「あの部屋での2人のやり取りは、ただのお手伝い要員にしちゃー優しすぎる」
「え? 医務室の事ですか?」
「まー、それもあるが、どちらかと言えば牢屋部屋の方だな。施錠された部屋の前でのやり取りだ」
(何かおかしいやり取りしたかな?)
必死に考えたが特に何も無かった。よく分からず黙っていると、再びセルジュが話し出した。
「本当は牢屋部屋の奥――施錠された部屋も新人は掃除する。むしろ新人の仕事なんだ。あそこはルネさんの趣味部屋で、あまり――いや、かなり綺麗じゃねーんだ。なのにリヴィに掃除させるなって言われた。他の奴らにさせろってな。こんなの初めてだ。あんな顔をしてあんな風に頭を叩くのもな」
頭を叩くって何だろうかと思ったが、ポンポンとされた事なのだと気付いた。小さい時から当たり前の事過ぎて、なんとも思わなかったが、第三者からしたら珍しいのかもしれない。だがあんな顔とは何なのか分からなかった。いつも通りの優しい顔だったからだ。
「普通なのでは……?」
「……ふーん」
納得していない声色だ。だがどうやら女とバレた訳では無いらしい。その様子にほっとする。
「セルジュさん!」
聞きなれた声が聞こえ、そちらを向くとライアンが立っていた。
「お久しぶりです、セルジュさん」
「おー、でかくなりすぎて、一瞬誰かわからなかったわ」
そう言いながらセルジュはまだ離れてくれなかった。
(はやく離れてよ……)
喧嘩中とはいえ、ライアンにこんな所はあまり見られたくはない。
「最後に会った時は、俺の胸くらいの身長だったのに、あっという間に抜かされたな」
ライアンはタイミングが合えば白百合号までヴァルを見送りに来ていた。その時に何回か白百合に乗っており、セルジュの事も知っていた。
「港に着いたら夜は飲みに連れてってやるよ。――で、何か用か?」
「はい。ちょっと父さんが呼んでいます」
「副船長が?」
セルジュはやっとリヴィから離れた。
「なんだろ。ちょっと行ってくるわ。リヴィ、下手くそなりにしっかり掃除しろよー」
セルジュは歩き出した。だが数歩、歩くと振り向いた。
「ライアンは副船長のとこ戻らねーの?」
「え、あ、はい。ちょっとリヴィと話しがしたくて」
「ん? 知り合いなのか?」
「まぁ、そうですね」
「へー。何の知り合い?」
「…………き、騎士学校の、元同級生で。リヴィは、騎士学校を中退していまして……」
(え!? 何その新しい設定!!)
「へー。初めて知った。リヴィも言えばいーのに。副船長の息子とは知り合いですって」
「そうですね……」
(私も初めて知ったんだもん!!)
そんな設定をなんの相談も無しに勝手に追加され、ライアンに苛っとする。
ライアンはリヴィが怒っているのを感じ取っていた。
「じゃあ行ってくるわ」
セルジュは立ち去り、リヴィとライアンが残された。
「何、あの設定」
「いや、思い付いたのがそれで……っていうか、せっかく助けに来たのに……」
そうだったんだと気付いた。
「……ごめん。ありがとう、助かった」
「父さんは、顔引きつってたよ。もっと嫌がんなよ」
「嫌がったよ! でも離してくれなくて、護身術使ってあんまり揉めたくないし」
ライアンがムスッとしている。気持ちは分かる。リヴィも西瓜女と腕を組んでいるライアンを見て、思ったことだからだ。
「別に揉めてもいいんじゃないの」
付き合う前は気付かなかった事なのだが、たまにライアンは子供っぽくなる。
「無理だよ、そんなの。ライアンも分かるでしょ」
リヴィがそう言うと、ライアンは無言で俯いた。
*****
「お前はいつから、男にも手を出すようになったんだ」
セルジュの目の前でヴァルは腕を組んで、見下げるように睨んでいた。セルジュは気まずそうにヴァルを見ていた。
「いやー……ちょっと、からかってたと言うか、サービス精神が溢れちゃって」
「ちゃんと真面目にやれ。ルネに報告するぞ」
「そ、それだけは勘弁を。あ、っていうか、ライアンとも知り合いなんですね」
「…………何の話だ」
「さっき、ライアンが騎士学校の元同級生って言ってましたけど。リヴィは中退してるって」
ヴァルは目を見開き、1度2人が居る方を見た後、すぐにセルジュを見て「そうだ」と言った。
「だがそんな事はいい。変な事はせずちゃんと面倒みろ」
「りょーかい」
「話はそれだけだ」
「え、それだけ? ……りょーかいです」
セルジュは持ち場に戻ろうと、振り向いて歩き出した。
ヴァルは溜息を吐いて頭を抱えた。ルネにセルジュを選んだのは失敗では無いと言ったものの、失敗だったかもしれないと考えてしまった。
(男と認識しているのに、あんな事をするのは何でだ? 本能か??)
ならばと思い、ヴァルはもう1度セルジュを呼んだ。




